〈第2話〉出会い②
青年の腕をやや強引に引っ張りながら、カラロと呼ばれていた茶髪ポニーテールの少女は、人混みを上手く避けつつ歩みを進める。左右に楽しげに揺らされる彼女のポニーテールを視界の端に捉えつつ、引っ張られるがまま歩いていると、引っ張っている本人が口を開いた。
「・・・しっかし、よくそんな細い身体で運搬仕事なんて請け負ったわね。腕が折れちゃうんじゃないの?」
青年の身体は同年の男性に比べると痩せている方だろう。絶妙に生気の宿ってない瞳も相まって、今にも死んでしまいそうな、そんな病弱な雰囲気をカラロは感じていた。
「そっちだって、同じくらい細いじゃないか、何の仕事をしてたのかは知らないけど・・・」
「あたしは、女の子よ!?これくらいが普通なの!それに、あたしはあんたみたいな力仕事をしてたわけじゃないしね」
「っ・・・まぁ冷静に考えればそうか・・・。ごめん」
反射的に反論したことを反省しつつ、本題に入る。
「それで、えっと、なんで急に案内なんかしてくれるわけ?君のお父さんも許してくれたし・・・よく分かんないけど」
「あぁ、そうね。えーと・・・まぁ、さっきぶつかったお詫びも兼ねてというか、あんたが降臨祭について全然知らなさそうだったから、これを機に解説したくなったというか・・・」
あぁ、なるほど。事情を知らない人間に対して布教がしたくなったのだな。と、なんとなく腑に落ちる青年を他所に、熱烈な解説がスタートする。
「うちのパパはね、この降臨祭が開かれる度に、自分の商会を現地に向かわせるの。もちろん、自分も一緒にね。パパは巫女様の大ファンだからさぁ、必ず現地に行って、その姿を記憶に刻むのよ。巫女様の歌のCDアルバムだって、現存する分は全部コンプリートして家に飾ってるくらいなの。もちろん、あたしも巫女様の大ファンよ」
やや早口に喋る彼女は楽しそうだった。さっきの予想が思った以上に的中していたな。などと考えていると、彼女のトークはヒートアップしていく。
「それでねそれでね、巫女様はこの星の管理者でもあるのと同時に、アーティストでもあるの。さっきも言ったけど、巫女様の歌はほんっとにすごくて、聴くだけで心が癒されるというか、幸せになるというか、うーん・・・とにかくすっごいの!!だからね、巫女様が降臨する時は、世界中から人が集まって、巫女様の歌を生で聴きに来るの!」
歌を披露する巫女。そのこと自体は知っていたが、残念ながら歌を聴いたことはないので少し興味が湧いた。そんなにすごいのか。
矢継ぎ早に話す彼女の熱量に圧倒されつつも、分からない部分に質問を挟む。
「そこの、星の管理者ってところ。そこがいまいちよく分かんないんだけど、具体的に何をどう管理してるの?」
「おっ、良い質問だね」
得意げにニヤリと口角を微妙に上げるポニテ少女。ふと気づけば、人混みの多かった大通りを抜け、大聖堂のすぐそばまで来ていた二人は、近くのベンチに腰を下ろした。
「まあ、一旦ここに座ろっか。オホン、えっとね、まず巫女様がそもそもなぜ降臨してくるのかって所から話すんだけど」
わざとらしく咳き込むと、目の前に鎮座する大聖堂に何となく二人とも視線を移し、説明が始まる。
「巫女様はね、この星を修復する為に降臨するの。もちろん、修復だけじゃなくて各国の首脳陣と会談したりとかね」
「まって、えっと、修復ってのがいまいちピンとこないんだけど、どういうこと?」
「ねぇ、この世界って、滅多に災害が起こらないと思わない?」
そう突然言われてふと、過去に起きた歴史的な災害について思い出そうとするが、確かにその件数は著しく低いような気がする。生きている間に、そのような災害を目の当たりに出来る方が幸運ですらあるかもしれない。
思案している横でファンの説明は順調に続く。
「巫女様の話によると、その災害の原因って、この星の根幹を支える五つの核に起因してるそうよ。だから、その核に異常や問題が発生する前に、あらかじめそれを予想して、核を正常に保ってるんですって」
「へぇ・・・って、まさかそれを件の歌で?」
「その通り!巫女様の歌で我々、イレニルの住民を癒しつつ、この星の核も癒してるってわけよ!すごいでしょ!」
えっへん。と、まるで自分のことのように少し興奮気味なカラロ。
「じゃあ、今回の祭りも、その核っていうのに異常が見られるから降臨するってことになるのか」
「まーザックリ言うとそういうことね。一応、巫女様は祭りの最初に、その時降臨する理由とか、核について色々と説明をしてくれるの。だから、あたしたちも安心して巫女様に任せられるのよ。つまり、星の管理者っていうのは、こういうことなの。この星にとっての危険因子を取り除いて、危機が迫らないようにしてくれてるってことなのよ!」
そんな内情まで話してくれるとは、どうやら巫女様というのは、思っていたよりもかなり誠実な人物らしい。
管理者についての説明も理解して、うんうんと頷いていると、横に座っていたカラロは小さく伸びをして、スッと立ち上がった。
「じゃ、そろそろ大聖堂の中に入りましょ?中はめちゃくちゃ広いんだから!」
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マタラ大聖堂。陸上競技施設ほどの面積を誇る、この国のシンボル的な巨大建築物である。ゴシック様式で建造されたそれは、全体的に白く、外壁に等間隔にはめ込まれたステンドグラスが特徴的である。上からみると、建物中心に巨大なドームが形成されており、その部分は丸ごと多目的に使える空間となっていた。
大聖堂入口付近には、背中から翼を生やした女性の大きな像が佇んでいる。その台座には「イレニルの巫女」と刻印されており、その像に見下ろされながら、これまた巨大な門をくぐって大聖堂へと入場する。
建物内部の、素朴ながら威厳を放つ装飾や、ややボロボロになっている壁画に目を回しつつも奥に進むと、大聖堂の中心部分にやって来た。どうやらここに祭壇などを設置し、巫女を迎え入れる空間にするようだ。
「どう?すっごいでしょ!」
ドーム内に響くカラロの声を聞きながら頷きつつ、ドームの中心に用意されたきらびやかな祭壇に目移りする。しかし、想像していた物とは違い、もはや祭壇というよりはアイドルなどが壇上で歌って踊るライブステージのようであったが。
しかもステージの上と下には、スポットライトのような照明器具まで並んでおり、さらにステージから正面に見える観客席を見るに、もはや完全にライブコンサートのそれであった。
「CDアルバムとかのくだり聞いてて疑問に思ってたけど、まさか、歌ってこういうことなのか・・・」
勝手に教会で歌う讃美歌的なものを想像していたこともあり、このガチガチに準備された現代的なステージのセットを見て唖然とするのであった。
「逆になんだと思ってたのよ。いい?巫女様はね、降臨祭の期間である明日からの一週間、毎晩ステージで歌いまくるのよ。それはもうめちゃくちゃに盛り上がるんだから!祭り期間中、夜に寝る人なんていなくなっちゃうほどにね!」
カラロ曰く、期間中は現地に来れない人の為にも、テレビの中継や、ネットの生配信などで、巫女様のライブをリアルタイムで視聴できるようになっているらしく、リアルでもネットでも、同様に人々は熱狂するようだ。
「でも、その巫女様って一応公務的なことも行うって言ってたよな?そんなスケジュールじゃ、巫女様の体力が持たないんじゃ?」
「普通はそう思うわよね。けど、巫女様は当然人間じゃないから、いくら活動しても疲弊しないんですって。むしろ、毎晩ライブに参加しようとするあたしら一般人の方が先にぶっ倒れちゃうわよ」
「あはは・・・。確かに、それじゃ全ライブに参加するのはキツそうだね」
「そう。だから通の人は、一日おきに参加したりするの。そうすれば体力的にも安心だし、最終日の特別なフィナーレライブも万全を期して参加できるもの」
「なるほど、奥が深いね・・・」
「わかってきた?ふふん、あんたも早くこっち側に来なさいよね、サ・・・あっ・・・」
大聖堂から出ながら突然何かに気づいたのか、小さく声を漏らす。
「めちゃくちゃ今更なんだけどさ、あたし、あんたの名前聞いてないな、
って・・・」
自然に会話していて忘れていたが、言われて青年も気づいた。流れるようにここまで来ていて、悠長に名乗るタイミングもなかったのだが。
「あ、あぁ。俺はサグ。サグ・ラムザ。なんか、改まって言うのも、その、恥ずかしいけど・・・」
「サグ・・・っもう、あたしまでなんか恥ずかしいじゃない。ゴホンッ、じゃあ、あたしも改めて自己紹介するわね。サグ、あんたの雇い主である、ケリーン商会会長の娘、カラロ・ケリーンよ。改めて、よろしくね」
若干頬を赤らめて手を出してきたので、こちらも慌てて手を伸ばし握手をする。相手の顔など直視できるものではなかったが、一瞬、顔を上げると、彼女は素敵な笑みを浮かべていた。そして、その目からは涙が溢れていた。
「えっ!?なんで泣いてるの!!?俺変なことした!?」
「なんでもない!っさ、さて!もうだいぶ日も落ちてきたし、明日から祭り本番よ!今日はもう帰って、明日から楽しみましょうね、サグ!」
涙を拭い、逃げるように立ち去ろうとするカラロ。
「あっ、待って!」
慌てて呼び止めると、カラロは立ち止まり、振り向く。綺麗な茶髪が夕日を反射して黄金色に輝いて見えた。
「あのっ、えっと・・・祭り、明日から一緒に行ってくれないかなって、その・・・」
どぎまぎしながら言おうとしていると、いつのまにか目の前に来ていたカラロはもう一度笑顔で―
「もちろん、そのつもりよ!自称降臨祭通の実力、見せてあげるわ!」
こうして、いよいよ待ちに待った降臨祭が始まるのであった。
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展開が結構牛歩になるかもしれませんのでご容赦を・・・