表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
林檎のロロさん  作者: Tada
99/151

99個目

ブクマ・評価・いいね、ありがとうございます。



「カイさん起きて、お腹すいた」 

「‥‥‥‥‥‥この起こされ方、前にもあったな」


 外が明るくなると起きるロロ。自宅に時計がないと言っていた。カイが伸びをして、ソファーから起き上がりそのまま座った。


 ロロは砂色の上下の服で、着替えは済んでいた。耳には少し揺れる雫型のフックピアスがあった。ブルーペクトライト。今日はこちらにしたのかと、カイが少し笑った。


 昨夜のロロの魔法で、疲れはない。寝心地がイマイチなだけだ。そこで、トム・メンデスのベッドの話を思い出した。


「ロロ、工房に置くトムさんのベッドを、ランスに上手く頼めないか?」

「うーん、大会議室の長テーブルが残ってるのかな?聞いてみるけど。今日はこっちに来るって言ってたよ」

「頼む。俺だと嫌な顔されそうだ」


 トントンと腰を叩いた。足が出てしまうソファーで寝ているため少し痛い。


「腰が痛いの?」


 ロロが隣に来て腰に手を当てた。「痛いの飛んでけー、痛いの飛んでけー」と言った。どこに飛んでいったのかわからないが、スッと痛みが消えた。


「‥‥‥お前は、癒やしの才能に溢れているな。ありがとう。とても楽になった」

「どういたしまして」



 ノックの後に扉の向こうのマルコが「入っていい?」と言った。


「入れ」

「どうぞー」


 いつもはすぐに入ってくる男が、ロロがいるから確認してきた。マルコは、入ってすぐにロロのピアスに気づいて、微笑んだ。


「おはよう、カイさん、ロロちゃん。よく眠れた?」

「おはよう、マルコさん。うん、よく寝た。お腹すいたよ。カイさん、ロールパンをホワッと焼いてくださいな」


 アトウッド家の帰りに寄った【カルーダンのパン】の八個入りロールパンを出した。紅茶を入れに行くマルコと給湯室へ行って、ロロは食器を持って戻ってきた。


「ホワッとだな」

「そう、ホワッとですよ」


 ロロが微弱霧水魔法をかけて、カイが微弱火力魔法をかけた。焦がさずホワッと。


「美味しそう!カイさんジャムは?」

「ブルーベリーがあるぞ」


 デスクの引き出し(マジックボックス)から、瓶のブルーベリージャムを出してきた。

 メイナが近所の奥さんと作ったそうだ。最近、ナナシーと近所の人たちとの交流を楽しんでいるようだ。


「泊まりに来たら、ロロにも渡すと言ってたぞ」

「え?じゃあ今は食べないほうがいい?」

「ここに泊まるのを知ってて、メイナは昨日俺に渡したんだ。一緒に食べよう、ロロ」

「うん」


 マルコが温かい紅茶と、ミルクゼリーを持ってきた。どうやらゼリー作りにハマっているようだ。


「よし、食べるか」

「「いただきます」」


 わぁ、ブルーベリー、ごろっと大粒‥‥‥。どうしてだろう。彼女が作るものは、何をしてもごろっとしている。


「「「‥‥‥」」」


 零れ落ちそうなので、ロールパンの上に穴を開けて、ジャムを流し入れた。


「うんまい!甘すぎないし、とっても好み!」

「うん、メイナ料理が上手くなったね」

「良かった‥‥‥」


 カイが一番安心していた。最近はどんな料理を食べているのか気になるところだ。




 夜ふかしをして話していた続きを始めた。


 寝る前に話したのは、シューターとディーノが【記憶失くしの森】でカートン子爵に連れて行かれた時に、ロロはどうしていたか。


 マルコとメイナが見つけたのは、木の根に足を投げ出して座っていたロロ。知らない金髪の少年や血を流して倒れていた青年、知らない貴族たちが怖くて、隠れていたのか。

 ロロは何も覚えていなかった。【記憶失くしの森】にいたので、どんどん新しいことも忘れていったのだろう。

 マルコは、自分たちに気がついてもなかなか近づいて来なかった、ロロの葛藤がわかった気がした。


「ロロちゃんが、俺たちのところに来てくれて、本当に良かった」

「全くだ」


 あのままロロが森の奥に行っていたらと思うと、ゾッとする。

 ロロ自身もそう思う。どうして、マルコとメイナのところに行こうと覚悟を決めたのか。


「それから、『ロロ・シュテルン』だが、『シュテルン』に聞き覚えがある」

「俺も、どこで聞いたかな」

「ということは、親戚がいるのかな?」

「「うーん‥‥‥」」


 あまり何度も関わってはいないが、会ったことはあって、家名を聞いたことがあるのか?


「「うーん‥‥‥」」

「ふふ、もういいよー」


 苦笑するロロは、親戚がいてもそんなに会いたいとは思っていない。シューターだけで十分だ。それに。


「あのね、それから何となくだけど‥‥‥」


 紅茶のカップで両手を温めるように持って、話し始めた。


「もしかして私は、森に()()()()()から、森に()()()ってことはない?」

「「‥‥‥」」


 カイトマルコが固まっている。たぶん、二人も考えていたことなのだろう。


「シューターさんが、昔住んでたところに行ったって言ってたでしょう?両親は死んでいて、隣のおじさんに、お前は誰だ?って言われたって」

「あ、ああ‥‥‥」

「そこに私も行って『お前は誰だ?』ってなったら、決まりだよね?私の存在も忘れられてる」


 カイとマルコは黙ってしまった。


「ロロちゃん、行って確認したいの?」

「うーん、シューターさんに会ってから考えようかな。場所も知らないし、すごく遠かったら面倒くさい」 

「「面倒くさい‥‥‥」」


 ロロの中では、どちらでも良さそうだった。



「今日は、ランスをここで待つんだな?」

「うん、一緒に大会議室にいるつもり。あ、ところで、メリーさんは元気だった?」

「まあな。‥‥‥ロロ、時間があるなら爺の顔を見に行ってこい。少し話たい事があるようだから」


 ロロは柱時計を見た。まだ八時前だ。


「九時になったら行ってもいいかな?」

「ああ、たぶんな」

「ロロちゃん、今日は先に洗浄魔法しちゃう?」

「そうだね!今日は‥‥‥あ、仮眠室は?」

「俺が使ったから、ちょうどいいね。お願いできる?」

「はい」


 ちょっと行ってきます、とカイに言って、代表室を出たロロとマルコは、奥の二部屋ある仮眠室の右から入った。シンプルなベッドとナイトテーブルがあるだけの部屋だ。


「狭くてシンプル、そして、これまた年代物(ヴィンテージ)だね」

「カイさんが独身の時は、帰るのが面倒で二人とも泊まってたけど、今は使っても一部屋だね」


 この寝具とか、少し染めたら素敵かも。今度やってもいいかなぁ。仮眠室、私が使いたいくらいの広さだ。


「マルコさん、始めます」

「どうぞ」


 落ち着いたこの感じを残しつつ、寝具、壁紙もなかなか古いから少しキレイに‥‥‥。


「キレイになあれー」


 またキラキラとした風が吹いた。部屋の中をくるくると回る。


「「‥‥‥」」


 マルコは何も言わずに見ていることにした。危険なら止めるが、寧ろこの風があることで効率よくなった気がする。レベルが上がったのだろうか。狭いので確認は早い。


「はい合格。良く出来ました」

「ありがとうございます!」 


 隣の仮眠室に移動した。クンクンとロロが匂いを嗅いでいる。


「あの、ロロちゃん?」

「んー、マルコさん、この部屋使ったんだね」

「うわ、やめて、恥ずかしい!」


 真っ赤になって、ロロの鼻と口を後ろから手で塞ぐ。


「‥‥‥」

「‥‥‥」

「‥‥‥」

「‥‥‥」

「‥‥‥‥‥‥んああっ、死ぬわ!」

「ぐふぅっ!」


 肘打ちをした。マルコは腹を押さえて崩れ落ちる。


「‥‥‥ロロちゃん‥‥‥力、強くない?‥‥‥油断してたとはいえ、これでも元A級なんだけど、俺」

「セクハラです」

「ごめんなさい‥‥‥でも匂いを嗅ぐのは」

「セクハラでした」


 マルコのお腹を擦って「痛いの飛んでけー痛いの飛んでけー」としたら、更に顔が真っ赤になった。


「マルコさん、もう痛くない?」

「‥‥‥何だか、胸が苦しいです」

「えっ?働きすぎ?」


 ロロは、右の仮眠室と同じように「キレイになあれー」と洗浄魔法をした。しかし、『マルコの匂い』が片隅に残っていた。


「こ‥‥‥」

「‥‥‥紅茶?」


 ほんのり紅茶色の寝具・壁紙になった。


「‥‥‥えっと、失敗、ですか?」

「いや‥‥‥どうだろう」

「‥‥‥素敵だよね?」

「‥‥‥うん、素敵だね」


 ロロとマルコは、じっくり部屋を眺めた。


「「【紅玉(ルビー)】っぽいよね?」」


 代表室に戻った。ロロをソファーで休ませて、マルコがカイを引っ張っていった。


「なんだなんだ?」

「いいから!」


 マルコは仮眠室を順に見せた。右のキレイにした部屋と、左の【紅玉(ルビー)】っぽくキレイにした部屋だ。


「‥‥‥」

「‥‥‥」

「‥‥‥」

「どっちがいい?」

「左」


 こうして、二つの仮眠室が紅茶色に模様替えされた。




 時間があったので、メリーの工房に行く前に、ロロは厨房に寄ることにした。


「おはよう」

「「「おはよう」」」


 料理人たちは元気そうだった。ロロの魔法が良く効いたようで安心した。


「昨日はどうもありがとう。ジンさん、チーズケーキ皆で食べたよ。濃厚で、とっても美味しかった!」

「そうか、良かった!」


 照れながら、ジンが嬉しそうに言った。


「ロロ。この先もギルドが混み合う事が予想された時は、昨日のように協力するとギルマスに伝えてくれるか?」


 ドットが申し出てくれて、ロロはとても嬉しかった。


「了解であります!メリーさんの所へ行くように言われてるから、その後でもいい?」

「ああ、それでいい」

「ロロ、少しだけ時間あるならカウンターに座るッス」

「うん、九時には行くからね」


 ロロはカウンター席に座った。ジンがイチゴのアイスクリームを持ってきた。


「ロロ、イチゴの【アルビー】で作った。食べてみてくれよ」

「わ、いただきます!」


 イチゴの果肉がたっぷりのアイスクリームに感動する。


「うんまーい!スゴイよ!アルビーさんとエラさんにも食べさせてあげたい!」

「そう思ってちゃんとジンは用意してある。持っていってくれ」


 明日のアトウッド家への手土産ができた。アイスクリームの器を三個用意してくれた。「ありがとう」と、ロロは魔法鞄に入れた。

 

「イチゴの契約、ぜひ頼みたいな、ロロ」


 ジンは作りたいスイーツで頭がいっぱいだ。


 そのままのイチゴを販売するのは、考えていないらしい。イチゴが外へ流出してしまうと、アトウッド家が混乱する可能性があるからだ。今回のように、『皆で食べて欲しい』とアルビーがくれた時以外は、厨房で作るカフェでのスイーツのみにイチゴを使うと約束する契約をするようだ。


「一度、アルビー・アトウッドを連れてきてくれないか?彼が来たい時で構わない。彼の気持ちが聞きたい」

「うん。明日話してみるね」


 ロロがにこっと笑うと、ドットが微笑んだ。テンとジンも笑って頷いている。

 アルビーなら、この優しい料理人たちと仲良くなれるはずだ。



 

 地下通路の最奥、重苦しい扉に『食事中、待て』の貼り紙があった。


「えええ‥‥‥」 

 

 終わるまで待つしかないと思ったが、小さい文字を見つけた。メリーのサインでも書いてあるのか?と、暗いので近づいてよく見ると『嬢ちゃんは入ってよし』とあった。


「えええ?」


 来るのがわかっていたのだろうか。ノックして「ロロです」と言ってみる。ギィィと扉が開くと、モグモグした茶色の大きな熊が出てきた。ガチで食事中だった。


「メリーさん、おはよう。ごめんね、お食事中に」

「んー」


 手招きされて中に入り、ソファーを指されたので座ると、メリーも自分用の大きな椅子にドスンと座った。今日はザックはいないのだろうか?

 皿のサンドイッチを熊さんがモグモグしている間に、ロロは魔法鞄からメリーとザック用に分けておいたイチゴの器を出した。返却不要でマルコがくれたガラスの器だ。


「イチゴか?」


 食べ終わって、ようやくしゃべったメリーに、ロロは頷いた。


「仕事先でもらった採れたてのイチゴだよ。ザックさんと食べてね」

「一個だけくれ」

「はぁい」


 渡したらすぐにメリーは口に入れた。目を大きくして、モグモグする。


「ウマイ」

「残りは絶対にザックさんと食べてね」

「ザックは今日は休みだ」

「明日、食べてね」

「‥‥‥」


 メリーは渋々食品収納庫に入れに行った。あれは、つまみ食いしそうだ。戻ってきたメリーは、自分の大きなリュックの魔法鞄を持って、また椅子に座った。

 

「今更だがよぉ、嬢ちゃんの魔法鞄(マジックバッグ)の証明書だ」

「え?そんなの必要なの?」

「必要なら書いて渡すくらいだ。まぁ、高級素材や名の知れた職人の作なら欲しいと言われるなぁ」

「あ、失礼しました‥‥‥」


 どっちもだ。素材はレッドドラゴンで、魔法鞄職人メリー・バッガー作だった。


「魔法鞄に入れておけ。必要なら見せればいい」

「‥‥‥必要な時が来るかもしれないから、くれたの?」


 メリーは茶色いモサッとした髪をガリガリ掻いた。


「‥‥‥考えなしで、作っちまったからなぁ。嬢ちゃん、素材のところ見てくれ」

「‥‥‥?」



 素材・・・レッドドラゴン(鞣し革・腹部) 約二百年前の討伐による物


 

「商人の所へ行って‥‥‥確認した。これでF級冒険者の少女に魔法鞄を作ってやったと言ったら、目ぇ丸くしたなぁ」

「でしょうね。‥‥‥あ、私E級になったよ」

「おお、メデタイな」


 メリーは黄土色の瞳で、ロロをジッと見た。


「え?しばらくメリーさん不在だったのは、その証明のために?」

「‥‥‥そうだ。これは、三十年前のレッドドラゴンじゃねぇと言いたかった」

「三十年前の?」


 何か引っかかった。


「ノストルドムのスタンピードで討伐された、レッドドラゴンじゃねぇ」

「‥‥‥‥‥‥あ」


 ランスの顔が浮かんだ。

 

 ランスは先日、母と兄妹を亡くしていると話してくれた。スタンピードで。


「新入りのランスがノストルドムの出身だと聞いたが、ゲイトもそぉだろ?」

「えっ?」

「ん?知らんかったか?‥‥‥しまったなぁ」

「‥‥‥ゲイトさんが話すまで、言わないでおく」

「悪いな、嬢ちゃん‥‥‥ダメだな、俺はぁ」


 ゲイトも、スタンピードで誰かを喪ったのだろうか。


「職人にとっては、ただの()()だ。まあ、討伐された魔物は、売った金を被害を受けた人々に渡される事が多い。家を建て直さなくてはならねぇからな」

「うん」

「冒険者は割り切っている奴ばかりだが、家族を殺した魔物を恨んでいる者も少なからずいるんだ、嬢ちゃん」


 もし、この魔法鞄の素材が三十年前の物で、ランスの家族がレッドドラゴンによって死んでいたら。


「これは、二百年前のレッドドラゴン。素材用収納庫(マジックボックス)に保存されていた、その革で作られた魔法鞄だ」


 だから、気にするな。大丈夫だ。メリーはそう言いたかったのだ。



 ゲイトは何も言わなかった。ランスは、どうだろう。



「心配してくれてありがとう。私、この魔法鞄が好きだし、ずっと大切にするから」

「‥‥‥ありがとう。そう言って貰えるのが、一番嬉しいなぁ」


 帰り際に、メリーはロロの頭を撫でた。ホッとした顔だった。

読んでいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ