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林檎のロロさん  作者: Tada
97/151

97個目

ブクマ・評価・いいね、ありがとうございます。



「ロロ、起きろ」

「んが?」


 カイに鼻を抓まれて起きたロロは、自分がソファーで眠ってしまっていた事に気がついた。欠伸をしながら起き上がる。何度も瞬きをする。まだ頭が働かない。


「よく寝たな。羨ましい」


 溜息を吐き、深紅の瞳を細めて、ロロの少し乱れた髪を整えてやった。

 柱時計を見たら七時半を過ぎていた。もうすぐ受付が終わる時間だ。


「俺はちょっと(じじい)の所に行ってくる。お前はどうする?」

「‥‥‥うーん。夜ご飯はゲイトさんとユルさんが来てから、ここで食べるの?」

「そうだな、そうするか」

「メリーさんの所は別の日に行く。よろしくお伝えくださいな。みんなの食事、手軽に食べる物を考えておくよ」

「そうか、頼んだ」


 カイが代表室を出た。


「あ、イチゴをチーズケーキに添えてもらおう!マルコさんは給湯室かな?」


 魔法鞄を持って給湯室に行くと、マルコがしゃがんで丸くなっていた。


 え?また?‥‥‥強くなるって言わなかった?


「ロ、ロロちゃん!」


 慌てて立ち上がったマルコの手には、ロロのメモ用紙がある。


「読んでくれたの?」

「うん‥‥‥あのね、ロロちゃん」


 マルコが困った顔をしている。少し顔が赤い。


「ごめん、これは俺には荷が重すぎる」

「‥‥‥え?」


 まさか、マルコがそんな事を言うとは思わなかった。


「よ、良かったね?でも俺にはちょっと、無理だ」


 メモ用紙をロロに返してきた。


「マルコさんにしか、頼めないと思ったのに‥‥‥」

「‥‥‥!」

「でも、そうだね。何でもしてくれるからって、甘えてた。忘れて?マルコさん」

「ロロちゃん‥‥‥」

「ジンさんに頼んでみるね」


 ロロが厨房へ行こうとしたら、肩を強く掴まれた。


「何で、そうなるの? 何で、ジンさん?」

「え?‥‥‥何で?ダメなの?」


 少し怒ったようなマルコに、ロロは目を丸くして驚いた。ハッとしたマルコが肩の手を離すと、ロロは走って出て行った。


 マルコは項垂れて、流し台に寄り掛かった。



 ロロは階段を駆け下りた。


 マルコなら絶対に『任せて、ロロちゃん』と言ってくれると思っていた。あんな風に、肩を強く掴まれるなど、されたことがなかった。


 ダイニングと厨房を覗くと、まだ多くの冒険者たちが飲んでいた。ゲイトは空いた皿やジョッキを運んでいた。申し訳ないから、手伝った方がいいだろうか。

 未成年だから、酔った客がいるダイニング・バーには一人では入らないよう、以前マルコに言われていたが、厨房の手伝いなら‥‥‥。


「ロロちゃん」


 振り返ると、レイラが手を振っていた。もう八時になったようで、受付は終了したらしい。ロロは受付カウンターまで行った。


「‥‥‥まだ足が痛いの?」

「ううん、大丈夫」


 そういえば、その事をカイとマルコに話していなかった。今は、あの部屋には、戻り難い。


「これ、読んだわ」

「あ、ありがとう!どう?レイラさん」

「二枚目が解読できなくて、教えてほしいの。何かのメッセージ?」

「?」


 レイラがロロのメモ用紙を出した。



『紅茶のゼリー美味しかったです。次はぜひ、コーヒーゼリーが食べたいです。あなたなら、きっと作れます。待ってます。期待していますよ!』



「‥‥‥‥‥‥」

「ロロちゃん?」

「‥‥‥何故、このメモ用紙が、ここに?」 

「‥‥‥え?」


 ロロが震える手で、マルコから返されたメモ用紙を開けた。



『お胸がAカップからBカップ(仮)になったようなのです!ふふふ。つきましては、ブラを一緒に買いに行って貰えませんか?サイズは店員さんに任せますが、色とデザインを一緒に選んで欲しいのです!』



「ぎゃふん!」


 ロロが白目になって、ペタンと座り込んだ。


「えっ?やだ、どうしたの?ロロちゃん!」


 時間差で前世を思い出したのかと、レイラはカウンターから出て、ロロの肩を支えた。誰もいない長椅子があったので、そこにズルズルと引き摺って行って座らせた。


「ふう」

「レイラさんに渡すの、こっちだったぁ」


 ロロが手に持っていたメモ用紙を、レイラが読んだ。


「あら、あらあら、まあ!」


 やっと納得した。一枚目の、メイナでは無理だと書いてあったのは、下着に無頓着な彼女だから、ということだ。下着を買いに一緒に行って欲しい。レイラは擽ったくも嬉しかった。


「‥‥‥それだと、このメモ用紙は‥‥‥」


 ハッとロロを見ると、涙目になっていた。


「間違えて、マルコさんに、渡しちゃったよぅ‥‥‥」

「あらぁ‥‥‥」


 ロロは先程までの、給湯室での話をした。

 互いに勘違いの会話だった。


「ぷっ」


 レイラが、突然吹き出した。


「だって‥‥‥ロロちゃん、ジンさんに頼むって」

「‥‥‥ぷっ」


 ロロも吹き出した。絶対にありえない話だ。



『何で、そうなるの? 何で、ジンさん?』



 笑ってなかった。本気で怒っていた。


「嫉妬と、怒りで感情的になったのね」

「‥‥‥嫉妬?ジンさんに?」

「自分には無理だけど、他の()には頼んでほしくないってこと」

「ジンさんだよ?」

「あら、可愛らしくていい男じゃない?美味しいアップルパイを作る人よ?」

「確かに!理想の男性!」

「こら」


 レイラがロロの頭をコツンとした。


「感情的になったのは、多少のロロちゃんへの怒りかもしれないけど、これを読んだら勘違いするわよ?あなたがダメなら、別の人に頼むからって」


 確かに私が悪い。面倒くさい嫌な女みたいだ。


「でも、嫉妬して怒るなんて‥‥‥へへ、勘違いしちゃうよね」

「‥‥‥え?」

「ん?」

「ん?」

「‥‥‥ん?」

「‥‥‥とりあえず、間違えましたって、謝りましょうね」


 レイラに間違えて渡したメモ用紙が戻ってきた。マルコに渡すはずだったメッセージ。


「怒りに任せて、ロロちゃんの肩を掴んだこと、後悔してるかも」

「い、行ってくる!」


 また、しゃがんで丸くなるマルコを想像した。


「レイラさん、ありがとう!」

「どういたしまして。お買い物、楽しみにしてるわ」


 走る少女の後ろ姿を見送った。

 

「こちらこそ、ありがとう」


 失敗しても前を向いて進む彼女に、今、どれだけ自分が励まされたか。




 ロロは階段を一段とばしで走って上った。


 いつものマルコと違う、ロロに見せたことのない顔と、強く掴まれた肩の熱に、少しだけこわいと思った。それは恐怖とかではなく、マルコを()()()だと意識した瞬間だった。


 代表室の扉をノックする。「どうぞ」と低い声が聞こえてきた。


 まだ、怒っているだろうか。ゆっくりと扉を開けて、顔だけ覗く。


「マルコさん、怒ってる?‥‥‥ごめんなさい」

「‥‥‥!」


 ガタンとデスクにから立ち上がったマルコの顔は、とても青白かった。慌ててロロは駆け寄った。


「ロロちゃん、さっきは本当にごめん!痛かったよね?」

「大丈夫!全部、私が悪い」


 ロロはメモ用紙を出した。マルコは、困った顔をした。


「あのね、レイラさんに渡すのと、間違えてた‥‥‥」

「‥‥‥‥‥‥は?」


 ポカンとした顔で、ロロからのメモ用紙を受け取った。



『紅茶のゼリー美味しかったです。次はぜひ、コーヒーゼリーが食べたいです。あなたなら、きっと作れます。待ってます。期待していますよ!』



 マルコは力が抜けてボスッと椅子に座り、左手で額を押さえた。


「は、はは‥‥‥」


 メモ用紙を何度も見て「なるほど、それでジンさんか」と力なく笑った。


「ごめんね?変態みたいなメモ渡して」

「ふはっ、変態って」


 マルコの顔色がようやく戻って、ロロはホッとした。


「俺‥‥‥もう、嫌われたかと」


 本当に、渡し間違えたメモ用紙一枚で、すれ違い、傷つけることになるとは。ロロが確認してから渡せば済むことだった。


「ごめんなさい。でも、嫌いになんてならないから」


 マルコが優しく笑った。いつものマルコだ。


「でも、下着買うのに、ジンさんは、ね」

「そうだね、よく考えたら‥‥‥」


 ギルドのスイーツ担当、最近ちょっとお腹がぽっこり出た小柄で怖がりのジンを、もしもロロが下着の店に連れて行ったら‥‥‥。

 アワアワと戸惑う姿が浮かんで、二人で吹き出した。


「マルコさん、アルビーさんのイチゴをチーズケーキに添えてください」

「かしこまりました」


 魔法鞄からイチゴの袋を出した。


「随分、上質な袋だね?」

「でしょ?これは洗って返すつもり」

「皿に移し替えよう。袋はロロちゃんが洗って返すんだね?」

「はい」


 ロロは自宅から持ってきた、スクランブルエッグとちぎったレタスを出した。


「後で洗浄魔法をするので、給湯室で白パンサンドを作っていい?」

「ロロちゃんの手作りが食べられるの?じゃあ、お願いするよ。皿を用意しようか」


 カイが戻って来た。


「あー、何で俺の時だけ怒鳴られるんだ?‥‥‥ゲイトさんとユルが来るのは九時を過ぎそうだぞ。ロロはその前に厨房行くんだったな?」

「うん。今、給湯室で簡単に作るから、終わったらすぐに行く」

「カイさん、俺もロロちゃん手伝っていい?」

「そうしてくれ。少しだけ、寝ていいか?」

「カイさんにも後で今日もお疲れさ魔法(マッサージ)するからね?」

「それは、嬉しいな」


 マルコがブランケットを渡し、ソファーに横になったと思ったら、すぐに寝息が聞こえた。


「さあ、急ごうか」

「うん」


 マルコと狭い給湯室で、夕食の準備を始めた。




 * * * * * * * * * * * 

 



「そろそろ俺を休ませろ。後は外で飲むか宿に戻れ」

「「「「ごちそうさん!」」」」


 気分良く、少しずつ、酔っ払いたちが帰っていく。カウンター席に座り、腰エプロン姿でぐったりしたゲイトなどなかなか見られれないので、目に焼き付けておくのを忘れない。


「ゲイト、また働くつもりはないか?」

 

 料理人たちがニヤけている。


「扱き使う気か?勘弁してくれ。まあ、料理人たちの大変さがわかった」

「何よりだ」


 ドットは満足そうだった。



 ロロが二階から下りてきた。


 「お疲れ様でーす!」とゲイトと厨房に元気に声をかけたら、ジンと何やら話し始め、魔法鞄から袋を一つ渡していた。

 ゲイトは、立てなくなった年配の酔っ払い冒険者ナイルを介抱している若い二人に声をかける。


「リッツ、ルッツ、この回復薬と代謝促進茶を飲ませてトイレに連れて行ってくれ」

「ゲイトさん、ありがとうございます」

「ほら、オッチャン飲めよ」

「んあー?」


 気がつくとロロとドットがいなくなっていた。


「ドットとロロは?」

「た‥‥‥料理長とロロは、ロッカールームッス。出て来るまでこっちから開けちゃダメッスよ」

「‥‥‥?」


 ドットが出てくると、今度はジンが入って行った。ドットは、素早く厨房の片付けと掃除を始めていた。


「元気だな、ドット」

「お前もロロにしてもらえ」


 どうやら疲れをとる魔法を、ロッカールームでしているようだ。隠す必要があるのは、騒ぎになり兼ねない目に見える何かがあるのだろう。

 ジンが出て来ると、すぐにテンが入った。

 ジンはドットに先程のロロから渡された袋を見せると、ドットが頷いていた。


「ゲイトさーん」


 ロッカールームから顔を出したロロに呼ばれて、テンが「どうぞッス」と言ったので、ゲイトは厨房に入った。

 

 長椅子に座るように言われ、ロロが後ろからゲイトの両肩に手を置いた。


「ゲイトさん、今日は本当にありがとう!」


 敬語をやめてくれたロロに、フッとゲイトは笑った。肩の力を抜くように言われて、そのとおりにした。


今日もお疲れさ魔法(マッサージ)


 温かいものが、ゆっくりと身体を巡っていく感じがした。


「‥‥‥どう?ゲイトさん」

「‥‥‥‥‥‥」


 信じられないくらい、身体が軽くなっていた。睡眠をしっかりとっても、こんな風にはならない。


「ロロは、何でも出来て凄いな‥‥‥。いや、頑張ってきたんだろうな」

「うん、頑張ってる!」

「ははっ、ありがとうな」


 そんな事ない、とは言わないところが、素直でいい。


「ゲイトさん。夕食は簡単だけどマルコさんと私で作ったからね。名付けて、ガルネルコラボレーションスペシャルサンド!」


 初めて聞く長い名前のサンドに少し不安になるが、楽しみにすることにした。



「「わあっ!」」


 ロッカールームを出ると、リッツとルッツの焦った声がしたのでダイニングに行ってみると、ナイルが床に座り込んで失禁していた。


 しまった。代謝促進茶が効きすぎたか。


「すみません!連れて行こうとしたんですが‥‥‥」

「間に合わなかった‥‥‥申し訳ありません」


 双子が青くなっている側で、ナイルも酔いが醒めたのか泣きそうな情けない顔になっていた。


「いや、俺が悪い。茶の量が多かったんだな」

「ちょっとごめんなさいよ」


 ロロが駆け寄ってきた。ナイルがロロの顔を見て、もっと情けない顔になった。少女に見られたくない姿だ。


「あーっ‥‥‥と!」


 ザッバーン!


 片手鍋を持ったロロが、不自然な格好でナイルに温水をぶっかけた。全身濡れたナイルが呆然として、ロロを見ている。リッツとルッツも、ゲイトも、目を丸くした。


「いっけない、手が滑ったぁ!ごめんね、ナイルさん」

「「「‥‥‥!」」」

「えっと、大丈夫?‥‥‥立ってもらっていい?」


 リッツとルッツが急いで手を貸して、ナイルを立たせた。ポタポタと水が落ちる。


 ロロがチラッと入口を見ると、いつの間にかマルコが立っていて、ロロに頷いていた。レイラとリリィが素早くカーテンを閉めている。

 パアッとロロの顔が明るくなると、ブツブツと呟いてから「キレイになあれー」と言った。


 清浄な優しい風がキラキラと、ナイルとその周りを包んだ。ゲイトは、それを見ながら、ゆっくりとカウンター席に座った。

 ロロは次に「からの、風乾燥ー」と言って、少し温かい風が吹く。



「ナイルさん、どう?」

「あ、ああ、キレイに、乾いた‥‥‥」

「良かった!」

「ロロちゃん、ユルくんがここにいるから一緒に代表室に行っててくれる?」

「はぁい。あ、テンさん、お鍋ありがとう」

「良い鍋さばきだったッス」

「それでは皆さん、ごきげんよう!」


 変な走り方で帰っていくロロを、残った双子と酔っ払いが口を開けて見送った。


 パンパン!と手を叩く音でハッとする。


「はい、皆さん。ギルドを閉めるから帰るように。それから、今‥‥‥何か見ましたか?」

「「「何も見ていません!」」」

「宜しい。はい、解散!」


 厨房の三人は、後ろを向いて笑いを堪えていた。

読んでいただきありがとうございます。

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