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転移日本の生存戦略

転移日本の生存戦略  血筋の価値

作者: 石原

 ウォームアップで執筆してみました

 「日本列島は、地球とは異なる世界に転移しました」


 日本が世界のネットワークと断絶されてから約一日後、開かれた緊急記者会見にて官房長官から発せられた言葉である。

 あまりにも現実離れした発言に、居合わせた記者達は怒号を飛ばした。

 それでも次々と状況証拠が示されて行き、最後には緊急発進した自衛隊機が撮影した別大陸の画像が公開された事で、今度は静まり返った。

 そこに写っていたのは、港町であった。

 一瞬、上海か釜山でも撮影したかと思い、領空侵犯を咎めようとした一同だが、開きかけた口をすぐに閉ざす。

 何故なら、海に浮かんでいるのは全てが帆船であり、街は中世の文明を思わせるものであった。

 現代にある筈の高層ビルも、巨大なクレーンも、コンクリートも、影も形も無い。

 いよいよ尋常ならざる事態にあると理解し始めた一同。

 動揺を隠せない彼等に対し、官房長官は静かに話を続けた。

 まず、これから行う全てに対し、現政権が全面的に責任を取る事が明言された。

 その上で、この未曽有の緊急事態に対処する為、日本国憲法に定められている条項の一部効力を停止する事

 物流の統制を行い、燃料や食料を配給制にする事

 抵抗を示す場合には、すぐに拘束する事・・・・

 様々な対応策が提示されて行く。

 民主国家にあるまじき内容も多々存在し、場がざわつく。

 そして最後に、マスコミ各位に対する全面的な協力の要請、意図的な偏向、捏造、隠蔽は、今後の経営が出来なくなる結果を招くとも言われた。

 再び怒号が飛び交うが、官房長官は質問を受け付けなかった。

 この未曽有の事態へ対処する為、一分一秒が惜しい事が理由として説明された。

 抗議の声が響き渡る中、それ等を意にも介さず退室した。


 それからの日本は、正に激動の時代を送る事となった。

 非常事態に慣れた日本人の民族性とでも言うべきか、大多数の国民はすぐに現状を受け入れた。

 異世界転移と言う政府発表に懐疑的な者は多いが、現実問題として世界と連絡が取れない事は事実である。

 一方の国民以外、つまり在日外国人はそうも行かなかった。

 永住者はともかく、一時的な滞在者は唐突に故郷を失い、自暴自棄になる者が非常に多かった。

 すぐに政府が救済策を出し、各地の宿泊施設に受け入れられたお陰でひと月が経つ頃には騒乱はほぼ収まりはしたが、精神的に不安定な者が多く、気の抜けない状態が続いている。

 それとは異なり、何としても現状を受け入れたくない勢力も存在した。

 まず、一部の保守系を除いたマスメディアである。

 記者会見で警告されていたにも関わらず、大多数が相変わらずの姿勢であった。

 独裁、軍国主義、思想統制・・・

 巧妙に映像を切り貼りし、あたかも政府が国民を脅迫しているかの様に印象付ける内容は、直ちに破滅を呼び込んだ。

 各メディアは、その規模、影響力、歴史に関係無く、悪質な偏向を行った所は大々的な警察の突入を受ける事となった。

 そうして突入を受けた所では、大半が何らかの工作活動を請け負っている証拠が次々と発見され、社員の大多数は勿論、過去に勤務経験のある老人までもが拘束され、末端は矯正、幹部や矯正不可能と判断された者は秘密裏に処分された。

 次いで、各政党

 保守的な政党はともかく、何を置いても現与党が受け入れられない党は、今まで通りに揚げ足取りに終始した。

 それどころか、非常措置として出された対策を直ちに撤回しろと乱闘を起こす始末であった。

 結果、乱闘を起こした議員は悉くがその場で拘束され、事務所はもとより、党本部までもが立ち入り調査の対象として踏み込まれた。

 そうして他国と繋がりを持っていた証拠が次々と明るみに出た事により、多くの議員が二度と議事堂に現れる事はなかった。

 そして、国内に潜伏していた工作員と、扇動された国民。

 後ろ盾を失った工作員の多くは、大使館を通してこれまでの活動の情報の開示を代償に、日本側に付いて生き残りを図った。

 だが、野心を捨て切れない一部の工作員は行動を起こし、数百とも数千とも言われる国民が命を落とした。

 とは言え、後方支援が断たれた状態では先細りするだけであり、程無くして全滅する事となった。

 そして、彼等に扇動されていた国民は、反日本で凝り固まった感情を今更変える事も出来ず、政府の対応に烈火の如く怒りを示し、政府の横暴を許すな、決して受け入れてはならないと暴動を起こした。

 問題は、その暴動の行き先が共に立ち上がらない周辺の国民にも向いた事であった。

 独裁を受け入れる狗は生きている価値は無いと叫び、集団リンチに走る光景が全国で見られたのである。

 単に乗せられているだけの国民とは言えどもこうまで暴走しては断じて許す訳にも行かず、大多数が強制排除される運びとなった。

 こうして多くの犠牲と引き換えに集まった国内での外国勢力の活動に関する情報は、遠からず日本を確実に滅亡へと導く恐るべきものであった。

 こうした実態は残ったメディアを通して国民へ可能な限り公開され、現状の危機を訴えると共に国と国民を守り、国益を追求出来る体制作りを急ぐ事となる。

 国内がこうした推移を辿っている中、政府は同時に外へも目を向けていた。

 資源や食料の乏しい日本である。

 すぐにでも新たな供給先を見付けなければ、遠からず滅亡する。

 仮にその両方を満たせたとしても、商売相手がいなければ経済が崩壊する。

 従って対外的に始めた活動は、資源地帯の探索と発見した大陸勢力との関係構築である。

 関係構築は、驚く程スムーズに行った。

 発見した港町の国へ正式な外交団を派遣した所、彼等は<フォレス王国>と名乗った。

 彼等は穏やかな気質を持ち、同時に自身が弱小勢力であるとの認識を持っていた。

 それだけに、未知の技術を持つ日本を決して刺激しないよう細心の注意を払い、まずは実態解明に全力を注いだ。

 そして、日本との関係構築が国益に寄与すると判断するや否や、国王の命令で直ちに国交締結へと舵を切ったのである。

 更に、フォレス王国は自身の友好国への仲介も買って出た事で、一気に五ヶ国との国交を持つ事に成功した。

 日本にとって幸いな事に、五ヶ国とも食料自給率が100パーセントを超えていた。

 また、日本近海では豊富な資源が埋蔵されている無人島が発見された。

 こうして国内の体制構築と相俟って延命に成功した日本だが、その直後に問題が発生した。

 フォレス王国が存在する大陸である<ラフラシア大陸>に於いて覇権を握る二大国の片方、<ゴレル帝国>が友好国の一つである<セレン王国>へ侵攻を開始したのである。

 日本との関係構築により、貿易を円滑に行う為のインフラ投資、日本へ輸出する為の新たな農地の開拓が日本企業主導で大規模に行われていたのだが、現地文明を基準にすれば恐るべき勢いでのその開発は、辺境の弱小国と侮っていた五ヶ国を瞬く間に様変わりさせていた。

 その噂は旅人や商人を通じて大陸全土を風の様に駆け巡り、遂には覇権国であるゴレル帝国中枢を動かすに至った。

 軍事侵攻にまで及んだ理由は、冷静な者からすれば自国を脅かしかねない脅威を早い段階で摘み取っておくと言ったものであったが、皇帝を含む大多数からすればそうではなかった。

「辺境の蛮国風情が我々を超えようなど分不相応にも程がある。教育してやらねばならない」

 要は嫉妬であった。

 加えて、日本から国交締結の使節がやって来た事も、彼等の神経を逆撫でしていた。

 この様な騒ぎに発展した元凶であるにも関わらず、その事に関する言及が何も無いばかりか、覇権国たる帝国にあくまで対等に振舞おうとする。

 こうして、何としてでも日本を攻め滅ぼそうとの決意を固めさせたのである。

 侵攻の兆候は早い段階から察知していた日本政府だが、対応は後手に回った。

 自衛隊は防衛専門の組織として整備されて来た影響で、その装備は大規模な対外進出を想定しておらず、同時に国内の混乱を抑える為に多くが動員されていた為、すぐに派遣とは行かなかったのである。

 結局、各国へゴレル帝国の動きを報せて準備を促し、盗賊対策で派遣していた数百人単位の自衛官へ時間稼ぎを命じるしかなかった。

 しかし、たったこれだけでは対応出来る筈も無く、遂に恐れていた最悪の事件が起きた。

 現地に滞在していた在留邦人がゴレル帝国軍に拘束され、虐殺、或いは奴隷化されたのである。

 この事件を契機に世論は沸騰した。

 ゴレル帝国討つべしの声が国を覆い尽くし、民間の海運会社が民需を後回しにしてまで協力を宣言。

 大車輪で自衛隊が現地へ派遣される運びとなった。

 いくら覇権国と言えども所詮は中世の文明に過ぎず、侵攻したゴレル帝国軍はいくらも経たない内に粉砕された。

 しかし、自国民を虐殺された世論はそれだけでは収まらず、この件で学んだ政府もゴレル帝国を徹底的に叩き潰し、力の差を見せ付ける必要があると判断していた。

 こうしてゴレル帝国は首都にまで自衛隊の侵入を許し、その圧倒的な戦力を国の中枢を担う者達に見せ付けたのである。

 こうして戦争は、ゴレル帝国の惨敗で幕を閉じた。

 誰も予想していなかったこの結果は大陸中を駆け巡り、大きな衝撃となって多くの国が蠢く事となった。




 ・・・ ・・・ ・・・




『辛い・・・本当に辛い時を過ごしました。けれど、この国は私を見捨てる事はありませんでした。以前であれば北朝鮮の拉致被害者の様に、いつまでも実りの無い交渉をしていたと思います。日本は本当に生まれ変わったんだと実感しています。本当にありがとうございます!』

 テレビ画面の向こうで、感極まった様子で頭を下げる女性。

「フラッシュの量がかなり少ないな・・・」

 その映像を見ているのは、外交官 斎藤 実 である。

 彼は、国交開設の打診を行って来た国へと向かう為、船上の人となっている。

「まぁ、不穏分子が一気に排除されましたし。」

 そう言って話し掛けて来たのは、斎藤の部下 井上 吾郎 である。

 かつての騒動によって多くのメディアが潰れた結果、会見場はかなりまばらで物悲しい印象を受ける場となっている。

 そんな場所で気丈に振舞う彼女は、ゴレル帝国軍によって奴隷化されていた邦人の最後の一人である。

 彼女を含む拘束された邦人はすぐに本国へと送られ、そのまま市場へと流されていたのである。

 そのせいで捜索は難航し、発見した段階で9人が命を落としていた。

 尚、邦人に関わった侵攻軍関係者は勿論、邦人奴隷を扱った奴隷商人、更には所有者が犯罪者として日本本土へ連行されており、順次裁判を行う予定となっている。

 斎藤はその事実を振り返りつつ、忸怩たる思いで記者会見を見る。

「今度は上手く友好関係を構築出来るといいんですが・・・」

「お友達を作りに行く訳じゃないんだぞ?国家に真の友人はいない。礼儀は守るが、大国として振舞えだ。」

 斎藤の言葉は、ゴレル帝国の行動によって示された日本政府の答えであった。

 平和主義を標榜するのはこれまでと変わらないが、その平和を維持し、国家国民を守る為には決して舐められてはならない。

 地球世界とは違い、下手に出た態度はただひたすらに勘違いを加速させるだけの行為であると判ったのである。

 そうなってしまえば、優れた技術を持つ日本はカモ扱い以外の道が無くなる。

「やれやれ・・・今までからは考えられない方針ですね。」

「正常に戻っただけだ。散々主権を侵害されながら動けないなんぞ、異常でなければ何なんだ?」

 領海侵犯が日常茶飯事であった地球世界での日常。

 正常であれば、その場で撃ち殺されても文句は言えない事態である。

「俺達は、国益を追求して国民を守るのが仕事だ。同じ様な犠牲を出さない為にも、大国としての振舞い方は身に着けておく必要がある。」

「地球なら、アメリカに任せておける役回りでしたのに・・・」

「そう言う意味でも、日本は正常に戻ったと言う訳だ。」

 語っていると、船員がやって来た。

「間も無く到着します、下船の準備をお願いします。」

「ああ、解りました」

 雑談を中止し、すぐに動き出す。




 ・・・ ・・・ ・・・




 アルト王国



 海に面したこの国は、何の変哲も無い小国である。

 ゴレル帝国に従属していた国の一つであり、ひとまず独立は保たれてはいたものの、様々な持ち出しによって苦しい運営を強いられていた。

 対日戦によって解放された結果、今度は日本との関係に深く食い込み、様々な恩恵に与ろうと国交開設の打診を行った。

 そんなありふれた国の一つである。


「間も無くご到着だ!」

 斎藤達が上陸する予定の港町では、出迎えの官僚と護衛が桟橋で並んで到着を待っていた。

「・・・前方、船影を発見!」

 桟橋から少し先の沖にいる小舟から、見張りの声が上がる。

「さて、あのゴレル帝国を降した実力・・・本物かどうか見定めるとしようか。」

 呟くのは、今回の護衛隊長を務め、普段は近衛副隊長に就いている コール である。

「コール殿、腕試しをしたいなどと言い出すでないぞ?そんな事をすれば我が国の品格が損なわれ、陛下の顔に泥を塗る事となるのだ。」

 応えたのは出迎えの代表を務め、普段は外交関係の大臣に就いている ハーロス である。

「しかしハーロス様、伝え聞く噂はどれも荒唐無稽に過ぎます。御伽噺の勇者でさえも、あの様な大それた真似は出来ますまい。」

 大地から凄まじい炎を吹き出し、敵を数百人単位で吹き飛ばした 鋼鉄の馬を何千頭も使役し、遊牧民ですら追い付けない程の速さで大地を疾走した 空飛ぶ馬車を以って大空を駆け回り、敵の戦列を縦横無尽に引き裂いた・・・・

 架空の物語ですら出て来ない話のオンパレードであり、精鋭たる近衛に所属する戦士としても許せない流言の類であった。

「私が思いますに、ゴレル帝国軍に対抗可能な戦力を有する事は事実なのでしょう。しかし、彼の国の真の実力は情報にあるのだと思われます。事実、これ程の噂が帝国以外にも飛び交っているのです。不確かな情報で混乱させ、その隙を突いて大いに損害を与えたと言うのが実態と考えます。」

 コールの顔は「卑怯千番」と語っていた。

「本人達の前で口にする事の無い様にな・・・」

 対するハーロスも、伝え聞く噂がとても信じられない事もあり、あまり強くは言えなかった。

 そうこうしていると、遠方に見えていた船影が大分近付いていた。

「・・・ん?」

「コール殿、何か気になる事でも?」

 ハーロスの問いに答えず、コールは首を伸ばして前方を見据える。

「ハーロス様、妙です。あの船の規模ですが・・・」

 言われてハーロスも目を細めて船影を見つめる。

「・・・待て、大き過ぎではないか?」

「やはりそう思われますか。」

 更に近付き、輪郭がはっきりして来る。

「な・・・何だあの巨大船は!?」

「帆が無い・・・だと?ならばどうやって動いている?」

 二人だけでなく、周囲も動揺してざわつく。

「お、おい、何かヤバくねぇか?」

「あの船体、木製じゃねぇな。あれは・・・鉄か?」

「そんな馬鹿な!鉄で出来てるなら何で海に浮かんでられるんだ!?」

(マズい!)


 「静まれェ!」


 部下達が騒ぎ始めた事に気付き、コールは慌てて場を静める。

「ハーロス様、今気付いたのですが、あれ程までに巨大な船では接岸出来ないのでは?」

「む・・・」

 指摘されて漸く気付き、頭を抱える。

「・・・仕方ありません。沖に出ている船に乗り換えて貰いましょう。」

 コールの進言に黙って頷く。

 ハーロスの許可を得たコールは、直ちに指示を飛ばした。

 それに従って動いていると、日本側の船は沖に停船し、自ら小舟を下ろし始めた。

「どうやら、こうした事態は既に想定していた模様です。」

 言いながらコールは、心臓を締め付けられる思いを味わっていた。

 たった2隻の船

 日本が差し向けて来た僅か2隻の船によって、自国との差をこれでもかと見せ付けられたのである。

 もしも彼等を怒らせたらどうなるか・・・

 この時、伝え聞いた噂は真実であると確信した。


 暫く後、


「ようこそお越し下さりました。あなた方の御案内を仰せつかりました、ハーロスと申します。」

 案内に従い上陸した使節団に対し、ハーロスは丁寧に対応する。

「ご丁寧な対応、痛み入ります。私が代表を務めております、斎藤です。」

 そう言いつつ、軽く頭を下げる。

 斎藤の背後には、井上以下の官僚と、護衛の自衛官が控えている。

「失礼ですがそちらの方々は?」

 迷彩服に身を包んだ自衛官達に目を向ける。

「ああ、彼等は私達の護衛です。」

「護衛ですと?つまり、貴国の軍人ですか?」

 ハーロスのみならず、その場の全員が困惑の表情を向ける。

 この世界の常識では、軍人と言えば立派な鎧を着飾るのが当たり前となっている。

 無論、そこまでの事が出来るのは極一部に限られるが、それ以外も何らかの主張を行い、自身を立派に見せようとする。

 にも関わらず、目の前の彼等ははっきり言ってしまえば汚らしいとしか評せなかった。

「いや失礼致しました、貴国にも事情がおありでしょう。さぁ、立ち話もなんでしょう、御案内致しますので此方に。」

 その後、案内に従って馬車に乗り、最終的に王都に辿り着いた。


「到着致しました。どうぞ」

 馬車が止まり、促されて降りると、目の前には立派な王城が佇んでいた。

「それでは皆様、私はこれで失礼します。案内の者は別におりますので、後程。」

 ハーロスはそう言うと、コールと共に一足先に王城へと向かった。

 そのすぐ後、執事と思しき者が斎藤以下に近寄り、挨拶する。

「それでは皆様、これより先は私がご案内を務めさせて頂きます。」

 胸に手を当て、一礼する。

「よろしくお願いします」

 斎藤は軽く頷き、一言だけ返す。

 そしてゆっくりと城内を進み、控え室へと通された。

「この後の予定で御座いますが、まずは陛下に謁見して頂きます。その後、応接室にて陛下との歓談にお付き合い下さい。本格的な交渉は明日からとなりますが宜しいでしょうか?」

「ええ、問題ありません。ただ、一つ宜しいですか?」

「どうぞ」

「謁見の際の作法なのですが、貴国ではどの様な手順で行えば良いのでしょうか?」

「それほど複雑な作法は御座いませんので御安心下さい。私がご案内致しますが、どのタイミングで謁見の間に入るか、何処まで進むかを口頭でお教えします。それ以外は私の真似をして頂ければ大丈夫です。」

 謁見の間を使う場合、作法の異なる他国の人間が相手になる事が多い他、場合によっては作法を知らない身分の低い立場を相手にする事もある為、誰でも理解出来る程度の極めて簡略化された手順で済ませている事も説明された。

「なるほど、よく解りました。」

「他に何か御座いますか?」

「いえ、大丈夫です。」

「では、準備が済みましたらお呼び致しますので、それまでどうぞおくつろぎ下さいませ。」

 扉が閉まった後、斎藤と井上は意味深に顔を見合わせた。


 暫く後、


「日本国使節団の御入来」

 その声と共に、謁見の間の扉が開く。

 姿を見せたのは、斎藤 井上 礼服に身を包んだ自衛官 藤井 和則 一等陸佐 である。

「では、お進み下さい」

 その場で少し止まった後、執事の案内に従って歩き出す。

 入場する三人に対し、左右に並ぶ臣下達が拍手を送る。

 奥を見ると、数段高い位置に設置されている玉座に国王 アルトール が座っていた。

「此方でお止まり下さい」

 執事の指示に従い、左右の列の先頭辺りの位置で止まる。

「陛下、日本国の代表者の方々をお連れ致しました。」

 執事はその場で片膝を突き、アルトールに向けて言う。

「うむ、ご苦労であった。下がるが良い。」

「はい」

 立ち上がると数歩後ろへ下がり、三人へ顔を向ける。

「今の様に跪き、陛下へ自己紹介をお願い致します。その後は、許可を得るまで立ち上がらぬ様にして下さい。」

 それだけ言うと、端へ寄って待機する。

「そなた達が日本国の者達か。遠路遥々よくぞ来てくれた。」

「お初にお目に掛ります。私は本使節団の代表を務めております、斎藤 実と申します。」

「同じく使節団員の井上 五郎と申します。」

「本件の護衛隊長を務めております、藤井 和則と申します。階級は一等陸佐であります。」

 その瞬間、場がざわついた。

 何故なら、自己紹介が済んでも三人は立ったままだからである。

 跪く様子は全く見られず、自己紹介を会釈のみで済ませてしまったのである。

「無礼者!」

 傍らに待機している近衛隊長 ケルト が声を上げる。

 反対側にはコールもおり、焦った様子でケルトと三人を交互に見る。

「・・・!」

 アルトールが手で制し、それを見たケルトは不承不承ながら引き下がる。

 その後も三人は終始立ったままであり、退場するまでいくつもの鋭い視線に晒され続けた。


 それから再び控え室へと通された三人は、ソファに座って話し合う。

「これは結構キツいですね・・・」

「それでもやらないとだ。我が国のスタンスをはっきり伝えるには、あの場は絶好の機会だったからな。」

 礼儀は守るが、大国として振舞え

 それはつまり、今まで通りに他国との関係を大事にしつつも、自国の方が立場が上であると示すと言う事である。

 決して膝を突かない事で、その為の意思表示を行ったのである。

「幸い、国王はすぐに理解して受け入れた。帝国の支配を上手く乗り切っただけの事はある。」

「それ以外はそうでも無さそうでしたが?」

「それは仕方無いだろう。初対面の相手にあそこまでされて、何もしなければ沽券に関わる。」

「ただ、これでしこりが残る事になります。円滑な関係構築は難しくなりますよ。本当にこの方法が正しいと言えるかどうか・・・」

「それは大して心配無いと思うがな・・・我が国は、圧制や内政干渉をやる趣味など無い。直近にゴレル帝国と言う前例がある訳だし、一部の既得権益者以外はすぐに受け入れるだろう。それに、一度関係が始まれば此方の物だ。信頼関係の構築は、官民問わず我が国が得意とする所だからな。」

「そうするのが一番なのに、何で安易に圧制を敷くのやら・・・お陰で、物凄い勢いで掌返しされてましたし。」

 惨敗したゴレル帝国は、これまで厳しく抑え付けて来た属国に一斉に離反されており、国境地帯の多くが紛争地帯と化して領土を掠め取られていた。

 また、国内で迫害されていた少数民族も次々と決起しており、政情不安が続いている。

「情勢を安定化させるには鞭も必要だが、鞭ばかりではこうなる。かと言って、この世界では飴ばかりでも駄目だ。」

 日本としては、出来る事なら今まで通りに友好的に他国と接していたかったが、それはそれで甘く見られた末に、手酷い裏切りを受ける可能性が今回の経験から指摘された。

 生き残る為にも、飴と鞭を使い分ける。

「・・・それはともかく、これからやらなければならない事を考えよう。」

 頭を切り替え、直近の問題へと思考を移す。

「新世界で事情を知らないからこそ起こり得る問題です。これは、骨が折れそうですね・・・」

「今後も、いくらでも湧いて出るだろうからな。」


 暫く後、


 王城の中でもかなり奥にある、王族が直接対応する場合に利用される専用の応接室。

 そこへ通された斎藤達は、テーブルを挟んでアルトールと二人の青年と少女と向かい合っていた。

「先程は我が臣下が失礼致した。」

「いえ、お気になさらず。」

 話は、謁見の間での臣下の態度に対するアルトールの謝罪から始まった。

「それよりも陛下、そちらのお二人は?」

 斎藤は、アルトールの両脇の二人に目を向ける。

「うむ、此方は我が息子の アルトン だ。」

「第一王子のアルトンと申します。」

 言いながら頭を下げる。

「此方は我が娘 フラン だ。」

「第二王女のフランと申します。」

 予想以上の重要人物を帯同させている事に、斎藤は少し驚く。

「貴国とは末永く関係を持ちたいと思っている。無論、余がいなくなった後までも。」

「なるほど」

 思った以上に日本との関係を重要視している事を認識した。

 その後、暫くは取り留めの無い話が続いた。

 斎藤や井上の出身地の話、アルト王国の特産品、アルトンの幼い頃の失敗談・・・・

 様々な話をして行く中で、自然にある話題へと入った。

「・・・それでは、本当に特権階級が存在しないのですね!?」

「貴族階級は、我が国では過去の物です。先祖が貴族だったと言う者は何人もいますが、今では貴国で言う所の平民です。唯一、皇族の方々のみは例外ですが。」

 アルトールの目が光る。

「特権階級が廃される中でも皇族は不動の地位でいるとは、貴国の皇帝・・・失礼、貴国では天皇と呼ぶのでしたな?」

「その通りです。」

「天皇は民に愛されているのだろうな。」

「その通りです。我が国は、陛下と国民が団結して多くの危機を乗り越え、今日まで発展をして来ました。陛下も、民を深く愛していらっしゃいます。」

「我々も見習いたいものだ。王たる者は斯くあるべきなのだろうな。」

 アルトンの方を向いて言う。

「私も精進します。」

 やや力んで答える。

「ゴレル帝国の圧政を乗り越えたのです。きっと出来ますよ。」

 斎藤が優しく諭す。

「それはそうと一つ提案があるのだが、聞き届けて貰えるかな?」

「何でしょう?」

(来たかな?)

 斎藤と井上は、嫌な予感がした。

「現在の天皇には息子の他に、親王殿下と呼ばれている甥子がいるとか?」

「よく御存知で」

「関係を結ぶ相手の家系を把握していなければ、相手国に対して失礼に当たるだろうからな。」

「同感です」

(と言う事は・・・)

「続けるが、親王殿下は20になったばかりでまだ独身だとか?」

「その通りですが、それが何か?」

「これからの両国の友好の為に、フランをと思っていてな。」

 要は、政略結婚の申し出である。

 これこそが、日本が最も恐れいている問題である。

 皇室の歴史上、他国の血筋を迎え入れた事は無い。

 ハワイ王室から申し出があり、エチオピア皇室とは検討段階まで行った事があるが、どちらも立ち消えとなっている。

「私からもお願い致します。」

 フランはその場で頭を下げる。

 その所作は、非の打ち所の無い程完璧で、そして美しかった。

「この通り、フランには何処に出しても恥ずかしくない教育を施して来た。是非とも受けて貰いたい。」

 この申し出に対し、斎藤も井上も特に慌てる事無く対応した。

「陛下、申し訳ありませんが、殿下には既に婚約者がおります。」

「無論、正室になどと分を超えた事を言うつもりなどは無い。側室で十分満足だ。それに、我が国は小国と言えども、我が王室は300年近い歴史を持つ。貴国の皇室を貶める事は無いと自信を持って断言しよう。」

「我が国には側室の制度が存在しません。申し訳ありませんが、お受け出来かねます。」

 これには驚愕の表情を見せるが、すぐに気を取り直して続ける

「ならば、これを機に取り入れてみてはどうか?無論、余がそれに口出しをする権利は無いが、この先も多くの国々と関わろうと思えば、こうした付き合いは今後も増えるだろう。フランを受け入れれば、貴国にとっても大きな利益になる事だろう。」

 一瞬、内政干渉で抗議しようかと考えたが、あくまでも一歩引いた態度である為、すぐに口をつぐむ。

「我が国の皇室は、他国の血筋を受け入れた例が存在しません。申し訳ありませんが、お受け出来かねます。」

(これで引き下がってくれ)

 だが、想定されたボーダーラインとなる台詞が飛び出した。

「我が娘に、何処か不足する所でも?」

 それを聞き、斎藤の纏う空気が変わる。

「陛下、我が皇室の歴史は今年で2682年になります。」

「な・・・!?」

 文字通り桁の違う数字に、三人揃って驚愕する。

「これ程長い歴史を持つ皇室に於いて、前例の無い事を行うのは恐るべき大変革となります。陛下もその重荷を背負う事となるのです。」

 流石のアルトールも口を閉ざす。

「また、先程も申しましたが、皇族方は国民から深く愛されている存在でもあります。もし、王女殿下と親王殿下が互いに愛し合っておられる様なら心から祝福するでしょう。しかし、そうでなければ受け入れる事は無いでしょう。無論、我が政府も受け入れる事はありません。」

 そして、斎藤も受け入れない。

(むぅ・・・これ以上押しても、日本の全てを敵に回すだけか・・・)

「そうか・・・残念だが、これ以上は何も言わずにいよう。今後、互いに良い関係が築ける事を祈っているぞ。」

「勿論、我が国もそう願っております。」

 斎藤を纏う空気が元に戻り、これでお開きとなった。


「思ったよりも早く引き下がってくれて良かったよ。」

 控え室へ戻り、斎藤はそう呟く。

「確かに。あれ以上言えば、今後の交渉に影を落としかねませんからね。」

 皇族との婚約を申し出た場合に備え、外務省は事前に躱す為の受け答えを用意していた。

 まずは、全員が既婚か婚約済みであると同時に、日本には側室の制度が存在しない事で婚姻は不可能である事を伝える。

 次いで、皇室の歴史の長さと支持の厚さによって、どれ程の責任が伴うのかを伝えて揺さぶる。

 今回はそれで引き下がったが、引き下がらなかった場合は「仮に婚姻に至ったとしても、お前達を特別扱いする事は無い」と伝えるつもりであった。

 政略婚を目論む理由として、他国より多くの恩恵を受ける狙いがあるのは間違い無く、よりにもよって皇室をその為に利用されるのは、日本側としては絶対に受け入れられない話である。

 しかし、本当にそこまで言ってしまえば、大きな不信感を持たれるのは間違い無い。

「だが、そこまで行かずに済んだ。今度は民間レベルで仕掛けると思うが、その前に法整備が済めばどうにもならない。」

 法整備とは、他国への技術や知識の流出を防ぐ為の新法である。

 それだけに留まらず、現在は憲法も大幅な改正の準備を進めており、国益を守る体制作りは着々と進んでいるのである。

「賄賂を使われたとしても、物価の差を考えれば二束三文にしかならんだろう。向こうにとっては大金でもな。」

「こっちにとっては明るい話ですね。手遅れになる前にそうなれてよかったですよ。」

 斎藤の顔が曇る。

「すでに手遅れだ。あんな事があった時点でな・・・」

 ゴレル帝国の残した影はあまりにも大きく、未だに国内では責任の所在が何処にあるかで揉めている所がある。

「もう二度と、同じ轍を踏んではならない。」


 その後の日本は、ラフラシア大陸に於いて地域大国となり、一大経済圏を築いて新たな繁栄を目指す事となる。



 長らく開けてしまいすみません

 モチベーションが死んでいて放置していましたが、どうにか復活する為にこうして短編をやってみました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 楽しめました、皇室とロシア絡みの帝国ネタは割と見ますね、どちらも根拠は曖昧だけど歴史だけはある。 作者様は仮定条件に対して思考を重ねる傾向があると思っていますが、作中 「そんな馬鹿な!鉄…
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