99個目
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「カイさん起きて、お腹すいた」
「‥‥‥‥‥‥この起こされ方、前にもあったな」
外が明るくなると起きるロロ。自宅に時計がないと言っていた。カイが伸びをして、ソファーから起き上がりそのまま座った。
ロロは砂色の上下の服で、着替えは済んでいた。耳には少し揺れる雫型のフックピアスがあった。ブルーペクトライト。今日はこちらにしたのかと、カイが少し笑った。
昨夜のロロの魔法で、疲れはない。寝心地がイマイチなだけだ。そこで、トム・メンデスのベッドの話を思い出した。
「ロロ、工房に置くトムさんのベッドを、ランスに上手く頼めないか?」
「うーん、大会議室の長テーブルが残ってるのかな?聞いてみるけど。今日はこっちに来るって言ってたよ」
「頼む。俺だと嫌な顔されそうだ」
トントンと腰を叩いた。足が出てしまうソファーで寝ているため少し痛い。
「腰が痛いの?」
ロロが隣に来て腰に手を当てた。「痛いの飛んでけー、痛いの飛んでけー」と言った。どこに飛んでいったのかわからないが、スッと痛みが消えた。
「‥‥‥お前は、癒やしの才能に溢れているな。ありがとう。とても楽になった」
「どういたしまして」
ノックの後に扉の向こうのマルコが「入っていい?」と言った。
「入れ」
「どうぞー」
いつもはすぐに入ってくる男が、ロロがいるから確認してきた。マルコは、入ってすぐにロロのピアスに気づいて、微笑んだ。
「おはよう、カイさん、ロロちゃん。よく眠れた?」
「おはよう、マルコさん。うん、よく寝た。お腹すいたよ。カイさん、ロールパンをホワッと焼いてくださいな」
アトウッド家の帰りに寄った【カルーダンのパン】の八個入りロールパンを出した。紅茶を入れに行くマルコと給湯室へ行って、ロロは食器を持って戻ってきた。
「ホワッとだな」
「そう、ホワッとですよ」
ロロが微弱霧水魔法をかけて、カイが微弱火力魔法をかけた。焦がさずホワッと。
「美味しそう!カイさんジャムは?」
「ブルーベリーがあるぞ」
デスクの引き出しから、瓶のブルーベリージャムを出してきた。
メイナが近所の奥さんと作ったそうだ。最近、ナナシーと近所の人たちとの交流を楽しんでいるようだ。
「泊まりに来たら、ロロにも渡すと言ってたぞ」
「え?じゃあ今は食べないほうがいい?」
「ここに泊まるのを知ってて、メイナは昨日俺に渡したんだ。一緒に食べよう、ロロ」
「うん」
マルコが温かい紅茶と、ミルクゼリーを持ってきた。どうやらゼリー作りにハマっているようだ。
「よし、食べるか」
「「いただきます」」
わぁ、ブルーベリー、ごろっと大粒‥‥‥。どうしてだろう。彼女が作るものは、何をしてもごろっとしている。
「「「‥‥‥」」」
零れ落ちそうなので、ロールパンの上に穴を開けて、ジャムを流し入れた。
「うんまい!甘すぎないし、とっても好み!」
「うん、メイナ料理が上手くなったね」
「良かった‥‥‥」
カイが一番安心していた。最近はどんな料理を食べているのか気になるところだ。
夜ふかしをして話していた続きを始めた。
寝る前に話したのは、シューターとディーノが【記憶失くしの森】でカートン子爵に連れて行かれた時に、ロロはどうしていたか。
マルコとメイナが見つけたのは、木の根に足を投げ出して座っていたロロ。知らない金髪の少年や血を流して倒れていた青年、知らない貴族たちが怖くて、隠れていたのか。
ロロは何も覚えていなかった。【記憶失くしの森】にいたので、どんどん新しいことも忘れていったのだろう。
マルコは、自分たちに気がついてもなかなか近づいて来なかった、ロロの葛藤がわかった気がした。
「ロロちゃんが、俺たちのところに来てくれて、本当に良かった」
「全くだ」
あのままロロが森の奥に行っていたらと思うと、ゾッとする。
ロロ自身もそう思う。どうして、マルコとメイナのところに行こうと覚悟を決めたのか。
「それから、『ロロ・シュテルン』だが、『シュテルン』に聞き覚えがある」
「俺も、どこで聞いたかな」
「ということは、親戚がいるのかな?」
「「うーん‥‥‥」」
あまり何度も関わってはいないが、会ったことはあって、家名を聞いたことがあるのか?
「「うーん‥‥‥」」
「ふふ、もういいよー」
苦笑するロロは、親戚がいてもそんなに会いたいとは思っていない。シューターだけで十分だ。それに。
「あのね、それから何となくだけど‥‥‥」
紅茶のカップで両手を温めるように持って、話し始めた。
「もしかして私は、森に入れられてから、森に入ったってことはない?」
「「‥‥‥」」
カイトマルコが固まっている。たぶん、二人も考えていたことなのだろう。
「シューターさんが、昔住んでたところに行ったって言ってたでしょう?両親は死んでいて、隣のおじさんに、お前は誰だ?って言われたって」
「あ、ああ‥‥‥」
「そこに私も行って『お前は誰だ?』ってなったら、決まりだよね?私の存在も忘れられてる」
カイとマルコは黙ってしまった。
「ロロちゃん、行って確認したいの?」
「うーん、シューターさんに会ってから考えようかな。場所も知らないし、すごく遠かったら面倒くさい」
「「面倒くさい‥‥‥」」
ロロの中では、どちらでも良さそうだった。
「今日は、ランスをここで待つんだな?」
「うん、一緒に大会議室にいるつもり。あ、ところで、メリーさんは元気だった?」
「まあな。‥‥‥ロロ、時間があるなら爺の顔を見に行ってこい。少し話たい事があるようだから」
ロロは柱時計を見た。まだ八時前だ。
「九時になったら行ってもいいかな?」
「ああ、たぶんな」
「ロロちゃん、今日は先に洗浄魔法しちゃう?」
「そうだね!今日は‥‥‥あ、仮眠室は?」
「俺が使ったから、ちょうどいいね。お願いできる?」
「はい」
ちょっと行ってきます、とカイに言って、代表室を出たロロとマルコは、奥の二部屋ある仮眠室の右から入った。シンプルなベッドとナイトテーブルがあるだけの部屋だ。
「狭くてシンプル、そして、これまた年代物だね」
「カイさんが独身の時は、帰るのが面倒で二人とも泊まってたけど、今は使っても一部屋だね」
この寝具とか、少し染めたら素敵かも。今度やってもいいかなぁ。仮眠室、私が使いたいくらいの広さだ。
「マルコさん、始めます」
「どうぞ」
落ち着いたこの感じを残しつつ、寝具、壁紙もなかなか古いから少しキレイに‥‥‥。
「キレイになあれー」
またキラキラとした風が吹いた。部屋の中をくるくると回る。
「「‥‥‥」」
マルコは何も言わずに見ていることにした。危険なら止めるが、寧ろこの風があることで効率よくなった気がする。レベルが上がったのだろうか。狭いので確認は早い。
「はい合格。良く出来ました」
「ありがとうございます!」
隣の仮眠室に移動した。クンクンとロロが匂いを嗅いでいる。
「あの、ロロちゃん?」
「んー、マルコさん、この部屋使ったんだね」
「うわ、やめて、恥ずかしい!」
真っ赤になって、ロロの鼻と口を後ろから手で塞ぐ。
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥んああっ、死ぬわ!」
「ぐふぅっ!」
肘打ちをした。マルコは腹を押さえて崩れ落ちる。
「‥‥‥ロロちゃん‥‥‥力、強くない?‥‥‥油断してたとはいえ、これでも元A級なんだけど、俺」
「セクハラです」
「ごめんなさい‥‥‥でも匂いを嗅ぐのは」
「セクハラでした」
マルコのお腹を擦って「痛いの飛んでけー痛いの飛んでけー」としたら、更に顔が真っ赤になった。
「マルコさん、もう痛くない?」
「‥‥‥何だか、胸が苦しいです」
「えっ?働きすぎ?」
ロロは、右の仮眠室と同じように「キレイになあれー」と洗浄魔法をした。しかし、『マルコの匂い』が片隅に残っていた。
「こ‥‥‥」
「‥‥‥紅茶?」
ほんのり紅茶色の寝具・壁紙になった。
「‥‥‥えっと、失敗、ですか?」
「いや‥‥‥どうだろう」
「‥‥‥素敵だよね?」
「‥‥‥うん、素敵だね」
ロロとマルコは、じっくり部屋を眺めた。
「「【紅玉】っぽいよね?」」
代表室に戻った。ロロをソファーで休ませて、マルコがカイを引っ張っていった。
「なんだなんだ?」
「いいから!」
マルコは仮眠室を順に見せた。右のキレイにした部屋と、左の【紅玉】っぽくキレイにした部屋だ。
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「どっちがいい?」
「左」
こうして、二つの仮眠室が紅茶色に模様替えされた。
時間があったので、メリーの工房に行く前に、ロロは厨房に寄ることにした。
「おはよう」
「「「おはよう」」」
料理人たちは元気そうだった。ロロの魔法が良く効いたようで安心した。
「昨日はどうもありがとう。ジンさん、チーズケーキ皆で食べたよ。濃厚で、とっても美味しかった!」
「そうか、良かった!」
照れながら、ジンが嬉しそうに言った。
「ロロ。この先もギルドが混み合う事が予想された時は、昨日のように協力するとギルマスに伝えてくれるか?」
ドットが申し出てくれて、ロロはとても嬉しかった。
「了解であります!メリーさんの所へ行くように言われてるから、その後でもいい?」
「ああ、それでいい」
「ロロ、少しだけ時間あるならカウンターに座るッス」
「うん、九時には行くからね」
ロロはカウンター席に座った。ジンがイチゴのアイスクリームを持ってきた。
「ロロ、イチゴの【アルビー】で作った。食べてみてくれよ」
「わ、いただきます!」
イチゴの果肉がたっぷりのアイスクリームに感動する。
「うんまーい!スゴイよ!アルビーさんとエラさんにも食べさせてあげたい!」
「そう思ってちゃんとジンは用意してある。持っていってくれ」
明日のアトウッド家への手土産ができた。アイスクリームの器を三個用意してくれた。「ありがとう」と、ロロは魔法鞄に入れた。
「イチゴの契約、ぜひ頼みたいな、ロロ」
ジンは作りたいスイーツで頭がいっぱいだ。
そのままのイチゴを販売するのは、考えていないらしい。イチゴが外へ流出してしまうと、アトウッド家が混乱する可能性があるからだ。今回のように、『皆で食べて欲しい』とアルビーがくれた時以外は、厨房で作るカフェでのスイーツのみにイチゴを使うと約束する契約をするようだ。
「一度、アルビー・アトウッドを連れてきてくれないか?彼が来たい時で構わない。彼の気持ちが聞きたい」
「うん。明日話してみるね」
ロロがにこっと笑うと、ドットが微笑んだ。テンとジンも笑って頷いている。
アルビーなら、この優しい料理人たちと仲良くなれるはずだ。
地下通路の最奥、重苦しい扉に『食事中、待て』の貼り紙があった。
「えええ‥‥‥」
終わるまで待つしかないと思ったが、小さい文字を見つけた。メリーのサインでも書いてあるのか?と、暗いので近づいてよく見ると『嬢ちゃんは入ってよし』とあった。
「えええ?」
来るのがわかっていたのだろうか。ノックして「ロロです」と言ってみる。ギィィと扉が開くと、モグモグした茶色の大きな熊が出てきた。ガチで食事中だった。
「メリーさん、おはよう。ごめんね、お食事中に」
「んー」
手招きされて中に入り、ソファーを指されたので座ると、メリーも自分用の大きな椅子にドスンと座った。今日はザックはいないのだろうか?
皿のサンドイッチを熊さんがモグモグしている間に、ロロは魔法鞄からメリーとザック用に分けておいたイチゴの器を出した。返却不要でマルコがくれたガラスの器だ。
「イチゴか?」
食べ終わって、ようやくしゃべったメリーに、ロロは頷いた。
「仕事先でもらった採れたてのイチゴだよ。ザックさんと食べてね」
「一個だけくれ」
「はぁい」
渡したらすぐにメリーは口に入れた。目を大きくして、モグモグする。
「ウマイ」
「残りは絶対にザックさんと食べてね」
「ザックは今日は休みだ」
「明日、食べてね」
「‥‥‥」
メリーは渋々食品収納庫に入れに行った。あれは、つまみ食いしそうだ。戻ってきたメリーは、自分の大きなリュックの魔法鞄を持って、また椅子に座った。
「今更だがよぉ、嬢ちゃんの魔法鞄の証明書だ」
「え?そんなの必要なの?」
「必要なら書いて渡すくらいだ。まぁ、高級素材や名の知れた職人の作なら欲しいと言われるなぁ」
「あ、失礼しました‥‥‥」
どっちもだ。素材はレッドドラゴンで、魔法鞄職人メリー・バッガー作だった。
「魔法鞄に入れておけ。必要なら見せればいい」
「‥‥‥必要な時が来るかもしれないから、くれたの?」
メリーは茶色いモサッとした髪をガリガリ掻いた。
「‥‥‥考えなしで、作っちまったからなぁ。嬢ちゃん、素材のところ見てくれ」
「‥‥‥?」
素材・・・レッドドラゴン(鞣し革・腹部) 約二百年前の討伐による物
「商人の所へ行って‥‥‥確認した。これでF級冒険者の少女に魔法鞄を作ってやったと言ったら、目ぇ丸くしたなぁ」
「でしょうね。‥‥‥あ、私E級になったよ」
「おお、メデタイな」
メリーは黄土色の瞳で、ロロをジッと見た。
「え?しばらくメリーさん不在だったのは、その証明のために?」
「‥‥‥そうだ。これは、三十年前のレッドドラゴンじゃねぇと言いたかった」
「三十年前の?」
何か引っかかった。
「ノストルドムのスタンピードで討伐された、レッドドラゴンじゃねぇ」
「‥‥‥‥‥‥あ」
ランスの顔が浮かんだ。
ランスは先日、母と兄妹を亡くしていると話してくれた。スタンピードで。
「新入りのランスがノストルドムの出身だと聞いたが、ゲイトもそぉだろ?」
「えっ?」
「ん?知らんかったか?‥‥‥しまったなぁ」
「‥‥‥ゲイトさんが話すまで、言わないでおく」
「悪いな、嬢ちゃん‥‥‥ダメだな、俺はぁ」
ゲイトも、スタンピードで誰かを喪ったのだろうか。
「職人にとっては、ただの素材だ。まあ、討伐された魔物は、売った金を被害を受けた人々に渡される事が多い。家を建て直さなくてはならねぇからな」
「うん」
「冒険者は割り切っている奴ばかりだが、家族を殺した魔物を恨んでいる者も少なからずいるんだ、嬢ちゃん」
もし、この魔法鞄の素材が三十年前の物で、ランスの家族がレッドドラゴンによって死んでいたら。
「これは、二百年前のレッドドラゴン。素材用収納庫に保存されていた、その革で作られた魔法鞄だ」
だから、気にするな。大丈夫だ。メリーはそう言いたかったのだ。
ゲイトは何も言わなかった。ランスは、どうだろう。
「心配してくれてありがとう。私、この魔法鞄が好きだし、ずっと大切にするから」
「‥‥‥ありがとう。そう言って貰えるのが、一番嬉しいなぁ」
帰り際に、メリーはロロの頭を撫でた。ホッとした顔だった。
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