〈第4話〉思い
『ラケル・ミタリア』とは、星の管理者が住まう惑星であり家である。その内情は、イレニルと同じような景色が広がり、それぞれの管理者が好きなように暮らしている。彼らは一般的な生物の枠組みを逸脱した高次元生命体であり、各々の星を管理し、守護することを使命としている。
とはいえ、全員が全員そんな崇高な使命を胸に生きているという訳でもなく、自分の管理者している星を自らの実験場の様に扱っている者もいた。
イレニルの巫女の友人の、タルメカのように。
『あら、クァじゃない。突然どうしたの?』
「ちょっと用があってね、今は大丈夫?」
『ええ、丁度暇してたとこだし。テレパシーで話しかけてきたってことは、向こうに降りてるの?』
「そう、降臨祭よ」
『ほんと偉いわねぇ、毎度毎度降りるなんて大変でしょうに。アタシなんて前回直接視察に行ったの何百年前のことだったか・・・』
タルメカが管理している惑星『マラク』はイレニルに程近い場所にある。その赤褐色の惑星には、人間ではなく戦闘意欲豊富なリザードマンが住んでおり、タルメカはそこのリザードマン達を争わせてより強い個体を作ることに心血を注いでいた。
『まぁ、観測機でここからでも様子は見れるから問題はないけどね』
言いながら手元の機械を弄ると、空間に画面が表示される。
『うんうん、今日も試験体A460は元気にやってるわねぇ~。あ、って、こんなことやってる場合じゃなかったわね。要件はなにかしら?』
「うん、実はね・・・」
手短にイレニルの核に異変が起きていることを伝える。そして―
「だから、万が一の時は助けてほしいの。イレニルに何かあったらスオム様に連絡は行くと思うけど、管理者同士、他の星の問題には基本的に干渉はしない決まりでしょ?」
不安を顔に出しながら、展望台から街を見渡す。自分の降臨を大喜びで迎えてくれる人たちが目に映る。
「・・・信頼できるタルメカだからこそお願いしたいの。正直、何か起こるとして、私一人じゃ対処しきれないかもしれないから・・・」
『・・・分かったわ、親友の頼みだものね。もちろん何かあったら協力はするわ。アタシがやれることなんてないかもだけど・・・。アンタほど星を修復する能力も高くないしね』
「それでも協力してくれるって言ってくれるだけ心強いよ。ありがとう、タルメカ」
『まぁ、非常時には他の暇してる連中にも声かけるからさ。アガト辺りは協力してくれそうだし』
話しているとポケットに入っていた通信端末から音が鳴る。
「そうね、ありがとう。あっ、もうそろそろ戻らないと。ありがとね、話聞いてくれて」
『おう、頑張んなよ!』
もう返事はなかった。無意識に虚空に手を振っていたタルメカは手を下ろし、若干ボサついた赤い髪を弄る。
「・・・アタシにできること、か」
長年使ってクッションが死んだ椅子に座り直し、開いたままの画面に映ったリザードマンを横目に呟いた。
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すっかり日が沈み、都会の夜景が一層映える時間帯になった。普段はぽつぽつと街灯が立ち並び、夕食後に散歩する人がいるかいないか程度の交通量のこの大聖堂前の大通りも、祭りの夜は一筋の光が通っているように眩しく輝いている。
サグとカラロはというと、ライブが終わった後に様々な祭りの催し物を楽しんだ。夕食時になると偶然鉢合わせたカラロの父に捕まり、晩御飯を共にしながら巫女についての講釈を長々と聞かされ耳にタコが出来そうになっていた。
「それでなぁ、うちはカミさんが早くに病死しちまって、小さいころからカラロは男手一つで育ててきたってわけよ。けど、俺は俺で仕事の都合上あんまり面倒みてやれなくてよぉ・・・いっつも寂しい思いさせてたんだ。だから、面倒はみてやれねえけど、すこしでも一緒にいてやろうと思って、商会の移動に連れて行ってやることにしたのよ」
色々と話している内にいつの間にか身内話になっていた。少し興味があったので黙って聞いていたら、横に座っていたカラロがむず痒そうな顔をしていた。しかし、別に何か言う訳でもなく、サグ同様話に耳を傾けるのだった。
「こんな生活してるから、まともに友達も出来なくてなぁ・・・。唯一とも言っていい心の支えが、俺を通じて知った巫女様なのさ。巫女様の話題になった時だけは、人一倍の笑顔を見せてくれたんだよ!今回だって、飛び上がるくらい喜んでてな?オレぁよ、この子の笑顔が守られるなら、もう他に、何もいらねぇ!」
酒も入って上機嫌になった大男はジョッキを掲げて堂々と宣言する。当の本人は恥ずかしさと嬉しさが混ざったのか、めちゃくちゃ震えながら下を向いていた。
「だからよぉ、カラロがおめぇと仲良くして笑ってるのを見て、俺は本っっっ当に嬉しいんだ!」
言うや否やテーブルをバンッ!と叩くと立ち上がり、おもむろにサグの後ろに回り込む。
「俺は確信した。カラロを託せるのはもうお前しかいねぇ!!」
「!?!?・・・っちょっと!??話が飛躍しすぎじゃないですか!??!?」
背中をバンバン叩かれながら豪快に言われ完全にパニックになっている横で、流石に黙っていられなかったのか茶髪少女が乱入。
「ちょっと!!さっきから黙って聞いてたら何勝手なこと言ってんのよもう!!バカじゃないの!?」
「バカとはなんだ!俺はお前の幸せの為にだな―」
「だいたいサグとは昨日初めて会ったのよ!なんでそんな奴を―」
「そんなこと言ったって、カラロ、お前昨日帰ってきた後嬉しそうに話してたじゃねぇか!明日一緒に祭り行く人が出来たーって!」
「そっ、それは!?別にその!・・・・あーー!もう!!!バカ!!!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて、周りが見て―」
「あんたは黙ってなさい!!」
いい加減周囲の視線が気になってきたので注意しようとしたが、一喝され、一発で退場する。惨めである。
「はー、とにかく!そんな突拍子もないこと言わないで!恥ずかしいったらないわ!」
「あー悪かった悪かった、謝るからよ。ただ、二人を見ててお似合いかと思ってな」
「なっ!?まだ言うか!!?」
フォーク片手に激昂するカラロを諫めつつも席に戻るカラロ父を見やる。少し酔いが醒めたのか、さっきよりも冷静な口調で言った。
「まぁ、色々言ったが、祭り期間中だけでもいいから、カラロと仲良くしてやってくれ。サグ」
「っ、はい・・・!」
それ以上言葉はなかった。カラロ父は満足げに頷き、カラロは赤面。サグは一瞬時間が止まったような感じがした。
「じゃ、飯代は俺が払っておくから、お前たちは引き続き楽しんできな」
「あっ、ありがとうございます。楽しんできます」
ぎこちなくお辞儀しながら礼を言うと、香ばしい肉の焼ける匂いのする店を後にした。
しかし、あんな会話の後に改めてカラロと話すのも気が引けるというもの。無言のまま人混みの中を歩いていると、耐えきれなくなったのか、カラロが重い口を開く。
「・・・あー、えっと、さっきはごめんね?うちのパパがバカなこと言って。気にしなくていいからね!?ほんとに!!」
「えっ、あっ、うん。大丈夫、気にしてないよ。面白いお父さんだねほんとに、あはは・・・」
・・・めちゃくちゃ気まずい。酒が入っていたとはいえ、出会って間もない少女の父親からあんなことを言われるとは想像もしていなかった。
「はぁ・・・ねぇ、これから夜のライブだし、こんな調子じゃ気持ちよく参加出来ないでしょ?だから・・・ほら、会場まで走るわよ!」
気を遣ってかそんな提案をしてくれたかと思いきや、再び腕を掴まれて強引に走らされるのであった。
「わっ!?危ないって、ちょっと!走れる!自分で走れるからぁ!」
「あははは!!もっと早く走らないと離してあげないわよーだ!」
無垢な笑顔に連れられて、二人はライトアップされてより煌びやかになった大聖堂に向かって走った。
時刻は21時前。ライブの開始には間に合った。会場は昼間よりも飾り付けが多くなっており、これからの盛り上がりを予感させるには充分なものであった。
昼間同様、既に多くの観客が詰めかけており、その時をざわめきながらも待っている。
21時丁度、打ち合わせ通りの演出で、スチームの中からスポットライトを浴び、爆音とともに登場する巫女に会場は今日一番の盛り上がりを見せる。
しかし、歌い始めて数分後。流れ続ける音楽と、不安や心配の視線を送るファン達を前にし、巫女は呆然と立ち尽くしていた。
「はぁっ・・・はぁっ・・・」
形容しがたい恐怖が全身を覆っているような、全方位から何かに襲われるような感覚。そして、ドクンッと、心臓が急激に膨張したかのような錯覚に陥る。あまりの衝撃にライブ中だということも忘れて床に倒れ込む。
意識が朦朧とし、呼吸すらまともに出来ない状況で、何とか言葉を発した。
「ま・・・さか・・・もう、なの・・・?」
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展開が結構牛歩になるかもしれませんのでご容赦を・・・
ちょっと風邪気味です。