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林檎のロロさん  作者: Tada
95/151

95個目

ブクマ・評価・いいね、ありがとうございます。

 


 ロロは【カルーダンのパン】に寄り、少なくなった売り場のパンからロールパン八個入りを買った。

 試食のミニクロワッサンはとても美味しかったと言ったら、明日から売り出すと店主のダンノに教えられた。また買いに来ると言って、店を後にした。


 午後の案内人のジョンが、作り笑顔でぐったりしている。出入りする冒険者が多くて、挨拶や案内、ちょっとしたクレームもある。


「ジョンさん、お疲れ様。いつもありがとう。これを乗り越えた先に、冷たいエールが待ってるよ!」

「‥‥‥はっ!ロロさん、お疲れ様です!そうですね、頑張ります!」


 何故かジョンは最近ロロに敬語で話すようになった。


 開けてもらった扉から見た、ギルドの受付とホールの混み方は酷いものだ。ただ待ってるだけの冒険者も混ざっているのが気になる。

 小腹が空いてきたから、まだ三時くらいかなとチラと柱時計を見たら、ピッタリ三時だった。

 少し悩んで、ランスの別棟に先に行くことにした。また来るねとジョンに言ったら、その方が良さそうですねと苦笑いしていた。


 別棟横の地下への扉をノックして、押してみたら開いた。鍵をかけていない。「ロロでーす!入るぞー」と言ったら、「どーぞー」と聞こえてきた。

 鼻歌で暗い階段を下りると、ランスの部屋も奥の工房も灯りが見えて、どうやら開けっ放しのようだった。人が来る予定かある時は開けているのだろうか。

 いくらムキムキでも、これはセキュリティどうなの?と感じたので、後でトムに相談する事に決めた。


「私はE級冒険者〜」


 歌いながら工房に向かった。





 ゴォン、ゴゴゴゴゴォン、ゴォン。


「あ、変な叩き方、ロロちゃんかしら?」


 ゲイトとエールを飲みながら、ランスがこのギルドに来た時の話は終わっていた。「ロロでーす!入るぞー」と聞こえてきたので、「どーぞー」と返事をした。


「気安いな、羨ましい」

「まぁ、何言ってんの。格好良いと思う人に敬語になるんでしょ?マルコなんか貴公子スタイルの時にしか敬語になってないから、そんな事言ったら恨まれるわよ?」

「そんなもんか?」 


 鼻歌が聞こえてきた。


「響くからよく聞こえるわネ。そのうち変な歌を歌い出すわよ」


 耳を澄まして聞いてみたら「私はE級冒険者〜」と歌い出した。あの子E級になったのネ、とランスが笑ってエールを飲む。


「今日もせっせと草むしり〜 イチゴをたくさんもらったよ〜」


 ゲイトもロロの歌を聞きながら、ここに自分がいると知ったらどんな顔をするか、楽しみにエールを飲んだ。





「なーんとお胸も昇級だ〜AからBカップに昇級だ〜」

「「ぶ――――――っ!」」


 ロロが部屋の前を通り過ぎようとしたら、ランスとゲイトがエールを霧のように吹き出していた。


「‥‥‥ゲホゲホッ」

「‥‥‥ちょっ、アンタ!なんて歌を‥‥‥!」

「おおぅ‥‥‥」


 ゲイトが来ているとは思わなかった。てっきりムキムキだけかと。


「こんにちは。からの、ごきげんよう」


 工房の方に消えて行った。 


「あっ!お待ちなさい!」


 ランスが飛び出して、ロロを追いかけた。ギャーギャー騒いでいる声が聞こえる。まるで友達と遊んでいるようだなと、ゲイトは笑った。

 



「ふむふむ、細かくパラパラとなってきた。ローズマリーさん、順調です。もう一日様子をみましょう」

「何が『ふむふむ』よ。お医者みたいなこと言って。何よアレ!変な歌にも程があるでしょ!」

「ムキムキだけだと思ったんだよ」

「鍵が開いてたら誰かがもう来ていると思ってちょうだい。って、誰がムキムキよ!」


 頭を掴まれて「ギャー」と言った。


「もう帰るよぉぅ。明日また来るよぅ」

「ゲイトはいいの?」

「うーん?ランスさんに会いに来たんでしょう?」

「‥‥‥そうだけど」

「仕事の報告にギルドに行ったらすごく混んでいたから、先にこっちに来たんだよ。トムさんの所にも行かなきゃいけないし、これでも忙しいのです」

「じゃあ、アレの軽いツヤピカは無理かしら?」


 フリースペース用の丸テーブルとスツールを指すと、ロロはにやりとした。


「ツヤピカしたら完成?」

「そうよ。どう?シンプル過ぎる?」

「ギルドにはシンプルが似合う。あれが最適で、完璧!うちの家具職人はスゴイね。危なくないように、ちゃんと角を丸くしてくれてるのもポイント高い。天使のナナちゃんが怪我しないように作ってくれたんでしょ?」


 ランスが少し赤くなって、掴んでいたロロの頭を撫でた。


「天使もそうだけど、ロロちゃんの事も考えて作ったわ」

「へへ、ありがとう!よし、じゃあ拭きましょうかね」


 ランスは工房の入り口にゲイトがいることに気がついた。黙って見ているように目で合図したら、頷いた。


「鼻歌三割五分、くらいかな?」


 何だそれ? と思いながらも二人は突っ込まない。ロロは、魔法鞄から布巾を出して、微かに聞こえるか聞こえないかくらいの鼻歌を歌いながら、真剣な顔で丁寧にテーブルとスツールの上部を拭いた。軽く艶が出て、それでいてサラリとした木の質感は残った。理想的だ。


「他の部分は普通にツヤピカにしていいんじゃない?」


 ランスがそう言うと、「あ、そうだね」と楽しそうに残りの部分を鼻歌で拭き上げた。


「できたぞー」

「ありがとう!疲れはない?」

「うん、大丈夫!今日は殆ど魔法使ってないんだ」


 ゲイトが中に入って来て、テーブルやスツールを触ってみた。


「‥‥‥何をどうしたらこうなるんだ?」

「さぁ、私にもさっぱり」 


 たまたまカフェの手伝いでテーブルを拭いたらそうなったのだ。自分の部屋は、全て軽く洗浄魔法を使ってるので、布巾で拭くのは水やお茶を零した時くらいだ。鼻歌はない。


「明日の朝、全てをギルドに運ぶわ。キッチン以外は取り掛かるわよ」

「お手伝いしていい? 私、今日はギルドに泊まるんだ」

「お願いするわ。ゲイト、アタシはこれから壁の木材の長さを整えるわ」

「ああ、いろいろ話を聞けて良かった。また飲みに来ていいか?」

「喜んで」


 ゲイトとランスが飲み仲間になったようで、ロロは嬉しくなった。


「ロロ、一緒に出るか?」

「喜んで」

「ふふ、またネ、二人とも」


 別棟の地下から出て、外の眩しさに目を細めた。今日から三日間は、ギルドも混乱を予想して昇級試験を受け付けないと掲示板に書いていた。別棟は静かだ。


「良いものを見せてもらったな。職人の手伝いまで出来るとは。何か礼をしなくては‥‥‥して欲しいことはないか?」

「え?」


 うーん。


 考えながら歩くロロの返事を待ちながら、ゲイトはギルド横の細道でカーテンがある部屋を確認した。


 ここが更衣室か。


 確かにロロの目の高さに窓がある。見られることに慣れてしまっていたのは本当で、これからは気をつけなくてはと思った。


「あ、お願いがあります!」


 思いついたのか、ロロがキラキラとこちらを見た。ゲイトには眩しすぎる露草色の瞳。曇らせたくない瞳だ。


「あのね、ゲイトさん」 

「ん?」




 案内人のジョンは、尊敬するゲイトとロロが並んで歩いてきて、背筋を伸ばした。ずっと憧れているゲイトと、最近言葉を交わすようになって、ジョンの為になる言葉をくれたロロだ。


「お、お疲れ様です!」

 

 気合が違うので、ロロが苦笑した。


「お疲れさん。ジョンは五時までだな?終わったらシャワー浴びて、ダイニングに来いよ」

「は、はい!ありがとうございます!」


 すっかり疲れは吹っ飛んだようだ。良かったねとロロが笑うと、ジョンは真っ赤になりながら大扉を開けた。

 

「確かに‥‥‥これは、スゴイな。ユルの鑑定待ちの他に、何か重なったか?」

「それじゃあ、ゲイトさん」

「ああ、任せろ」


 ロロが走って厨房へ行った。




「ドットさん、ジンさん、テンさん!」

「ロロ、仕事は終わったのか?」


 カフェを見ると、一般客は来ていないようだ。まだダイニング・バーになっていない時間、エールのみの提供で、他の酒類は出ていない。冒険者も少なく、席は十分に空いていた。


「協力してほしい。今日から三日間ほど、アルコール提供の時間を早めてもらいたいの。向こうの冒険者たちをこちらに流していい?」

「確かに酷い混み方ッスよね」


 テンが夜の分のつまみの準備を始めている。ジンはジョッキを並べ始めた。料理長の指示を待つ。


「わかった、協力しよう」

「ありがとう!私は今日ここに泊まるから、仕事終わりに今日もお疲れさ魔法(マッサージ)させてね。それから、ゲイトさんがね‥‥‥」


 ロロの言葉に三人は目を丸くして、それから笑った。「了解であります!」と四人でピシッと敬礼をした。


 ロロは、カフェでのんびりしている冒険者パーティーに声をかけて、今から人がかなり増えるが構わないかと言った。酒類も出すことになったと。ロロの考えがわかったのか、笑って問題ないと言ってくれた。


 カフェの入口で、ゲイトに向かってハンドサインを出した。



 フィンガーズ・クロスド  『幸運を祈る!』




「ははっ!」


 ロロのサインにゲイトは堪らず笑った。気合を入れて、パンパン!と手を叩き、声を張り上げる。


「おい、お前ら!」


 ホールが静かになった。ゲイトに注目する。


「暇な奴は俺に付き合え!エールも酒も飯も、今日は俺に任せろ!」

「「「「‥‥‥!」」」」



 ぅううおおおおおおおおお!!!



 ゲイトに続いて、早くもカフェからダイニング・バーになった店内に、何人もの冒険者たちが吸い込まれて行った。これを逃すかと。用事は別に今日でなくていいと。そんな者たちが動いていった。


 レイラもリリィも、事務のおば様たちも、呆然としていたが、意図がわかってお互いに笑顔で頷き合った。

 ロビーは、予約してある者と、急ぎの依頼で並ぶ者、それだけになった。



 ゲイトには、冒険者を誘導し、受付が落ち着くまでウェイターになって料理と酒を運んでもらえるか、ダメ元で頼んでみた。勿論、ドットたち同様、後で今日もお疲れさ魔法(マッサージ)はゲイトにもするつもりだ。


「いいだろう。一度ウェイターをやってみたかった」


 そう言って引き受けてくれた。


 S級冒険者ゲイトが、ミドル丈の腰エプロンをして、料理と酒を運んでいる。今日、居合わせた者たちは()()だった。


「ただ、俺からの願いを一つだけ。格好良いと思ってくれるのはとても嬉しいが、俺には敬語をやめてくれないか。実はずっと、皆が羨ましかった」


 ロロはゲイトのまさかの言葉に、驚いて目を見開いた。自然となってしまう『格好良い大人』への敬語が、人によっては疎外感を与えてしまうのかと気がついた。

 ユルのように誰にでも敬語で話すならば、そう感じないのだろう。

 ジョンが急にロロに敬語になったのは何故だ?と思っていた。今思えば、心のどこかで少し距離ができたようなそんな感じがしていた。




「お帰りなさいませ、ご主人様!」

「ご‥‥‥しっかり言い切ったね、リリィさんや」

「ロロちゃんの考え?助かったわ」

「お礼はゲイトさんに。レイラさん、アトウッド家の依頼の薬草採取、草むしり。今日の分の記録をお願いします」


 ギルドカードを渡した。


「上・鎮痛草と、上・鎮静草を、各二十本ね。リリィ、鑑定をお願いね」

「待った!『上』って言った?」

「ロロさん、これ()間違いなく『上』ですよぅ?」


 これは、また考えなくてはならない問題が。


「カイさんに、相談する‥‥‥とりあえず、お願いします」

 

 リリィの鑑定待ちの間に、レイラに空いてる休みか半休はないかを聞いた。デートの誘いみたいになった。


「明々後日なら午後からの出勤で、午前中は空いてるけど、どうして?」

「ここでは何とも、これを読んでください!」


 まるでラブレターのように、メモ用紙をレイラに手渡した。


「‥‥‥わかったわ。後で読むわね」

「ロロさん、上・鎮痛草と上・鎮静草が各金貨一枚と銀貨五枚で、合計金貨三枚ですよぅ」

「おっふ」

「お預かりでいいのよね?」

「うん、前回と同様に‥‥‥。これから、地下の工房と代表室に行きます。今日はギルドに泊まります」


 ギルドカードを受け取って、受付をフラフラ離れる。


 おかしい。なぜ、魔法鞄で『上』になる?


 ゴッ!


「‥‥‥!」

「「‥‥‥あ」」


 久し振りに、受付カウンターの角で、足の小指をぶつけた。




『初めて会ったのはアパートの隣りに住んでいた時よ』

『第一印象は?』

『ふふ、美味しい林檎をくれた人‥‥‥かな』

『うわっ、お祖父ちゃん‥‥‥印象薄い人だったの?』

『素敵な人だと、後で気がついたのよ。その時は真っ赤な林檎が本当に美味しそうで。たくさんあるからどうぞって、十個もよ?なんて良い人だって』

『ふーん』

『次にポストの前で会った時に、お礼と、二日で食べきったと言ったら、すごく驚いていたわね』

『お祖母ちゃん‥‥‥林檎好きだねぇ』

『本当に好きになったのは、それからよ。そうそう、お祖父ちゃんは紅茶を入れるのが上手で‥‥‥』




「ロロさーん、戻ってきてくださいよぅ!」

「‥‥‥‥‥‥谷間、いただきました」

「お帰りなさいぃ!」


 ギュウっと抱きしめられた。またリリィの柔らかな胸の中で幸せな目覚めを迎えることができた。


 すーはー。あれ?ローズマリーの香りがする。ああ、そうか、香り袋を持っててくれてるんだ。嬉しいな。


 顔を上げると、乙女色の瞳の美女が優しく微笑んでいた。


「‥‥‥また白目だった?」

「すぐにこうして隠しましたから、大丈夫ですよぅ」

「あ、ありがとう‥‥‥」


 え? 変態だと思われてないよね?


「素早くカウンターの中に、後方伸身宙返りで連れてきましたよぅ」


 すげぇな。


「‥‥‥ごめんね、忙しいのに。もう大丈夫!」


 事務のおば様たちに「持っていきなさい」と手作りクッキーを渡された。ありがたく頂き、スススとリリィの真似で受付カウンター内から出て、何もなかったかのように移動した。

 多少?の視線は感じた。どちらかと言えば後方伸身宙返りが目立ったのではないだろうか。

 


 ダイニングをチラッと覗いた。

 ゲイトはウェイターをしながら、冒険者と楽しく飲んで話しているようだ。各テーブルではなく、皆が一緒になって笑っている。

 良かった。

 無理なこと頼んで申し訳ないと思いつつも、ゲイトにしか頼めないと思った。


「さすが先輩。格好良い」



 足の小指はもう痛くない。結局、名前はまた思い出せなかった。


 ロロは地下へと階段を下りた。

 トム・メンデスに会って、ロロの前世の話をするために。

読んでいただきありがとうございます。



『古書店の猫は本を読むらしい。』も、スローペースで連載中です。こちらもどうぞよろしくお願い致します。


https://ncode.syosetu.com/n5529hp/

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