〈第7話〉予感
承諾したものの、微妙に乗る気にならないな、などと思いながら二人に続き外に出る。先ほどまでいたところはどうやら診療所的な場所だったらしく、少し古ぼけた外観の建物の周りには木々が生い茂っていた。そして、外に出て気づいたが、目の前に広がっている景色は、今まで生活していたイレニルの景色と遜色ないものだった。普通にアスファルトがあり、道脇には縁石やガードレール、並木に標識まである。
「・・・・・・・」
「ん?・・・サグ、どーしたの?」
予想外の景色に思わず言葉を失っていると、歩きながらタルメカが不思議そうに問いかける。
「あ、ごめん・・・。その、ここの景色がイレニルと似てるなって思って」
「あぁ!そのことね、確かに“似せてはいる”わね。まぁ、これに関しては、クァから説明してもらったほうがいいかも」
「ええ、説明するわ。それと、ついでに私たち『管理者』が何者なのか、をね」
巫女は軽く頷くと説明を始める。
「私たち管理者は、うーんと・・・数百億年前からか存在している、宇宙の星々を管理している『星守』の一族なの。今では呼び方が変わって管理者って言うけれどね」
「そんなに昔から・・・?じゃあ、イレニルが誕生した頃からずっと管理してたんですか?」
「私は2代目のイレニルの管理者なの。理由は詳しくは分からないけど、先代の星守が何らかの理由で去ってから、私がイレニルを守護することになったわ。あぁ、それと・・・今更だけど、私に敬語を使う必要はないわ。タルメカと同じように接してくれればいいからね」
「・・・わかった。でも、様はつけさせて欲しい。いつかイレニルが復興した時、胸を張って巫女様を崇めれるようにしたいんだ」
「サグ・・・うん、ありがとう。私、頑張るね」
微笑みかける巫女の笑顔に二人とも癒されつつ、サグは質問を投げかける。
「それで、ええと・・・あっ、そうだ。この風景・・・それに、管理者の人達はなぜ人間の姿を?人間じゃないんでしょ・・・?」
「私たち星守は、イレニルの文化を模倣しているの。理由は単純で、活動するのに適しているからよ。それと、貴方の言う通り、私たちは人間じゃない。あくまでも人間の姿を模倣しているだけで、本来はエネルギー体っていうか、なんていうか・・・」
説明が難しいのか、途中から端切れを悪くする巫女。
「まぁ、一言で言えば『高次元体』ってことよ」
頭を悩ませている巫女の横でタルメカが助け船を出す。聞きなれないワードの連続で余計分からなくなったがとりあえず聞くことにした。
「ここに来る時、スオウ様に連れてこられたでしょ?その時、アンタはここの状態に適応するように強制的に次元上昇させられたの。だからアタシらとも普通に会話出来てるの。えーと、分かるかな・・・?」
「あー・・・ごめん。よく、わかんないや・・・」
「まぁ、この辺はアタシらでも、完璧に理解できてる奴なんてほとんどいないわよ。けど、とりあえず今のアンタは、アタシらと同じ状態になってるってことだけ覚えておけばいいと思う」
そう言うと、タルメカは歩みを止めてサグに向き直る。
「じゃあ、試しにテストするから、手を出してみて?」
困惑しながらも言われた通りに手のひらを表にしてタルメカに見せる。するとタルメカは自分の手をそっと重ねて目を細めた。
「ちょ、ちょっとタルメカ、いきなりそんな・・・」
「だいじょぶだいじょぶ。・・・じゃ、いくよ・・・!」
巫女の心配を他所に、互いの手の間に光の粒が集まっていく。そしてゴクリと唾を飲む前に、バッ!という音と共に、手の隙間から光が弾け、衝撃が走った。
「うわっ!!?」
思わず飛びのいて、勢いよく後ろに転ぶ。すぐに手を見ると、不思議と痛みはなく、手のひらによく分からない模様のようなものが浮かび上がっていた。
「あははは、どう?何か感じた?」
転び方が面白かったらしく、笑いながらタルメカが自身の手のひらを見せる。そこには、サグの手に浮かんでいたものと似たような模様が浮かんでいた。
「・・・・えっと、今のは?」
「試したの。本当にアンタがアタシらと同じ状態にあるかどうかをね。実験は成功よ、紛れもなくアンタは高次元体になってるわ。まぁ・・・身体構造とか諸々の差異は置いとくとしてね」
「もう、タルメカったら無茶なこと・・・サグ、大丈夫?」
「大丈夫だよ、ありがとう、巫女様」
巫女に支えられながら立ち上がる。立ち上がりながら、ふと両の手のひらに違和感を覚えた。改めて見てみると、模様を中心にわずかに光を放っていた。
「巫女様、これは・・・」
「どうしたの?・・・えっ、これは・・・タルメカ、これってもしかして」
サグの腕をぐいぐい引っ張り、やや興奮気味にタルメカに見せる巫女。
「どしたの?ん・・・?待って、これって・・・クァ、アンタの印じゃないの・・・?」
「やっぱりそうよね・・・?でもどうして?」
「いや、そんなのアタシが知るわけないでしょ・・・」
「あのー・・・えーっと・・・何か、まずいんでしょうか・・・?」
そわそわしだした二人を見て不安に駆られ、青年は堪らず質問をする。
「あぁ、ごめんね。大丈夫よ、別にアンタに何かあるわけじゃないわ。ただ・・・この浮かんでる模様は、クァが所持してる印の模様なのよ。どうしてアンタから浮かんできてるのかはアタシにもよく分からないけど・・・」
サグの手のひらをまじまじと観察し、ウーンと唸るタルメカ。やがて手を放し、とりあえず、と前置きして言う。
「とりあえず、巫女の印が使えるなら、ここで生活するのに苦労はしないでしょうね。詳しい使い方はー
「ちょっとタルメカ、今は会議場に行くのが先でしょ?」
「あぁ・・・そうでした。ごめんごめん、つい、ね」
「もう、相変わらずこういうことは熱が入るんだから・・・」
「だから謝っているでしょー!ていうか、サグがどうしてクァの印を使えるのかも気になるし、これから会議どころじゃないよ!」
「それは私も気になるけど、会議が終わってから調べればいいでしょ?」
「はぁ、そうね。さっさと会議を終わらせに行きましょ」
「会議の時間は向こうが決める事だけどね」
「いちいちやかましいわねアンタは、ほら、サグもボサっとしてないで、行くわよ」
軽く背中を押されて歩き出す。やっぱり仲がいいんだなと感心して歩いていると、少し大きな洋館らしき建物が道の突き当りに見えてきた。
「あれがイエロス会議場よ。外観は・・・まぁボロッちぃけど、中は綺麗だから安心して」
心配してるのはそこじゃないんだけどな、と思いながらも、建物に近づき玄関部分に聳え立つ大きく分厚い扉を見上げる。鉄のような材質の扉の表面には惑星系を描いたレリーフがあしらってあり、荘厳な雰囲気を感じさせる。見た目に違わず重い扉を開けると、広いロビーがあり、奥には会議場に繋がるであろう扉。さらにロビー左右には上に続く階段が伸びていた。
「えーと、アタシらが使うのは第2会議場ね。ついてきて」
タルメカの言う通り、中はかなり綺麗にしてあった。廊下や階段には赤い絨毯が敷かれ、汚れ一つない真っ白な壁には等間隔に絵画や肖像画が飾られていた。入口付近の壁に掛けてあるボードを見て場所を確認すると、二階へと続く階段を昇る。ややカーブの階段を昇ると、階段付近の壁にもたれかかっていた灰色の髪の青年がこちらに気づき近づいてきた。
「お、タルメカにクァ、来たな」
「あら、久しぶりね、リムンド。アンタも呼ばれたの?」
「ま、同じ星系で起きたことだからな。詳しいことはまだ聞いてねぇけど・・・って、ん?後ろの奴は誰だ・・・?」
リムンドと呼ばれた青年は二人の後ろにいたサグに気づき、怪訝な顔をする。
「この人は・・・えーと、イレニルからスオウ様によって、ここに連れてこられた、人間・・・よ」
目を泳がせながら説明する巫女。その口調からここに人間がいること自体、やはり何かまずいんじゃないかとサグは直感的に感じた。
「・・・は?」
「いや、だからスオウ様に-
「お前っ!!ここにイレニルの人間を連れてくるのは禁忌だろうが!!!」
突然声を荒げ、巫女に掴みかかろうとするリムンド。慌てて後ろからタルメカが抑えるが、勢いは収まらない。
「私が連れてきたんじゃないの。全てスオウ様の判断よ」
「スオウ様が禁則を破るわけねぇだろ!お前、勝手にそんなことをー
と、リムンドがタルメカの腕を振りほどこうとした瞬間、奥の扉が開き、男が現れた。
「リムンド。クァの言ったことは本当です。私が禁則を破ったことも、ね・・・」
「んなっ!?ほんとに言ってんのかよスオウ様!!?」
「・・・ええ。すみませんね」
長身の男はバツが悪そうに少し俯いた。
「・・・・・・」
青年はそれ以上は何も言わなかったが、その顔には失望の色が浮かんでいた。
「えっと・・・スオウ様?それで、会議の方は・・・」
少しの沈黙。しかし、空気感に堪えられなくなったタルメカが話題を逸らす。
「ええ、もう間もなく始まります。中に入って席についていてください」
「分かりました・・・行きましょ、二人とも。と、リムンドもいつまでもうなだれてないで、行くわよ、ほら・・・!」
「あ、おいっ!」
しばし沈黙していたリムンドをタルメカが強引に中に引きずり込む。扉を潜ると、一気に広がる空間に思わず息をのんだ。会議室は二階席まであり、一見するとコンサートホールのようであった。しかし壇上があるわけではなく、中心に大きな円形の机が佇んでおり、それを中心として座席が波紋の様に配置してある。
数百席ほどある席は半分以上埋まっており、その面々は会議の始まりを重々しい顔で座して待っていた。
「うわー、真ん中行きたくないわねー・・・」
イレニル系星の管理者は中心の机に座るようで、心底嫌そうな顔をしてタルメカは視線を浴びながら通路を通り真ん中の机に座った。タルメカに続くように3人もあとに続き席に着く。中央の机には既に何人か席に着いており、それぞれサグを無言で一瞥するだけだった。
「・・・・・・・・・」
「サグ、緊張してる?・・・そんなに緊張しなくて大丈夫よ、あなたはスオウ様が直々に連れてきたんだから、もっと堂々としていいのよ」
何とも言えない威圧感に非常に居心地を悪くしていると、隣に座っていた巫女が耳打ちをする。そうは言っても、この異様な空気感を前にして緊張しない方がおかしい。巫女の言葉にぎこちなく頷きつつ、なるべく目立たないようにじっとしていると、前方の少し開けた空間にある大きな机に年相応といった見た目の男性が着く。見るからにお偉いさんらしい男は、遠くから見ていたサグに視線を返し、一瞬目があったサグは思わず目を逸らす。
目を逸らしたことが合図になったかのように、会議場の扉が閉まり、最後にスオウがゆっくりと入場し、中央から少し離れた場所に座る。そして-
「ゴホン・・・では、始めるかの」
重圧の中、男の重々しい声を皮切りに、ついに会議が始まるのであった。
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5月ももう終わりですね~。