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34.名前を付けちゃ、いけない気がする

 

 恥ずかしい。

 とても、恥ずかしい。


「メグは売り子の定位置に戻るって、聞いた気がするんだが」


 腕組みしたアルバートさんが、なんだか偉そうで威圧感たっぷりに言うのはなぜだろう。


「そういえば……そんなことを言ったような、……言ってないような?」


 いえ、言いましたねわたし。ほんのちょっと前に。

 そう言ってアルバートさんの手を振り切って逃げるように立ち去りましたね。

 ほんのちょっと前に。


 なんだか、恥ずかしいんですけど!


「定位置にいるはずのメグが、なぜ商業館ではないメインロードで男たちにナンパされていたのか、実に不思議だ」


 背の高い人が上から見下ろしてくるって、威圧感がましましになるよね! それがなんだか眉間に皺寄せて不機嫌そうな表情だったりすると、見下ろされるこっちは、なんというか……嫌ぁな予感がましましになるよね!


「あらー? それが事実なら本当に不思議ですねぇ! いやだなぁ、アルバートさんったら! わたしナンパなんてされてませんよぉ」


 本当よ。ナンパなんてされてないって。

 ちゃんとブースに戻ろうと思ってたんだよ?


 でも迷子になって泣いている子どもを見つけちゃったんだもん。

 子どもを保護して運営本部に預けてから戻ろうとしたら、やっぱり迷子状態だった年配の奥さまの困り顔と目が合っちゃったんだもん。


 そんな奥さまの行き先を聞いて案内したのは、奥さまは見慣れない民族衣装を着ていらしたし、杖をついて足が不自由だったみたいだから、ちゃんとエスコートしなくちゃって思っただけだもん。今日はとくに人が多いから足の弱い奥さまには大変そうだなって思ったからだもん。


 そりゃあ、そのあと同年代っぽい男の子たちに声をかけられたけど、あれだってカフェテリアはどっちにありますかっていう質問だったから、よかったら案内しましょうかって返しただけで……。

 おねえさんはローズロイズ商会の制服着てるってことはローズロイズ商会員ですか? って、礼儀正しく聞いてくれるいい子たちだったよ?


 それが、わたしの背後を見て急に顔色を悪くしたから、なに? って思って振り返ったら。

 いつの間にかわたしの背後にアルバートさんが立っていた。胸の前で腕組んで威圧感ましまし状態で。

 アルバートさんが『接客業務に戻ったのでは?』ってわたしに問い質したとたん、『あ、カフェテリアはあっちにありましたねー、だいじょうぶですー、失礼しましたー!!』って言って走り去ったし。


 で、ネチネチ怒られてるわけで。


「それが本当だとしても、メグがここにいるということは、交代要員を待っているスタッフが迷惑を被っているということでは? メグと交代するはずのスタッフって誰だったかなぁ。昼休憩にも入れず可哀想だなぁ」


「大変っ! 早く行かないとっ」


 そうだ! そうだった! わたしと交代するはずのベティ! ごめん、すぐ行くから怒らないで待ってて~っ!!!


「俺が抱き上げて連れて行こうか? その方が速いぞ?」


 走り出したわたしの隣を、アルバートさんも走ってくれる。


「この人込みで? 冗談でしょ、もうあれは勘弁してっ」


 ……いつもの軽口で話すことができて、ちょっとだけほっとした。


 もしかして、もしかすると。

 わたしがナンパされているって思って来てくれたの? って。そのナンパを阻止しようとして来たの?って思ったら。


 なんだか。

 なんだかね。


 嬉しかったの。でもね。


 アルバートさんのその優しさって、父兄というか、保護者的なものなのかなぁとか考えたら……なんだか胸の奥が息苦しいような気がして。ムカムカと腹が立つような。

 こういう気持ちって、もしかしてもしかすると。


 そう、なのかな。


 この気持ちにはっきりとした名前を付けちゃいけない気がするんだ。

 名前をつけたら……せつなくなっちゃうと思うんだ。たぶん。



 ◇


 ◇


 ◇


 ◇



 目まぐるしく時は過ぎて。

 万国博覧会の開催期間も残りわずか。

 休憩時間とか店番じゃない日に、商業館のほかの出展ブースを見学して。ほぼ全部見たかな。


 アイリーンさまのおにいさまたちとは何度か会ったよ。

 ローズロイズ商会にも何度か足を運んでくれたし、魔導具館へ行けばすぐ上のおにいさま、シリルさまがたいてい居たし。


 シリルおにいさまとは、アイリーンさまの超写実ポスターを作製依頼したときに紹介してもらって知り合った。アイリーンさまと同じ色の金髪も麗しい、まつ毛バッサバサのすんごい美人(としか言えない美貌の君!)なんだけどねぇ。異様な形態のゴーグルをつけてる姿にはちょっとびっくりしたわ。


 もうね、シリルさまはここに寝泊りしてる? っていうノリで魔導具館の主状態なんだよね。いつでもいるんだもん。


 このシリルさまは、魔導具の研究にかけては誰にも負けない知識と実績をお持ちなんだとか。

 ただ研究に没頭しちゃうと時間や寝食を忘れてしまう人なんだって。


 ……そんなシリルさまが恋人に選ぶのは殿方が多いってのが、侯爵閣下の悩みの種らしい。(シリルさま付きの侍従がシリルさま本人にそう愚痴ってたのを耳にしちゃったんだよね)(もちろん、『使用人心得』を何度も復唱して誰にも言ってないよっ)


 一応、婚約者さんがいた過去もあったらしいんだけどね。お相手に実情をご説明して、シリルさま側の有責で解消してもいいですよって話をつけて成人する前にさっさと婚約解消したのだとか。ご自分の性指向を隠していないんだって。


 堂々としてて凄いなぁって思うんだけど、やっぱりあの神々しいまでの美貌があるせいかな。もう存在するだけで正義! って感じなんだよね。

 それはアイリーンさまも同じなんだけど。


 そもそも。アイリーンさまには三人のおにいさまがいらっしゃって、アイリーンさまは年の離れた末っ子の長女なんだって。

 上ふたりのおにいさまたちは普通にご結婚されてもうお子さまもいらっしゃるのだとか。

(……その『普通に結婚』って、ぜったい親の決めた相手と小さいうちに婚約してからの結婚ってことだよね……貴族さまの普通って……)


 だから三男坊のシリルさまがご結婚されなくてもお目こぼしが許されているのだとか(と、アイリーンさま談)。


 お好きな研究に没頭して、お好きな相手と恋愛してるシリルさまは自由で強い人なんだなぁって思う。

 好きなことをやり続けるって、実は大変だと思うもん。それなりの努力とか決意とか、続けるだけの意思の強さとか。

 周囲を納得させるだけの実行力とか実績とか。

 必要な物はたくさんある。それらを全部手に入れるんだから、やっぱり凄い人だなぁ。

 魔導具館に展示されている新しい魔導具のうち、半分はシリルさまの発明だっていうから、本当にすごいよね。



 芸術館は国の内外で集められた絵画、宝飾品、陶芸、彫刻などなど、いろんな分野の美術品や芸術品が集められてどれも見ごたえがあったよ。

 で、ここが一番厳重な警戒態勢だった! 帯剣した騎士さまがあっちにもこっちにもいるし、記録水晶はどこにでもあったし。

 まあ当然だよね。王家の秘宝って呼ばれるものまであったもん。歴代王様が戴冠式のときに使用したお衣装とか冠とか錫杖とか。

 警戒態勢が物々し過ぎてね。あの雰囲気はキツかったぁ。

 キレイなもの大好きなわたしだけど、一度見れば充分かな。



 飲食館は全部で30店舗の出店があったけど、二週間で出店が入れ替わったりしたから、飽きないで通い続けちゃったな。カフェテリアのケーキは絶品だったよ!

 アイリーンさまは、ここのプリンアラモードがお気に入り。わたしにもごちそうしてくれるんだけど、本当はご自分が召し上がりたいんだって知ってるよ。わたしに付き合っている(てい)だけどね。



 面白かったのは国際特別出展館。

 外国から特別参加が認められた出展で、芸術品から産業品から、いろんなものが所狭しと展示されてるの。どれを見ても物珍しくてワクワクが止まらないよっ。


 その中でも等身大のうつくしい人形を展示したブースがあって、目を奪われたのなんのって!

 だって、本物の人間と見紛うばかりの出来の人形があるんだもんっ。生きていないのが不思議なくらい、精巧な作りの目とか、いくら見ていても見飽きないって思ったわ。また異国風のお衣装が可愛くて!


 その出展ブースで総支配人と呼ばれていたのが、わたしが出会った、迷子状態だった老婦人。隣の隣の国の人で、とっても優しいおばあちゃんなんだ。

 わざわざローズロイズ商会の出展ブースまで挨拶(あのときは道案内ありがとうって)に来てくれてからのご縁なんだよね。

 こっちからも遊びに行くと、美味しい異国のお茶をごちそうしてくれて。向こうがこっちの国のことばを流暢に使いこなしてくれてて助かる~。


 でもその話を聞いたロブ副会長に『商会に勤めるなら外国語は必須教養だ』って言われた。

 さっそく教材を与えられてね、今は大陸共通語から勉強してるよ。読み書きはともかく、日常会話程度はできるようになれって。なんて言うか……大変になったよ。


 でもまぁ、万博ももうすぐ終了するし。

 徐々に通常業務の方が多くなって、万博での接客は少なくなったから勉強する時間もとれてちょうどいいよね。


 なにはともあれ、新しいことを知るのは楽しい。だから毎日頑張ってるよ。



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