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林檎のロロさん  作者: Tada
88/151

88個目

ブクマ・評価・いいね、ありがとうございます。



「こんな感じでいいかしら?」


 ギルド二階の階段右、フリースペースの腰窓の前に、ローズマリーの鉢植えを置いたランスがロロに聞いた。


「完璧!どうもありがとう」


 まるで、最初からここにあったかのようだ。大きなローズマリーの鉢植えは柔らかな日差しを浴びて、キラキラしているように見える。


「‥‥‥マルコ、これ本当にキラキラしてない?」

「‥‥‥うん、キラキラしてるね」

「気持ちいいねぇ、嬉しいねぇ」


 ロロがローズマリーに話しかけている。いつも自宅でこんな風に話しかけていたのだろうかと、マルコとランスはロロの姿を想像して‥‥‥納得した。


「それにしても、こんなにスペースがあったのに、今まで何も置いてなかったの?」

「ロロちゃんがギルドに来た頃までは低い棚があったんだけど、もしも棚に上ったら窓もあるし危ないから移動したんだよ。ナナシーちゃんも遊びに来るようになって、そのまま何も置かないままだった」

「ああ、なるほどネ」


 仕事している間は、どうしても子供から目を離してしまう時がある。ロロは八歳だったが記憶がなく幼かったので、念の為、事故が起きてからでは遅いと対策したのだ。

 ロロはあちこち探検してチョロチョロ動き回ったが、テーブルや棚の物に勝手に触ったり上ったり、窓を開けたりすることはしなかった。ナナシーはもっとおとなしくて、ここで待っててねと言えば、本を読んで座って待つ子供だ。

 ギルドの大人たちは正直助かっていた。


「ねぇ、ここに丸テーブルと椅子があったらお茶できそう!」

「いいわネ!どうする?マルコ」

「ははっ!うん、そうだね。カイさんが良いと言ったらね」

「説得しよう!ランスさん、私に策がありますのよ」

「あらあら、頼みますわよ」


 まるで友達みたいだな、とマルコは苦笑いで二人を見ていた。


「任せて」


 ロロが先に行くと、ランスがマルコに言った。


「彼女に話したし、彼女から聞いたわ。今までと何も変わらない。大丈夫よ」


 ああ、やはりそれで遅かったのか。


「そう。ありがとう、ランス」


 ロロが代表室の扉を高速連打して、勢いよく出てきたカイにデコピンされていた。そんな様子をマルコとランスが笑って眺めていた。




 ナナちゃんと、ローズマリーの前でお茶ができますわよ?


 そう言ったらあっさり許可された。寧ろ「よし、早く用意しろ、ランス」と急かすほどだった。


「仕方ないな、ランス、俺の部屋と同時進行で作れそう?」

「やるわよ」

「ランスさん、私も軽い艶出し手伝っていい?」

「まぁ、素敵ネ。えー‥‥‥」


 チラッとマルコを見ると頷いている。


「お願いできる?」


 ランスはこの先もいちいちマルコの確認をしながら生きていくのかと、遠い目をした。

 そろそろ別棟に戻るわと立ち上がると、ロロも行くと言った。切ったローズマリーの乾燥をしたいのだ。


「工房の隅っこでいいから、数日貸してね」

「広いから気にしなくていいのよ」


 ランスが苦笑する。


「ロロ、今日の予定は?」

「ローズマリーを更に乾燥しやすくカットして、広げて防腐魔法をして、放置して、‥‥‥ランチ」

「羨ましい予定だな‥‥‥」


 カイは溜息を吐いて、デスクに戻った。午後から昇級試験を受ける冒険者が三人いる。


「ロロちゃん、トムさんがピアス出来てるって言ってたよ。今日ピアスホール開ける?」

「わ、本当?お願いします!ランチ頼んでからトムさんの工房に行こうかな」

「マルコ、お前、俺がいない間に‥‥‥」

「ロロちゃん行きましょう」

 

 面倒くさいので、ランスはもうこの部屋から出たい。


「じゃあ、また後でね」

「アタシはこのまま今日は別棟よ」

「それなら、このパン屋さんのミニクロワッサンを持って行ってよ。皆には配ったからね。これは、ランスとロロちゃんの分ね」


 三個ほど入った小分けにした袋を受け取った。ダンノから試作として貰ったミニクロワッサンだ。ギルドの皆で食べるようにたくさんくれた。


 これは明日にでもアトウッド家の庭のガゼボで食べよう。ロロは、魔法鞄に入れた。


「ありがとうマルコさん」

「ありがとう、ではまたネ」


 ロロとランスが代表室を出ると、カイがあからさまに不機嫌になった。


「何で俺がいない午後にピアスホール開けるんだ?」

「逆に、何でカイさんがいないといけないワケ?」

「戻ってきた時は随分と機嫌が良かったな。あのリボンタイの色か?紺色だったな」

「さあね、お茶入れようか?」

「普通の紅茶だろうな?」 

「勿論だよ」


 鼻歌で給湯室へ行くマルコに、今日ほど苛立つ日はないなとデスクの引き出しを開ける。ナナシーからのメッセージカード『とうさま だいすき いつもありがとう』に癒やされた。


「俺の天使‥‥‥」


 なかなか会えない時に書いてくれたカードだ。

 自宅に帰るとベッドに寝ているナナシーばかり見ていた。ある日、朝食を食べていたら、ナナシーが眠そうな顔で起きて来て、このカードと一緒に頬にキスをくれた。


「可愛い俺の天使。すぐに大人にならないでくれよ‥‥‥」

「‥‥‥」 

「‥‥‥」

「‥‥‥」

「お前、いるなら言えよ!」

「いや、何か悪いかなぁって」


 恥ずかしくて真っ赤になったカイに、マルコは赤いキレイな色の紅茶をデスクに置いた。揶揄うことなどできない。カイは、本当に心から家族を愛している。


「フリースペースのテーブルセット、楽しみだね。ロロちゃんは良いこと思いついてくれた。出来たら、メイナとナナシーちゃん、招待しなよ」

「‥‥‥そうだな」

「見てこいよ、ロロちゃんが育てたローズマリー。本当にキラキラして、元気になる」

「ん、そうだな」


 立ち上がって代表室を出た。左の廊下の先、腰窓があるフリースペースに大きな鉢植えがあった。


「こんなに大きいのをロロは紐で背負って来ようとしてたのか?」


 想像しただけで笑えてきた。


「キラキラしてる、どうなってるんだ?ロロが育てただけで‥‥‥」


 香り袋のローズマリーは、これを切ったものだ。本体から清浄な何かを感じる。


「【紅玉(ルビー)】を守ってくれそうだな。おい、これから宜しくな」


 さて、また頑張るか。




 * * * * * * * * * * * 




「ランスさん、先に行ってる?」 

「トムと話すのは久し振りだから付いて行くわ」


 厨房に持ち帰り用のサンドイッチを注文した後で、階段で地下へ向かった。通路の真ん中辺り、右の扉が魔法道具職人トム・メンデスの工房だ。ノックをすると、コイルが出てきた。


「あ、ロロさん、こんにちは」

「こんにちは、コイルさん。ピアス出来てるってマルコさんから聞いたんだけど、今いい?」

「どうぞ‥‥‥えっと‥‥‥」

「家具職人のランスよ。別棟に住み込みで工房をもらったの。ヨロシクネ」

「弟子のコイルです。よろしくお願いします」

「コイルさんは、冷グラスを作ったんだよ。カフェで使っているでしょ?」

「あぁ、あの青いグラス。良い物を作ってくれたわ」


 コイルとランスが握手をした。筋肉で握り潰さないか心配だ。


「えっ?潰っ?ええっ?」

「潰さないわよ!ロロちゃん、また心の声が出てるから!」

「おっと」


 中に案内してもらうと、トムは作業台にいた。細かい何かを作っているところだったようだ。


「忙しいのに大丈夫?」

「もう終わります」


 黒茶色の髪のトムがゆらりと立ち上がり、ふらふらとテーブル席にやって来た。背凭れのある椅子にストンと座ったら、コイルがサッと冷茶を出す。いつもそうしているようで、流れるようにグラスを取り、一気に飲んだ。グラスをテーブルに置くと、コイルがニ杯目を注ぐ。今度は半分飲んで、テーブルに置いた。その様子を、ロロとランスが黙って見ていたら、トムとやっと目が合った。


「おや、ロロくん。来ていたんだね」

「「遅っ!」」


 ロロとランスの揃った突っ込みに、コイルが吹き出した。それから、ランスに「おや、キミ久し振りだね」と言った。


「トムは変わらないけど、今は良い弟子がいるのネ」


 コイルが少し照れて赤くなって、小さなトレイを棚からテーブルに置いてトムの隣に座った。トレイにはロロが頼んだルビーのスタッドピアスがあった。


「わ、キレイなルビー!」

「ルビーもそれぞれ色合いが微妙に違うが、ロロくんのピンバッジに似たものにしたからね」

「ありがとうトムさん!」


 一緒にファーストピアスも受け取った。化膿しないように魔法もかけられていると説明を受けた。


「それから、これは今できたフックピアス。先程マルコくんが来た後で思いついて、ちょっと変えたからね。これはブルーペクトライト。雫型で水をイメージしたんだが、どうだろう?」

「‥‥‥!」

「やるじゃない、トム」 


 フックから揺れるように水色の雫型がある。

 マルコは、ロロが近いうちにこのギルドを洗浄魔法でキレイにする仕事を始める予定だとトムに言っていた。それで、丸型から雫型に加工し直したのだ。


「とてもステキ! ありがとう‥‥‥嬉しい、大事にする」 

「キミにはまた‥‥‥相談にのってもらうだろうからね」

「因みに、その後レイラさんとは?」

「ま、前より会話は増えた‥‥‥ような‥‥‥?」


 丸眼鏡の向こうの黒茶色の瞳がキョロキョロしている。彼にしては頑張っているのだろう。


「レイラさんと食事でもしながら、まずは魔法道具の話でもしたら?レイラさんは興味がある人なんでしょ?」

「う、うん」

「ロロさん、二人が話しているのを横で聞いていますが、本当に仕事の話になってしまいます。ギルドで使えそうな魔法道具についてとか。それでもいいんですか?」


 コイルが不安そうに言った。たぶん、本当に事務的な感じなのかもしれない。ランスがトムに残念な顔をしている。


「私はそれがダメだとは思わない。魔法道具に理解ある女性に出会えたんだよ? しかも、あんなに美人で強くて、信頼できる。絶対に離すな、トムさん」

「ロ、ロロくん」

「食事する回数をちょっとずつ増やしていって、それで一緒にいることが当たり前のように‥‥‥そうなったら、素敵じゃない?」


 ランスは、やはり彼女は普通の十五歳ではなく、転生前の記憶があるのだと、改めて思い知った。ここには、四十代の大人の相談にのってる年上の女性がいる。


「そうする、ロロくん。まずはランチに誘ってみるよ」

 

 


 魔法道具職人の工房を後にして、ロロは「私はギルドの掃除屋さん〜」とスキップしていた。後ろから「何その走り方と、変な歌?」とランスが衝撃を受けていた。

 そうだ、今日一緒にいるのはカイではなかった。


 マルコに二階のトイレの洗浄魔法を見てもらわなければならない。ランスの部屋のトイレで失敗したままだ。まさかトム・メンデスに洗浄魔法の話をしていたとは。まあ、そのおかげで、雫型のステキなピアスを作ってもらえた。


「マルコは、ロロちゃんが生きがいなのかしら?それとも趣味?」


 マルコの趣味が『ロロ』だとしたら。


「‥‥‥変態?」

「え、酷くない?」


 厨房に声をかけて、ロロとランスの分のサンドイッチを受け取ってジンに支払うと、蜂蜜レモン水とランスのエールをくれた。


「ロロ、落ち着いたらまたカフェでゆっくりしていってくれよ」

「うん、ありがとう」


 厨房の三人に手を振ると、受付のレイラに別棟のランスの地下工房に行ったらまた代表室に行くと言った。


代表(ギルマス)は午後は別棟で昇級試験に行くけど、副代表(サブマス)との約束なの?」

「うん、今日ピアスホールを開けてもらう」

「まあ、楽しみね‥‥‥でも、二人きり?ある意味心配?」

「ん?」

「何でもないわ。ふふ。そうそう、アルビー・アトウッド様がいらっしゃったわ。ロロちゃんが言ってた内容で手続きしたから、明日は草むしり出来るわね」

「良かった!ありがとう、レイラさん」


 いってらっしゃいと手を振ってくれた。ランスが大扉を開けると、ややお疲れ気味な案内人のジョンがいた。先程のダメージだろうか。やはり魔王(マルコ)はHPを削るらしい。


 ギルド横の細道で、レイラがトムの想い人なのがランスにはとても意外だったと言った。地味なトムが、あんなに目立つ美女に惚れるとは思ってなかったようだ。


「もし結婚したら尻に敷かれそうネ」

「そうだね。でもトムさんには、それくらいがちょうどいいんじゃない?」

「あらまぁ、そういう考え方もあるのネ」


 別棟の正面扉に乙女色の髪の美女を見つけた。動きやすい黒の上下で、スリムカーゴパンツと七分袖のシャツを着ている。

 ボディラインがしっかり出ていて、エロカッコイイ。冒険者は集中できるのだろうか?逆に頑張るのか?

 ランスが残念そうな目でこちらを見ている。また声に出ていたようだ。


「リリィさん、昇級試験に立ち合うの?」

「ロロさん‥‥‥と、‥‥‥‥‥‥。そうなんですぅ。準備が出来たので、またギルドに戻って冒険者を迎えに行くところですよぅ」


 ランスは、名前すら呼んでくれないわとケラケラ笑っている。楽しんでいる感じだ。ムッとしているリリィにやれやれと思いながら、ロロは「今日受けるのは三人だっけ?」と聞いた。


「はい。D級までは他人の力を借りれば、魔物を倒したり、アイテム・薬草を入手できます。だからD級は多いんですよぅ。でもC級の壁は甘くないです。個人の力でギルド員と、能力次第ではギルマスを相手に、一対一がありますからねぇ。厳しくいきますよぅ。ふふ、ふふふ」 

 

 ニタァ〜と笑って「それでは、私めはこれで!」と、音もなく去っていくブラック・リリィを見送った。


「ねぇ、あのお嬢さんのほうがアタシよりよっぽど‥‥‥」

「‥‥‥死神っぽいよね」

読んでいただきありがとうございます。

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