37.万博最終日、撤収作業中のできごと
万国博覧会、最終日の今日のわたしの予定は、午前中は商会本店で経理事務作業。
お昼過ぎにシェリーさんちへご飯の差し入れとアドニスくんに癒されに行ってから(ついでにシェリーさんに恋愛相談……いや、お喋りに付き合ってもらって)、万博の撤収作業に参加するの。あのアイリーンさまの特別ポスターを剥がす現場に絶対立ち会ってやるんだからね!
会場中央広場でやるっていう閉会式をみんなで一緒に観て、そのまま花火を観るって計画を立てているわたしたちは、今日の営業は午後3時までって決めていた。
みんなで輪になって一ヶ月間の万博業務お疲れ様でした! って言ったあと、速やかに撤収作業に入った。
なんとなく仲良くなったお隣や近所のブースの売り子さんたちにもご挨拶しつつ、売れ残った商品を梱包する。布でくるんで、藁で覆って、木箱に並べて入れて。
化粧品だからね。ここで粗雑な扱いをすると傷がついて、お店に持って帰ってから売り物にならなくなっちゃう。丁寧に、慎重に。
……わたしは綺麗な装飾を施された化粧水の瓶を眺めながら考える。
これ、もともと個別で梱包されていたらもっと扱いがラクになるよね。豪華な装丁の軽い箱に入れて……ちょっと厚い紙で綺麗な印刷された箱を発注してみる?
「メグ。ぼんやりしてないで、ちゃんと梱包して!」
おっといけない。考えごとに熱中してベティに怒られちゃった。この件はあとでアイリーンさまかロブさんに相談だ。
「みんな、いるわね」
「アイリーンさま!」
撤収作業中にアイリーンさまがやっと来てくれた! わーい!
アイリーンさまがいると、この場にぱぁーっと輝く後光が差してが見えるんだよね。なんていうのかな、お傍に寄って崇めたくなるっていうか。本当に崇めているとアイリーンさまに呆れられるからやらないけど。
閉会式だし、護衛も兼ねてかレイさんもいるね。……あれ?
アルバートさんがいない。
「レイさん、アルバートさんは?」
こっそりレイさんに訊いてみたら、かすかに右の眉毛が上がった。器用ですね。わたし片方の眉毛だけを上げるなんてできません。
「……その辺にいるかと」
レイさんの答えに目が点になる。
その辺って……野良犬の話をしていたかな?
「愚兄の心配など不要です。それよりメグに話があったのですが……そうですね、業務終了後……夜にでも時間を取ってもらってもよろしいでしょうか」
「はい。わかりました」
改めてってこと? なんだろう。
「それとは別に……聞きたいのですが」
へ? 改まった話とまた別に? なんだろう。わたしが首を傾げると、レイさんは微かに眉間に皺寄せた。言いづらいことを言おうとしてるって感じ。
「メグのご両親はすでにお亡くなりになっていると伺っています……そのご両親の親御さんがこの世にいます。そう聞いたら探し出して会いたいと思いますか?」
考えたこともなかったその意外な質問に、わたしはびっくりしてレイさんの顔を見上げた。
◇ ◇ ◇(ローズロイズ商会・出展ブース)
アイリーンは万博で知り合った商会の会長同士との挨拶を終えた。
ひと月もの間、同じ場所で出展をしていれば、隣りあわせのブースやお向かいのブースの商会長と知り合いになるのは当然。むしろ同業同士、ライバル心を抱きつつもそれなりの付き合いをするため笑顔で会話する。
今回の万博出展はなかなか実のある機会だったと思う。
異業種のトップとも知り合えたし、これからの商談に生かせそうであった。
そして、他国の商人とも。
ふと思い立ち、あのヘイゼル色の髪を探すが見当たらない。先程まで彼女の家令であるレイと話していたようだったが。
「レイ。メグはどこかしら」
「メグなら飲食館へ買い物に出かけました。撤収作業参加スタッフ用に飲み物を差し入れするんだと言って」
レイの返答にアイリーンはひとつ頷くと肩を竦めた。
「あの子のそういう気遣いって、わたくし嫌いじゃないわ」
「とはいえ、不機嫌そうですね」
レイの主人は英邁闊達ではあるが、最近はお気に入りのメグが自分の傍を離れるのを忌避したがる傾向にある。
「わかる? いやね、レイは。わかってはいても黙っているのが粋ってものでしょう?」
「私にそんな器用なマネを求めないでください」
アイリーンは少々神経質になっていると、レイは察している。
従業員であるメグの業務スケジュールをわざと変更したり、必要とは言え急に勉学の時間を与えたり。
すべてはメグがこの万博会場に足を運ばせないようにするためだ。
この会場内にメグの親族がいるから。
彼らとの接触を最小限に抑えたいから。
「ご自分でメグに話せばよいのに」
「だって」
「“だって”じゃありませんよ。あなたいくつの子どもですか」
とはいえ、レイの主人もまだ21歳なのだ。老成にはほど遠い。迷いもするし嫌なものは嫌だと言いたくもなる。
「メグにちゃんと話をしたら……あの子のことだもの、自分の母親の国へ行くって言いそうじゃない」
「言いますかねぇ」
「レイはそう思わないの?」
「メグは見たこともない親族より、あなたを選ぶと思います。あなたのことを女神の如く崇め奉ってますから」
「そう、思う?」
「はい。あのポスターの顛末だって」
そこまで言ってレイは吹き出した。思い出し笑いだ。
◇
再印刷したアイリーンの超写実ポスターの万博後の行方で揉めた。
カレイジャス侯爵閣下が引き取りたいと申し出たのだ。
計画当初は北通り支店に展示される予定だったのもあり、メグが強硬に反対した。曰く、あのポスターはローズロイズ商会のお宝であり財産であると。みすみす他者の手に渡してはならないと。
だが、閣下から印刷にかかった費用の倍額(もちろん、破損された初期印刷分も含めた倍額)を提示され、一緒に反対していたロブ副会長が屈服した。
そのときメグが舌打ちをし“ロブさんの弱腰っ! 守銭奴!”などと悪態をついていたのをレイの耳は拾っていた。
涙目でむくれていたメグは、アイリーンに
『メグは、わたくしよりポスターの方が大事なの?』
と訊かれ、瞬時に機嫌を直した。
『そうですよね、閣下はアイリーンさまとすぐにお会いできないからこそ、あのポスターが欲しいんですよね、うん』
わたしはすぐアイリーンさまに会えるし! などとぶつぶつ言いながら自分を納得させていたメグは知らない。彼女をわりと気に入ったカレイジャス侯爵家の三男シリルが、彼女のために今回の超写実ポスターを再々印刷してプレゼントしようと決めていることを。その話を聞いたレイが、メグの部屋に貼れる大きさにして欲しいとシリルへ依頼していることも。
◇
「ポスターの顛末? ――あぁ」
アイリーンも思い出したのか、薄く笑う。自分の美貌は理解しているがナルシストではない彼女にとって、ポスター争奪戦などどうでもいい事象だ。
「そういえば、そろそろカレイジャス侯爵家の騎士団があのポスターを剥がしに来る時間ね」
侯爵閣下よりじきじきに、傷ひとつ皺ひとつ寄せずに取り外すようにと依頼を受けているはずだ。
騎士団の工作部隊の面々にとっては、主君の命令で息女の姿絵に触れねばならないのだ。なかなかの気苦労だろうと推測できたアイリーンは力なく笑った。
「アイリーンさま。そのメグですが、私さきほど本人に“親族に会いたいか”と尋ねてしまいました」
「え?」
二人でなにやら話し込んでいたようだったが、その内容だったのかとアイリーンは目を剝く。
「そうしたら、なんて答えたと思います?」
「もったいぶらないで言いなさい」
『両親の親御さんって、……おじいさんかおばあさんってことですよね。うーん。今までその存在すら考えたこともなかったからなぁ……うーん。会いたいかと訊かれたら、会いたいかも? って答えるしかないですかねぇ? 探し出してまで会いたいかなぁ……っていうか、向こうがわたしの存在なんて知らないんじゃないでしょうかね? 母から祖父母の話なんて聞いたこともないし』
「あの子にしては、だいぶ……クールというか、あっさりした感想なのね」
少し、拍子抜けした。メグの印象では、もっと愛情深い性格だと思っていたのだが。
「メグは“食堂のおじさんとおばさんなら明日にでも会いたいです”と言ってました」
「――なるほど」
アイリーンの持っていたメグの印象に間違いはない。ただ、全方位に愛情を振り撒いているのではないというだけだ。見も知らぬ血縁者より、育ての親に近い食堂の店主夫妻を優先するような。
ふたりがコソコソと話している間に、カレイジャス侯爵家直属の騎士団が到着した。騎士団工作部隊の部隊長がアイリーンに挨拶をしていると、侯爵子息シリルも現れた。
「あらお兄さま。魔導具館の撤収作業は済んでいて?」
「うん。ポスター剥がすのを見に来た」
彼はそう言うと、ポスターを剥がすための特殊な薬品を部隊長に渡した。これがあると作業がラクになるらしい。
「ところで、あの元気な子は?」
兄の問いにアイリーンは内心驚いた。この兄が女性に関心を向けるとは、と。
もっとも彼の関心度合いは、仔犬に向けるそれ程度だが。
「メグですか? いまちょうど買い出しで席を外していますわ」
「ふーん。あの子なら、ぜったい立ち会うと思ってたのに」
特大ポスターが徐々に壁から剥がされる。
二枚のポスターは背中合わせにされ、特殊加工のガラス板(シリル特製の魔導具)の間に納められた。ガラス板に合わせて作られた額縁にはめれば、表からも裏からも鑑賞できる特別ポスターの出来上がりだ。
「あれを引き取ってお父さまはどうするの? どこかに飾るのかしら」
ちょっとうんざりしながらアイリーンが問えば、傍らに立った兄は即答した。
「本邸宅の正面玄関ホールに吊るすって父上が言ってた。その為の特注額縁を早急に作らせるんだから、人使いが荒いよね父上って」
額縁の上から何重にも丁寧に梱包材が重ねられるさまを兄と見守りながら、アイリーンはふと妙な胸騒ぎを覚えた。
「たしかに……メグなら絶対に立ち会いたがる……」
彼女ならば凡そのタイムスケジュールを把握しているはずだ。
何時から撤収作業が始まり、何時ごろに騎士団が訪れ、どのくらいの時間をかけてポスターを剥がす作業をするのか。アイリーンのそばで、毎日スケジューリングに余念のないメグである。知らないとは言わせない。
そしてあれだけ愛情を込めて作製に携わり執着したポスターの最後まで見届けたがるはずだ。
なのにこの場にいないのは、なぜだ?
スタッフ全員分の買い出しとはいえ、時間がかかり過ぎていないか?
「レイ。メグはひとりで買い出しに行ったの?」
「いいえ。スタッフの……ベティと一緒に」
アイリーンとレイが話題に出したまさにその瞬間、慌ただしい足音とともにベティがブースに駆け込んできた。
「メグは……っ、メグは、戻ってますか?!」
血相を変えた、ただならない雰囲気で。




