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林檎のロロさん  作者: Tada
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92個目

ブクマ・評価・いいね、ありがとうございます。



 日に日に気持ち悪さがなくなってきたと思ったら、二度目にこのギルドに来た時の感覚に近いものを感じるようになった。


 苦しい。

 苦しいが、たぶんこれは必要で、優しいものだ。

 裏切られたと荒んでしまった私の心を、洗い流すための暫しの苦痛の雨だ。

 耐えればきっと、また心地良くなっていくはずだ。


 ロロが来た。

 F級からE級の冒険者になったらしい。


 私も、冒険者登録をすることは出来るのだろうか。

 私には、もうシロしかいないから、このままシロに捨てられたら、行く所がない。


 十五歳の少女が自立して冒険者になっているのだ。

 何もせずに不貞腐れたままなど、恥でしかない。


 恨んで生きていくのは、もう疲れた。


 誰も私を知らないのだから、好きに生きていいのだ。


 何も出来ないから、シロに甘えていた。

 我儘も言った。

 だから愛想を尽かされても仕方がない。


 皆から忘れられたことは、本当に不幸なことか?


 こうして眠る間に、いろいろと考えた。

 私はもしかしたら捨てられたのではなく、第一王女に、同母の姉に、逃されたのではないか、と。


『今更何だ?また来ると言ってから何年経ったと思ってる?』


 そう姉に言ったら、悲しい顔をされたのを思い出した。


 平民になったからと、私をあの塔から出し、馬車に乗せ、あの森に連れて行くのは、簡単な事だっただろうか?

 また記憶を消すのか?と構えていたが、そんな事はなかった。


『宜しくお願い致します』


 シロにそう頼んで、それから私に『元気で』と言って去って行った。


 姉は、イザベラは、どうしているのだろう。魔術士団の副団長だったが、今もそうなのだろうか。

 

 私を勝手に逃したのだとしたら、ただでは済まないのではないだろうか。



 ロロは相変わらず懐中時計のことを言う。

 副代表のマルコにピアスホールを開けてもらうと言っていた。


 この冒険者ギルドに来て、何日経ったか。

 どうでもいい話が、待ち遠しくなってきた自分に驚いている。


 目覚めたら、これまで酷い言葉を投げた私を、彼らはどう思うだろう。


 


 * * * * * * * * * * * 




「ちょうど一週間くらいになるな」 

「このまま、変わらない姿でいるのか」

「はい。こちらの声は聞こえているそうですよ」


 苛立ちを隠さず、ユルに詰め寄っていた金髪の青年が、美しい姿のまま防音室のソファーで眠っている。

 血色がなければ、死んでいるのかと疑いそうになるほど、ピクリとも動かない。


 半永久魔法のようだと思った。ディーノは二週間だが、やろうと思えば何年何十年と眠り続けるのではないだろうか。眠るように時間が止まっていながら、こちらの声が聞こえる魔法など、見るのも初めてだった。


「ゲイトさん、これは禁忌魔法だと思うか?」

「その可能性はあるだろうな」

「一月後に来ると言っていましたから、その時に教えてもらえますかね」

「お前たち、シロが来なかったらどうするんだ?」

「「え?」」


 考えていなかったようだ。必ずシロは来ると信じているのか。

 シロがディーノを迎えに来たあの時は、ゲイトはユルの後に少しの時間だけ案内人をしていたので、シロを受付まで連れて行った。


『こちらにディーノという、ちょっとやんちゃな金髪の青年が来ていませんか?迎えに来ました』

『やんちゃな?‥‥‥迷子の子供扱いだな。預かっている。受付まで案内しよう』

『ありがとうございます』


 シロとの会話は、このくらいだったろうか。


 ゲイトは、しばらくはガルネルに、この一週間は主にギルドにいることにした。

 案内人も依頼も受けるし、若い冒険者のサポートもする。それから、資料室を自由に使わせてもらえるなら、この魔法について調べたい、と言った。


「悪いな、助かる」

「よろしくお願いします。仮眠室を使いますか?」

「普段は宿に行くが、そうだな、資料室を使う日は借りるかもしれない」


 防音室を出ると、ゲイトは受付に数日間の案内人の予定を聞いてから宿へ行って休むと言った。


「明日あたりに新入り(ランス)と話せるか?」

「ほぼ別棟にいるが、午前中には必ずその日の予定を伝えに来る。今日受付に伝えておけば、明日別棟に行っても大丈夫なはずだ」

「そうか、わかった」


 明日の昼休憩に、ユルが自分の話をするだろう。本格的な話は仕事終わりからなので、ゲイトはそこから参加すると言った。


「例の懐中時計をジルから預かってきた。ユルに任せると」

「‥‥‥!そうか、ウォーカー団長が」

「では、ギルドの溜まった鑑定依頼が落ち着いたら、頼みましょう。ユルくんは、しばらく忙しくなりそうですが、彼にしか出来ない事なので頑張ってもらわないと」

「‥‥‥そうだな。では、また明日」


 ゲイトは、明日の夜までに自分の中でも伝えるべき言葉を整理しなくてはと思った。彼らのこの前向きな気持ちを折るような、そんな事を言わなくてはならないのだから。


「ゲイトさん、帰りにそこのトイレと、階段近くのフリースペースに鉢植えがあるので見ていってくださいね。ロロちゃんが育てたローズマリーです」


 扉を開けて帰ろうとしたゲイトに、マルコが言った。トイレはロロが洗浄魔法をしたばかりだ。鉢植えは来た時に気がついてはいたが、何か意味があるのか。

 ゲイトは頷いて、代表室を後にした。


 廊下の先の腰窓の前に大きな鉢植えが見えるが、その前にトイレの前を通るので、扉を開けた。


「‥‥‥!」


 澄んだ空気と、ピカピカの個室に洗面台と鏡。これは洗浄魔法でも上位の魔法になるのではないだろうか。


「なるほど、掃除屋さんか」


 確かに仕事にしていいレベルだが、貴族に目をつけられると厄介だ。十六歳になるまでは、ギルド内と口の堅い依頼先程度にしておいた方がいいだろう。

 ギルド職員になれば、安全とはいえないが、まだ守られる。冒険者で掃除屋さんになりたいのだから無理な話だが。


 トイレを出て、鉢植えの前に来た。香草には詳しくないが、この香りなら知っている。魔除けになると云われているものだ。


「それにしても大きいな」


 何故、マルコは自分にこれを見て帰るように言ったのか。ふと、薄暗いはずなのに、この周りが少しだけ明るく、ここには灯りなどないはずだと、気がついた。


 この鉢植えが、発光している?


 激しい光ではない、ふんわりと柔らかい光。優しい月明かりを浴びたような。

 顔を近づけて香りを嗅いだ。ローズマリー本来のスッキリする香りとともに、胸の中の何かモヤッとする気持ちが、軽くなった気がした。





「ロロちゃんが言っていた通りに、ゲイトさんの様子が少し違った」

「ロロが言った?いつ?」

 

 マルコが微妙な顔をした。ああ、給湯室で落ち込んだ時か。



『あの人が纏うものは銀灰色と黒だけど、笑顔は、雲一つないカラッと晴れた青空のよう。でも、今日はポツンポツンと雲があったな』



「弱気になっていて不安そうだって。俺たちが傷つくのを心配してるかもしれない」

「それほどの事を、明日ゲイトさんは俺たちに話すってことか」


 ゲイトはそれを抱えて帰ってきた。


 まだたっぷりと残っているチョコレートの箱を見た。離れていても、ロロを可愛がってくれる優しい騎士団長。彼も同席していたとしたら、同じように今、不安な思いをしているのか。


「‥‥‥カイさん」

「ん?」

「これは、本当は俺の中で大事にしたい言葉だったけどさ」


『今まで外側から【紅玉ルビー】を守ってくれていたあの人を、あの人の曇りのない笑顔を、『俺たちのゲイト』を守るためにも、強くなろう、マルコさん。私は、また自分の何かを失っても、生きていく』



 カイは、目を見開いてマルコの話を聞いた。


 娘の覚悟に、マルコを立ち上がらせた言葉に、心が震えた。


「カイさん、俺はもう隠さないから。ロロちゃんに惚れてるよ。ごめんね」

「‥‥‥知ってる、馬鹿野郎が」


 睨みつけるカイに、マルコは苦笑いする。


「俺は彼女しか愛さないよ。どんなに報われなくてもね」

「‥‥‥はあぁ。本当に馬鹿だなマルコ。馬鹿だなぁ」


 大事な娘も、気が置けない友人も、幸せになって欲しいのに。


「ロロは、俺の娘は、モテるんだぞ?」

「知ってるよ‥‥‥馬鹿野郎が」


 今度はマルコが睨みつける。


 カイの『愛』と、マルコの『愛』は、それぞれ違うが、守りたいものは同じだ。


「「強くなろう」」


 同時に言って、やがて、二人は笑い合った。


 


 * * * * * * * * * * * 




『ゲイトさんにはロロが全て話すつもりだったから良かったが、それでも俺のいない代表室に秘密のあるロロがいるとわかっていて、秘密を知らない者に様子を見に行かせる独断行為は、見逃せない』


 仕事終わりに代表室に呼び出されたレイラは、カイに言われた言葉で、自分がしてしまった事の重大さに、後悔した。


『申し訳ございませんでした』


 深く深く頭を下げたレイラに、カイの後ろに立つマルコが苦笑いする。


『俺がしっかりしないから、余計な心配をかけてしまったね。レイラさん、申し訳ない。ただ、ゲイトさんは優しいけど、彼の負担を増やしてはいけないよ?』


 

 レイラの失敗は大きく三つ。


 何故、副代表のマルコを信用しなかったのか。未成年に手を出すと思った、と言っているようなものだ。


 ギルドが信頼するゲイトだとしても、個人的な心配事を王都から疲れて戻ったS級に頼むなど、本来なら許されない。


 そして、ロロの秘密を聞かれてしまった。いや、聞かせてしまった。



『申し訳‥‥‥ございませんでした』





 代表室から戻ってきた元気のないレイラに、リリィは何も言わなかった。

 冒険者の昇級試験のため別棟に行っていたリリィは、戻ってレイラから少し話を聞いた時に、これは何かしら問題になるかもしれないと予感はしていた。彼女にしては珍しいミスだ。レイラの気持ちはわかるが、気遣いが少しばかり暴走してしまった結果だった。

 リリィなら自ら動いて、わざと見つかるように邪魔をしに行くが、ゲイトはしっかり気配を消して二人の話を聞いてしまったようだ。


 リリィはレイラが帰った後で、代表室を訪れた。今日はマルコが泊まりで、カイはまだ残っていた。


「リリィ、レイラの件か?」

「彼女のした事については、何も意見はありませんよぅ」

「それなら、何かな?」


 マルコがソファーに座るように言った。カイは帰る支度を終えてソファーに座ったので、リリィも座ることにした。


「トムさんとレイラさんが、少しずつ中を深めていけるようにロロさんも協力しています。でも、それでも二人にはまだ大きな壁があるんですよぅ」


 入れてもらった紅茶を、チビチビ飲みながら、リリィは上司に勿体つけるように話す。


「あぁ、そうか。ロロちゃんのことか。トムさんは知らないから、彼女は深く付き合えないだろうと?」

「今日の失敗を思えば、付き合うことすらやめてしまうかもしれませんよぅ?」

「それは‥‥‥困るな」


 カイが顔を顰める。ギルド員の幸せを願うのは当たり前だ。カイにとって、レイラのミスに対する注意はしたし、もう済んだことで、今後はもう気をつけるだろうし彼女なら大丈夫だと思っている。


「ロロちゃんは、トムさんに話すことは賛成すると思うよ」

「わかった。明日の朝早くロロが仕事の前に来る予定だから、代表室に寄るように言ってくれ。リリィ、レイラの行動に気をつけろ」

「了解ですぅ!」


 リリィは理解ある上司に満足して、紅茶をガボっと飲みきり、お疲れさまでしたぁ〜ススス‥‥‥と下がって行った。謎の生き物だ。


「うちのギルドの人間は、仲間思いだね」

「そうだな。‥‥‥では、帰るから後は頼む」


 カイのピアスの片方をマルコに渡した。マルコに何かあれば、カイに微かな痛みがくる。


「地下に寄ってから帰るか。あの人は休みでも工房に居るから大丈夫だとは思うが、近くロロと話をしてもらうように言ってくる。それから、このピアス以外の連絡手段がないか、頼んでみよう」

「それはぜひお願いしたいね。俺の部屋が完成しても、カイさんのピアスを毎日つけるの勘弁してほしいし。万が一、間違えて発動させて、その時にカイさんがメイナとイチャイチャしてたら申し訳ないからね」

「‥‥‥お前な」


 少し赤くなって顔を顰めた。


「そろそろ二人目考えない?」

「俺の義兄はお節介だな。自分の事も考えろ。ロロはあと半年ほどで十六歳だぞ?周りは良い男が多いんだ。ぼやぼやしてたら‥‥‥」

「俺の義弟もお節介だね。はい、トムさんの所に行って早く帰れ。また明日!」

「ふん、じゃあな」


 カイは防音室のディーノに「おやすみ」と頭を撫ででから代表室を出ると、ふんわりと光るロロの鉢植えにも「ギルドを頼む。また明日な」と挨拶して、そのまま地下へ下りた。


 地下通路の向こうから、魔法鞄職人メリー・バッガーの弟子のザックが歩いて来た。


「遅い帰りだな、お疲れさん」

「ギルマス、お疲れ様です。師匠なら明日から戻る予定ですよ?」 

「いや、トムさんに用だ。そうか、爺は明日には来るのか」

「静養も兼ねて用事があったので、しばらく留守でした」


 ロロの魔法鞄では、少し無理をしたらしく疲れが出たようだった。ザックに留守を任せられるようになって良かった。


「爺を頼むな。また顔を出すと言っておいてくれ。それから、怒鳴るなと」

「ふふっ、わかりました。では失礼します」


 ザックが階段を上って行くのを見送り、カイは魔法道具職人の部屋をノックした。「はい」と小さな声が聞こえて、少し乱れた黒茶色の髪に丸眼鏡の細身の男が出てきた。


「‥‥‥‥‥‥ギルマス?」

「お疲れ様、トムさん、すぐ帰るからちょっといいか?茶も何もいらない」

「それなら、どうぞ」


 トムはフラフラと歩き、テーブル席に座るように椅子を引いた。どうぞ、と。彼なりの気遣いらしい。カイは「ありがとう」と、その椅子に座った。


「忙しいのに申し訳ない。簡潔に話そう。俺のこのピアスはケルンさんから聞いてるか?」

「聞いてる‥‥‥、ああ、他の連絡手段が欲しいんだね?」


 話が早い。頷いて、今後はマルコがギルドに住むので、そこから自分に連絡を取れるようにして欲しいと言った。ピアスの片方を毎回渡すのは面倒だと。


「確かに‥‥‥それは僕でも嫌だからね。わかったよ」

「他の依頼を先にしていい。出来る時に頼む。それから、明日以降もここにいるか?」


 コクンと頷いた。泊まりで、最近は帰るのも面倒になってソファーで眠るそうだ。酷い生活をしている。おかしいな、キッチリしたケルンの弟子なのに。


「集合住宅も無駄だから解約しようかと‥‥‥」


 カイがチラリと視線を走らせると、大きめの古いソファーがあった。工房の広さは十分に足りているようだ。


「それなら、ランスにベッドを頼んでみるか。マルコの部屋の後になるが、それで良いなら今の部屋を解約して、しばらくはここに住む手続きをするか?」

「い、いいのかい?」


 丸眼鏡の奥の黒茶の瞳が、大きく見開いた。こんな顔は久し振りに見た。


「確かに、帰っていないなら払う家賃の無駄になるだろう。それと、ギルドにたくさん貢献してくれているからな。家賃などいらないから、これからも手を貸してくれ」

「それで良いなら、僕はそうして貰いたい」

「良かった」


 カイは立ち上がった。


「明日か、明日以降に時間を作って欲しい。大事な話がある。ここで話すか、代表室に来てほしいんだが」

「明日はコイルがいないから、問題ない。場所はどちらでも」

「それなら、ここに」


 トムも立ち上がって、見送りに出た。


「ああ、ロロのピアスは良い物を作ってくれたな。ありがとう」

「いや、それは、別に」


 キョロキョロとする挙動不審な動きは、誤魔化す時のロロに少しだけ似ていて、面白いなと思った。

読んでいただきありがとうございます。

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