10.いや、自分のせいでしょ?
立派な飾り彫りが施されたドアをそっと開けるエゼルウルフさま。
ドアの内側にいた同じ制服の守衛さんとこそこそお話ししてる。
その守衛さんが目配せとジェスチャーでわたしに入室を促す。無言ってことは、わたしも余計なお喋りはダメなんだろうな。
実はドアが開いた途端に部屋の中から誰かの話し声がしていたんだよね。
中ではどなたかを接客中なのかな? 時折奥さまのお声も聞こえるし。
今日のわたしの使命はレイさんに頼まれた書類をアイリーン奥さまに手渡しすること。粗相がないよう気を付けなきゃね!
接客中なら邪魔できないよね。待つべきなのかな。お話し中でもこっそり渡せないかな。
そんなことを考えながら、わたしはそーっと入室した。
わたしはただの使用人。奥さまとお客さまの邪魔はしません。妙な詮索もしません。ここで見聞きしたことを他言しません。
よし! レイさんに教えて貰った「使用人心得」、ちゃんと覚えてるもんね。
覚悟を決めて部屋の中央に視線を向ければ。
応接セットに誰かお客さまが座っている後ろ姿があった。男の人が二人。
その対面にローテーブルを挟んでアイリーン奥さま。視線はテーブルの上だ。
奥さまの背後には専属侍女(兼秘書兼護衛)のシェリーさん(彼女も美人さんなの)が立っている。彼女の視線がわたしとかち合った。こっちにおいでってこっそりジェスチャーしてくれる。はいはい。
「それでは。お二方のサイン、たしかに頂戴しました。協議離婚は成立です。私はこの書類を貴族院に提出します。お疲れさまでした」
お客様のうちの一人――黒服に眼鏡のおじさん――が立ち上がると、そう言って一礼した。
協議離婚成立?
あれ? もしかして? 奥さまの離婚のお話?
じゃあ、奥さまの対面のソファに座っているもう一人のお客さまって……。
いやいや、心得その2。妙な詮索はしません、だ。平常心、よ。
取り敢えず、もう『奥さま』呼びはしない方がいいのかな?
わたしは黒服のおじさんが通り過ぎるのを待ってからシェリーさんの方へ近寄った。視線をアイリーンさま以外には向けないよ!
アイリーンさまがテーブルの上に置いてあったなにかの書類から顔を上げ、わたしを認める。優雅に手を差しだすので持って来た書類ケースを渡す。
うん。ちゃんとお使いできたよ、レイさん!
「ご苦労さま、メグ」
……今、名前を呼んで欲しくなかったなぁ、なんて思うのは我が儘ですかね?
「……めぐ?」
アイリーンさまの対面に座っていたお客さまが、そう呟いて顔を上げたのが視界の隅に入った。
息を呑む気配がする。
わたしは見てないから知らないけど! わたしはうつくしいアイリーンさましか見てないし、そのほかの見聞きしたことは知らぬ存ぜぬという態度を貫けって、レイさんから教えられているし!
使用人心得だし! わたしは一使用人だからね!
「メグ! 無事だったのかっ‼‼」
アイリーンさまの対面に座っていたお客さまが、突然大声を出して立ち上がった。
無事だったのかって言われても。
「探したんだ! いままでどこにいたんだ! 無事なら無事と、なぜ知らせない⁈」
そう言いながらお客さまがわたしに近づいてくる。
わたしは慌ててシェリーさんの背後に隠れた。なぜあんたに知らせなきゃならないのよ。
「……メグ? なぜその女の後ろに……」
わたしは一使用人。ただの従業員。アイリーンさまとお客さまの邪魔はしません。妙な詮索もしません。ここで見聞きしたことは他言しません。
つまり、わたしはあなたとなんの関係もありませんよ。
「アイリーン‼ お前がメグを攫ったのか⁈」
はあ?
お客さまの激昂がなぜかアイリーンさまに向かった。
このひと、いま、なんて言った?
「おまえがメグを攫って俺を苦しめたのかっ! そんなことして、なにが楽しいんだ!」
シェリーさんを盾にしつつそっと覗いてみれば、お客さま――メンドクサイな、バカヤローでいいや。バカヤローが物凄く怖い顔をしながらアイリーンさまに詰め寄って文句言ってる。
ドア付近にいた守衛さんがすっ飛んできて、バカヤローを羽交い絞めにしているけど、なんだか興奮したバカヤローはその拘束をものともしない。ものすごく暴れている。アイリーンさまに掴みかかろうとしているみたい。
アイリーンさまは守衛さんを信じているのかな、ソファに座ったまま悠然と微笑んでいらっしゃる。
「アイリーン! きさまのせいで俺は! いい笑いものだ‼‼」
あぁ、お城で笑われてるってレイさんが言ってたね。
「いや、自分のせいでしょ」
しまった。心の底からの本音がつい口から出てしまった。
わたしが口を挟んだからか、バカヤローがぐりんと音がする勢いでこっちを見た。
こわっ!
「メグ! 帰ってきてくれメグ!」
ひー。なんかすごい形相だ。憤怒というか泣きそうというか。
うん、必死というのは解った。
守衛さん。そのまま羽交い絞め、よろしくお願いしますよ?
――やれやれ。どんなお客さまでも対応していた下町の食堂をちょっとだけ思い出す。困った客ってどこにでもいるよね。おじさんがここにいれば出刃包丁持ち出すだろうなぁ。ははは。命拾いしたね、バカヤローさまは。
「ご主人さま。お客さまと直接お話ししてもよろしいでしょうか」
わたしは、まず初めにアイリーンさまに許しを請うた。当然だよね。一介の使用人であるわたしが、ロイド女男爵アイリーンさまのお客さまに直接お話しするなんて無礼だもの。
アイリーンさまは優雅に微笑んでいらっしゃる。今日も昨日と同じくおうつくしいなぁ。うっとりしちゃう。
「許可します。ただし、ここでなさい」
うっとりする心地を内心に隠し、わたしは折り目正しく腰を折ってお辞儀をする。
「ありがとうございます」
いまのわたしはロイド女男爵アイリーンさまの配下。わたしの粗相はアイリーンさまに直結する。
顔を上げたわたしはバカヤロー……いや、お客さまに向き直った。
「……メグ?」
お客さまがわたしの顔色を窺っている。守衛さん、そのままの体勢をお願いしますよ?
誤字報告ありがとうございます! 助かっております<(_ _)>




