89個目
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地下の階段は変わらず暗い。
「もうちょっと明るくしようかと思っていたけど、慣れると平気になったわ」
「そんなもの?」
奥の工房を開けると、分解されたままの長テーブルと長椅子があった。入って右寄りを使っているようだ。左側奥が空いている。
「こっちの隅っこでいい?」
「いいわよ、アタシはこっち始めるけどいい?」
「うん」
魔法鞄から、丸めた大きいシーツを出した。除菌洗浄が済んだ物だ。麻袋のローズマリーを出して、シーツの端からカットしながら並べていって、シーツをくるくる広げながら次々にローズマリーを置いていった。
「シーツにピッタリな量だった、良かった良かった」
全体に防腐魔法をかける。明日のアトウッド家の帰りに、また様子を見に寄らせてもらうことにした。
それからランスの仕事を静かに座って見ていた。
前世では電動の道具があったが、糸のようなものを括り付けて魔力を込めて切っていた。力は要らないのだろうか。白銀の糸の色も切り口も、とても美しい。
ランスが長テーブルの脚部分を切り終わり、こちらを見たタイミングで休憩することにした。ランスの部屋のテーブルでサンドイッチと蜂蜜レモン水とエールをそれぞれ出して、食べ始めた。
今日のサンドイッチは、ハムチーズとたまご。うんまい、美味しい、と言った後は、お互い黙々と食べた。蜂蜜レモン水もエールも飲み終わった頃に、ランスから話し始めた。
「工房で分解したまま用意して、マルコの部屋で組み立てるわ。シンプルなベッドにするから、そう時間はかからない。後は壁と扉だけど、壁の木材は用意が出来てるわ」
「扉までは作らないよね?」
「本来は建具職人の仕事なのよ。昨日の仕入れの時に在庫の扉があったから、安く購入したわ。鍵付きじゃないから、トムか魔法道具職人に後々お願いできればいいと思うのよ。どちらにしろ、最後にキッチンで人手を借りないと無理だし」
「しばらくは同居人はいないから、鍵の方は後で大丈夫だね。入り口も大会議室の鍵をそのまま使ってもらって、後で変えてもいいよね。艶出しは最後?」
「とりあえず、テーブルセットが出来たら一度お願いするわ」
「わかった」
そろそろ代表室に戻ることにした。
エールのジョッキも一緒に持っていこうか?と言ったら、少し躊躇いながら軽く水洗いだけしたジョッキを五個、魔法鞄から出した。
「こんなに溜めたの?厨房が困ってるはずだよ。溜めるくらいなら自分のジョッキを買いなさいな」
「ご、ごめんなさい」
ランスは母親に怒られた気分だ。まだ隠してるような気がしたので、全部出しなさい!と言ったら十個も出てきた。ロロは心を落ち着かせて、軽いイメージで「キレイになあれー」とテーブルの食器やグラスも含めてジョッキに洗浄魔法をかけた。ピカピカになった食器をロロの魔法鞄に入れる。
「ジョッキにこだわりは?」
「な、ないわ」
「厨房にランスさん専用のジョッキをケースで注文してもらうからね。それでしか飲めないようにするのが、あなたには一番堪えるでしょう?戻さなければ飲めなくなるんだからね」
「ううぅ‥‥‥」
「家事が苦手ならそう言っておくから、水洗いだけでもいいから戻しなさいね?」
「はい」
「よし」
ロロはランスの頭を撫でた。
ロロに頭を撫でられたのは二回目だ。こんな時、彼女が年上の女性に思えてくる。ロロは前世の記憶と今が混ざり合って、不安定になったりしないのだろうか。
この歳になると、注意してくれる人間は少なくなる。かなり年下の少女に頭を撫でられる恥ずかしさと、自分を見てくれてる人がいる嬉しさで、何やら温かい。
「実は私も、初めて魔法鞄をカイさんからもらった時にね、やらかしたの。ドットさんに料理を次々に頼んで、楽しくてどんどん魔法鞄に入れてた。カイさんにデコピンで怒られたよ」
「十代ならともかく、アタシはもう四十代よ?」
「ふふ、そうだね。でも、まだ四十代」
ランスは目を瞠った。まだ、四十代。
「じゃあ、ランスさん、また明日の午後にお邪魔します。明日の私の耳にはファーストピアスがありますわよ」
「待ってるわ。それから、ありがとう‥‥‥叱ってくれて」
「どういたしまして」
ランスは工房に戻り、ロロは暗い階段を上って、扉の先の眩しい地上に出た。
別棟の正面扉の近くに、青い顔の冒険者が一人座り込んでいた。昇級試験‥‥‥アレだったのだろうか。
こんなのを見てしまうと、受けるのコワイんすけど。
そういえば先日カイに、すでにE級にはなれると言われたような気がする。レイラに聞いてみることにした。
「ええ、なれるわよ? 昨日の上・回復草と上・毒消し草で十分だけど、今までも色々と薬草採取しているし、忘れてるかもしれないけど、スライム二十匹も倒してるのはまだ保留にしてあるのよ。‥‥‥ロロちゃん、気持ちが変わったの?」
F級のままがいいと言ったロロに、ギルドは特例として倒したスライムの魔石は保管してくれていたようだ。今回、倒したことにするらしい。
今考えると、ずっとF級でいるのは何故なのかと、逆に目立っていたのではないだろうか。
「うん。もう、いいかなって。大丈夫じゃないかなって。我儘言ってごめんなさい」
「そう‥‥‥いいのよ。では、ギルドカードをお預かり致します」
「あ、はい。お願いします」
レイラにギルドカードを渡した。データが書き換えられる。
「冒険者ロロ様。本日からE級です。昇級、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
ギルドカードを受け取った。E級の文字が刻まれている。冒険者になって二年以上も経ったが、ロロはF級からE級冒険者になった。感動しているロロに、レイラが微笑んでいる。
「ロロちゃん、D級は考えているの?」
「えっと、条件は?」
「薬草は、回復草と毒消し草を各二十本、鎮痛草・鎮静草を各二十本。魔物は、ゴブリン二十体、大鼠が三十匹だけど、レアなら一体を倒すか捕縛で条件クリアよ」
鎮痛草・鎮静草はラッキーな事に明日のアトウッド家で入手できる。ツイてるかもしれない。問題は、魔物を倒せるかどうか。この世界では、魔物を倒すとその魔物のレベルの魔石が出現する。ゲームと違い死んだ魔物が消えるわけではないが、近くに魔石が落ちるのだ。倒した証拠にゴブリンを魔法鞄に詰めて帰る、とかじゃなくて良かった。魔石を持ち帰れば良いのだ。
待てよ?レア捕縛か‥‥‥。ゴブリンと大鼠が無理なら、レア捕縛で、もしかしたらD級になれるかもしれない。いや、難しいか?
「が、頑張ります!」
「待ってるわ」
ランチタイムで忙しい厨房をカウンターから覗く。ロロはメモ帳とペンを出して伝えたいことを書いた。魔法鞄から食器を出そうとしたら、テンがロロに気がついてカウンターまで来た。
「どうしたッスか?」
「忙しいのにごめん、手短に言うね。ここに、持って来たジョッキと食器を置くからね。後はメモを見てください」
「了解ッス」
いつもの敬礼をしたら、すぐにテンは持ち場に戻って行った。
ロロは、カウンターの邪魔にならない所にジョッキ・グラス・食器を置いて、メモをジョッキの下に挟んでカフェを出た。ピカピカに輝いているカウンターの物に気がついたドットが二度見して、苦笑した。メモは、ポケットに入れて後で読むことにした。
階段を上る途中からドキドキしてきた。念願のピアスだ。安定するまでファーストピアスだが、ゲイトの銀灰色に似ていて格好良い色だ。
代表室の扉をノックすると、どうぞと聞こえてきた。
「マルコさん、忙しい?」
「少しだけ待っててくれる?」
「それなら、ディーノさんにまだ今日の挨拶してないから防音室にいるね」
「うん、わかったよ」
マルコがデスクの書類を纏めながら笑っている。
防音室に入ると、ソファーに座って今日の報告をした。
「こんにちは、ディーノさん」
今日、育てたローズマリーの鉢植えを、このギルドの二階のフリースペースに置いてもらったと言った。ランスが運んでくれて、テーブルセットも作ってくれる予定だから、起きたらお茶ができると話した。
「それからね、今日ね、E級冒険者に昇級したよ。次は、頑張ってD級を目指すね。あ、その前に懐中時計買えるかな?」
ノックが聞こえた。防音室なのに、それは聞こえるのだから不思議だ。ロロが扉を開ける。
「ディーノくんには報告できた?」
「うん。あ、ディーノさん、これからマルコさんにピアスホール開けてもらうの。じゃあまたね」
防音室の扉が閉まった。
「リラックスする紅茶を入れたからね」
「ありがとう!」
いつものようにソファーに座って、紅茶を飲んだ。ああ、やっぱり落ち着く。
「マルコさん、トムさんに洗浄魔法の話をしたの?」
「ダメだった?トムさんが、水のイメージがあるけど問題ないか?って聞かれたから、その話をしたんだよ」
「そっか、大丈夫。おかげで素敵なピアスになったよ」
「ん?」
マルコは出来上がったピアスを見ていない。ロロが魔法鞄から三つの小瓶を出した。一つはファーストピアスだ。
「こっちがルビー。ピンバッジのルビーと近い色を選んでくれたよ。これは、お仕事がある日にしようと思う」
「ああ、とてもいいね」
「それで、こっちのフックピアスはペクトライトだって。洗浄魔法の話を聞いてこの雫型にしてくれたみたい」
マルコは目を瞠った。ロロのイメージにピッタリなフックピアスだった。控えめで小さく揺れる雫型。色も瞳の色に合っていて素晴らしい。
「‥‥‥すごく、キレイだ!」
「うん、とても嬉しい!」
「それじゃあ、ピアスホール開けようか?」
緊張してきた。ロロが両耳を出すように髪を耳にかけた。
「‥‥‥痛いよね?」
「チクッとね。でも、この針にも魔法がかかってるから、開けたらすぐに針が傷を癒やすからね」
「くっつかないの?」
「針にはコーティングがされているから、針と耳はくっつかないようになってる。ほら、こんなに細い針で十分なんだよ」
「そうなんだ。前世ではね、お医者さんがピアッサーって器具でバチンと穴を開けて血が出るんだよ。化膿しちゃう人もいた」
「うわ、痛そうだね」
マルコが苦笑いをした。ロロの隣に座ってロロの右耳に針をあてる。
「いくよ?」
「‥‥‥!」
チクッとした。そして、すぐに痛みがなくなった。針を入れたまま、少し待つ。
「‥‥‥」
「あんまり痛くなかったでしょ?」
「う、うん」
近いから、声を出さないで欲しい。マルコが針を抜き、ファーストピアスをつけた。今度は左に座った。チクッとする。
「‥‥‥ロロちゃん、ファーストピアスってさ、ゲイトさんみたいな色だと思わない?」
「ふふ、私もそう思った。若い冒険者の殆どがゲイトさんに憧れているように、ファーストピアスの名前を『俺たちのS級』にしてもいいかも」
「ははっ、他にもS級はいるよ?」
「うーん、じゃあ『俺たちのゲイト』」
「ふはっ、それもう、ただの友達でしょ‥‥‥ちょっと、危ないから針を抜くよ?」
入れたままの針を抜き、ファーストピアスをつけた。
「買う時は『俺たちのゲイト』くださいって言うの」
「あははっ、それちょっと言うのが恥ずかしいよ」
「‥‥‥俺がどうしたって?」
「「ぎゃぁああああ!」」
ソファーの背後から、二人は太い腕で首をホールドされた。ロロとマルコの間に顔がある。
「俺の名前で楽しそうだな?」
「あ、ゲイトさん」
「ゲイトさ‥‥‥ぐえっ」
少しばかりマルコの方に力が入ったが、ゲイトは二人を開放すると、大きな両手でロロとマルコの髪をくしゃくしゃにした。ロロは頭までカクカクしている。
「お、王都から戻っていたんですか?」
マルコがボサボサの髪のままゲイトに聞いた。ロロの髪は渦巻いて芸術的になっている。
「今、戻った。まだ暗いうちに宿を出て、最短通って来た。さすがに疲れたな」
「「そりゃそうでしょ」」
ゲイトは揃って突っ込んだ二人に笑って、向かいのソファーに座り、ロロのピアスを見た。
「それが『俺たちのゲイト』か?」
「しっかり聞いてた!」
「ぶはっ!ロロちゃん!何その芸術的な髪型!」
ちょっと勿体ないけど戻そうね、とマルコがロロの髪を直してやった。マルコもそれなりなので、ロロが直してあげた。そんな二人の姿をゲイトは黙って見ていたが、マルコがゲイトの分の紅茶を入れに給湯室へ行こうとしたので、止めた。
「マルコ、今はいい。‥‥‥レイラに聞いたが、ギルマスは昇級試験で別棟らしいな」
「そうです。今日は三人C級の昇級試験を受けています。あまり時間はかからないと思いますよ」
「私が別棟を出た時に、一人は終わってたよ?」
「そう、じゃあ、もうすぐ戻るね」
ゲイトは何故ロロが別棟にいたのかと思ったが、今は聞かないことにした。
「俺は、これからシャワー室を使わせてもらう。その後はカフェで昼飯とエールを飲んでる」
「わかりました」
「途中で良い食材が手に入ったからな。厨房に美味い飯の礼に渡してくる」
ゲイトはここを発つ前に厨房の料理を魔法鞄にたくさん入れて持って行った。厨房の食品専用魔法袋を返却するのだろう。
ゲイトが立ち上がると、マルコが扉を開けた。
「じゃあ、また後でな‥‥‥。今のところ、レイラが心配するような仲じゃなさそうだ」
「‥‥‥」
後半は、マルコにだけ聞こえていた。
読んでいただきありがとうございます。




