9個目
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ユルが眼鏡を外して左の胸ポケットにしまうと、青碧の鑑定眼が、淡く光った。
ロロは、息を呑んでそれを見ていた。
ユルに鑑定してもらうのはこれで二回目だ。
前回は、魔法鞄の所有者がカイから自分になったことの嬉しさで、リュックにばかり気を取られていた。
鑑定をすると、少し光るんだな‥‥‥。
ユルを初めて見たのは十歳くらいだった。
カイが休みの日にギルドのカフェにロロを連れて来た。会ってみたい男がいるからここで待っててくれ、と、カイの後ろの席にロロを座らせた。
最近お腹が出てきた料理人のジンが、嬉しそうにホットチョコレートを持ってきた。作ってみたから後で飲んだ感想を聞かせてくれと、頭を撫でられた。
口の中をチョコレートの甘さいっぱいにして堪能していると、後ろの席にいたカイのところに黒髪の青年がやってきた。
艷やかな髪を整えるわけでもなく、眼鏡をかけているのに前髪がそれを隠すほど長かった。服は灰色のノーカラーシャツにワークパンツと地味でラフな感じだった。ロロは、あのワークパンツいいなと思ったが、青年に興味はなかった。暇なので、早く終わらないかなと思っていた。
ジンが再びやってきたので、ホットチョコレートはメニューに加えるべし、と言うと、了解であります!と敬礼した。
後ろの席の空気が柔らかくなった。
振り返ると、青年の瞳が髪の隙間から見えた。青と緑が混ざったような色に、ロロは、ナナシーのために買った絵本の、妖精の森の湖みたいだと思った。
二人が立ち上がって握手をして、青年は帰っていった。
カイがお待たせとロロの頭に手を乗せ、帰ろうと言った。厨房にごちそうさまと言い、カイと手を繋いでギルドを出た。
カイが、あの子をどう思う?とロロに聞いた。
瞳が、絵本の妖精の森の湖みたいなのに隠してて勿体ないね、と言ったら、本当だなと笑った。ギルドで一緒に働く仲間になる、予定らしい。少しワクワクした。
後日、あの青年が整えた髪と服装で現れると、ロロのカッコイイ・デキルオトナ・レーダーに引っかかった。
青年ユルは、冒険者ギルド【紅玉】の鑑定士になった。
凄まじいが静かな集中力で、ユルは、魔法鞄の全体を視ていた。
カイもメリーも、音一つ立てなかった。
やがて汗がユルの額に滲み出し、瞳と魔力が揺れた。
「‥‥‥どうして、いや、あなたは‥‥‥?」
ユルは瞳を閉じた。終わったのだろうか。
「ユルさん?」
「‥‥‥‥」
指で目頭を押さえるようにして、黙ってしまった。
「ユル、魔力量は?」
「‥‥‥ギリギリでした。こんなに、なるまで、視たことがないので‥‥‥」
「そうか、そうだな。ごめんな、ユル、無理させた‥‥‥」
カイの緊張が伝わった。魔力切れは命に関わるからだ。
ロロは、鑑定とはそれほど魔力を使うものなのだと、ショックと同時に、鑑定士のことを殆ど知らない自分が情けなかった。むしろ、自分も出来たら楽だろうな、くらいに思ってたのだ。子供の考えだ。
うわ、これで独り立ちしたいなんて、よく言えたわ。
記憶がないからって、いつまで子供で許される?
持ってる記憶を、誰かのために使わないでどうする。
ロロの中で、何かが決まった。
眼鏡をかけてゆっくり顔を上げるユルと、ロロの目が合った。覚悟が決まった少女の顔に、ユルのほうが戸惑っているようだった。
姿勢を正したユルを、感謝の気持ちで見ていた。
動揺していた先程までが嘘のように、心穏やかだった。
「ユルさん、ありがとう。よろしくお願いします」
「‥‥‥いえ。では鑑定の結果を‥‥‥」
カイもメリーも、ユルの動揺とロロの変化に驚いていたが、とにかく早く結果が知りたかった。
「‥‥‥ロロさんの、魔法鞄もピンバッジも、所有者の魔力変化に、何というか、エラーを起こしてしまったようで、つまり、持ち主が他人に近い存在になったと認識し‥‥‥」
「おい!」
「嬢ちゃんの、魔力が?他人‥‥‥?」
カイが両手でテーブルを叩き、メリーは頭をグシャグシャと掻いた。
ああ、凄い人。鑑定士ユルは、本物だ。
「‥‥‥あの、後日、再鑑定をしま」
「その必要はないです、ユルさん」
ロロが言葉を遮ったので、皆が驚いた。
「ロロ、大事なことだから」
「いい。もう、なんか黙ってるのいやだ、カイさん」
「あんなに怯えてただろうがっ!」
カイが怒鳴った。以前のただの子供なら泣くほど恐かったはずだ。でも、これはカイが自分のためを思っての怒りだと、もう知っている。
「これから話すことは、カイさんの判断で、誰まで話すべきか決めてほしい。私には分からないから。ただ、カイさん、メリーさん、ユルさん、あとマルコさんには聞いてほしい。出来たらメイナさんにも話せたら‥‥‥」
「‥‥‥」
「みんなを信じてるから。ここに居たいから。だから、助けてよ。話を聞いて」
カイが、ロロをそっと抱きしめた。ロロは、あ、なんか久しぶりだな、と思った。
「カイさん」
「ロロ‥‥‥」
「セクハラです」
「せく?なんて?」
分からない言葉に困ったカイが面白くて、ロロは笑った。
「私は、ロロとしての生まれた記憶はないけど、生まれる前の記憶があります。日本という国に生まれて、生きて、死んで、また生まれ変わった、転生者です」
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