〈第3話〉降臨祭
長い間、夢の世界に囚われていたサグは、外から聞こえてくる賑やかな音で目を覚ます。何か世紀末のような恐ろしい夢を見たような気がするが、詳細に思い出すことは出来なかった。ところどころほつれてボロボロになりつつあるベッドから足を下ろし寝室を見渡すと、既に一緒に眠りについていたはずのバイト連中はいなくなっていた。
「しまった、寝坊した・・・」
まさか祭り当日に寝坊とは・・・。一瞬頭を抱え、急いで着替え始めると、部屋の向こうからドタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。
まずい、怒られる・・・!
脳裏にあの雇い主の男がよぎり、怒声が飛んでくるのを覚悟したが、その予想は外れた。バンッ!と勢いよく寝室の扉を開いた人物はカラロだった。
「あー!やっぱり寝坊してたのね!初日から寝坊なんてありえないわよ!?」
「カラロ・・・!?あっ、いや、ごめん!寝坊して・・・」
思わず目を逸らしながら慌てて謝ると、一拍遅れてカラロに視線を向ける。
「えっ、その服は?」
カラロは昨日の作業着ではなく、華奢な身体によく似合う白を基調とした、とても綺麗なワンピースを身に纏っていた。
「えっ、て何よ。今日は降臨祭初日よ?オシャレするのは当然じゃない」
目の前の寝癖ボサボサの青年を見ながら続けて言う。
「ていうか、あんたスケジュール確認してないの?祭りの本開催期間は、仕事は一日交代なの。だからあたしは非番ってわけ。確かサグも今日は非番だったはずよ?だから昨日、誘ってくれたんだと思ってたのに」
ややムスッとした表情を浮かべるカラロ。色々思い出して申し訳なさいっぱいになりながら、急いで着替える。
降臨祭の情報は事前に聞いていたので、一応祭りの雰囲気に合うような服装を服屋で見繕ってもらっていた。しかし、今となってはかろうじて女性と出歩くにふさわしい服を買っていて良かったと安堵するのであった。
「あら、割とまともな服あるじゃない。誘っといて、祭り用の服がなかったらどうしようかと思ってたわよ」
「そ、そりゃちゃんと用意してるに決まってるだろ?初めての降臨祭なんだから」
「はいはい、ごめんごめん。あっ、服はいいけど、その寝ぐせはちゃんと直してきなさいよ?」
「あ、はい・・・」
返事をした時には、既に彼女は部屋から立ち去っていた。
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祭りの初日-
昨日まで見ていたメインストリートは別の場所かと思うほど混雑しており、足の踏み場もないほどであった。沈黙を貫いていた露店たちは、息を潜めて獲物を待っていた肉食獣かのように猛烈な勢いで客人を捕食する。
また降臨祭ということもあり、出店ではイレニルの巫女をモチーフにしたグッズも沢山売られている。キーホルダーにフィギュア、ぬいぐるみ、書籍、巫女の写真集、CDと、枚挙にいとまがない。そしてそれらに関連して「限定」という付加価値が追従しており、人々が限定を追い求め長蛇の列を成している様は、もはやある種の芸術であった。
・・・それらの光景を一通り見つつ、あまりの混雑具合に目を回していたサグの腕をカラロは再び引っ張る。この大盛況を当然予想していたカラロは、出店などが立ち並ぶ過密状態の大通りを避け、大聖堂に続く脇道をズンズン進む。
自称通の完璧な立ち回りに謎の感動を覚えつつ、共に人通りの少ない脇道を進むが、商魂たくましい商人はこんな狭い場所でも問答無用で商売を吹っかけてくる。笑顔で拒否するカラロに倣ってこちらも笑顔で拒否。そんなやり取りを何度か繰り返していると、急に視界が開ける。日陰で薄暗かった脇道を歩いていたせいで急な日の光に思わず目の細めるが、唐突に目の前に現れた大聖堂に目をパチクリさせる。
「えっ、はやっ!?もう着いたの!?」
「ふんっ、地元民を舐めんじゃないわよ」
勝ち誇ったように、フンスッと鼻を下品に鳴らす地元民。ふと大聖堂の入口付近に視線を移すと、何やら人だかりができていた。明らかに一般客ではない、撮影機材を背負った人やスーツ姿の人などを見るに、恐らく業界人だろうか。
「あっ、そういえば」
「うん、なに?」
「あんたのことだから、初日のスケジュール知らないだろうなーと思って」
「あ、うん。知らない・・・です」
「でしょうね。・・・えーーと、今ちょうどお昼時ね。巫女様は午後一時に降臨する予定だからまだ多少時間あるし、適当にお昼食べよっか?」
腕時計を確認して後方の屋台群を見やるカラロ。
「そうだね。というか朝から何も食べてないし、いい加減お腹減ってきたとこだよ」
「それはあんたが寝坊するからでしょうが」
「うう・・・すみません」
呆れ顔で言われ返す言葉もなく素直に謝罪。その後、近くの露店で祭りと言えばこれらしい。と、デカめのチキンステーキを二人で頬張るなどして食事を済ませている内に、時間まで残り10分といったところ。
大聖堂の中にはこれまた人が大量に入っており、本当に人数制限されているのかと疑う程だ。何の準備もしていないサグは本来門前払いされているところだが、事前にカラロが整理券を入手していたため大聖堂にはすんなりと入ることができた。曰く、整理券はサグが朝寝ている間に取ってきたらしく、まったく頭が上がらない思いである。
「わかってたけど、ほんとにすごい人ね・・・。もうちょっと前に行きたいのにぃぃぃ・・・」
何とかステージの前に行きたいカラロだが、既にステージ前方は人で埋め尽くされており取り付く島もない。仕方なく、入った順番的に一番ステージに近い場所を陣取る。
そうこうしていると、先ほどまで外の光を受け鮮やかに輝いていたステンドグラスの内側にブラインドが降り、照明も消え、会場は非常灯の僅かな灯りを残して真っ暗になる。準備の整った会場に人々のざわざわとした声が波のように現れ、やがて消えていく。
ゴクリ。と、隣でカラロが唾を飲み込んだ音が分かる程の静寂―
―次の瞬間。・・・バッ!!!と、一瞬にしてステージに溢れんばかりのスポットライトが照り付け、大音量で流れる音楽。そして、そこに居た。
ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!
会場からは鼓膜が破れるかと思う程の大歓声が起き、ステージ上のアイドルは歌いながら手を振る。そういえば、と思い隣を見ると、大ファンの少女は千切れんばかりに手を振っており、目線は完全に巫女にくぎ付けである。
巫女の容姿はというと、サグが思っていたのとは随分と違い、ちょうど隣で手をブンブン振り回している少女と同じような風貌をしていた。細身の体に中くらいの身長。髪は金髪で長めのポニーテール。そして衣装はアイドルがライブで着るそれであり、思い描いていた巫女像とはかけ離れていたものの素人目で見ても分かるような、只ならぬ雰囲気をステージ上から振り撒いていた。
そして、何より『歌』である。ファンの人が昨日熱烈に解説してくれたのを思い出すが、確かに聞いているだけで何やら身体が癒されるのを感じる。特に、昨日までの運搬業務などで筋肉痛になっていた腕やら脚やらの痛みが不思議と引いてゆくのが分かる。最初は腕がダルくて手を振っていなかったが、痛みが引き、気付くと自然に皆と同じように手を振っていた。
暫くして―
「みんな~~!!サプライズライブ、楽しんでくれたかな~!?」
数曲分を歌い終え、改めて会場にひしめく観客に挨拶をする巫女。あれだけ熱唱したというのに息一つ切らしていない所を見るに、カラロが言っていた「人間ではない」という言葉も頷ける。まぁ実際何者なのかは謎だが。
その後数度のコールアンドレスポンスがありつつ、会場は熱気を宿したまま巫女は惜しみない声援を浴びステージの端へと退場して行った。まるで嵐のような登場から退場だったなと感慨に耽っている横で、さながら燃え尽きたように立ち尽くしているファンの姿があった。
「…おーい、大丈夫か?」
あまりの放心っぷりに若干心配になり肩をちょんちょんと突くと「アウアウ…」と言葉にならない声を発していたのでそっとしておいた。
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一方、巫女専用控室にて―
「お疲れ様〜!巫女ちゃん!」
「わぶっ!もう、ミリーってば相変わらずね」
数年ぶりの再会に嬉々として抱き着いてくる女神官を手で押し退けるが、懲りずにまた抱き着いてくるので諦めた。
女神官ミリー。この星にわずか数人存在する神官のひとりである。前回の降臨で補佐を務めたミリーは巫女と個人的に仲良くなり、今回の降臨祭で偶然、啓示請負人となったミリーは再会の機会に大喜びなのであった。
「元気だった?」
「うん!元気だったよぉ~、えへへ。巫女ちゃんに会ったらもっと元気になっちゃったけどね~」
以前よりもスキンシップ激しくないかコイツ。と思いながら抱き着かれていると、一瞬、何か凄まじいエネルギーが地面の奥底から湧き上がってくるのを感じた。我に返り、依然としてじゃれついてくるミリーを強引に引きはがし、窓から外の様子を見るが特に変化はない。
「気のせい・・・じゃないわよね・・・」
巫女にとって、今回の降臨は急を要するものであった。普段なら降臨する周期は数十年に一度程度なのだが、前回来たのは僅か五年前であり、普段と比べると早すぎる。というのも、イレニルのセーブコアである五つの核の様子が異なっていたからだ。いつもはその場で静かに回転しているコマが、今は軸がブレて回っているような、そんな感覚。そして今さっき感じ取った『何か』。
「今回はあんまり遊んでいられなさそうね。とりあえず、夜のライブまでに色々調べないと・・・。ミリー、悪いけど会合の時間、もう少し早めてもらえる?」
「えーっと、それは私の一存では何とも・・・。上に通達はしておきますね」
「頼んだわ。さてと・・・」
「どこか行かれるんですか~?」
「展望フロアに行くだけよ。この大聖堂の人気スポットらしいから」
建物後方の一部分から突き出た高塔。街を一望できる五十メートルほどの高さの展望フロアは、周囲に立ち並ぶ高層ビルに負けない存在感を放っている。そんな場所で、若干日も暮れかけた空見上げ呟く。
「タルメカ、聞こえる?」
遥か遠くの宇宙。そして銀河系を一望できる場所にある館のような小さな星。星の管理者たちの住処はそこにあった。
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展開が結構牛歩になるかもしれませんのでご容赦を・・・
最近暑いですね。