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31.メグから見たアイリーンさまと事件概要

メグ視点に戻ります。

 ◇


 ……王太子殿下が妃殿下の腰に後ろから手を添えながら、このブースを立ち去った……のを、お辞儀をしながら見送ったあと。


 一気に緊張感が去ったわぁ~。わたしの隣に並ぶ売り子スタッフも同様だったみたい。ため息をついたあと、お互い目を合わせてくすっと笑う。

 物々しい雰囲気の護衛の騎士さまたちの数人が、ちらちらとアイリーンさまを横目に見ながら通り過ぎる。


 そのアイリーンさまは、胸に手を当てて軽く頭を下げるという執事さんや家令さんがよくやる仕草で王太子ご夫妻を見送っていたのだけど。

 騎士さまたちの好奇の目を気にすることなく、くるりと振り返りわたしたちスタッフ一同を見渡して。


「第一関門、突破ね」


 とニッコリと微笑んでウィンクした。


 はぁあああぁあぁぁぁぁぁぁ。麗しいっ! 男装しているのに駄々洩れる色気! 艶やかなオーラ! そこにいるだけで、人目を惹かずにはいられないその美貌っ!!

 あぁぁあぁあぁ、結い上げられたその御髪(おぐし)っ! わたしが整えたかったっ!

 だってわたしにはアイリーンさまのお支度を手伝う時間がなかったからっ! こっちで壁紙作成の陣頭指揮を執らなきゃいけなかったんだもん。


 しかもなにあれなにあれっ!

 あの口紅を使って後ろの絵に色を乗せた演出は!

 全部がモノトーンの背景の中で、そこだけぽつんと赤。アイリーンさまがあの色を乗せた下絵は、写実ポスターに採用された角度の絵だった。本物のポスターは鮮やかなお色味で動くの。

 でも動かないはずの、ただの下絵だったのに。

 アイリーンさまがお色を乗せた瞬間から、急に瑞々しく香り立つようになって。

 あの唇が開いて言葉を発するのでは? という妄想まで発展したわよ、わたしの脳内ではっ!!!!!


 思わずなん度もため息が口から零れ落ちていったよ!

 頑張って歯を食いしばっていたけど、零れ落ちちゃったのよっ!

 ついでに息を吸うのを忘れそうになったから、とんでもなく苦しくなったよっ!


 宝物を取りに戻ったロイド邸で、アイリーンさまとは軽く打ち合わせしたけどね。

 わたし、そこまでの演出をお願いしてないのよ?

 このブースの壁紙が色なしになるのは解っていたし、うちの守衛さんの制服は黒だし女性スタッフの制服も黒に近い紺色だから、アイリーンさまにも大人しめの服をお願いしますって言っただけなの。その方が逆に商品が目立つだろうって思っただけなの。


 なのに、まさかアイリーンさまが男装して現れるなんてっ! 執事姿でいらっしゃるなんて!


 そのお姿を拝見したわたし、悲鳴(喜びの)を上げなかったのは奇跡だと思う。頑張ったよ理性!

 アイリーンさまの到着は万博開催を告げるファンファーレが聞こえたあとだったから、大騒ぎしたら悪目立ちしちゃうもん。


 黒い執事服は、アイリーンさまのいつもの艶やかさを隠しているはずなのに、かえって色気倍増するなんてなんの罠ですか。けしからん。眼福にもほどがあるっ。

 レイさんの執事服だって聞いたけど、お胸のサイズが圧倒的に違うからか身体の線がくっきりはっきりばっちり表現されてしまうなんて! なんて罪作りっ! 


 アイリーンさま。咄嗟にあの行動をとったというのなら、あなたは素晴らし過ぎますっ。自分をうつくしく演出することにかけて、あなた以上の才能の持ち主がいますか?


 アイリーンさまはもう存在するだけで、イイっ! 光り輝いてますっ!


 護衛の騎士さまたちが横目にでも視線を寄越すはずだよね! これは見惚れるものだよね! 眼福ものだもんね! チラ見するくらいは許すよ! ガン見は許さんがな!



 スタッフをひととおり眺めたアイリーンさまが、わたしとも視線を合わせてにっこり微笑んで言う。


「さぁ。これから来るのは貴族の御婦人方よ。心して接客しなさい」

「はいっ」



 アイリーンさまが仰ったとおり、王太子ご夫妻が通り過ぎたあと、着飾った貴族のご婦人たちが次から次に足を運んでくださった。どのご夫人もご令嬢も、嬉しそうに展示ケースを覗き込む。


 ご婦人たちは商品を買う気満々だから嬉しかった!

 説明するこっちの意気込みも変わるもんね。

 王太子妃殿下が持ち帰ったものはどれ? なんていう質問いっぱいされたよ。


 失礼のないよう振舞うのは、なかなか骨の折れる作業だったけど、きちんとロイド邸で教えて貰っていたことが、役に立った。

 下町の食堂にいたから接客には慣れてるって思っていたけど、あそこでは注文を聞いて『かしこまりました』なんて返事は、しなかったもんね。

 口角をちょっとだけ上げて、上品に笑う練習もいっぱいしたし。

 立ち姿とか、お辞儀の角度とか。


 なんていうのかな。今まで一生懸命に学んできたことが役に立ってるんだなぁって思うと、なんだか嬉しくて。

 お客さまもとてもいい笑顔で『ありがとうね』なんて労いのお言葉をくださるから、役に立っているんだなぁってやりがいを感じるし。

 わたしは上機嫌で売り子スタッフとして働いていた。


 ――のだけど。


 数時間後、交代スタッフが来てとんでもないニュースが知らされた。

 ローズロイズ商会本店で、盗難事件発生。



 ◇



 ローズロイズ商会も出展している展示会場(商業館と呼ばれているよ)から離れたカフェテリア(飲食館にあったおしゃれなお店だよ)で休憩も兼ねながら。


 わたしはアイリーンさまや売り子スタッフ(開催直後の一班)と一緒に、事実確認を終えたレイさん(実は商会の黒い守衛さん用制服を着用して、ずっとブースに立ってたのよね)からお話を伺った。もちろん、護衛のアルバートさんも同席。

(今、展示会場は第二班が接客中です)


 実はもう、いち早くロブ副会長とサミーさんが現場――窃盗の現行犯が掴まった本店――へ行っているのだとか。


 窃盗犯は単独で裏口のドアを破壊し、店内へ侵入。まっすぐ金庫を目指したところで、常駐しているヴィーノさんとシェリーさんに捕獲されたのだとか。


 しかもその犯人って、ジェフリー・ロイドなんだとか。


 その知らせを聞いたわたしは、思わずアイリーンさまに視線を向けてしまったのだけど。

 アイリーンさまもわたしを見て、苦い顔して溜息をついた。


「どうやら、万博に人手を割かれて手薄になったところを窃盗目的で侵入したようですが……とち狂ったとしか思えませんねぇ」


 カフェテリアの片隅のテーブルに座ったので、まわりに配慮したのか抑えめの音量で、でも呆れたような声でそう言ったのはレイさん。


 まったくもって同感です。


 シェリーさんと旦那さんであるヴィーノさんが常駐してるって、知らなかったんだね……あのジェフリー・バカヤローさまは。

 よしんば窃盗を試みたのが真夜中であったとしても、ドア破壊した時点で即近所に住むヴィーノさんちに通報されるらしいけど。


 それはともかく。

 この昼間にドア壊して侵入したバカヤローさまは、駆け付けた臨月妊婦であるシェリーさんを卑怯にも人質にとろうとしたらしい。

 けど、シェリーさんにあっさりと返り討ちされあっけなく取り押さえられたって聞いたときには『馬鹿だねぇ』としか思えなかったわ。


 シェリーさんって本当に強いんだよ? 超有能なんだよ? 


 シェリーさんって、もともとは平民で小さいころアイリーンさまに拾われた恩義があるんだって本人から聞いた。アイリーンさまに恩返しするために、たくさん勉強して、強くなるためにレイさんから格闘技や護身術を習ったって聞いた。

 妊婦になったからってその腕が落ちるわけないじゃん。文官だったあのバカヤローが勝てるわけないのに。


 ただ、その捕り物騒ぎのせいでシェリーさんの陣痛が始まってしまったらしいのは誤算。


「今は病院にいるんですよね。シェリーさん、大丈夫でしょうか」


 たしか臨月だもん。出産はいつ始まってもおかしくないんだろうけど、大捕り物をしたせいで始まるなんてみんなも想定外よ。

 ヴィーノさんも付き添いで病院へ行っちゃったから、警備隊の現場検証の立ち合いも兼ねてロブ副会長たちが本店にいるんだって。


「こればかりは、我々にどうすることもできません」


 レイさんがみんなを見回して肩を竦めた。

 他の売り子スタッフもそうだよねぇと頷きあって。


「そうね。シェリーと赤子の無事を祈るしかないわ」


 アイリーンさまもそう言って。

 ことの顛末を聞いたわたしたちは、お互い顔を見合わせそれぞれ神に祈ったのでした。


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