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25.お仕事の合間に

 

 万博まであと数日となったある日、アイリーンさまがぽつりと溢した疑問。

  

「王族とか国賓とか貴族相手には王太子夫妻が立ち寄ったっていう宣伝文句が使えるけど、一般入場者向けにそれって通用するのかしら」


 万博の開催期間は一ヵ月。

 最初は外国からの特使や王侯貴族向けに人数制限しての開催だけど、期間途中から一般の平民向けにも開放されるのだとか。

 アイリーンさまはそんな平民向けになってからの心配をされているのだ。


 アイリーンさまの疑問を受け、わたしはそれにお答えすべくあちこちに聞き回って調査した。

 わたしたち万博に携わるチームはもとより、ローズロイズ商会の従業員やロイド邸の使用人たち、夜会で顔なじみになった他家の侍女さんたち、商業ギルドの職員や下町の食堂に出入りする一般人にも! 

 こういう状態を『東奔西走する』っていうんだってね。うん、毎日が勉強になるなぁ。


 判明したのは、一般庶民で年配になればなるほど『殿下がお気に入りのものだなんて、我々には恐れ多い』という感情が大きくなるってことだった。

 興味はあるけど、庶民のわたしには手がだせないものなんでしょう? って最初から諦めている感じ。


 平民でも若かったり、貴族家に侍女として勤めていたりなにかしらの接点がある人間だと、触ってもいい? 見てもいい? お値段によっては買える? と興味を持ってもらえる。


 あちこちに聞き込みして判った結果をまとめてレポートにしてアイリーンさまに報告した。

 庶民向けには、一品サービスみたいなことがあると興味を持って貰えるかもしれませんという自分の意見も付け加えて。



 ◇



 聞き込みにあちこち駆けまわってる間、わたしの護衛として常にアルバートさんが同行してくれた。


 本当はアイリーンさまのお側にいたいだろうなぁって思う。


 でもこの聞き込みはアイリーンさまの疑問を解消するためのものだから、アイリーンさまのおためになるものだから、アルバートさんも手を貸してくださいねって心の中で謝っていた。


 アルバートさんは基本的に優しい人だ。

 ついつい聞き込みに熱をいれてしまうわたしを気遣って食事に誘ってくれたり、甘いモノを差し入れしてくれたりも、した。

 夜会のときも侍女控室にちょいちょい顔をだしてくれて、不都合はないか、不審者はいないかと聞いてくれる。


 そんなに心配しなくても大丈夫なのにね。

 心配して貰えて嬉しいけど、申し訳ない気持ちもある。


 あぁ、違うか。『恋人のフリ』をしなきゃいけないからかな。

 それでも。

 フリだとしても、やっぱり優しくされるのは嬉しい。頑張ってるなって言って労ってくれるから嬉しい。



 ◇



「メグはスゴいな」


 アルバートさんはそんなことを唐突に言うからびっくりするんだよね。

 ある日のお昼休み。食後のお茶を一服しているときに言われた。


「は?! スゴいことなんてなにもありゃしませんよ!」


 本当にスゴいのはアイリーンさまとかアイリーンさまのお兄さまとか、ドラゴンスレイヤーのアルバートさんの方です。そう思って否定したんだけど。


「いや。好きなことに一生懸命になるその姿勢がスゴいなって。今、仕事好きだろ?」


 アルバートさんは甘い声でそんなことを囁く。穏やかな表情。優しい瞳。口元はあのもにゃっとした変な動き。


「……はいっ! 好きです! 楽しいです!」


 なんだか嬉しくなったわたしははっきりと肯定した。

 アイリーンさまのあのお肌を整える瞬間から始まって、アイリーンさまのお仕事を円滑にするための細かな作業まで。


 今までやったこと無い仕事ばかりだったけど、ぜんぶ楽しい。

 いろんな人に会って、覚えることばかりでいっぱいいっぱいになったりしたけど。もたもたしたせいで怒られたこともあったけど。

 ぜんぶ意味のあることで、みんなで商会をより良くしようとしているんだって分かって。わたしもその一員なんだって思ったら誇らしくて。

 しかも敬愛するアイリーンさまのポスター作りにまで参加させてもらって、楽しくて仕方ない!

 ポスターを作る過程で知り合った絵師さんや印刷所の技師さんたちは、職人さんだからかそれぞれこだわりがあってお付き合いするのはそれなりに大変だった。

 でも話してみれば、みんないい人ばかりだった。


 そんなこんなの苦労を……わたしのしてきたことを、アルバートさんは認めてくれる。

 ちゃんと、見てくれてる。

 ……ちょっと、ううん、だいぶ嬉しい。


 うん、もっと頑張らないと!


 わたしが握り拳を作って決意を新たにしていると、頬杖ついた姿勢でわたしを見ていたアルバートさんの穏やかな目と視線が合った。

 柔らかく輝く黒い瞳に見惚れていると、彼の大きな手がよくやったとでも言いたげにわたしの頭を撫でる。


 無骨で大きな手なのに、やさしくポンポンって。

 たったこれだけのことなのに、なんで心の中があったかくなるんだろう。


 優しくしてくれて、労ってくれて、認めてくれて。よしよしって頭を撫でられるのも、実は嫌いじゃないんだよね。


 我ながらチョロいなぁって思うけどさ。

 ……嬉しいなって。良い人だなぁって思うくらいは……いいよね?


「チョコ。食う?」

「あ、いただきます!」


 ……餌付けされたから良い人だって思ったわけじゃないんだからね!



 ◇



 アイリーンさまにレポートを提出した翌々日。

 万博で一般入場した平民向けに、特別割引券を配布することが決定したと告げられた。同時に来場者先着100名さま(女性限定)にローズシリーズのお試し品を配るんだって!


「一人一点。女性に限るって前情報をバラまいておいてね」


 アイリーンさまに微笑まれたら頷く以外の選択肢はありませんね! 夜会や商業ギルドに行ったとき噂話好きの団体に特攻しますっ!


 ……その後、特別割引券の作成に追われるんだけど……うん、まぁ、その話は割愛してもいいよね。


 ロブ副会長も限定お試し品を用意するのに時間を割かれていたし……。やっぱり人手不足ですよぉ。

 大変だった……とだけ、付け加えておこうかな……。


 万博開催まであと一週間となった日の出来事でした。






 ◇ ◇ ◇(ジェフリー・ロイド)



 どうしてこうなったんだ。


 俺はこんな下層にいるような人間ではないのに。

 まさか、明日の食い物に困る日々がくるとは思わなかった。


 金が、金がない。金が無くなるなんて。

 こんな、惨めな思いをするなんて。


 生まれた家にも帰れない。

 家長である父親に殴られ、酷いことばで罵られた。二度と領地へ足を入れるなと。たとえ自分が死んでも顔を見せるなとまで言われた。母親は泣くばかり。兄たちにも蔑まれた目で見下ろされた。


 俺がいま、こんな屈辱を味わわないといけないのは……


 全部……、全部あいつのせいだ。


 あいつに関わったせいだ。

 あいつが俺からすべてを奪いやがった。

 安定した生活も。職も。家も。……恋人も。


 恋人……メグ……

 メグが俺に歯向かうなんて……あんなに生意気なことを言うなんて……


 しかも

 いつもいつもあの犬が纏わりついて恐ろしくて近づけない。

 昔からあの兄妹は目障りだった。


 それもこれも全部、あいつの指示に違いない。



 憎い。


 憎い。


 憎い。



 もう俺に失うものなんて、なにもない。

 あるのはこの身体とこの命だけだ。


 もう、俺に、失うものなんて、なにも、ないんだ。




 あいつに目に物見せてやる。


 ◇ ◇ ◇



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