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12.もう恋なんて……

 

「お疲れ」


 わたしの背中をポンと叩きながら言ったのはシェリーさん。


「お茶にしましょう。メグも飲んでいきなさい」


 そう言ったのはアイリーンさま。

 辞退しようとしたら「ここで時間潰してから帰りなさい」と押し切られた。たぶんあのバカヤローと鉢合わせしないように、というお心遣いだろう。


 なんとなくバカヤローが座っていた席と同じ場所には触れたくなくて、黒服眼鏡のおじさんが座っていたソファに腰かける。


 シェリーさんが淹れてくれたお茶は、とっても薫り高くて高貴な感じなのに、どこか懐かしい感じもしてほっとした。


 ほっとしたけど。


 やっぱり、けじめはつけないといけないと思う。それはわたしの人としての矜持ってやつ。

 アイリーンさまに、ちゃんと謝らないと。

 カップをソーサーに置いて、それごとテーブルに戻して。わたしは正面に座るアイリーンさまに頭を下げようとしたそのとき。


「ごめんなさいね、メグ」


 先に謝罪の言葉を口にしたのはアイリーンさまだった。

 思わぬお言葉をいただき固まってしまう。


「あなたには不意打ちを喰らわせたような形での面談になってしまったわ……。でもあなたを探し回っているというジェフリーが憐れで……最後に一目、会わせてあげたくなったの」


 伏し目がちで、申し訳なさそうなお顔をするアイリーンさま。


()()にアイリーンさまの慈悲が通じるかどうか、私は疑問ですが」


 お茶菓子を出しながらシェリーさんがぽつりと溢す。 

 わたしはちょっと納得がいってしまった。レイさんが突然わたしにお使いを頼んだわけが分かったような気がしたから。


「謝らないでください、アイリーンさま。むしろ、わたしの方がご面倒をおかけしました。申し訳ありませんでした」


 言葉と同時に頭を下げた。

 わたしが心の中でゆっくり五つ数えて頭を上げると、アイリーンさまはキョトンとしたお顔でわたしを見ていた。


「なぜメグが謝るの?」


 小首を傾げるそのお姿は美麗なのに可愛らしい。お流石(さすが)ですっ、アイリーンさまっ!


「わたしのせいで、アイリーンさまは離婚するハメになったと思うと……」


 謝らずにはいられない。

 レイさんにはメグ(わたし)のせいじゃないと言われていたけど。でもやっぱりきっかけというか、発端になったのはわたしだと思うから。

 身のほど知らずにも、わたしが恋なんてしたから。


「あぁ、そうねぇ……もしメグに子どもが出来ていたら別れなかったかもしれないわ」


「へ?」


 わたしに子どもが出来ていたら、別れなかった? 普通は『愛人に子どもが出来たから別れる』じゃないの?

 なんだか逆な気がするのは、わたしが庶民で貴族的な考えが分からないから、かなぁ。


「少なくとも、『今日』じゃなかったわね。子どもが生まれて、神殿で祝福を受けるようになるまではアレとの婚姻関係を継続していたと思うわ。一応、アレが父親だもの」


 えーと? 赤ん坊……というか3歳の幼児が受ける『初めての祝福』って両親揃ってないとダメだった? そんなことないと思うけど……?? 『初めての祝福』ってなにするんだっけ? 全然おぼえてないよ。

 貴族は両親揃ってないとだめなのかも? よく知らないけど。


 アイリーンさまは今までと変わらない、あっけらかんとした表情で淡々と説明してくれる。


「でも……結局は離婚したんじゃないかしら? 確証はないけど、そんな気がするわ。なによりも彼がそう望んでいたのだし。彼はあなたと暮らして『温かい家庭というものを初めて知った』って言っていたもの。……メグは事を早めてくれただけだから気にしないで」


 そして語ってくれたアイリーンさまのお話。


 アイリーンさまがまだ未成年の学園生のうちに、ご自分の才覚で仲間とともにローズロイズ商会を立ち上げたこと。

 けれど未成年者が会長だと都合が悪かったそうで、立ち上げ当時はお父上のお名前をお借りしていたこと。

 成人を機にご自分の名前を公にし、同時にお父上から男爵位を譲り受けたのだとか。

 商売上、爵位があるのとないのとでは販路が違うとかで。

 そして独身のままだと社交界で舐められてしまうからと、お父上が薦めるままジェフリーと結婚したのだとか。


 つまり、アイリーンさまにとって男爵位を貰うことと結婚は、同時進行で起きた商会を存続させる上での必要条件だったということで。


 愛とか恋とか、そういう感情は一切なかったと。

『政略結婚』って単語を初めて聞いたのは、アイリーンさまからだったけど、そういう事情でしたか。


 でも変なの。

 爵位があれば販路が広がるっていうのは理屈としては解る。平民相手だけじゃなく、貴族相手にも商売ができるって意味だよね?

 でも結婚してても独身でも、アイリーンさまはアイリーンさまなのに。配偶者の存在がアイリーンさまの価値に影響を与えるとは思えない。

 独身のままだと『舐められる』社交界って、なんなんだろう?

 わたしがその疑問をそのまま伝えると、アイリーンさまはなんだか泣きそうなお顔で笑った。


「……ありがとう、メグ。変なところだけどね、“社交界”ってそういう場所なの」


「……そんな変な場所で戦うための武器を失くしたってことになったのでは?」


 この離婚がアイリーンさまの弱点になったらどうしよう。

 わたしはそう思ったのだけど。


「ふふ。たぶん、ならないわ。この三年の結婚生活で名ばかりの夫など不要だと思い知ったもの。逆に“離婚歴あり”という肩書はわたくしの新たな武器になるわね」


「はい? どういうわけで?」


 わたしが聞くと、アイリーンさまはいたずらっ子みたいな顔で笑った。


「パトロンとツバメを大募集できるわ」


「???ぱとろんとつばめ???」


 知らない単語がまたでた! あとで誰かに聞こう。心にメモして忘れないようにしないと!

 ……アイリーンさまの後ろに控えているシェリーさんの表情(なんてこと言い出すんですかっ! って今にも言い出しそう。レイさんなら遠慮なく言うだろうなぁ)を見ると、ろくでもない単語な気もするけど……。


「ふふ。実際はそれをエサに条件付けるけど……なりふり構わないで積極的に打って出れるってことよ」


「さっぱり意味がわかりません」


 アイリーンさまがとても楽し気だから、そんなに悪いことではないみたい。……だよね?


「メグはそのままでいてね」


 そう言って笑ったアイリーンさまの後ろで、シェリーさんも頷いていたけど……シェリーさんの笑顔が固い。彼女に意味は聞けなさそう。


「あぁそうそう。彼、便宜上『ロイド姓』の名乗りを許可したけど、立場としては平民になったわ」


「平民?」


 ええと? 彼というのはあのジェフリー・バカヤローのことかな? って貴族じゃないの? 立場として平民ってなに?


「わたくしと離婚したのだもの。貴族籍は抜けるわ。彼の実家はもともとはわたくしの生家の家門の寄子なのよ。三男坊だった彼は彼で、継ぐ家も爵位もないし、わたくしとの結婚を拒否できなかったの。

 とはいえ、主家の娘であるわたくしとの離婚ですものね。実家には戻れないわ」


 うーん。詳しい事情はわからないけど、アイリーンさまの生家っていうのが他の貴族より強い立場だっていう理解でいいのかな? アイリーンさまもあのバカヤローもその(しがらみ)雁字搦(がんじがら)めだったってことで。


 ……貴族って、大変なのね。


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