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19.メグの気持ち

 

 アルバートさんが用意してくれた馬車は、一頭立ての二輪幌馬車。カブリオレっていうんだって。二人乗り用で、日よけの可動式幌が背後から被せられる。

 わたしが座席に座るとアルバートさんがわたしのひざにブランケットをかけて、幌をきちんと被せてくれた。箱馬車みたいに区切られた空間にならないから、馬の尻尾が丸見えだ。

 アルバートさんはわたしの隣に無理矢理腰を下ろすと手綱を握り、馬に出発の合図を出す。

 カッポカッポと(ひづめ)の呑気な音を立てながら、カブリオレは動き出した。


「隣に、座るんですか?」


 密着したくないと思ったそばからこれですか! 一応二人乗りだけど、アルバートさんの身体が大きいせいかちょっと窮屈。


「後ろの馭者台だとお喋りできないでしょ」


 気軽にお返事してくれるけど、こっちはそのお喋りをしたくないんですが。

 なんて言えないんですが。

 というか、あまり仲良くなりたくない、というか。


 だって。

 わたしって、惚れっぽい人だって思い知ってるから。相手の身分とか婚姻済なのかどうかも知らないうちに好きになってしまうようなチョロい女だから。

 だから。


 好きになりたくない。


 アルバートさんは良い人だと思う。ハンサムさんだしS級のドラゴンスレイヤー(つまり有能!)だしわりと優しいし。

 ……笑うと可愛かったりもするし。


 でも。

 29歳独身なんだよね。

 それって、絶対訳アリだからだと思うんだ。


 貴族って早いうちに婚約者が決まるって聞いた。アイリーンさまもおうちの(しがらみ)とかお父上のご命令とかで結婚せざるを得なかった。そんな貴族の一員であるアルバートさんが、独身だって。カッコ良くてドラゴンスレイヤーで優しい人なのに恋人もいないって。


 そんなん、訳アリだって思うよね?

 その訳ってさ、アイリーンさまが関係しているんじゃないの? って思うんだ。


 つまり、アルバートさんはアイリーンさまのことが好きなんじゃないかなって。

 そのせいで独身だったんじゃないのって。


 だって『アイリーン』って、親しい間柄みたいに呼び捨てにしてたし。

 アイリーンさまだって『アルバート』って親しい感じで名前を語っていたし。やっぱ、おふたりは旧知なんでしょ? って思うし。


 S級の冒険者なのに、数ある依頼を断って一商会の護衛をしてるっていうのもアイリーンさまのためなんだなぁって納得するっていうか。

 そのアイリーンさまがお命じになったからこそ、わたしの護衛だってしてくれてるんだし。

 そもそもわたしと初めて会ったのだって、アイリーンさまがジェフリーの不倫相手を連れてきてってお願いしたからだし。


 つまるとこ、要するに。

 アルバートさんは、アイリーンさまにずっと片思いしてたんじゃないかな。

 だからこそ、ずっと独身で恋人も作らなかったんじゃないかな。


 貴族の中にも格差があるって知った。きっとアルバートさんも好きって気持ちだけじゃ結婚できなかったんだって思う。


 なんだか、せつないね。

 そんなせつない片思いしているアルバートさんを好きになっても、ツライだけじゃん。


 そもそもアルバートさんは貴族だし。貴族の中にだって格差があっていろいろ面倒臭いのに、さらにわたしは平民なんだもん。

 身分差のある恋愛は嫌だもん。苦労するのが目に見えているもん。わたしまでせつなくなるじゃん。


 なのに、恋人のフリをしなくちゃいけないなんてさ。

 親しく振舞わないといけないなんてさ。なんていうか……シンドイよ。



「メグちゃん。そんなふくれっ(つら)してると、可愛い顔が台無しだよ」

「……可愛くなくていいんです」


 わたしのこの物思いをアルバートさんが知ってるのかどうか分かんないけど。

 可愛いなんて気軽に言って欲しくないよ。嬉しくさせないでよ。


「っていうか、唇を突き出してるのがね。エロくていいね」

「なっ……なに言ってんですかっ!」


 とんでもない発言に彼を見れば、爽やかな笑顔でわたしを見て笑っている。なんでそんな無駄に良い笑顔になってんの⁈ わたしの乙女心に勝負挑んでるの⁈ 言ってることはエロ親父なのにっ!


「ははっ。やっとこっち見てくれた」

「不埒な発言は控えてくださいっ! レイさんに言いつけますからね!」


 レイさんが『恋人のフリなんてやめなさい』って言えば、その意見がとおりそうだしね! なんかあの人、謎に発言権強いっていうか逆らっちゃ駄目だって思わせる何かがあるもんね。


「あらいやだン、こわーい」

「急にオネェ言葉にならないでください!」


 怖いなんて微塵も思ってないくせに!


「似合うから?」

「自分で言うな!」


 その大きな手を頬に当てて、くねっとしなを作らないでいただきたい。


「否定されないってことは、似合うのね……微妙にショックだわ……」

「自分で言うな!」


 わたしたちのバカな会話は、カブリオレの車輪の音と馬の蹄のカッポカッポという音にかき消され、余所(よそ)に聞かれていない……と思いたい。たぶん、そう。聞かれてないよ!

 わたしバカだけど、恥の概念は持っているからね。

 あの会話が恥ずかしいってのは解っているからね。


 一緒にいられるって喜んでたわけじゃないんだからね!



 ◇



 ローズロイズ商会の出店2号店。通称『北通り支店』は貴族街の一角にデデーンとあった。

 下町にある本店が庶民向けに展開しているのに比較して、この北通り支店は間違いなくお貴族さま向けに出店したんだなぁっていうのがよく分かる。

 実は、来るのは初めてなんだよね。買い物するなら下町の本店だったし。

 こっちは店舗がそもそもゴージャス! (きら)びやか! さすが!


 もっともわたしは正面玄関からなんて入りませんよ。使用人裏口からです。当然です。


 裏口から入るとやっぱり守衛室があって誰何(すいか)される。けど、アルバートさんが顔を出したら『あぁ、本店から』とすぐに解って貰えた。凄いな、顔見せただけでいいなんて!


 アルバートさんが勝手知ったるという感じでわたしを副会長室へ案内してくれた。凄いな、違う店舗なのに部屋の場所を把握しているなんて!

 とはいえ、だいたいの造りは本店と同じだった。副会長室もやっぱり二階にあるのね。従業員スペースはそれほど豪華絢爛って感じでもない。


「会長の新しい秘書をお連れしましたよ~」


 アルバートさんが副会長室の扉を三回ノックしたあと、そんなふうに言いながら扉を開けた。

 え? 中からいいよってお返事がなかったけど勝手に開けてもいいの⁈




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