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林檎のロロさん  作者: Tada
87/151

87個目

ブクマ・評価・いいね、ありがとうございます。



「今日からギルドに行くことになるけど、ここでお留守番するより、賑やかになるよ。私もほぼ毎日行くからね」 


 大きくなった鉢植えのローズマリーに話しかける。


「後でムキムキのお兄さんが来て運んでくれるけど、恐くないからね。それから、伸びた分をちょうだいね」


 今日は白の襟付きシャツに胡桃染のワークパンツ、リボンタイは紺色にした。



『ロロちゃん、紺色のリボンタイもあるの?』

『紺色?部屋のクローゼットにあるよ?』

『そう、似合うよね、きっと』



 マルコが約束通り貴公子スタイルにしてくれたので、こちらも応えなければならない。たぶん今日このリボンタイにしたほうが良い気がした。


 天井から吊り下げてあるドライフラワーのブーケは、魔法鞄に入れることにした。ちょっと考えがあるのだ。

 鉢植えまでなくなったら、この部屋は寂しくなるが、たくさん入る魔法鞄になったので、部屋で使うもの以外はこちらへ入れるようにした。


 朝食は、魔法鞄にあったアップルクリームデニッシュとミルクティーだ。食べながら自分の部屋を見回した。


「もう少し狭い部屋でもいいかも」


 カイとメイナとの約束で、十六歳まではここに住むと決めている。住人が女性だけの集合住宅で、以前メイナがここの別部屋に住んでいた。ロロも少しの間世話になっていたことがある。


「ごちそうさまでした」


 マグカップと皿を「キレイになあれー」と洗浄魔法でピカピカにした。


「よし」


 あとはランス待ちだが、何時に来るかはわからないし、ロロには時計がない。

 

「では、ローズマリーのカットして待つかな」 




 何となくだが、ランスが来たような気がして玄関の扉を開けた。ちょうど扉をノックしようとしたところだったようだ。


「うおっ、ちょっ、ビックリしたぁ!」

「ごめん」


 ランスの『うおっ』が低い声だったので、笑いそうになりながら謝った。


「ランスさん、おはよう。それから、いらっしゃい」


 若い女の子の部屋など入ったことがなかったので少し緊張して来たのだが、それが今のでキレイに吹っ飛んだ。驚かされてかえって良かったとランスは思うことにした。


「おはよう、ロロちゃん。入らせてもらうわネ」

「どうぞどうぞ」

「‥‥‥‥‥‥」


 ランスは、殺風景な部屋に衝撃を受けた。もっとこう、可愛い飾りや小物などがあると想像していた。


「ロロちゃん、部屋の香りは良いんだけど‥‥‥もう少しお部屋の飾り付け、何かしたらどうかしら?自分の部屋は無頓着なのネ。殆ど家にいない冒険者の男の部屋よ、これ」 

「ぐぅ‥‥‥っ」


 ロロはダメージを受けた。


「では、ランスさんにお願い」

「‥‥‥聞きましょうか」


 ロロは魔法鞄からドライフラワーのブーケを出した。ナナシーがくれたブーケを、最初に防腐魔法をかけて、なるべく美しくドライフラワーにした。


「これを飾る木箱を!中に入れて、ガラスを嵌め込んで、壁に飾りたいの」

「んまあぁ!それステキだわ!」

「この部屋も少しは良くなることでしょう」

「わかったわ!ドットの食品用の木箱の試作と一緒に作るわ」


 ランスの工房に行ってから頼もうかと思っていた。部屋のダメ出しをされたので言ってみたが、あっさり引き受けてくれた。


「ところで、これがローズマリーなのよね?想像以上の大きさだったわ。もう『木』じゃないのよ。気のせいかキラキラして見えるわ。魔法でもかけてる?」

「え?キラキラ?」

「‥‥‥まあ、いいわ。それにしても、こんな大きな鉢、どこで買ったの?」


 ロロが座って入れそうなほどで、ローズマリーもすくすくと育った。


「前の依頼主で薔薇を育てているお家から、譲ってもらった。使ってないからって」

「まさか、自分で運んで?」

「うん、勿論だよ」


 マルコから、ロロがおんぶして運ぶつもりだったと聞いた時は、いや無理でしょ!と思ったが、かなり力持ちなのかもしれない。


「さっき伸びてる部分はもうカットしたんだ。運びやすいでしょう?」

「そうネ、ありがとう。じゃあ‥‥‥」

「ランスさん、行く前にお茶しよう」


 魔法鞄からマグカップを二つ出して、テーブルに置いた。作っておいたローズティーだ。ローズマリーも少しだけ入っていてスッキリした味になる。それから、事務室のおば様たちから昨日の帰りにもらったクッキーも出した。


「どうぞ。せっかくだから、私の話を聞いてくれる?」

「‥‥‥わかったわ。アタシも、その後に話すわネ」


 ランスはロロと向かい合うように椅子に座った。




 * * * * * * * * * * * 




 脱・過保護は、二人にはストレスだった。


「おい、ウロウロするな。気が散る」

「は?何言ってんの?自分の集中力がないだけでしょ?」

「お茶」

「何杯目?」

「お・茶」

「‥‥‥」


 マルコが給湯室へ行った。今日はこれの繰り返しだった。

 カイが溜息を吐いた。マルコは本当は自分がロロの所に行きたいくせに我慢してランスに任せた。ランスは本当に自分でいいのか?と疑いの目をしていたが、カイが頼むと、仕方がないとばかりに引き受けた。

 ランスは別棟から直接出掛けたので、今朝は会わなかったのだが、マルコが落ち着かない。柱時計を何度もチラチラ見るし、指で机をトントントントン。ウルサイと言ったら、不機嫌な顔をする。

 

 アイツは、いったいどうしたいんだ?


「はーい、お茶でーす」


 これだ。また苦そうな香草茶を入れてきた。濁っているし、何だかドロッとしている。飲んでみると、やっぱり苦かった。毒じゃないだろうな?


「ねぇ、遅くない?」

「ごほっ、喉に纏わり付くな、これ。‥‥‥迎えに行けばいいだろ」 

「そんな事したら、ランスを信用してないみたいじゃないか」

「それならイライラするなよ、伝染(うつ)るだろ」

「‥‥‥」


 口を尖らせても可愛くないからな。


「今日はユルとケルンさんが戻ってくるんだよな」

「‥‥‥そうだね。早朝に出たんだろうから、一回目の休憩は終わってるかな」


 明日からはユルも出てきて、しばらくは忙しいだろうが、休憩時間や夜に話し合うことになるだろう。


「ゲイトさんの方はどうなったかな」

「あの人もすぐに戻るんじゃないか?こっちが待ってるのを知ってるしな」


 渋いとろみのあるお茶を無理して流し込んで飲み、昇級試験の予定と、鑑定士への申込書を見た。今日の分はこれから増えるだろうが、二日間ユルがいないだけで鑑定依頼が溜まってしまった。魔力量が増えたから以前よりは早く進むだろうが、魔力回復薬を一日置きに飲むくらいの覚悟はしてもらうことになりそうだ。


「余裕のある冒険者は、ギルドが落ち着いてからでいいって、申込書の余白部分に書いてくれてるよ。助かるね。依頼主が急かしている場合は、そっちを優先してやらないとね」

「C級の昇級試験も増えたな、今日は三人か」

「D級は多いからね。ダンジョンに行くようになって慣れてきたから、そろそろC級に‥‥‥って思う頃だよね」

「甘くないって教えてやるか」

「やり過ぎないでよ。‥‥‥あ、そうだ。トムさんの所に行ってくる。ピアスは出来てるかなぁ」


 ピアスの話になると機嫌が良くなるマルコに、もうずっとピアスのこと考えていればイライラしないのにと思った。


「あの人、忙しいんじゃないのか?」

「ロロちゃんはトムさんの背中を押した恩人だからね。レイラさんの次に優先するよ」


 それで魔法道具職人の仕事になるのか?と疑問に思ったが、今日のマルコは鬱陶しいので、カイは「行って来い」と言った。


「ついでに、案内人の若いのと交流でもしてきたらどうだ?」


 しばらく一人になりたい。


「今朝は、ジョンくんか。うん、いいね」


 ジョンを犠牲にした。


「行ってきまーす」

「ああ」


 静かになった代表室で、ふうぅと溜息を吐いた。今日は溜息ばかりだ。


 マルコは昔からあんなだったか?もうちょっと頼りになる感じだった気がするのだが‥‥‥。


「ごめんな、ジョン。これも試練だ」


 魔王(マルコ)を攻略するのは、C級に上がるより難しいから、経験しておけばこの先の人生の糧になるはずだ‥‥‥たぶん。

 そう思ったら、魔王を時々慰めてるロロは凄いなと、カイは『魔王使い』の称号を少女に勝手に与えた。




 * * * * * * * * * * * 




「へ‥‥‥っくしょい!」

「もっと色気のあるくしゃみをしなさいよ」

「むぅ」


 ロロが前世の記憶持ちで異世界転生者だと知り、ちょっと変わったところと考え方に覚えがあり、納得した。驚くほどすんなり受け入れられた。他の人間なら嘘だと思ってしまうだろうが、ロロなら本当だろうと思った。

 ランスは自分のことを話そうとしたら、ロロがくしゃみをしたのだ。


「それで、ランスさんは?」

「アタシは家具職人であるとともに、実家の‥‥‥家業も継いでるの」

「家業‥‥‥」


 ロロは先日のランスとの話を思い出していた。



『ランスさんは、この国の生まれじゃないの?』

『‥‥‥隣国の、ノストルドムよ。若い頃は冒険者になってあちこち行ったけど、実家も既にないし、家族もいなくなったから、冒険者時代に気に入ったこの国に落ち着いて、家具職人になったの』

『実家も家具職人だったの?』

『‥‥‥まあ、似たようなもんネ』



「家具職人に似たお仕事だっけ?」

「ふふ、前にそう言ったわネ。でも、そうネ。たとえば、同じ大きな長い箱を作ったとしても、似て非なるものよ」


 ロロは、試されてるような気がした。ランスの榛色の瞳が揺れている。少し前のロロのように、隠したくないけど、相手にどう思われるかが不安なのかもしれない。


「カイさんとマルコさんも知ってるんだよね?」

「ギルマスとドットたちは前から知ってる。マルコにも話したわ」


 子供の私には、躊躇したってことか。マルコさんに話したのは、きっとその仕事に誇りを持ってるということだ。

 

 同じ大きな長い箱を作ったとしても、似て非なるもの。


「‥‥‥わかった」

「本当?」

「棺、棺職人だ」

「‥‥‥!」


 ランスは目を大きく見開いて固まった。


「おーい」

「‥‥‥」

「あれ?‥‥‥ごめん、間違えた?」

「ち、違うわ!大当たりで驚いてしまったのよ!」


 当たったの?本当?とロロは喜んだ。


「この世界の棺って見たことない。同じかな?」

「まだ清める前の棺なら、工房で見せてあげられるわ」

「ありがとう!でも、何で棺職人だってすぐに言わなかったの?」

「え?」


 何でと言われると困った。


「前に噂されたことがあるから、かしら」


 棺を担いで歩くランスは寡黙だった。目立たないよう黒い服装で黙って棺を運ぶランスの姿を見て、死神のようだと笑った冒険者が、偶然その後すぐに死んで、ランスの棺に入った。それから『榛色の死神』を笑えば死ぬ、姿を見たら死ぬ、などと噂になった。


「は?寡黙?」

「え?気になるの、そこ?」


 ランスは肩の力が抜けた。


「『榛色の死神』って、格好良いね」

「‥‥‥格好良い?」

「うん、格好良い」


 やっぱりこの子は面白い。死神と言われて格好良いと思ったことなどなかった。自分が『死』を呼び込む存在なのだと言われているようで。


「私も冒険者ともう一つ別の顔を作ろうかな?」

「冒険者以外に?」

「だって、自由でしょ?」


 棺職人が家具職人になったのは、ランスの自由だ。家具を作るのが趣味だったが、棺職人をやめたかったわけではない。


「ランスさんは、自由とエールを愛する家具職人で棺職人なんだよね。私も、パンとアップルパイを愛する‥‥‥」

「自由はどこ行ったのよ」

「本当だ。自由とパンとアップルパイとチョコレートと紅茶と‥‥‥」

「いや、多いわ!‥‥‥さて、そろそろ鉢植えを運んで行かないと、うちの過保護たちがウルサイわよ?」


 ロロが困った顔をした。仕方なく「どれ、よっこいしょ」と言って立ち上がる。ランスは、間違いなくこの子はお婆ちゃんまで生きたんだなと納得した。


 ローズマリーの鉢植えを軽々と持ち上げて肩に担いだ。ロロは、棺を担ぐランスを想像した。こうやって、黒い服を着て、黙って運んでいるのだ。この筋肉は、届けるための清めた棺を、強風の中でも落とさないように、傾かないようにするために、鍛えられたものだ。


「ランスさん、格好良いです」


 ロロは格好良いと思った人には敬語になる。それを思い出して、ランスは少し微笑んだ。




 ギルドが見えてきた時に、案内人と魔王(マルコ)の姿を確認した。


「「うっわ‥‥‥」」


 D級冒険者のジョンが笑顔のまま引き攣っている。ジャックだったら変な顔色になっているかもしれないのに、作り笑いが出来るのはマシな方だ。


「あの子の精神力はなかなかネ」

「うん、なかなかだね」


 マルコがこちらに気がついて、ジョンも気がつくとホッとした顔をした。気の毒に。


「おはよう、ロロちゃん‥‥‥と、ランス」


 マルコの顔が柔らかくなっていて、ランスとジョンが驚いている。


「おはようございます!ロロさん‥‥‥と、ランスさん」

「おはよう。二人ともアタシをオマケみたいに言ったわネ?別にいいけど」

「おはよう!マルコさん、ジョンさん。マルコさん、この鉢植えカット済みなんだけど、ギルドか別棟に置いてもいい?」


 ランスが担いでいるローズマリーの鉢植えは、想像より大きかった。


「いいよ。二階の階段上がった右の窓の所はどうだろう?」


 階段右の廊下は腰窓があってフリースペースのようになっている。日当たりは良いのに何も置いていない。


「うん、ありがとう。来た時にちゃんと私が水遣りするからね。それから、これ‥‥‥どう?」

「うん、似合うね」


 紺色のリボンタイを見せると、嬉しそうに紺青の瞳を細めて笑うマルコに、ロロはやっぱり今日で正解だったと思った。

読んでいただきありがとうございます。

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