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林檎のロロさん  作者: Tada
98/151

98個目

ブクマ・評価・いいね、ありがとうございます。



 階段入口に長身の黒髪男性が待っていた。


 七三分けのインテリ眼鏡、白の襟付きシャツに黒のループタイ、最近ギルド員で揃えた深紅の服で、ベストとスラックスを着用していた。濃灰(ダークアッシュ)と深紅の二色あり、他のギルド員もそれぞれ着たい日に着る。特に決まりはない。

 ループタイの留め具には、瑠璃(ラピスラズリ)があった。真実・幸運・浄化、そして試練を乗り越えると云われている、ユルにぴったりな石だ。


 眼福です。


「ユルさん、お帰りなさい。一週間振り?」 

「‥‥‥ふふ、いえ、約四日振りですよ」

「そうでしたっけ?とても長く感じましたよ」


 ロロを先に階段を上らせて、後ろからユルが続いた。二階のフリースペースの方を向いて足を止めた。


「‥‥‥ロロさんが育てたそうですね。とても、ここに馴染んでいます」

「ユルさんもそう思いますか?明日からここに素敵なテーブルとスツールが届きますよ!家具職人のランスさんが作ってくれたんです。お茶を飲んだり、お話ししたり、皆で使えるように」

「‥‥‥それは、楽しみですね」


 ロロの耳に視線が行くと、柔らかく微笑んだ。


「‥‥‥ピアス、良くお似合いです」

「ありがとうございます!もう一つ、フックピアスがあって、それも素敵なんです」


 ロロが話すのを、優しく見守るように微笑むユルに、ロロはやっと【紅玉(ルビー)】が日常に戻った、そんな感じがした。




 すぐにマルコとゲイトも代表室に来た。ロロとマルコは、給湯室から作った夕食をトレイに乗せて運んできた。ローテーブルに並べていく。


「カイさん、前に食べたテネッタ牛の串焼きのタレをパンに挟んで食べたでしょ?」

「ああ、食べたな。それに具材を足したのか?」


 【カルーダンのパン】の白パン。一つは、屋台のテネッタ牛の串焼き・タレと、スクランブルエッグ、ちぎったレタスを挟んだ。もう一つは【ローラン精肉店】の生ハムにテネッタチーズを挟んだ。


「これが、ガルネルコラボレーションスペシャルサンド!」

「こ、これが噂の‥‥‥!」

「マルコ、ロロに付き合うな」


 付近の店の食材を使ったから、この名前になったらしい。ゲイトとユルは納得した。納得することにした。


 ロロは魔法鞄にある、鶏挽き肉餡入り焼き饅頭と蒸し饅頭も並べた。


「スイーツもあるからね。ジンさんのチーズケーキと、私の仕事先のアトウッド家の畑から、摘んでもらったイチゴ付き」

「よし、食べよう。話があるから冷茶で我慢だ」


 エールはお預けだ。ゲイトはダイニング・バーで飲んでいるので、「俺だけ悪いな」と笑っていた。


「ゲイトさん、ユル、よく戻ってくれた」

「お帰りなさい」


 乾杯、グラスを持ち上げた。


「んん!ロロ、これ美味いぞ!スクランブルエッグがまろやかに纏めている」

「串焼きにこんな食べ方があるんだな」

「‥‥‥これなら、朝食でもいけますね」


 めずらしくユルも食が進んでいる。ロロとマルコが顔を見合わせて笑った。ソファーには、ロロを挟むようにカイとマルコが、向かいにゲイトとユルが座っていた。


「‥‥‥昼にお話できなかったので、食べながら聞いていただいても?」 

「なんだ、昼休憩に来れなかったのか」


 ゲイトは少しは話しているものだと思っていた。ユルに関する噂のせいだと話したら、それが異常に混んでいた原因の一つだったのかと、苦笑いした。


「‥‥‥そのことですが、私はクビにならない限り【紅玉(ルビー)】の鑑定士を辞めるつもりはありません」


 言い切ったユルに、皆は頬を緩めた。

 

 なんて、嬉しいことを言ってくれるんだ。


「ユル、お前が鑑定士でいる限り【紅玉(ルビー)】はお前を離さないからな?覚悟してくれ」


 今度はユルが嬉しそうに笑った。



「それなら、俺の話と合わせて進めよう。食べ終わってしまったほうがいいな」


 食べながらでは聞けない話になると、ゲイトはそう言っていた。ほぼ終わりに近かった食事を終わらせて、給湯室に食器を置いて、ケーキも後にした。


 ユルとゲイトの話を、覚悟して待つ。



「‥‥‥ゲイトさんのご協力がなければ、乗り越えられませんでした。カートン子爵令嬢メイジーですが‥‥‥」


 王都の南地区、色街に誰かによって売られていた。記憶がない状態で。


 カイ、マルコ、ロロは衝撃を受けたが、続きを聞くために黙っていた。


「評判の良くない娼館(みせ)だ。下男に連れ出させて直接会ったが、薬漬けでボロボロ、口からは腐臭がした。あれはもう、長くない」

「‥‥‥!」


 ユルは、先日はそこまで聞いていなかったので、驚いた。それを聞いて辛いとも、哀れとも、もう思わない。ただ、あの(ひと)はもう長くないのか、と。


「‥‥‥髪は殆ど白髪でしたが、顔を確認しましたので間違いありません。記憶をなくしたことで、もう繋がりはなくなりました。王都に行かせて頂いたこと、感謝致します」


 ユルが強くなって、ガルネルに戻ってきた。


「良かった、ユル、本当に」


 カイは、五年前にギルドへ来た青年を思い出していた。



 ユルの横で難しい顔をするゲイトに、皆は視線を移して注目した。


「そのカートン子爵だが‥‥‥」


 【記憶失くしの森】で、ディーノの他にもう一人、連れ帰っていた。


「それが、『シューター』だ」


 彼は、ディーノとの事で関連していたか、巻き込まれた。右の顔と胸を斬られて倒れていたシューターを連れ帰り、魔法を使わない手当てをした。

 カイとマルコが顔を顰めた。魔法を使わない手当てだったから、傷が残ったのだ。

 珍しいオッドアイだから、メイジーが気に入ったと知ると、今度はユルが顔を顰めた。


「ただ、十年分の記憶がないシューターは、十八歳だが中身が八歳だった。メイジーを『お姉ちゃん』と呼んだことでガッカリしたのか、護衛をするように言ったそうだ」


 笑っていいのか、何とも複雑な気持ちになった。ただ、良かったと思うことにした。ユルもホッとしていた。


 あの日の馬車。カートン子爵とメイジー、シューターと、もう一人の護衛と御者。

 子爵と令嬢は眠っていた。シューターは護衛に馬車から降ろされ、金を渡された。馬車はそのまま、去った後、子爵は死んだ。御者も護衛も行方不明。令嬢はその後に売られたことになる。


「シューターはどうしたらいいかと歩いたら、そのうち冒険者ギルド【蒼玉(サファイア)】に行き着いたそうだ」

「では、子爵の護衛がシューターを逃した、と?」


 マルコが、指を組んでゲイトに聞いた。


「俺はそう思っている。シューターは真っ直ぐな青年だ。それに、心はまだ子供だった。子爵邸の護衛たちからも可愛がられていたのではないかと思うんだがな」

「良かった、殺されなくて」

 

 ロロが呟いた。記憶をなくしたことで、彼は何度か救われていた。


「ギルマスに記憶のことを話し、冒険者になったシューターは自由になった。ただ、もう貴族の所には戻りたくないしオッドアイは目立つ。傷が治ってもそのまま髪で右目を隠していた」

「なるほど、それで」


 カイは、納得した。

 露草色の瞳があれば、一度ゲイトに王都で会った時に、引っかかったはずだ。だが運命は、お互いに時間が必要だったということか。


 シューターは冒険者になってから、両親と暮らしていた記憶がある場所に行ったが、両親は亡くなっていて、隣人から「お前は誰だ」と言われ、それからもう過去を振り返るのをやめた。


「ロロ」

「はい、ゲイトさん」

「『シューター』が何故、この話を信じたか」


 ゲイトの瞳が揺れた。


 来た。


 ロロは、いつものように、たくさん最悪なことを想像し尽くしていた。両親が死んでいるのは、何となくそうかもと思っていたが、カートン子爵が父親説という、絶対に嫌で最悪なことは、もう消えた。


 カイとマルコは、ロロの『また何かを無くしても生きていく』との言葉を思い出していた。


 ユルは、空気が変わったことに動揺した。何かが待っている。ゲイトから言われた『強くなれ』と、その言葉を守り、泣くまいと気持ちを強く持った。



「砂地に書かれた『ロロ』は、シューターの名前だ。シューターの本名は、『ロロ・シュテルン』」



 ガン!



 頭を鈍器で殴られたようだった。


 マルコは、砂地の文字を必要かもしれないからと覚えて帰った。


 カイは、何か関係があるかもと、名前のない少女にその名前を付けた。


 あの時、あの名前ではなく、別の‥‥‥。




 ギュウっと、膝の上の、マルコの左手が、カイの右手が、温かいものに包まれた。



『強くなろう、マルコさん。私は、また自分の何かを失っても、生きていく』


『俺たちのルビー、笑って?』



 カイとマルコが、俯いていた顔を上げた。



 なんてことだ。S級冒険者ゲイトが、酷い顔だ。脆く崩れそうじゃないか。

 ユルも、美形が台無しだ。必死に泣くまいと堪えて、唇を噛んで、震えている。




「そうか、あれは、ロロちゃんのお兄ちゃんの名前だったんだ!覚えておいて良かった!」

「男の名前なんか付けちゃって、俺は馬鹿だな!ごめんな、ロロ!」


 ゲイトは目を瞠った。三人が手を繋いで、笑っている。


「じゃあ、今度来た時に、名前を譲ってちょうだい!ってお願いしないとね!」


 眩しい。


 ユルは、目の前の三人がとても眩しく美しいと思った。彼らにこれからもついて行こう。時には支えになろう。包まれていた自分が、今度は彼らを包めるように。

あの手が、繋がりが、離れないように。


「そうだな!皆で頼めば、シューターも折れるだろう!」


 ゲイトは、笑った。


「ロロちゃん、珈琲が届いているんだ。入れてくるよ。チーズケーキと一緒に飲みたいでしょう?」

「やった!嬉しい!ちょっとローズマリー鉢植えの様子を見てくるね」

「俺は、防音室のディーノの様子を見てくる」

「‥‥‥私は‥‥‥ああ、そうでした。事務室に忘れ物を取りに行ってきます」

「マルコ、大会議室を見せてくれ。これから部屋が出来るんだろう?楽しみだな」

「それなら、十五分後にまた、ここで集合だ」


 


 ゲイトは大会議室の残されていた長椅子に座って、


 ユルは暗くなった事務室の自分のデスクで、

 

 マルコは給湯室で湯を沸かしながら壁にもたれて、


 カイは防音室のソファーで、


 ロロは、ローズマリーの鉢植えに抱きついて‥‥‥。



 それぞれが、それぞれの想いで。


 後顧の憂いも、涙も、今この時だけ。



 十五分後の、笑顔のために。


 


 * * * * * * * * * * * 




『ロロは、ロロという名は、あの子の兄の名前だった』


『俺は、安易に、あの子に名前を付けてしまった』


『また、失わせてしまった』


『俺は、俺は‥‥‥』



 

 先程は、ロロとマルコに『練習台』にされて、焦ったところだったのに。


 清浄な空気に満たされた部屋で、今。



 カイ・ルビィの後悔を、聞かされた。

 


 この男は泣き虫だと、もう知っている。


 だが、いつもは嬉しくて泣いていた。



 痛みが伝わってくる。


 私には、この男の涙は見えない。


 うるさいと言って、部屋から追い出すことも出来ない。


 いつも、私の頭を撫でてくるこの男を、撫でてやることも出来ない。




 * * * * * * * * * * * 




 ロロは、腫れた瞼を自分で回復できる。指でくるくるとマッサージをすれば良いだけだ。元通りに、パッチリお目々の美少女だ。うほ。


 そして、ひんやり冷たい手拭いは、常に魔法鞄に持っているのだ。アトウッド家の母と息子にも「ほらよ」と渡してきた。


 絶対にみんなが困っていると確信していた。


 せっかくの、チーズケーキとイチゴと珈琲。


 瞼が腫れ上がった者たちによる、遮光器土偶パーティーは勘弁してくれ。


 ロロは、忍者の気分で、ひんやり冷たい手拭いを持って、シュシュッと走り回った。


 事務室にいるユルのおデコに、大会議室にいるゲイトの後頭部に、防音室のカイの顔面に、冷えた手拭いを投げつけた。


 給湯室のマルコには、直に瞼にビタンと押し付けた。


「ひぃゃあああ!冷たいぃ!」

「動くな、動けば死ぬぞ」

「お助けをー!」

「では、私のチーズケーキの皿に、イチゴを一個多めにサービスするのだ」

「言うとおりにしますから、どうか、どうか命だけは!」 


 キャッキャしている給湯室の二人の頭に、「長い!」とカイのゲンコツが落ちた。




 ひんやり冷たい手拭いは、現在、ロロとマルコの頭の上だ。


 ゲイトとユルが、下を向いて震えている。笑いたければ笑うがいい。お楽しみ頂けましたか。


 ユルは、珈琲に砂糖とミルクを入れていた。いつか「ブラックで」と言ってほしい。ロロは勝手にそう思っている。


 チーズケーキは濃厚こってりで、とても好みだ。


「あ、ジンさんと結婚したら幸せかな?」

「やだなぁ、ロロちゃん。ジンさんとは結婚しなくても、ずっとギルドにいれば食べられるよね?」


 魔王(マルコ)に言われて「ソウデスネ」と言った。みんな、目を反らして合わさない。


 アトウッド家のイチゴは、色も形も全て同じで、艶があって真っ赤で美しい。それに、理想的な甘酸っぱさだ。


「んんん、うんまい」

「これは、美味いな」

「‥‥‥美味しいです」 


 カイが、「これは、すぐに有名になるだろうな」と言い、マルコは「カフェで食べられたら嬉しいねー」と、ロロと笑っていた。イチゴを一個、ロロの皿に入れていた。


 アルビー・アトウッドは、これからギルドに少しずつ関わっていく人になる予定だと言った。ユルがとても驚いていた。


「‥‥‥ロロさん、アトウッドの亡くなったご主人の事で、後日お話できますか?」

「そうですね。私は二日に一度アトウッド家に行っていますが、私が知らないこともあるはずですので、ぜひお願いします」


 午後十時半を過ぎた。マルコが、テーブルの食器を片付けると、ゲイトが魔法鞄からハンカチに包まれた懐中時計と、布袋をテーブルに出した。


「これが、例の懐中時計だ。それから、この懐中時計に触れた第五騎士団のジルニール・サイラス・ジョセフの魔力を入れた魔石がこの袋に入っている」

「‥‥‥とても助かりますね。今日は魔力回復薬を使いましたが、随分と鑑定が進みましたし、明日次第で、早ければ明後日の夜には鑑定できるかもしれません」


 ユルの魔力が増えている。遅咲きなのか、精神的な迷いも消え、敏腕鑑定士として開花したようだ。


「ユル、お前が王都へ行く噂が消えれば、今日のようなギルドの混乱は起きないはずだ」

「‥‥‥鑑定の度に伝え広めるしかないですね」


 ユルは深い溜息を吐いた。それすら時間が惜しいというのに。


「掲示板に大きく書いちゃえば?鑑定士ユルは【紅玉(ルビー)】と永久契約を結びました!とか」

「‥‥‥永久契約?」


 目を丸くしたユルが、やがて艶やかな笑みを浮かべた。


「‥‥‥それは良いですね、最高です」

「はい、眼福です」

「ぷはっ」


 ゲイトが吹き出して笑った。


「ロロが考えることは楽しいな。ユルがそれでいいなら、やってみたらどうだ?」

「「えー‥‥‥」」 


 カイとマルコが面倒くさそうな顔をした。作るのが面倒くさいのだ。


「魔法で文字が書ければ‥‥‥あ、思いついた!ふふっ、一日待ってくださいな」

「え、どうするのか教えてくれないの?」


 マルコが聞いても、ロロは教えなかった。面倒くさい顔をした人には教えないのだ。



 十一時になって解散になった。

 ユルはゲイトが送って行って、マルコはギルドに泊まることにした。

 カイがロロと二人になれないので不満そうにしたが、仮眠室で寝るからと言うと、それならいいかと言った。

 

 シャワーの後で、二人と自分に今日もお疲れさ魔法(マッサージ)をした。


 三人とも元気になったので、代表室で少しだけ夜ふかしをすることにした。マルコが、エールと蜂蜜レモン水を持ってきた。


 午前〇時。 


 昨日を乗り越えた仲間(どうし)たちと、今日をともに生きる仲間(なかま)たちに。


「「「乾杯!」」」

読んでいただきありがとうございます。

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