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ウティボヤの巫女  作者: 今宮 イブ
6/8

〈第6話〉失ったもの

 イレニルでの災害発生同時刻、『ラケル・ミタリア』にて―


「っ・・・!!?」


 先刻のクァからの相談もあり、念のためイレニル全体をサブモニターに表示させながら作業していたタルメカは、いち早く異変に気づいた。


「な、なによこれ・・・どうなってるの!?」


 『異様』としか表現できないその光景に固唾を飲む。青く輝いていたイレニルの表面は絵具をぐちゃぐちゃに混ぜたようなヘドロ色に変わってゆき、そして星の表面から何かが光を放ちながら飛び出してくる。


「!?・・・まさか、あれって・・・」


 飛び出た5つの小さな塊。その正体は―


「イレニルの・・・セーブコア・・・!?」


 信じられないような光景は続き、宇宙空間に飛び出たコア等はイレニルの周囲に等間隔に散らばり、そしてコアを中心として球体状に膨らんでいく。タルメカが言葉を失っている間にもどんどん膨らんでいき、あっという間にそれは小惑星を形成した。


「な、何が・・・起きてんのよ・・・」


 イレニルを取り囲むように浮遊する5つの天体は、それから特に反応を示すこともなく、静かに佇んでいた。呆然としたタルメカが椅子に座り直した時、唐突に部屋の扉が開かれる。驚き振り向くと、そこには銀髪に黒のメッシュが混ざった長髪の若い見た目の男が従者と共に立っていた。


「ここにいましたか、タルメカ」


「スッ、スオウ様!?どうしてここに・・・!」


「貴方とクァの話は聞いていました。まずは状況を整理しましょう」


「き、聞かれてましたか・・・勝手なことをして申し訳ございません・・・」


「いえ、謝ることはありません。イレニルの安否確認の是非は、私にとっても急務ですので」


「わ、分かりました。とりあえずこちらの映像を・・・」


 言いながら手元を操作し、先ほどの衝撃映像をスオウにも見せる。何度見ても不気味な現象だとタルメカは思った。


「・・・・・・・」


 映像を見終えると細い顎に手をやり、特徴的な細目で静止した映像を見つめる。少し何か考えたような素振りを見せたあと、口を開く。


「タルメカ、事態が発生してからクァと連絡はしましたか?」


「いえ、まだですが、今からしようかと・・・」


「では、今すぐ交信をしてください。そして、直ぐ戻って来るよう伝えてください。当事者なしでは、緊急会議を開けませんので」


「了解しました・・・!」


 言い終えると男たちは速足で部屋を出ていった。いつも落ち着き払っているスオウがここまで動揺していることにとてつもない不安感を抱いていたが、今はやれることをやらねばならない。


「・・・無事でいてよ、クァ」


 呟くと、静かに目を閉じ、遥か遠くにいる巫女へ向けて意識を集中させた。


   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「・・・巫女様、いったいどこを目指して歩いてるんですか・・・?」


 瓦礫の中を無言で歩いていた二人だったが、街から離れ、郊外に出たところで傷だらけの青年は疲れた目で尋ねる。もう数キロ歩いているが、人ひとり遭遇しなかった。人だったと思しき残骸を度々目にするくらいだ。


「私にもわからない・・・。生存者を探そうとしてるけど、人の生きている気配を、一切感じないの。それに・・・」


 ドス黒く濁った空を見上げる。事が起こる前は雲一つなく、星を見ることができた空の面影は微塵も残っていなかった。


「イレニルのセーブコア・・・あれらの反応を、認識できない・・・」


「セーブコアって、確かこの星の根幹を成してるとかって言う核のこと・・・でしたっけ・・・?」


 昨日カラロに教えてもらったことを思い出した。あの時の彼女の表情を思い出すと、胸が苦しくなる。


「ええ、よく知っているわね。今回の状況を皆に伝える前にこんなことになってしまって、本当に・・・申し訳ないと・・・思っているわ・・・」


「巫女様・・・」


「っ・・・!?」


 突然何かに反応した巫女は、星の輝きの見えなくなった暗い空へと視線を移す。


「巫女様・・・!?どうしたんですか!?」


「い、いえ・・・大丈夫。私の『親友』からの連絡よ・・・」


 何を言っているのかよく分からず、巫女の顔を見つめる。その目からは、涙が流れていた。


『クァ!!!よかったぁ~・・・、全然繋がらなかったからほんとにどうしようかと・・・ふぅ~~~、とりあえず一安心ね・・・!』


 気が抜けたタルメカは前傾姿勢になっていた体を倒し、背もたれにドカッと体を預ける。


「タルメカ・・・私・・・どうすれば・・・」


『あっ、そう!そのことで連絡したの。巫女、今すぐこっちに戻ってきて。スオウ様が会議を開くって、こっちじゃドタバタしてるのよ』


「今すぐに・・・。けど今は・・・」


 隣で不思議そうな顔をしている青年を見る。置いていくわけにはいかない。


「ごめんなさい、今は・・・おそらく今いる国で、唯一の生存者と行動してるの・・・だから、放って戻るわけにはいかないわ。スオウ様にはそう伝えて―


『いえ、戻ってきてもらいます』


「・・・!?」


 突然割り込んできた声に驚き、心臓が跳ねるような感覚に陥る。


「スオウ・・・様・・・ですが・・・」


『なら、その生存者にも、一緒に来てもらいましょうか。その方が、都合がよろしいでしょう?』


『ス、スオウ様!?何を・・・!』


『タルメカ、貴方はもう作業に戻ってください。後は私が引き継ぎます』


『っ・・・わ、分かりました。失礼します・・・』


 何か言いたげにそう言うと、タルメカの気配が消える。予想外の事態に巫女自身も混乱していたが、とにかく気持ちを冷静にするよう努める。


「スオウ様、その・・・生存者も一緒に、というのは可能なのですか?」


『ええ、私の権限があれば、可能です。まぁ、本来は禁則事項ですが、状況が状況なので、致し方ありません。それに、貴方も彼を見殺しにはしたくないでしょう?』


「・・・はい。ですが、私はどうすれば・・・?」


『全てこちらで操作します。人間からすれば、少し体調や記憶に影響が出るかもしれませんが、まぁ大丈夫でしょう』


「分かりました。では、待機しています・・・」


 交信を終え、不安げに空を見つめる。巫女自身もイレギュラーの連続に襲われ、精神的にも限界が来ていた。そんな折、先ほどの会話を巫女の言葉だけ聞いていたサグも不安感が募り、恐る恐る巫女に質問する。


「あの・・・さっきから何を・・・?一緒にっていうのは・・・」


「心配しなくても大丈夫よ・・・。少し、変な感覚になるかもしれないけど・・・」


「は、はぁ・・・」


 いまいち要領を得ない回答に困惑するが、次の瞬間、今まで体験したこともない感覚が全身を襲った。


「!!!??!?」


 全身の皮膚とか臓器とかを強引に引っ張り上げられるような感覚に一瞬気を失いかける。痛みは感じないが、とにかく気持ちが悪かった。脳みそをかき混ぜられるような感覚と共に、様々な景色が脳内で再生される。俗に言う走馬灯というやつなのか・・・。そんなことを思っていると、突然、見慣れない光景が映る。


 景色自体は見慣れたものだった。そこはサグの故郷であるナハラ町だった。そしてそこには、幼い自分ともう一人、知らない少女がいた。


「これは・・・一体・・・」


 幼い二人は荒れた道を走って、どこかへ行ってしまう。しかし、直後何かにぶつかったような鈍い衝撃音と共に、少女のものと思しき悲鳴が聞こえる。そして、浮かんだ映像は霧のように消えてしまった。


「・・・今のは、何の記憶なんだ・・・?」


 結局分からないまま、呆然としていた。それから次々と記憶が現れ、降臨祭の記憶へと移り、あの災害。そして、気づくと瓦礫に溢れた祭り会場に立っていた。目の前には巨大な裂け目が広がっており、裂け目の向こうにはカラロがいた。


「っ・・・!!?カラロ!?」


「サグ!今からそっちに飛び移るから、しっかり捕まえてよね!!」


「何を!?・・・無茶なことはよせ!!落ちるぞ!!」


 そう言う間にも地面は揺れ続ける。しかし、徐々に向こう岸が近づいてきて今なら軽く飛び越えられそうな隙間になった。


「行くよ!!サグ!!」


 十分飛び越えられる間になったことを確認すると、目の前の少女は勢いよく飛んだ。しかし、あまりに過剰な跳躍に勢いを殺しきれず、カラロを抱きかかえたまま後方に倒れてしまう。


「カ、カラロ・・・」


「ご、ごめんごめん・・・つい勢いつけすぎちゃった・・・あはは。ってどうしたの・・・?」


 カラロを抱き寄せたまま、涙が溢れてくる。今見ているものが例え幻影であっても、その感触や温かさは本物だった。


「カラロ・・・ごめん・・・」


「えぇ!?なんで謝るのよ・・・?サグが謝ることなんてなにも・・・」


 ゆっくりと体を起こし、互いに向き直る。カラロの顔をまじまじと見つめ、また泣きそうになる。


「もうー、あたしは大丈夫だったんだから、そんな顔しないでよね・・・?ほら、ここは危険だから、早く行きましょ!」


 そう言うと、カラロは踵を返して歩いていく。しかし、サグはその場から動くことが出来なかった。足が溶接されたようにビクともしない。


「まって・・・カラロ・・・行かないで!!待って!!」


 どんどん先に進み、やがて辺りは霧のようなものに包まれて見えなくなってしまう。


「カラローーー!!!!」


 全力で叫び、手を伸ばす。その瞬間視界が明るくなり、体が動く。しかし―


「はっ・・・!!!??」


 開けた視界の先は、知らない所だった。アンティーク調に彩られた小奇麗な部屋のベッドに寝ていたことに気づき、数度瞬きする。そしてその傍らで、巫女ともう一人、知らない赤い髪の女性が座っていた。


「あっ・・・!よかった・・・目が、覚めたのね・・・」


「・・・巫女・・・様・・・?ここは・・・」


「ここは、私たちの住む星『ラケル・ミタリア』よ。イレニルから強制移動をしてきたんだけど、貴方はショックによって少し気を失っていたの。とにかく、無事でよかったわ・・・」


「ラケル・ミタリア・・・・」


 先ほどまで見ていた地獄のような光景はなく、落ち着いた雰囲気の場所だと感じた。窓から見える木々を見てそんな印象を受けた。まだ心臓が跳ねていたが、なんとか気持ちを落ち着かせようとする。


「さっきまで、何かうなされていたようだったけど・・・」


 心配そうにサグの顔を覗き込む巫女。


「うなされて・・・?いえ、その・・・何か見ていたような気はするんですけど、全然思い出せなくて・・・」


「そう・・・でも、脳にある程度の負荷がかかったはずだから、もし不調があったら、すぐに言ってね」


「今のところは大丈夫そうです。それで・・・あの・・・イレニルは、どう・・・なったんですか・・・?」


「・・・・・・・」


 恐る恐る尋ねると、巫女は表情を曇らせて俯いた。今にも消えてしまいそうな声で、ぽつりぽつりと語り始める。


「貴方が目覚める前に、何が起きていたのかを隣に座っているタルメカから聞いたわ・・・」


 目覚めたばかりで特に自己紹介もされていなかったが、隣に座っていたタルメカは巫女に言われて、軽くサグに向けて会釈をする。


「地上からでは全体を完全に把握することは出来なかったけど、ここに戻って状況を改めて確認すると、その状態は予想していた数十倍も悲惨なものだった・・・」


 巫女は悲痛の滲む声を絞り出す。膝の上で握りしめた手は小さく震えていたが、そんな巫女を見かねてタルメカが立ち上がり、巫女を後ろからそっと抱きしめる。


「タルメカ・・・」


「クァ、無理しなくていいのよ。後はアタシが話すから・・・」


「ううん・・・ちゃんと、私の口から説明するわ・・・」


 後ろから回されたタルメカの腕を掴みながら、説明を続けた。


「後で貴方にも映像を見せるけど、イレニルを支える5つの核が、イレニル外に放出されたの。これが、今回の災害の原因でしょうね・・・。まずもってありえないことだけど、実際に映像で確認した以上は、信じざるを得ないわ。それに、イレニルで核の反応を認識できなかったことが何よりの証拠・・・」


 その後も説明を続けたが、イレニルの生態系の根幹を支えていた核が消えたことで星の環境が崩壊し、もはや生物の住める状態ではなくなってしまった。という信じられない事実を告げられ、サグも黙り込むしかなかった。


「たった数時間・・・たったそれだけの時間で、命に溢れていたあの星は、死の星と化したの・・・。そしてもう、今現在イレニルに生命体はほぼ存在していないわ。存在していたとしても、せいぜい微生物程度でしょうね。けど、それらも空前の灯・・・」


 3人とも黙り込み、沈黙が流れる。サグは、聞いたことに対する現実感がなさすぎて、本当は何か悪い夢でも見ているんじゃないかと頭を振る。しかし何回瞬きしても景色は変わらず、途方に暮れていた。そんな中、コンコンとドアをノックする音が部屋に響き渡る。


「・・・っ、はい!」


 タルメカが急ぎ足でドアを開けると、落ち着いた様子のスオウが立っていた。


「あっ、スオウ様、生存者の方が意識を取り戻しました」


「そのようですね、では・・・」


 スオウはそのまま部屋に入ると、サグの目の前で立ち止まる。サグは突然の来客に戸惑いつつも、スオウと呼ばれた男性を注視する。


「初めまして、私はイレニル周辺の惑星系を統括管理しております、スオウと申します。此度の事は・・・謝罪してもしきれません。許してほしい、とは言いませんが、どうか、我々にお力添えいただけないでしょうか・・・」


 男は深々と頭を下げる。


「え、ええと・・・は、初めまして。サグ、サグ・ラムザと申します・・・。あの、謝罪なんてそんな・・・というか、俺が協力できる事なんてあるんですか・・・?」


「えぇ、そのことについてですが、もうじきに会議が開かれます。サグさん、あなたにも、イレニルの民の代表として会議に出席してもらいたいのです」


「だ、代表なんて・・・は、はぁ・・・。わ、分かりました、出席します・・・」


「ありがとうございます・・・。では、タルメカ、クァ、案内は頼みましたよ」


 そう言い残すと、静かに部屋を後にした。いきなり突拍子もないことを言われ混乱していると、タルメカがフォローを入れる。


「スオウ様はアタシたち星の管理者を管理してる人なの。いわゆる中間管理職ってやつよ。・・・あっ、そういえば、重い話ばっかでアタシの自己紹介もちゃんとできてなかったわね。アタシはタルメカ、イレニルの隣のマラクって惑星の管理者やってんの!よろしくね!」


「よ、よろしく・・・お願いします!」


「別に畏まらなくてもいいわよ、なんかこう、自分と同い年位の奴と接する感覚でいいからさ、アタシも気ぃ使わないしね」


 言いながら握手を交わす。存外フランクな態度に気持ちが楽になった気がした。


「ありがとう・・・。あっ、その・・・という事は、ここにいる人達はみんな星の管理者とかってことになるの?」


「まぁそうね。けど、管理なんて大仰なこと言ってるけど、管理らしい管理をしてるのは、ここにいるアタシとか、巫女くらいなもんだけどね~」


「ちょっとタルメカ、変なこと吹き込まないでよ!」


「ほんとの事じゃない。ほとんどの惑星は生物が存在しないから、アンタみたいに神経質になって管理しなくても、特に問題ないのよ」


「えっ、じゃ、じゃあマラク・・・だっけ?そこにも人間がいるの?」


「残念、人間はいないわ。アタシが管理してるのはリザードマンよ」


「リザード・・・マン・・・?」


「そっ、リザードマン。後で見せてあげるわね」


「・・・っ、タルメカ」


「え・・・?あぁ、そうね・・・そろそろ行きましょうか」


 巫女の合図で巫女とタルメカが立ち上がる。


「えっ、ど、どこに・・・?」


「さっきスオウ様が言ってたでしょ?会議よ。少し遠いから、もう行きましょ」



 これからいったい何が始まるのか、これから起こる出来事は、予想もつかないことばかりだった。










 














 

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