〈第1話〉出会い
「さぁ、巫女様の降臨までもうすぐだ!最後の準備に取り掛かるぞ!」
カラッと晴れた夏の昼下がりの青空の下、その大衆にも響き渡る大声につられて、青年はつと振り向く。
振り向いた視線の先。この街のメインストリートでは大勢の人々が忙しなく動き回っている。様々な露店や出店が自身の出番を今か今かと待ちわびており、それらがすし詰めのごとく立ち並ぶ大通りの先には、ここ「エウロス王国」のシンボルでもあるマタラ大聖堂が聳え立っている。
そして大聖堂を中心に楕円を描くように、その周辺は公園となっており、並木が立ち並び、ベンチや噴水が点在するなど、ここは人々にとって、気持ち安らぐ憩いの場所と言える。
先の声に一瞬気を取られボーっとしていると、となりから聞き覚えのある少し柄の悪い男の声が耳に入ってくる。
「おい?何ぼさっとしてんだ、さっさとその荷物屋台に運べよ」
「え?あ、あぁ、すみません、すぐ行きます」
反省してるんだかしてないんだか分からないような抑揚のない口調で応対すると、青年はいそいそと運搬を再開した。
「ったく、はぁ・・・」
青年の雇い主は不服そうに鼻を鳴らす。別にそこまで怒っているわけではないが、いつもの癖でややぶっきらぼうに当たってしまったことを内心反省しつつ、ふと振り返り、青年と同じように一瞬周囲を見渡した。
「降臨祭」とは今まさに彼らが準備している祭りの名前である。その祭りの開催地は開催ごとに異なり、雇い主の男は自分の住む「エウロス王国」が初めて開催地に決まり、気分が高揚していた。
「降臨祭」という名の通り、降臨するのはこの星、「イレニル」の管理者である、通称「イレニルの巫女」だ。
今はちょうど、この星の管理者である「イレニルの巫女」を迎える為の祭りの準備期間なのであった。
降臨する時期やタイミングなどは巫女の自由であり、自分が降臨しようと思ったタイミングで、この星に何人か存在する神官に啓示をもたらし、自分が降臨することや、開催地などの補足情報を伝えるのだ。
「さぁて、本番は明日だ。残りの荷物もさっさと降ろすかねっと」
そう自分に言い聞かせるように言うと、浅黒い男は筋肉質な両腕で抱えた大荷物を屋台の横にドサッと降ろした。
何度か往復して荷物を運ぶ作業にも慣れてきたころ、メインストリートでは人の往来も徐々に増えてきた。何とか邪魔にならないように、通行人を避けつつ荷物を運んでいると、道行く人からは降臨祭やら巫女についてやら色々聞こえてくる。降臨祭についての知識に乏しい青年は、それらの声に耳を傾けていた。
「しかして、このような大仰な祭り、巫女とやらはさぞかし素晴らしい恩恵を授けてくれるに違いない」とか、「というか、そもそも天国だか天界だかから降臨してくる存在とは何者なのか・・・」とか
さして有益でもなさそうな会話に気を取られ、手を止めてボーっと考えていた青年は、突然背後からドン!と衝撃を受ける。
「うわっ!そんなとこで立ち止まらないでよ、危ないじゃない!」
衝撃で手から滑り落ちそうな荷物を慌てて抱え込もうとして、青年は前のめりに倒れこむ。倒れる寸前、なんとか身をよじり頭から倒れることを回避した青年は、地に付したまま声の主に目を向ける。
「あっ・・・!?ご、ごめん、大丈夫?」
なぜか一瞬驚いたような顔をする少女は、地面に座り込んだ青年を起こそうと手を伸ばす。
「あぁ、大丈夫。ごめん・・・」
少し動揺するも、目の前に降りてきた、血の通った蜘蛛の糸を掴んで立ち上がる。
「ねえ・・・あんた、ここの人じゃないでしょ?」
唐突に聞かれて内心驚きつつも、平静を装い返答する。少女の声が若干震えているような気がしたが、気にしないことにした。
「え?あ、あぁ。俺は、ナハラから来た。二年くらい前に」
「ナハラ?ナハラって確か、大陸の端の方にある田舎町でしょ?なんでそんなところからわざわざこんな都市部に?仕事?」
「そ、そう。仕事だよ、し、仕事仕事」
思いのほか飛んでくる質問に若干どもりながらも答える。慌てて答えている状況は客観的見ると少し怪しいが、別に嘘は言っていない。
「ふーん・・・。てことは、降臨祭は初めてよね?」
「降臨祭は人づてに聞いた程度で・・・開催地に来るのは初めてなんだ。それに、あまり詳しく知らないから、色々気になってさ・・・」
あれこれと話していると、少女は顎に手をやり小さく唸ったあと、突然―
「なるほどねぇ・・・おーーーい!!!パパーーー!!!この人と一緒に会場見に行きたいんだけど~~!!良い~~~~!!??」
何かに納得したかと思えば、唐突に大声を上げる目の前の少女に驚くと同時に、もう一つ。
え?パパ???
「えっ?ちょっ、ちょっと!!?何を言って・・・」
言い終える前に背後から人の気配がして一瞬息が詰まる。恐る恐る振り向くと、なんとあの雇い主の男が仁王立ちしていた。
えっ、まさか・・・。と嫌な汗が身体のどこかを伝ったのを感じつつ、少女を見やる。横にいる彼女は笑顔だった。
「んぁ・・・?カラロ・・・と、おめぇはさっきのバイトの・・・。何やってんだ?会場見に行くのか?こいつと??」
怪訝そうな表情で首を傾げる父親にカラロと呼ばれた少女は続けて言う。
「そう!この人、ここに来たばっかで、降臨祭のことも良く知らないみたいだから、会場を案内しながら色々教えてあげようと思って。あたしは午後の分の作業をもう終わらせたし、行っても良いでしょ?」
「ほぉ、そうか、おめぇさん他所から来てたのか。ちなみにどこから?」
「あ、えっと、ナハラってとこから来まして・・・」
「ナハラ!?随分と遠くから来たんだな・・・。降臨祭の為にわざわざ来たのか?」
「いえ、来たのは二年ほど前で、仕事を探しに・・・。最初は田舎者だからって誰も相手にしてくれなかったんですけど、一年ほど前、ようやく雇ってくれる所を見つけて・・・ですが、数ヶ月前にそのお店が潰れてしまって、そこのオーナーは、すごく良くしてくれて、僕が食い倒れないようにと、小遣いを沢山持たせてくれて、そこからは働き口を探して点々としていて、それで・・・」
あの時のオーナーの顔を思い出して胸が苦しくなりつつ、後半、若干嗚咽交じりに成り行きを説明すると、意外にも、いかつい雇い主の男は同情してくれたのだった。
「そうか・・・おめぇさん、色々苦労してきたんだな。さっきはちょっと怒鳴っちまって悪かった。よし!ならカラロ、こいつに降臨祭の会場、案内してきな」
「ほんと!?ありがとう!パパ!」
言いながらガタイの良い父親に軽くハグをすると、青年の手を引き、歩みを進めるのであった。
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展開が結構牛歩になるかもしれませんのでご容赦を・・・