32.窃盗事件の詳細を教えてもらいました
万博開催から約十日あまり経過して。
ジェフリー・ロイドの余罪がざっくざっくと判明している。
ローズロイズ商会本店へ、器物破損のうえ窃盗目的で不法侵入し現行犯逮捕された彼は、あえなく警備隊に引き渡されたあと過酷な取り調べを受けているのだとか。
なんと、ローズロイズ商会の出展ブースを汚してポスター等を破壊したのも彼らしく。それは記録水晶に余すところなく納められていて、言い逃れする余地もないほどだったとか。
最初から会場にも記録水晶を設置していたレイさんって、やっぱり超優秀だよね。
とはいえ。それ、わたしとしては想定内なんだよね。
あの犯行って、アイリーンさまへの執拗な憎悪を感じたもん。あの離婚調停のサインをした日、アイリーンさまに食って掛かってたのを目撃したしね。
そしてこれはわたしも知らなかったのだけど、なんと昼間手薄の時間帯にロイド邸にまで侵入していたんだって!
その時は合鍵を所持していたからすんなり入ってしまったらしいのだけどね。
銀製品と絵画を盗んだらしいんだけど、それだけじゃ足りなくて商会の金庫を狙ったんだろうって。
どうやら王宮官吏だったのはアイリーンさまと離婚するまでで、離婚後すぐに退職しちゃったんだって。
王宮内で笑いものになっていたって聞いたから、そんな自分に耐えられなかったんだろうね。
離婚したことで示談金という名の手切れ金があったらしいんだけど、それも違法賭博であっという間に使い切ってしまったらしい。金貸しから借りてまた賭博で使い切って借金が嵩んで。
逃げて逃げて。
いろんなことから逃げて困りに困った挙句、泥棒になっちゃったのか。
嘘つきは泥棒の始まりだって昔お母さんが言ってたなぁ。だから正直に生きるのよって。嘘をつくなんてろくでなしのすることなのよって言われた。
つくづく、お母さんの言ってたことって正しいなぁ。
……そんなお母さんが、物事には二面性もあるけどねって言ってたのはどういう意味だったのかな。ふむ。
「奴は取り調べ中に、なん度も『メグさえいればよかったのに、あれがいれば上手くいっていたのに』と言っていたらしい」
万博会場の飲食館。開催されてから約十日ほどは経っている。
つまり、万博出展ブースの壁紙を大騒ぎして貼り替えたあの事件から十日ほど経った、ともいえるね。
既にお気に入りになってしまったカフェテリアの一角に座り、ロブ副会長からあの窃盗事件の詳細を聞くわたしたち。
警備隊の取り調べ状況を知っているなんて、ロブさんもさすがの顔の広さだよね。(というより、金のちから?)
「メグが居なくなったせいで自分は盗みに手を染めたという責任転嫁なら、」
カチャリと音を立てて(珍しい!)ソーサーにカップを戻したアイリーンさまが無表情で(珍しい!)言う。
「そばにいたのなら、なお酷い責任を被せられていたということね。――ふんっ。呆れ果てたわ」
心底軽蔑したわ、といった風情のアイリーンさま。……なお酷い責任ってなんだろう。
「捨てられ男の勝手な屁理屈ですね」
こちらはいつもの表情でレイさんが……あれ? いつも以上に表情が強張っている? 眉間の皺、いつもより深くない? いつもの無表情になろうとして失敗している感じ?
あのバカヤローに対する嫌悪感がましましになってる、みたいな?
「結局のところ、自分の選択で犯罪に手を染めたんだ。奴は王宮官吏として無能だったわけではない。どんなに嘲笑われようとそれに負けず歯を食いしばって勤め続ければ良かったんだ」
甘やかされたおぼっちゃまには難しかったかもしれないがなと言って、ロブさんは肩を竦める。ロブさんは豪商だけど爵位はないお家で育ったんだって、前に聞いた。
サミーさんも続いて口を開く。
「なまじプライドがあると、人の下につくとか頭を下げるとか嘲笑われ続けるとか……辛抱できなくなりますから……だからメグ。あなたが彼に同情する必要はありませんよ?」
心配そうな顔でわたしに言うけど。……同情?
「あなたは妙に純粋なので心配です。自分のせいで奴が犯罪者に……なんて思う必要は微塵もありません。それはここにいる皆の総意です」
いつも丁寧な口調を崩さないサミーさんのことばに、わたしは同じテーブルについているみんなを順に見渡す。
左隣にいるアイリーンさま、レイさん、ロブ副会長、サミーさん、そしてわたしの右隣にいるアルバートさん。
みんな気づかわしいというか、不安そうというか、心配そうな顔をしてわたしを見ている。
「アイリーンさま」
わたしは敬愛するアイリーンさまを見上げる。
「もしも、ですよ。もしあの離婚が成立した日に、わたしがあのバカヤローのプロポーズを受け入れていたら」
そう口にした瞬間、わたしの右隣のアルバートさんからぶわっと怒気……殺気? が溢れた。こわっ。
けど、それを無視して左隣のアイリーンさまを見つめる。
「どうなったと思いますか? ジェフリーは犯罪者になっていましたか?」
アイリーンさまの奇跡の造形美を誇るうつくしい瞳が、じっとわたしを見つめた。翠色の瞳はきらきらと輝いて憂いを含んでいる。
――うん、キレイ。
「メグ。過去にあったことを持ち出してもしもという想定であれこれ考えるときは、それが未来に実を結ぶ反省にならなければいけないと、わたくしは思うの」
「未来に実を結ぶ、反省?」
「そうよ。もし同じような場面に遭遇したらどうしたらいいのか。過去あった過ちを踏襲するのではなく、よりよい転機にすべく反省するの」
「よりよい転機」
「そうよ。今回の場合、あの男は誰かに責任転嫁するような下種野郎だから、どう考えてもあなた一人がそばにいたからといってあの下種野郎が犯罪者にならなかっただろうと断言できないわ。あれは下種野郎だから」
ゲスヤロウ……という単語をアイリーンさまの魅惑の唇から聞くとは思いませんでした。それも三度も。
「そうですね。離婚でそれなりの額の示談金を手にしていましたから、すぐに官吏勤めは辞めていたでしょう。そして離職した責任をメグに擦り付けたことでしょう。あれは下種野郎です」
レイさんも補足するようにことばを繋げた。……『下種野郎』付きで。
あぁ、そういうことか。
だからさっきアイリーンさまは『なお酷い責任を被せられていた』と仰ったんだ。
離職した責任をわたしのせいにされてただろうって。
それはレイさんも同意だから『捨てられ男の勝手な屁理屈』って言ったんだ。
わたしとしては、このお二人が『下種野郎』なんてわりと汚いことばを平気で口にした、そっちの方が信じられないよ。
わたしもバカヤロー呼ばわりしてたけどさ。
下町育ちのわたしが言うより、このお二人が言うと衝撃の度合いが違うよね。
どんだけ奴に対して怒り心頭しているのかが判るというものよね。
その迫力は、わたしの右隣でアルバートさんがさっきから振り撒いていた殺気をも、縮小させたからね!
「つまり」
その怒りを隠した心配そうな顔のアイリーンさまたちに、わたしは。
「あれを見限っていたわたしの目は、確かだということですね!」
そう言って笑顔を向けると、みんな一様にほっとしたような顔を見せてくれた。
「そのとおりだな」
と、ロブさん。
「先見の明があると言っても過言ではないでしょう」
と、サミーさん。
アルバートさんからは殺気が消えた。
その顔を窺うと穏やかな目で私を見ている。
殺伐とした雰囲気での事件報告会だったから、ちょっとほっとした。
あ、そうそう。
シェリーさんは無事、男の赤ちゃんを産んだよ!
母子ともに健康そのものだって! 赤ちゃんの顔見に行ったけど輪郭とか唇の形とかシェリーさんそっくり! あれは美少年になると思う。先が楽しみだぁ~。
◇ ◇ ◇
では接客に戻りますねと言って、メグがアルバートとともに離席したあと。
「アイリーンとレイラは、奴に対して異様に憎んでる? 敵視してる? みたいな印象を受けたんだが。あいつ他にもやらかしてるのか?」
ロブの問いに、アイリーンは彼女の側近に目配せをした。口にするのもおぞましいとでも言いたげな表情で。それを受けレイが答える。
「ロイド邸の窃盗の件で。さきほどはメグがいたので説明を省きましたが、奴は女性用下着を数点盗みました」
数秒、その場を静寂が包み。
「え……それってもしかして」
「マジか……ドン引き」
サミーとロブがそれぞれぽつりと溢した。
「盗まれた本人は気がついていないから、言わないでちょうだい」
わたくしもレイの報告がなかったら知らないままだったわとアイリーンが愚痴る。
「お、おう。お前らふたりの過激反応の理由が解ってすっきりした」
「ロブも欲しい? 女性用下着」
アイリーンの爆弾発言に、またしてもその場に静寂が訪れた。
「バカいえ。俺は中身の方が好きだ」
持ち直したロブが回答すれば。
「バカ正直ね」
「堂々と言うのもどうかと思います」
「まったくです。ロブは付けても似合うよ」
会長と家令と秘書が追い打ちをかけ。
「ふたりはともかく、おいサミー。お前、俺に喧嘩売ってる?」
「僕は商人ですよ? 質屋で引き取らないものは売りませんよ」
乳姉妹のふたりに、学園で知り合った豪商の息子とその友人。
いつもの気安い空気の中、、アイリーンはみんなに聞いて欲しいと前置きをしたあと、意を決したようにことばを繋いだ。
「この会場に、メグの親族がいるのだけど……みんなの意見を聞きたいの」




