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林檎のロロさん  作者: Tada
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94個目

ブクマ・評価・いいね、ありがとうございます。



「んん、イチゴ祭り‥‥‥」

「イチゴまつり?」


 アルビーが不思議そうな顔で、ロロの顔を覗き込んで立っていた。


「うわお」

「ロロさん、気持ち良さそうにお昼寝してたね」

「‥‥‥‥‥‥え?マジすか?」

「ボクも、隣に座っていい?」

「どうぞ‥‥‥いや、アルビーさんちのお庭でしょうに」

「そ、そうだけど、何となく‥‥‥あれ?ロロさんてピアスしてた?」

「昨日開けてもらったの。これはファーストピアスだよ」

「き、気がつくのが遅くてごめん!とても似合うよ」

「ありがとう。‥‥‥アルビーさん、今何時かわかる?」


 仕事先の昼休憩中に、ガゼボで昼寝て。


 ああ、帰ったら過保護と魔王から、お説教確定だ。


 隠しても後々バレて更に怒られるので、正直に報告することにした。


「玄関の柱時計は一時くらいだったよ。まだ一時間しか経ってないから、気にしなくて大丈夫」

「良かったぁ」


 ロロはそのままだった飲み終わった冷茶のグラスを、魔法鞄に入れた。本当は洗浄魔法をしたいが、まだ見せない方がいい。


「あれ?ガゼボがキレイになってる。もしかしてロロさんが拭いてくれたの?」

「うん、だからエラさんとお茶するといいよ」

「そ、そうか、そうだね! お昼寝してもいいし」

「そりゃあもう‥‥‥最高ですよ‥‥‥」


 無自覚天然(アルビー)の攻撃に、ロロはダメージを受けた。


 それにしても、こんなに優しい風が吹くと‥‥‥。


「ダメだ、また眠くなる。あ、そうだ!いっそ昼寝付きの依頼に変更手続きしてください」

「えええっ?」

「冗談です」

「‥‥‥ぷはっ、ロロさんて面白いね!ははっ」


 アルビーが楽しそうにしている。それだけで、この庭園が喜んでいる気がする。


「ね、ロロさん。ボクは、どんな仕事が出来るかな」

「‥‥‥何か見つけたいの?」

「は、話すのが苦手なんだ。でも、このままではダメだと思ってる」

「うん」

「母がボクの心配をして、一生それじゃ、申し訳ない」


 本当に優しくて真面目な青年だ。人との交流が、ただ少なかっただけ。自分の弱さをこうして話すことは勇気がいることだ。


「ちゃんと話せているよ、アルビーさん。あなたの優しさも強さも、今の言葉でちゃんと私に伝わってる」

「ほ、本当に?」

「うん」

「そ、そうか。ちゃんと、伝わるんだね」


 アルビーは膝の上の両手をグッと握りしめた。ロロは、アルビーに提案してみることにした。断られたら、それはそれで、また考えればいいだけだ。


「これは、私の勝手な話だから、たとえばこんな感じはどうかな?くらいなので、そう思って悩まないで聞いてくれる?」

「わ、わかった」 


 琥珀色の瞳が、ロロを真っ直ぐに見つめる。


「お父さんの『ガルネルに自分が居たことを残したい』という願いと、アルビーさんのお仕事。それを、両方少しずつ叶えるとしてね」

「‥‥‥!」

「ギルドのカフェと契約して、定期的にイチゴを届けるの。そこには、美味しいスイーツを作る人がいるんだよ。届けるのは、お仕事として。ここは【セージ農園】で、イチゴの名前は【アルビー】」


 アルビーは、琥珀色の瞳を大きく見開いた。拒絶はしていないようなので、ロロは少しホッとした。


 ギルドの案内人と受付は、もう依頼と手続きに来ているから大丈夫だ。次に、ギルドの料理人がいる厨房に届ける。


「彼らはとても温かくて良い人たちで、その人たちと話しをするの」

「‥‥‥うん」

「カフェが開店する前がいいね。始まるとみんな忙しくなっちゃうからね」 

「そうだね、邪魔になっちゃったら悪いから」 

「ふふ。カフェは冒険者が多いけど、街の人も入れるから、お茶の時間には女性客も来るんだよ」

「へぇ、そうなんだ‥‥‥あ、母さん」

「ステキね!【セージ農園】に、イチゴの【アルビー】。こんにちは、ロロさん」

「エラさん、こんにちは」


 深緑色のドレスワンピースに黒の髪留めをしたエラが、「続きを聞かせて?」とアルビーの隣に座った。


 アルビーがギルドの人たちと顔なじみになり、余裕が出来たら、ギルドで短時間でも働いてみてはどうか。


「楽しそうよ、アルビー」

「ギルドは人手不足でね。案内人は冒険者に頼んでるし、カフェも会計やウェイター・ウェイトレスがいなくて、料理人と受付がやってるの」

「そ、そうなんだ。皆さん忙しいのに大変なんだね」

「皆で力を合わせて頑張ってるよ」


 もしかしたらそこで、アルビーのやりたいことが見つかるかもしれない。まずは、いろんな人と交流してみよう。苦手な人もいるかもしれないし、友人になれそうな気の合う人にも出会うかもしれない。


 そう言うと、アルビーはずっと握りしめていた自分の両手を広げて、手のひらを交互に見ていた。エラとロロはその様子を見ながら黙って待った。


「‥‥‥ボク、本気で考えてみたいよ。いいかい? 母さん」

「ええ、アルビー。私も、いいと思うわ」


 まさかこんなに前向きに考えてくれるとは思わなかった。正直、驚いている。


「アルビーさん、イチゴ畑に行こうか。そして、自分がどうしたいか話してみよう」

「‥‥‥庭園に?それとも‥‥‥父さんに?」

「心のままに」

「‥‥‥!」

「よーし、ついでに母さんも言っちゃう」


 エラがすっと立ち上がって、イチゴ畑へ向かった。え? 足、速くない?


「エラさんに先越されちゃうよ?」

「わ、待って!母さん?」


 アルビーがエラを追いかけた。ロロも笑いながらその後に続いた。




「と、父さん! ボク、この美味しいイチゴを、ロロさんのいるギルドの人たちと、ガルネルの冒険者や街の人たちに食べてもらいたい!」

「あなた、いくらアルビーがイチゴが好きだと言っても作りすぎよ!食べきれないわよー!」


 ちょっと、エラさん?


「‥‥‥あ、えっと、そう、ボクは少しずつ、いろんな人と話をしてみたい!」

「私はイチゴも好きだけど、メロンが一番好きなのよ?なんで作ってくれなかったのよー!」

「「‥‥‥‥‥‥ん?」」


 なんてことだ。セイジさん。

 妻の好きなメロンを作らなかったとは!‥‥‥まさか、知らなかったとか?


 風が吹いた。土の匂いがする。


 エラの髪を撫でるように、優しく。ごめんね、と謝っているのだろうか。アルビーの方の風は、髪をくるくると遊ぶように吹いた。


「もう!ふふっ、謝ってもダメよー」

「はは、なんか擽ったい!」


 琥珀色の母と息子は、イチゴ畑の前で楽しそうに、楽しそうに笑いながら、泣いていた。


 ロロは静かに二人から離れた。


 夫が、父が、セージが亡くなってから、二人はお互いに気遣って支え合って、泣かなかったのかもしれない。


 ロロは、イチゴ畑に沿って歩き、門の近くまで歩いてきて、そして気がついた。アプローチをゆっくりと歩く。

 香草が、薬草が‥‥‥美しく、高さも種類も揃えて、変化していた。玄関前は香草が何種も混ざり合っていて、先程、ロロが願った通りになっていた。


「ありがとう‥‥‥ありがとうございます。嬉しい」


 アルビーとエラも、戻ってきたらきっと驚くことだろう。


 ロロは玄関ポーチの石段に腰掛けた。

 生きた庭園をこの先どう管理していくのか。課題はまだ残っているが、少なくともこの庭で家族の楽しい思い出ができて良かった。


「さて、次は、エラさんのメロン問題かもね」


 静かに風が離れていった。あれ?逃げたのかな?


 


 * * * * * * * * * * * 




 午前中に、上の試験場を一通り見て回った。試験があった後は、次の試験までの間にそうするように決めた。

 防音と強化魔法がかけられているので、大きな破損は滅多にない。もしあっても、軽い補強をする道具は魔法鞄に入れてある。

 昨日の三人は、魔法も剣技も話にならないほど完全なる不合格だったようで、破損などあるはずもなかった。


 ランスは、ギルドの受付のリリィに、試験場のチェックをした事と、今日も別棟に居ることを伝えた。ピクピクと引き攣った不自然な作り笑顔で「了解ですぅ」と言った。今日は周りに人が多いので、いつものように不機嫌な顔は出来ないらしい。本当に面白い。

 S級冒険者のゲイトが、別棟に訪ねて来ると教えられた。ゲイトは有名だし、勿論知っている。だが、会話をした記憶はない。

 王都に行っていたそうだ。ロロの兄だと思われる冒険者と会うために。

 何か、話があるのだろうか。自分がいない間に、別棟の管理人と家具職人という肩書きの男がギルドに来たので、どんな人間なのか知りたいのだろうか?


 厨房に今日の分の食事と、エールを頼む。

 ジョッキを溜め込んでいた事を謝ると、ロロが伝えてくれたから問題ないと言われた。専用のジョッキは注文しておいたから、届いたらそれを使うと。ホッとした。

 ゲイトが訪ねて来る予定だから、彼が好む物を注文したいと言ったら、ドットに「お前と同じでエールがあれば大丈夫だ」と言われた。チーズと生ハムの盛り合わせを、テンが「酒のつまみッス」とサービスしてくれた。




 いつも入口の鍵は閉めているが、今日はゲイトと、ロロも何時になるかわからないが来る予定だ。

 今日は、自分の部屋と工房の扉を開けておく。入口の扉を叩く音がしたら、階段を上って開けに行けばいい。ちょっと面倒だが、避難所としての備蓄用大型食品収納庫も地下にあることだし、侵入者がいては困る。

 入口の扉を登録した者だけ開けられるようにしてくれれば有り難いのだが‥‥‥。


 ベッドは二台、作り終えた。まだ分解したままだが、マルコの部屋で組み立てる。

 今、作っているのは丸テーブルだ。ギルド二階のフリースペースに置くため、ロロとカイに頼まれた。癒やしの空間になりそうなので、それを考えて作る。

 ロロが来たら、軽めのツヤピカにして貰うつもりだ。

 大会議室の長椅子をカットして、スツールを四脚作ることにした。余っていた長テーブルのカットした脚も使い、角は危ないので全体に丸みを出す。ほぼ仕上がった。


 懐中時計を見たら、一時半過ぎている。昼食がまだなので、休憩にしようと立ち上がった時だった。


 ゴォン・ゴォン・ゴォン。


 響くような扉を叩く音がして、ゲイトが来たのだと思った。




 重い扉を開けると、銀灰色の髪と瞳の大きな男が立っていた。ランスは背が高い方ではないので、目の前にすると威圧感がある。


「忙しいのに悪いな。俺は冒険者のゲイトだ」

「ランスよ、よろしく。さ、どうぞ」


 ゲイトが扉を押さえてくれたので、ランスはそのままゲイトの前に階段を下りた。


「ゲイトさん、アタシはあなたを見たことあるけど‥‥‥」

「ゲイトでいい。俺もお前を見たことがある。随分前だがな。‥‥‥工房を見てもいいか?」

「ええ」


 ゲイトは、地下通路の先の工房に入ると、そのままの丸テーブルとスツール四脚を見つけた。


「大会議室の長テーブルと長椅子を使ってるわ。マルコの部屋の家具もそうよ」

「あの古いのがこうなったのか?スゴイな。家具職人の仕事とは、こんなに丁寧で繊細なものなんだな」

「ふふ、照れるわネ。知ってると思うから言うけど、棺職人での仕事が今に繋がっているわ」


 会ってすぐ、ゲイトには隠すことはしない方がいいと判断していた。真っ直ぐで、ギルドの皆が頼りにする男だ。


「俺が知っていたのは、棺職人ランスだ」


 やはりそうだった。だとしたら、先代のギルマスの棺を運んで来た時だろうか。


「ランス、あれも何かに使うのか?」


 左奥に広げてあるシーツを指した。


「あれはロロちゃんよ。場所を貸してるの。ローズマリーを、ああやって乾燥させるんですって。見たんでしょ?キラキラのローズマリーの鉢植え」

「ああ見た。キラキラか、はは、確かにそんな感じだ」

「ねぇ、休憩するところだったのよ。エールでもいかが?あなたが来るって言ったら、厨房から酒のつまみも貰ったのよ」

「ああ、いいな」


 部屋に案内して、拭いたテーブルにエールのジョッキと、昼食用のサンドイッチ、チーズと生ハムの盛り合わせの皿を出した。

 ジョッキを軽くぶつけて乾杯する。


「ランス、俺のいない間にいろいろ変わりすぎていて、正直驚いてる」 

「ふふ、そうでしょうネ。アタシですら未だに夢じゃないかと思う時があるわ。それだけ突然だったのよ」 

「少しでもいい。話を聞いていいか?」 

「勿論よ。きっと、いい酒のつまみになる話だから」


 榛色の瞳を楽しそうに細めて思い返すランスに、ゲイトは良い飲み仲間が増えたなと喜んだ。


 


 * * * * * * * * * * * 




「ロロさん、今日はどうもありがとう。ごめんなさいねー、二人で笑い泣きして」 

「ご、ごめんね、ロロさん」


 エラとアルビーの目の周りが赤くなって腫れている。まさか、小一時間も続くとは思わなかったが、たくさん言いたいことをぶちまけたようで、気持ちはスッキリしたようだ。

 ロロは、あれから再び草むしりを始めていたので問題ない。

 後はイチゴ畑と、屋敷の横と裏。次に来たら、その続きと今日の場所の確認だ。


「アルビーから聞いたけど、昇級試験用の薬草は、今回は受け取ってちょうだい。さっき聞いたE級になったお祝いよ。友人からのプレゼントよ?まさか断らないわよね?」

「アリガトウゴザイマス」

「えっ?ロロさんの話し方がおかしいよ?大丈夫?」

「ダイジョウブデス」

「‥‥‥本当に?」


 ロロは、メモ帳を出した。次の約束を書き込む。


「明後日また来てもいい?」

「うん。あ、あの、ロロさん。ボク、イチゴ畑の草むしりを頑張ってみる」

「本当?じゃあ明後日楽しみにしてるね。今日はイチゴをたくさんありがとう。‥‥‥それでは、本日はこれで失礼致します。また明後日午前中に伺います」

「お疲れ様でした。またよろしくお願いします」

「あ、ありがとうございました」


 ロロがニコッと笑うと、エラもアルビーも腫れた目を細めて笑った。ちゃんと冷やすように言って、玄関外のポーチで見送る二人に手を振った。


 素敵になったアプローチを軽やかに歩き、門を出て、振り返った。


「セイジさん、良かったですね。アルビーさんも手伝ってくれたら、もっと素敵な庭園になりますよ。今日は、たくさん手伝ってくれて、ありがとうございました」


 二人に聞こえないように、囁くように言葉を風に乗せた。優しい土の匂いが、ギルドに帰るロロの背中をそっと押した。

読んでいただきありがとうございます。

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