23.メグのお仕事~ポスターにかける情熱
朝。
いつもの時間に目が覚めたわたしは、いつものとおり仕度をしたあと家令であるレイさんの部屋に向かう。
毎朝、レイさんとその日の行動予定を確認し合ってから、一緒にアイリーンさまを起こしてお仕度をする。おうつくしいアイリーンさまにお化粧を施す栄誉! これはもう誰にも譲れませんよっ!
前任者だったシェリーさんは、妊娠を機にローズロイズ商会本店の近所に住むようになった。もちろん、旦那さんのヴィーノさんも一緒にね。最近のふたりはなんだか本店常駐の守衛さんっぽくなってる。
妊娠するまでのシェリーさんはロイド邸に住み込みしてたんだけどね。ヴィーノさんとは通い婚状態だったって聞いた。いろんな夫婦の形があるんだなぁって勉強になりました。
そんなシェリーさんが出産を終えたら、アイリーンさまのメイク係を返さなければならないかも? って怯えてはいる。
でももう彼女は住み込みではないし、幸い、わたしのメイクの腕前はアイリーンさまに認められているから安泰だと思う。自慢してもいいんだって、最近はちょっと思うんだ。
とはいえ、アイリーンさまは元々お顔立ちの良い方だから複雑なメイク術は必要ないと言えないこともないのよね……。
いやいや、そんな問題よりも!
「レイさん、予備の女性用下着、ありませんか?」
最近は忙しくて自分の買い物も満足にできなかったんだけど、幸いこのロイド邸はご主人さまがローズロイズ商会の会長さん。商会をとおして買い物をすれば、格安で手に入れられるうえに、有能家令のレイさんが買い物の代行までしてくれるんだよねぇ。場合によっては必需品として支給物扱いにしてくれるから、ほとんどタダという美味しい環境なのよ。
「ありますよ。何枚必要ですか?」
「んー、とりあえず明日の分があればいいんですけど……。なぜか予備が一枚もなくて」
お洗濯物はシャワーを浴びた時に専用の袋に入れて、洗濯室の所定の場所に置いておくと担当の人が洗濯してくれる。
洗濯された衣類はまた専用の袋に入れて渡される。
お邸内で働いていたときは直接手渡しして貰ってたけど、今みたいに寝る為だけお邸に戻るような生活になってからは、自室のドアノブに引っ掛けておいて貰っている。洗濯担当者さん、いつもありがとう!
「予備が、ない? メグの衣類はここに来た当初、着替えも含めてひととおり揃えたはずですが」
レイさんの眉間に皺が寄ってる。
「そう、ですよねぇ……。着替えの分だけでも下着は3枚あったと思ってたんですが」
わたしが昨日着用していたものは、今は洗濯室にあるとしても。
今着ている分の他に、あと2枚あってもいいんだけどなぁ。
まだ返却されてなくて。
「そっちでしたか……いえ、昨日は洗濯物が完全に乾かなかったのかもしれませんね……手配しておきます」
なんだかぼそぼそと独り言を言っていたけど、レイさんが請け負ってくれるなら大丈夫。明日の着替えの心配をしなくて済んだぞっと。
その後、わたしとレイさんはアイリーンさまに朝の挨拶をしたあと身の回りの準備をした。
く~っ。今日も朝から寝起きのアイリーンさまが艶っぽいしおうつくしい!
眼福! パックとかマッサージとかしたいなぁ、なんて思っていると
「メグ。夜会に行くわけじゃないから」
アイリーンさまご本人に苦笑された。どうも思考が読まれていたっぽい。手が不審に動いていたかも。
朝食は恐れ多くも有難いことに、アイリーンさまのお部屋でご相伴にあずかってます。レイさんに給仕されながらのそれは、半分は食事マナーのレッスンであり、もう半分はアイリーンさまとの打ち合わせでもあるから気が抜けない。
とはいえ最近は慣れちゃったな。レイさんから怒られることもなくなってきたし。
「というわけで、今日はアイリーンさまのポスターの試し刷りが出来上がる日です。ロブ副会長や商品開発部の部長、印刷機の技師さまも立ち会って確認してくれる予定です」
万博用のアイリーンさまの特別ポスター。
印刷を担当してくれる技師さんと構図を考案してくれた絵師さんも交えて、もう何度打ち合わせを重ねたことか!
まずなによりもアイリーンさまが一番うつくしく見える角度を維持してもらいたいという希望が譲れなくて!
そして第二にアイリーンさまの肌のお色となによりも新色口紅の色が鮮やかに出ないと納得しないもんね! わたしが!
記録水晶におうつくしいアイリーンさまを保存させて、そこからどういった技術になるのかはわからないけど、こちらの想定したとおりの画像にしてもらって。
その試し刷りを持って来てもらって、みんなで再度確認して納得がいけばそのまま本刷り。改善点があればやり直し。
まだ時間的余裕があるからお直しになっても大丈夫……なはず。
実は、いろんな角度から見たアイリーンさまのポスターを大量に作って、万博ブースの壁一面に隙間なく並べて貼りたいって提案したんだけどね。絵師さんにお願いして描いてもらった下絵ならいっぱいあるんだけどね。
あ、ブースは会場の人の出入りが一番ある正面入り口近くに用意されてるから、隣のブースとの間仕切り分と合わせるとポスターが貼れる壁は二面あるんだけどね。
「壁一面に、ポスターですか……」
他のスタッフに怪訝な顔をされて。
「ちょっと、センスない、ですよねぇ……」
などと辛辣に言われ。
「一枚いくらかかると思ってる。却下だ」
とロブ副会長の無慈悲な声で断じられて。
「さすがにわたくしの顔だけが数多く並ぶって、ちょっと嫌だわ」
と苦笑いしたアイリーンさまの最終的却下のお言葉を頂いて、わたしの『壁一面(本当は二面)のアイリーンさま作戦』はボツになったのでした……。ちっ。
で。
せっかくの超写実ポスターなのだから、それの特大版を作ろうとなりまして。
アイリーンさまのご尊顔が大写しになった大判のポスター2枚(それを一枚ずつ壁に貼る予定)と、アイリーンさま実物大の全身像の看板(これも超写実印刷されたものを使用予定)を立てかけることで最終案になりました。
一枚印刷するのにそれなりの金額がかかるんだぞとロブ副会長から試算を拝見し戦慄しました!
そして印刷そのものに時間もかかるのだとか。微妙なお色が紙(そもそもこれが特注品)に定着するまでに4時間から5時間は必要なのだとか。
お金も時間もかかる逸品となります。
「メグが一番楽しみにしているものね」
アイリーンさまがナプキンで口元を拭いながら笑う。
「当然です。アイリーンさまのポスターです! 真っ先に見たいですっ!」
わたしは自分の食事を終え、アイリーンさまのお化粧直しのために立ち上がる。アイリーンさまもお口を濯いでから、わたしが化粧直しをするのを待っていてくださる。
「メグのポスターにかける情熱にはびっくりしています」
レイさんが食器をワゴンに片付けながら言う。
「だって、一番うつくしいアイリーンさまじゃないと、納得できないじゃないですか!」
おふたりは鷹揚に笑うけど、大切なことですからね!
口紅をアイリーンさまの唇に乗せたあと、絹のハンカチで軽く押さえて余分な紅を取る。うん、完成! 今日も美人!
紅筆やパフを手早く片付けながら出勤の準備も完了!
最近、本当に慣れてきた。ワタワタしなくなったもん。
……こういうときが、一番調子に乗って失敗しやすいってお母さんに注意されてたなぁ。気を付けよう。
お邸の玄関前アプローチには馬車とアルバートさんが待機している。
アイリーンさまが馬車に乗りこんだあと、レイさんがわたしに書類ケースを預けながら耳元で囁いた。
「メグは今日以降、わたしが直接渡すもの以外、身に着けないように」
「へ?」
「行きなさい」
アルバートさんが手を差しだして待機していたから、待たせたら悪いしその手に掴まって馬車に乗ったけど。
レイさんの言った言葉がどういった意味だったのか。
ローズロイズ商会に着くまでしばらく頭を悩ませたわたしだった。




