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38.拉致

 

「はぐれちゃったんですっ、スゴイ人波に流されて、でも行き先は飲食館のメグお気に入りのカフェテリアだって分かってたから、そこで待ってたんですけど、待っても待っても来なくて。あれ? って思って……探したんですけど、どこにもいなくて」


 涙目になったベティがレイに報告しているのをアイリーンは聞いた。


 ベティはメグとともに飲食館へ向かっていた。

 その途中で、行き交う人波にのまれ彼女とはぐれたらしい。


「メグがっ、あの子が万博会場(ここ)で迷子になるなんて、ありえないし、それに……まえに変な奴に付け狙われてるって聞いてたのを思い出して、急に、怖くなって、ブース(ここ)に戻っているかもって」


 他のスタッフに宥められながら語られた状況の異常性にだれもが眉を(ひそ)めた。


「まさか……(かどわ)かし?」

「人波に紛れて?」


 メグがブースを離れてから、かなりの時間が経っている。

 万博会場は本日最終日。すでにそこここで撤収作業が行われており、力自慢の解体業者もあちこちウロウロしている。

 一般来場者は閉会式へ向け中央広場へ集まり始めているが、この商業館などは見慣れない者が多数いる状態だ。

 現に、このブースでもカレイジャス侯爵家の直属の騎士団が撤収作業に入っている。

 アイリーンをはじめとするこの場のスタッフたちは、言い知れない不快感に襲われていた。


「どうした? みんなで集まって。作業は終わったのか?」

「ロブ」


 遅れて現れたのはローズロイズ商会副会長のロブ・ガーディナーとその秘書サミー。

 彼らは、口を押え涙ぐむベティと彼女を慰める女性陣を一瞥(いちべつ)すると、その場のただならない雰囲気を感じ取ったらしい。


「なんだ? トラブルか?」

「メグが、帰ってこないの」

「は?」


 アイリーンがロブたちに状況説明をしているあいだ、彼女の背後で聞くともなしに聞いていた彼女の兄が口を挟んだ。


「探そう」


 本当に珍しいこともあるものだと、アイリーンは思った。

 この兄――浮世離れして家族(アイリーン)以外の女性を意識せず、人と関わろうとしないシリル――が口を挟むなんて。


「どうやって?」

「会場中、至る所に記録水晶がある」


 そういうと、シリルはなにもない空中に手を(かざ)し横に動かした。

 彼のブレスレットと指輪が連動して光ったかと思うと、空中に大小さまざまな映像がいくつも浮かんだ。

 この会場に設置されている記録水晶もシリル特製の魔導具である。彼はそれらすべてを意のままに操ることができる。


「もしかして兄さまは王宮の奥深くまで覗き見ることも可能なのでは?」


 会場各所の映像が目の前に展開されるさまに、アイリーンは青褪める。この国の魔導具でシリルが携わっていないものの数の方が少ないと記憶しているのだが。


「――そんなメンドクサイことしないよ」


 シリルは妹の懸念を察したらしい。心底関心がないと呟く彼の姿はいつもの兄のそれで、アイリーンは少しほっとした。


「そのブレスレットと指輪があればだれにでも可能なの?」

「不可能だ。これは僕の脳波に応じる作りになっているから」


 昔からシリルはアイリーンを邪険にしない。質問をすればぶっきらぼうではあるが答えてくれる。年の離れた妹を彼は彼なりに可愛がっているのだ。


「どうして、兄さまは……メグを探してくださるの?」


 ぽつりとこぼした問いにも答えは返ってきた。


「アイリーンの大切な子なんだろ? ――あぁ、これだ」


 シリルが注目し、大きな画像に切り替わったそこには、メインロードを飲食館へ進むメグとベティの姿が俯瞰(ふかん)で見て取れた。


 映像の中の二人が進む横合いから別の団体の人波が横切り、ふたりは引き離される。

 困惑したように辺りをキョロキョロと窺うメグの表情が、急に変わった。

 目を閉じたかと思うと項垂れた。

 だが、横にいた男たちが小柄な彼女を左右から支えそのまま移動し。

 映像の外へ消えた。


「他の角度から視た映像はないの?」

「……今探してる」


 シリルが表情を変えないまま手を振ると、いくつもの映像が現れては消える。


「メグは意識を失ったまま拉致されたかのように見えました」


 アイリーンの隣で映像を見ていたレイが険しい表情で呟いた。


 ◇


「おいおい、だれがメグを……」

「ロブ。これ以上、よその注目を浴びるのはマズイ」


 サミーの忠告にロブははっとして辺りを見渡した。

 ただでさえ人目を惹く美貌の兄妹の目の前で、記録水晶の画像がいくつも浮かんでは消えるという異常現象。本来、記録水晶の画像は壁に映写される。それをいくつも同時に空中に浮かべているなど初めて見た。

 そしてこの場のただならぬ雰囲気。涙を浮かべ狼狽(うろた)える女性スタッフ。


 商業館に残っている人間の注目を浴び始めている。


「カレイジャス騎士団のっ!」


 ロブは慌てて青い騎士服の中でも偉そうな男に話しかけた。


「すまない、人員を増やしてカレイジャスの令息と令嬢の護衛をっ」


 ロブが話しかけたのはカレイジャス騎士団の中でも工作部隊の部隊長だった。

 彼もロブと同じようにやや呆然として目の前の光景に目を奪われていたのだが、はっとしたように部下に指示を出した。侯爵閣下から命じられたポスターの回収を急ぐとともに、主の大切なご子息とご息女の護衛をせねばならない。

 だれがいるとも把握しきれていない場所にいるには、身分が高すぎる二人なのだ。

 しかも、そのうちの一人シリルは、この国の魔導軍事機密に直接携わる人間である。こんなところでその能力の一端を披露するなんて危険にもほどがある。

 部隊長は場外に荷物運搬のため待機させていたカレイジャス騎士団員を動員させた。


 ◇


 一方、騒動の輪の中心にいたアイリーンはレイに尋ねる。


「あんな風に突然眠らされたら、あの子が持っているペンダントは反応しない、ということ?」


 メグには防犯用のペンダントを携帯させていた。非常事態に彼女の心理状態に反応しすぐさま護衛に警報が届けられるのだが。


「アルバートはどこにいるの⁈」


 いつもそばにいたはずのアルバートはなにをしているのだろうか。


「呼び出します」


 レイは主の命を受け、自身のピアスに触れた。

 これも魔導具であり、緊急呼び出し信号を発することができる。だが、先ほどからアルバートを呼びだしてはいるが応答がない。


「あの役立たずがっ」


 いつもは口調を乱さないレイが珍しく苛立ちを声に乗せた。


 ◇


 一方、慌ただしい雰囲気になる商会長たちを少し離れた場所から困惑しつつ見つめていたベティに、おずおずと声をかける者がいた。


「あの……お取込み中でしょうか」


 誰かと見れば、メグを慕っている少年ラウールとその母親ブランカ夫人であった。


「メグはどこですか?」


 少年の純粋な目をまえに、ベティは躊躇(ちゅうちょ)した。

 が、笑顔を浮かべて彼に対峙する。


「あ、ラウールくん……あのね、いまメグは、ちょーっとお仕事が溜まっててね。こっちに遅れて来るみたいなの。ごめんね」


 不安そうな、そして明らかにがっかりした表情を見せる少年とその母親に対し、ベティは笑顔を見せて告げた。


「ごめんね。中央広場へ先に行っててくれるかな。大丈夫よ、メグも花火を観るの楽しみにしていたから、遅れるけど絶対一緒に観ようね。……ブランカ夫人、申し訳ありません。こちらは少々立て込んでおりますので……メグも、そのせいで遅れておりまして……お先に場所取りをなさってくださいませ」


 慌ただしい雰囲気の商会長とその側近たち、そして周囲を睥睨(へいげい)する物々しい騎士団たちを目にしたブランカ夫人は察してくれたらしい。息子を促し、中央広場へ足を向けた。


 なんとか笑顔で親子を送り出したベティは心の中で呟いた。


(そう、メグは花火を楽しみにしていた。だから大丈夫。絶対あの子は帰ってくる! 絶対いっしょに観るんだから!)


 そのベティに話しかける者があった。


「あの、メグさんにご挨拶をと思って来たのですが……まだこちらに来ていないのですか?」



 ◇ ◇ ◇



 その頃メグは。


 微睡(まどろ)みの中にいた。











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