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林檎のロロさん  作者: Tada
96/151

96個目

ブクマ・評価・いいね、ありがとうございます。



「‥‥‥」

「‥‥‥」

「‥‥‥」

「トムさん、理解してもらえた?」 

「何故、そんな話を僕に?」


 まさか、面倒くさそうな顔をされるとは思わなかったので、ちょっとショックだ。


「‥‥‥」

「いや、失礼したね。何故、そんな()()()話を僕に?」

「レイラさんが知っていて、トムさんが知らないと、どうなると思う?」

「‥‥‥話せない、秘密ができるね」


 トムは、クシャクシャと頭を掻いて、ハッと気づいて髪を整えた。うっかり癖が出てしまった。師匠のケルンに直すように言われていた癖が、最近また出てしまっていた。


「申し訳ないと思うよ。でも、レイラさんが悩んだ時に、側にいて話を聞いてあげて欲しいと思ってる。もし、それが私に関わることだったら‥‥‥」

「‥‥‥ロロくん」


 もしかしたら、レイラが何かミスをしたのかもしれない。今朝、受付で会った時に少しの違和感があった。

 ロロからは何があったか言えないだろうから、トムは何も聞かないことにした。


「この世界とは違う何かが参考になるなら、力になるから」

「それは‥‥‥かなり魅力的だね」


 トムは苦笑いした。



 今朝、集合住宅を出て、しばらくここで寝泊まりすることになったそうだ。家賃なしなので、出来るだけギルドに協力しようと思ったそうで、マルコの部屋と別棟の鍵を考えていたらしい。


「因みにロロくん、前世ではどんなのがあった?」


 オートロックの話をした。部屋番号で呼び出して、住人が許可すると、建物の入り口が自動で開くと。顔が映って、会話も出来ると言った。


「あああ、なんてことだ!行ってみたい!」


 珍しく大きな声を出した。丸眼鏡の奥の黒茶色の瞳が輝いている。


「ごめんね、トムさん。私には作り方がわからなくて」

「いや、無理だろう。異世界の‥‥‥技術か、凄いんだね」

「この世界の魔法だってスゴイよ?物語の世界の話でしかない、憧れだったよ」

「互いに、無いものを求める、か。とにかく、鍵は考えておくから心配しないでいい」

「ありがとう、トムさん」

「いや‥‥‥こちらこそ、話してくれてありがとう」


 扉の外まで見送りに出たトムが、そういえばとロロに言った。


「ファーストピアスのままだね?」

「‥‥‥え?一ヶ月くらいするんじゃないの?」

前世(まえ)はそうだったのかい?この世界は、一日で十分だね」

「‥‥‥へぇ。知らなかった。大人は誰も教えてくれないし」


 トムがキョロキョロし始めた。自分も教えなかった大人の一人だ。


「瓶を出してくれれば、持っていよう。ルビーをつけて代表室に行けば喜ぶだろうね?」

「そうする!」


 ロロは魔法鞄からルビーの小瓶を出した。トムがルビーのピアスを出して待ち、ロロはファーストピアスを外して、トムが持ってくれている空瓶に入れて、それからルビーのスタッドピアスを装着した。


「この鏡を」


 トムがポケットから仕事で使う拡大鏡を出した。


「え?拡大鏡?」

「鏡にもなる」


 持ち手の裏に付いた魔石に、少しの魔力で触れる度に、拡大鏡と鏡に変わる魔法道具だった。


「‥‥‥‥‥‥トムさん」

「‥‥‥‥‥‥欲しいんだね。鍵の後で良ければ作るから」

「ありがとう!」


 鏡でピアスの確認をしたら、鼻歌とスキップで地下通路から消えて行った。


「‥‥‥変わった走り方だね。異世界人はそうなのか?ああ、また仕事が増えた‥‥‥」


 今日はコイルがいないので、自分で冷茶を食品収納庫から出すしかない。たくさん入れて置いてくれたから、グラスを出して飲むだけだ。飲み終わったグラスだけが溜まっていく。


 オートロック。それに近いもの。ギルマスから頼まれたピアスに代わるものと同様に、連絡する何かを作れないかを考え始めた。

 

 ロロが来て、いい刺激になった。




 * * * * * * * * * * *




 少しだけ落ち着いてきた受付に、リリィと交代で休憩することになったレイラは、事務室でお茶を飲みながら事務の女性たちの手作りクッキーを食べた。

 彼女たちは元受付で、結婚して子供を育て上げて、またギルドに事務員として戻って来てくれた先輩たちだ。

 このクッキーには多少の回復効果があるのを知っているので、休憩時間には欠かせない菓子になった。


「はぁ、ユルくんは大丈夫かしら?」


 立て続けの鑑定で、事務員の一人とともに冒険者相手に応接室から動けない。

 今の仕事が終わったら、一度休憩させよう。本日分で残っているのは、預かっている物の鑑定のみだ。


 先程のロロのメモ用紙をポケットから出した。二枚あるようだ。

 

 一枚目。『レイラさんにお願いがあります。お買い物に一緒に行ってほしいのです。これは、メイナさんでは無理なことなのです』


 少しホッとした。ロロの事で失敗したばかりのレイラは、彼女をがっかりさせたのではないかと不安だった。


『実は、こんな私でも、成長していました。なんとなんと‥‥‥続きは二枚目を!』


 レイラは小さく笑って、二枚目を見た。


『紅茶のゼリー美味しかったです。次はぜひ、コーヒーゼリーが食べたいです。あなたなら、きっと作れます。待ってます。期待していますよ!』


「‥‥‥?」


 二枚目の裏と、一枚目をもう一度見た。


「話が繋がらないわ。ひょっとして何か意味があるの?後で聞きに行こうかしら‥‥‥」


 


 * * * * * * * * * * * * * 




 ローズマリーの鉢植えは元気そうだ。「ただいま。怒られたら後で慰めてね」と声をかけて、代表室の扉をノックした。マルコが出てきて、ピアスに気がつき、笑顔で迎えてくれた。


「お帰りロロちゃん、お疲れ様」

「ただいま」


 代表室に入ると、「お疲れさん」と言ったカイが、デスクでサインをしながら手招きした。


「今日は、鑑定依頼の余白部分に一言書き込んでいる冒険者が多いんだが、お前何かしたか?」

「した」 

「‥‥‥因みに?」

 

 受付の列に並んだ時に、ベテラン冒険者のフランと会話した事で、せっかくなら皆にも聞こえるように言ったと話した。


「そうか。いつまでに鑑定してほしいとか、大至急や全く急いでいないとか、様々だが。まあ、こっちはかなり助かるな。良くやった」


 ホッとした。フランの鑑定は、なるべく希望通りにすると言った。


 カイが、ようやくロロのピアスがルビーになっていることに気がついた。ふっと笑って「休憩にするか」と立ち上がり、ソファーに移動した。


 マルコが紅茶を入れて運んできた。


「ユルさんは昼休憩に来たの?」

「それが、無理だったんだよ」


 マルコが困った顔で、ローテーブルに紅茶を置いた。ロロが、おば様たちからもらった手作りクッキーの包みを開いて出した。「サクサクで、うんまい」と言ったら、カイとマルコも食べた。回復効果があると気がついた。


「ユルくんの鑑定が細かく正確なのは、とっくに広まっていたんだけど、不在にしていた事で、噂が変な方向に広まっちゃってね」

「いずれ王都に行ってしまうのではないか、とな」

「なるほど」


 受付が、それはデマだから安心していいと、対応していても、次から次に噂を聞いてやって来るのだ。


「それなら、鑑定士ユルは絶対に王都に行かないか?と聞かれるとな」


 絶対の約束など、誰にも出来るわけがない。必要なら、ユルとカイが話し合って、年単位の契約でもするしかない。



「あの、自己申告でいろいろ言うけど、なるべく怒らないでもらえると助かるなー、なんて」

「まだあるのか?」

「嘘でしょ?」


 キョロキョロと目を泳がすと、疲れた顔の二人が溜息を吐いた。


 ゲイトにランスの所でツヤピカを見せたら、良いものを見せてもらったからと、お礼に何かしてくれると言ったので‥‥‥、と話し始めた。


「カフェのお酒の提供時間を早めてもらって、ゲイトさんに冒険者を誘導してもらって、酒と料理を運ぶウェイターになってもらった」

「「‥‥‥はあああっ?」」


 カイとマルコが立ち上がって「ここに居ろ!」とカイがロロに言うと、二人は代表室を出て走って行った。


「うわ、やっぱりダメだったかな?デコピンかな?やだなー」


 クッキーを食べながらと紅茶を飲んで、二人の帰りを待った。




 マルコは、受付の様子と、事務員たちに話を聞いた。


 カイは、ダイニング・バーに顔を出すと、楽しそうに酒を飲む冒険者と腰エプロン姿のゲイトに、呆然とした。




「本当は勝手な事をしてと怒るところだが‥‥‥、皆が助かったのだから、良しとする」

「‥‥‥はい」

「俺たちが忙しいから、考えてくれたんだよね。ゲイトさんが動いたのは、同じ冒険者の後輩の頼みだからだよ、カイさん」


 ギルド員の頼みとは違う。あくまで、後輩のロロの考えに賛同して、冒険者を飲みに連れ出しただけ。「ウェイターは一度やってみたかった。飲みながらやるのは尚更楽しいぞ?」と、ゲイトがカイに言った。本当にいい笑顔なので「そうか、まあ、程々に」としか言えなかった。


 ロロは一体、どのタイミングで判断したのか。


「帰ってきたらロビーが見たことがないほど酷い状態になってて、受付は混乱してるし、並ぶ人は苛々してたし、暇そうな人も混ざってるし。何とか出来ないかなぁと。そうしたらゲイトさんが、して欲しいことはないか?って言ってくれたから」

「お前のツヤピカだけで、そこまで動くのか?」


 ロロは、首を横に振った。今まで知らなかったゲイトの気持ち。


「私に敬語をやめて欲しいって。実は、皆が羨ましかったんだって言ってた」

「「‥‥‥!」」

「人によっては疎外感を与えてしまうのかもって、気がついた。マルコさんは?貴公子の時、嫌じゃない?」

「俺は、普段普通に話してくれてるから、嫌じゃないし嬉しいよ。俺には今まで通り、変わらないでいて」

「そう、良かった!ユルさんにも、聞いてみよう」

「それがいいな」


 それから、アトウッド家のことを伝えた。昼寝の件はやはりデコピンを食らったが、アルビーが前向きになっているイチゴの話はカイもマルコも賛成した。


「それは、セージさんの願いに近いものになるだろう。彼の名を残すなら、息子のためになる事こそ最適だ」

「イチゴを皆で食べて欲しいって。仕事終わりの厨房にも持って行くから、その話をしていい?」

「そうしてくれ」


 それから、また薬草が『上』になっていた事について。採取した時は間違いなく上質だが普通の鎮痛草と鎮静草だった。魔法鞄から出すと変化していた。


「これは、後で誰かに魔法鞄に入れて検証したい。私とアトウッド家の事を知る誰かに」

「時間が経つと『上』になるのか、ロロが持つとそうなるのか、だな」

「急がなくていいなら、俺が行く。それでいい?」


 マルコが申し出た。この機会にアトウッド家の様子を知りたかった。カイとロロが頷いた。


 トム・メンデスが、ロロの世界に行ってみたい!と言ったと話したら二人は吹き出した。あの人らしい、と。

 ランスの別棟は何とかしたほうが良さそうなので、トムに話したら、マルコの部屋の鍵とともに考えているようだったと言った。

 カイが、マルコとの非常時の連絡手段も頼んでいるらしく、これは纏めて何とかしそうだなと、ロロは思った。

 拡大鏡と鏡の魔法道具の話をしたら、またデコピンを食らった。お前が仕事を増やすなと怒られた。痛むおデコを撫でながら、マルコがちょっと欲しそうな顔だったのを、ロロは見逃さなかった。


「マルコさん、洗浄魔法は後日にする?まだお仕事あるんでしょう?」

「いや、毎日少しでもやっていこう。ロロちゃんなら、アトウッドのお屋敷を早く手伝いたいんじゃない?」

「‥‥‥!」


 マルコが忙しい中でも考えてくれていた事に驚いて、嬉しかった。カイは、先に仕事を始めていると、デスクに戻った。


「ん?待て、防音室をやるのか?」


 マルコが防音室の扉を開けたので、カイが確認した。マルコはロロと顔を見合わせてから、頷いた。


「人が寝ている状態で、試してみたいんだよね」

「お前、腐っても王子だぞ?‥‥‥‥‥‥まぁ、いいか」


 ロロと同じことを言った。



「では、ディーノさん。洗浄魔法をかけるので練習台‥‥‥ご協力ください」

「始めようか。上手くいけば、ディーノくんの服もよりキレイになるかもね」

「マルコさんが忙しいからすぐに始めますよ、ディーノさん。この部屋の中だけ、程良くキレイになるイメージ‥‥‥」


 マルコは、ロロの顔色とディーノにも一応気を配った。


「キレイになあれー」


 少し風が吹いた。いつもはここまでの風はない。少し緊張したロロとマルコだったが、キラキラとした魔法は問題なく、清浄な空間とキレイな部屋に仕上がった。

 ディーノは変わらないが、ブランケットが新品のようになった。


「ディーノくんと彼の服は、変化ナシだね。シロの魔法で守られているのかもしれない。それにしても‥‥‥」

「‥‥‥風が吹いたよね?」

「落ち着いたら、ユルくんに再度鑑定してもらおうか。ロロちゃんは、冒険者としても成長段階だからね」


 マルコはそう言いながら、部屋の中をチェックしていった。


「うん、今日も合格だ」

「ありがとうございました」


 ロロとマルコが防音室を出た。マルコも仕事に戻り、飲み終わったティーカップはロロが軽い洗浄魔法をして、給湯室の台に置いておいた。片付けは後でマルコがするからだ。

 マルコに書いたメッセージのメモ用紙を、ティーカップの近くに置いた。次の休憩の時にでも読んでもらえばいい。


 ロロは暇になってしまった。

 ソファーに座り、ウトウトすると、魔法鞄を枕に寝てしまった。マルコが気がついて、ブランケットを持ってきてかけてやった。その様子をカイは黙って見ていて、終わったところで声をかけた。


「マルコ」

「ん?何か?」


 呼ばれて、カイの所へ行った。


「この余白部分に書いてもらうやり方は、今回はいいが向こうは面倒だろう。簡単に書けるように、申込書を作り直す方向でどうだ?」 

「確かに、自分が申し込む側だったらそう思うよ」

「ロロに手伝ってもらうか?余裕のない俺より、あいつの考えが時にはギルドの助けになると、今日は思い知った」


 情けないとでも言うように苦笑いするカイに、俺もそう思ったよと笑い返した。


「たぶん、ロロちゃんも歯痒いんだと思う。手伝いたいけど、自分は冒険者だからって。彼女なりに線を引いているね」


 冒険者で、お掃除屋さんになりたいと言った。

 マルコは、ロロが本当はもっとギルドに関わりたいと言いそうな、予感がしている。


「でも、俺はギルド員になるのは反対だよ、カイさん。自由のない彼女は、彼女じゃなくなる」

「‥‥‥マルコ」

「俺はそれくらいなら、ユルくんの、鑑定士の助手になってもらいたい。鑑定士ユルが契約する助手であれば、正ギルド員ではないからね」 

「‥‥‥!」


 カイはマルコの考えに驚いていた。ロロを愛していると自覚する前のマルコなら、過保護だからと理由を付けて、ユルにすら近付き過ぎないようにしたはずだ。ロロが敬語で話す男だ。


「つまりだ。冒険者で、お掃除屋さんで、鑑定士の助手か?滅茶苦茶だな」

「でも、面白いでしょ」


 マルコの今の表情は複雑で、カイにも読み取れない。どうして、自ら苦しむ方向に進むのか。


「ああ、面白いが‥‥‥選ぶのはロロで、雇うのはユルだろ?」

「はは、そうだね。申込書は、ロロちゃんに相談で良いと思う。こんな時だ、力を借りよう」

「ああ。‥‥‥それから、今回のようにユルが数日休む場合、何か対策を考えよう。これでは皆が潰れてしまう」

「うん、前に話してた月に一度の食事会でもして、皆で話し合おう」

「そうだな」


 ソファーで眠るロロの寝顔を時々見ながら、二人はそれぞれの仕事を捌いていった。

読んでいただきありがとうございます。

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