〈第5話〉始まり
巫女が倒れ込み、もはやライブどころではなくなった会場では混乱が起きていた。前代未聞の状況に周囲のスタッフすらどうすればいいか分からず慌てふためく有様である。そんな中、ステージの中心でうずくまっているアイドルに向かって、端から一人の女性が駆け寄る。ミリーだった。
「巫女ちゃん!!大丈夫!?しっかりして!!」
青ざめた顔で巫女を抱き寄せると、抱き寄せた巫女の顔は憔悴していた。
「巫女・・・ちゃん?」
息も荒くなり、震える声で巫女に呼びかけると、ミリーの顔を見て若干落ち着いた巫女が口を開く。それでも意識が朦朧としていたが。
「はぁ・・・はぁ・・・。ミ、ミリー・・・。すぐに、みんなを外に・・・避難・・・させ・・・て・・・」
「ひっ、避難ですか!?わ、分かりました!けど、巫女ちゃんは・・・!?」
「私は、大丈夫・・・だから、とにかく、外に・・・避難を・・・」
「・・・了解しました!」
いつになく真面目な返事をした神官の彼女は大急ぎで避難を伝える。巫女の様子のこともあり、ただ事ではないと感じた観客たちは予想以上にスムーズに避難を開始した。
会場にいた人々が半分ほど外に出たあたりで一度目の震動。
「ダメ・・・まだダメ・・・まだ残ってる人が、いる・・・のに・・・っ!」
さっきよりも強い衝撃が巫女を襲う。全身を炙られているような激痛に悶えながらも、擦れた視界でどよめく人達を見る。
もう一度震動。今度はさっきよりもずっと強い。横揺れか縦揺れかも判別できないほどのデタラメな揺れが襲った。
「なんで・・・私は、こんな時に何も、できないのよっ・・・!!」
一番動かなければならない時に限って醜態を晒す自分に嫌気がさすも、何とか体を起こして壁にもたれかかる。再び目の前を見ると、人はすっかりいなくなっていた。
「とりあえず、ここからは避難できたみたいね・・・でも、どうしたら・・・いいのよ・・・」
目元からあふれてくる水分を拭い、ステージを降りる。最後の悪あがきのつもりで床に手を当てて、全力で力を注ぐことしか、もはやできる事はなかった。
「焼け石に水かもしれないけど・・・少しだけでも耐えて・・・お願いだから!!」
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外は中と同様に混乱に包まれていた。先ほどまで喧騒で彩られていた大通りや大聖堂の周りは静寂に包まれている。
「はぁ、はぁ、カラロ、大丈夫?」
「ええ、あたしは平気。サグも大丈夫そう・・・?」
「うん。でも、いったいなにが・・・」
「分かんないわよ・・・!巫女様が突然倒れるなんて・・・。それにさっきの大きな揺れは―」
そう言いかけた時、ダムが完全に決壊した。
バガッッッ!!!!!!!と、聞いたこともない轟音が鳴り響き、地面が発泡スチロールのように容易く割れていく。そして―
「大聖堂が!!」
誰かの叫びでふり向くと、先ほどまで中にいた巨大建築物が斜めに倒れかかっていた。あまりの光景に思わず息が詰まるが、ボサっとしている場合じゃないとかぶりを振る。とにかくカラロを連れてここから逃げるという目的だけが鮮明にあった。
「カラロ!!逃げるぞ!!」
叫ぶと同時に少女の腕を掴み、大聖堂とは反対の方向に走ろうとするが、再度襲ってきた揺れに足を取られ、転倒してしまう。幸い、倒れたサグの上に覆い被さるようにカラロが倒れてきたため彼女にケガはなかったが、安堵したのもつかの間。見上げた視線の先には、轟音と共に砂塵を巻き上げて真横に倒れる大聖堂が目に映る。遠巻きに、まだ近くにいた大勢の人々が巻き込まれていくのを見た。ショッキングな光景に思わず目を逸らす。そして、横なぎに倒された街のシンボルは、半分地面に埋まる形で静止した。
よろけるカラロを支えて周りを見渡す。震動、悲鳴、突風、火災、地獄が広がっていた。
「思い出した・・・夢で見た光景だ・・・」
「えっ・・・?」
「いや、今朝、悪夢を見た気がしたんだ。でもよく思い出せなくて。でも、今思い出した。この光景だ・・・」
「そんなっ・・・。あっ、そうだ、パパは!?」
この混乱の中見つけるのは困難だろうと無理だろうと半ば思った。しかも通信システムも使い物にならなくなっており、メールや電話をすることもできなかった。並んでいた露店は軒並み燃え盛っており、一部は地面の割れ目に嵌っていたり、そのまま割れ目の中に落ちてしまっていた。
大聖堂の周りのエリアは特別建物はなく、逆にその外はビル等が立ち並ぶ都市部であった。一番危険な大聖堂が無力化されたことで、とりあえずここの付近が比較的安全だと考えたサグは、なるべくエリアから離れないようにカラロと共に父であるケリーン氏を探すことにした。遠くで燃え盛り、半壊のビル群を横目に歩いていると、再び大地が震え出した。
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少し前―
巫女は横倒しになり、半壊した大聖堂の中で倒れていた。ステージ等のセットはぐしゃぐしゃになり、ステンドグラスを突き破って奈落に落ちたものもある。
「ここは・・・」
少し気絶していたが、三度の震動で覚醒する。凄まじい衝撃で身体をそこらじゅうに打ち付け、ボロボロになったライブ衣装を見る。
「あぁ、そうだ。私は・・・ダメだったのね・・・」
大聖堂を沈めた本震が来る直前まで、自分に残っていた全エネルギーを核の抑制の為に注いだが、既に手遅れであった。注いだエネルギーごとはじき返されるような形でやってきた衝撃は、ここエウロス王国だけでなく、全世界のあらゆる場所を一瞬にして破壊したのだ。その破壊により、イレニル中の大陸が半分以上海に沈みかけていた。
絶望しながらも、入口付近に都合よく積みあがっていた瓦礫によじ登り、外に出る。そして、煌々と輝く外の情景に絶句した。
「・・・・・・」
意識的に被害状況は何となく把握していたが、実際に目の当たりにすると言葉を失ってしまう。周辺の広場はほぼ奈落になっており、ついさっきまで露店などが立ち並んでいた大通りは隆起したり陥没していたりと原型をとどめていない。そんな折―
「・・・っ!!?」
周囲を見渡すと、少し遠くに倒れている人を見つけた。倒れている人は何人もいるのだが、その人は昼間自分にじゃれついてきたあの女神官だった。
「はぁっ、はぁっ・・・!!ミリー!!!」
急いで駆け寄るが、近くに来て事態を理解する。
「ミ・・・リー・・・。そんな・・・」
既に死んでいた。大聖堂が倒れた際に飛んできた破片が直撃し、半身を抉ったのだ。
「ごめんなさい・・・私は・・・」
心はとっくに打ちのめされていた。今は生存者を一人でも多く見つけ、救助しなければならないと分かっているはずなのに、愛する亡骸を前に膝を折り、ただ謝ることしかできなかった。
しかし、この星の守護者であり、この星の民を護るという『使命』が、巫女を再び立ち上がらせる。
「まだ、やるべき事はあります・・・」
深呼吸をし、駆け出す。生存者を探して。
「あっ・・・!」
いた。男女二人が、崩れ去った大通り前の階段付近にいた。しかし、予兆もなく、再び悪意が大地を揺さぶった。
ガクッッ!!!と、目の前の地面が沈む。思わず飛びのき、遠くを見る。すると、遠くの二人の間の地面に、同じように断裂が広がっていくのが見える。
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「カラロ!!!!」
地面ごと引き裂かれそうになる寸前でカラロの腕を掴む。しかし、亀裂は大きくなり、やがて両者の間に高低差が出来、ついにカラロ側には足場すらなくなり、真っ逆さまに落ちていくところだった。寸前で腕を掴み、崖っぷちで必死に腕を引っ張るが、彼女の真下では赤く光る川が流れていた。
「カラロ!手を!」
言う間にも揺れは強くなり、サグが掴んでいる崖も今にも崩れそうな勢いだった。
「・・・このままじゃサグも落ちちゃう!!あたしはいいから、あんたは逃げて!!」
「何バカなこと・・・!引っ張るから、ほら!!」
「・・・ねえ、サグ」
「なんだよこんな時に、うぐっ・・・」
若干隆起した地面に顎をぶつけるが、手は離さない。揺れに耐えながら引き上げようとしてると、今にも落ちそうな少女は耳を疑うような事を口にした。
「・・・サグ、あたしの事・・・思い出してくれた?」
微笑んで少女は言う。
「何を・・・思い出したってなんだよ!!わけわかんないこと言うなよ!!」
「・・・そっか。もしかしたらって思ったけど、ダメだったかぁ・・・」
荒れ狂う高温を背に、目頭を赤くさせるカラロ。残念そうな口調でも彼女は微笑んでいた。
「でも、いつか思い出し―
そう言いかけた瞬間、激しい衝撃が襲った。さっきよりも勢い良く隆起してきた地面に体を突き上げられ、手を放してしまう。
「っ・・・!!!!!あがっ・・・カ、カラロ!!!」
「・・・あたしの分まで、生きてね・・・サグ・・・・」
最後の声は地鳴りにかき消され、少女は灼熱の海に落ちた。後方まで突き飛ばされたサグは、最後の姿を見ることも出来ず、カラロが落ちたであろう場所をただ呆然と見つめていた。
「・・・うっ・・・うぅ・・」
歯を食いしばり、崖の縁を握りしめる。どうしていいのか分からない、全ての希望が潰えたような感覚だった。もうどうでもいい。今すぐカラロの後を追おうか・・・
青年は立ち上がり、眼下で蠢く灼熱の悪魔を一瞥する。震えながら一歩踏み出し、そして―
「何をしているの!!!!」
突然の大声にハッとする。振り返ると、ボロボロになった衣装を着た巫女が立っていた。
「え・・・巫女・・・様―
言い終える前に、頬に衝撃が走った。
「いっ・・・と、突然何を!?」
「貴方がバカな真似をしようとするからよ!しっかりして!貴方は、彼女の思いを無駄にするつもりなの!!?」
「なっ!?・・・見てたなら、なんで!!助けてくれなかったんですか!!もう一人でもいたら、カラロを助けられたのに!!!」
「私だって、助けたかった!!でも、度重なる隆起や崩落で、そっちに行けなかった・・・!!」
「っ・・・!!あんたはこの星の管理者なんだろ!!?人ひとりくらい、なんで助けられないんだよ!!!」
わかっていた。今更喚き散らしたところでどうにもならないということは。しかし、目の前に、救えなかった少女が崇拝していた存在がいるとなると、抑えられなかった。
「カラロはあんたの大ファンだった!俺にあんたの事を色々教えてくれて、それでそんなにすごい人なのかって!!・・・歌だって聞いたよ!!すごかったよ!!でも、なんで・・・なんで!!!」
頭は混乱し、自分でも何を口走っているのか定かではなかった。しかし、巫女のことが大好きだった彼女のことを救ってくれなかったことが、どうしようもなく、腹立たしかった。そして、こんなことを考えてしまう自分も。
「・・・・・移動・・・しましょう、ここに長居するのは危険だし、それに、もう生存者は、この付近には貴方以外いないみたいね・・・」
周囲を見渡しながら冷静に言う。しかし、炎に照らされるその顔は、苦悩に満ちていた。
「・・・わかりました。その・・・すみません・・・」
「いえ・・・謝る必要はないわ。貴方の言葉は、もっともよ・・・」
形容しがたい惨状を背に、ボロボロになった二人は歩き始めた。
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最近天気が悪くて嫌になります。