85個目
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※久々のガルネルと、王都の続きです。時間が重なりました。
「こんにちは。お疲れ様、ロロさん」
ロロがアトウッドの屋敷からギルドに戻ると、案内人のジョンが立っていた。
「こんにちは、ジョンさん」
昨日もD級冒険者のジョンとジャックが案内人だった。ギルドとしては有り難いだろう。午前中はジャックだったので、午後五時まではジョンだ。それ以降はまたジャックもしくは他の誰かがこの大扉の前に立つ。
「案内人を引き受けるようになったのは、どうして?」
「え?」
「え?」
あらやだ、声に出ちゃってた。
「ごめん、ジョンさん。私、考えてることうっかり声に出ちゃうんだ」
「‥‥‥」
「で、どうして?」
「ぷっ」
ジョンが吹き出して笑った。
冒険者登録して一年弱。ロロとは挨拶をしたのが昨日が初めてで、会話をしたことがなかったのだが、イメージと随分違っていた。
「ゲイトさんにダンジョンで会った時、S級冒険者なのに案内人を受けるのはなぜですか?って聞いたんだ」
「あ、この前初めてダンジョンに行った時?」
「え?なんで知ってるの?」
この前近くにいたからと言うと、「え?いた?」と驚いていた。ロロはあの時アフロだったので、ジョンたちは気付いていなかったようだ。
「案内人を受けるのは、初心を忘れないため、冒険者ギルド【紅玉】にはS級がいるとガルネルの街の人を安心させるため、それから先代に恩があるからって」
「カッコイイ!」
「うん、カッコイイって思ったんだ」
キラキラしている。若い冒険者が楽しそうにしている姿は、微笑ましかった。
「俺もジャックも、ゲイトさんと同じ事がしてみたかった。でも、もうそれだけじゃないよ。またダンジョンに行くけど、案内人を引き受けて良かったと思ってる。話したこともない人と交流もできるしね」
ジョンは、こんなに簡単にロロと話せると思わなかった。どんな少女なのか知りたくても、話しかけていいのか、わからなかった。特に副代表がいる時はゾクッとするのだ。
「ジョンさん。若いうちにいろいろ経験するのは良いことだよ。ある時その経験が自分の強みになるかもしれない。冒険者だけじゃなく、街の人との交流も忘れないでね。ゲイトさんやベテランの冒険者の人たちは、こうやって会話をしながらも、耳を澄まして、周りを見ていたよ」
「‥‥‥ロロさん」
「ん?」
「‥‥‥本当に、十五歳?」
「‥‥‥」
中身を疑われてしまった。そろそろ消えよう。
「では、私はこれにて」
「あ、はい!ありがとうございました!」
なんで敬語?
大扉を開けてもらうと、受付カウンターのリリィが、パッと笑顔になった。可愛いな。
「お帰りなさいませ、ごしゅ‥‥‥ロロさん」
今、絶対ご主人様って言おうとした。
「リリィさん、依頼の薬草採取しましたので、買い取りをお願いします」
「お疲れ様です!これで、依頼達成ですかぁ?」
明日、依頼人のアルビー・アトウッドが来る予定だと言った。依頼内容変更の手続きをするはずだから、と。
「今日の分の薬草採取ってことで、記録をしておいてもらいたいの」
了解!とリリィがファイルを出してロロの依頼に書き込んでいた。速筆にも程があるほど書くのが速い。
ロロは魔法鞄から、回復草・毒消し草を各二十本ずつ出した。あれ、こんなに立派な薬草だったっけ?
「これは‥‥‥かなり良いものですねぇ」
「そうだよねぇ」
薬草は、知識と資格を持ったギルド職員が査定する。薬草でもレアなものは鑑定士が必要になることもある。リリィはダンジョン経験が多いので、知識は勿論、資格もすぐに取得した。
「上・回復草が銀貨五枚、上・毒消し草が銀貨六枚、ですかねぇ。ロロさん、『上』ですよぅ」
「あれぇ‥‥‥」
予想の倍以上の買い取りだった。ギルドに売るのも良いけど、生活のためを考えるなら、アルビーは薬屋に売りに行った方が良さそうな気がする。彼の父親が行っていた薬屋は、どこなのだろう。
「ふふ、ロロさんが考えてること、わかりますよぅ」
ギルドも上質な薬草は欲しいだろう。どちらにも、上手く売ってもらえばいい話だ。
「このまま、ロロさんの報酬になりまぁす」
「‥‥‥ありがとう」
久々の収入で嬉しいはずが、これは貰い過ぎだった。合わせて金貨一枚と銀貨一枚。そのまま預け入れて、ギルドカードを受け取った。
採取方法はまた考えるとして、カイたちに報告しなければならないので、リリィに代表室へ行くと言った。
「つまり、薬草採取は無期限ではなく定期的にして、草むしりも依頼になるんだな?」
カイが書類にサインをしていた手を止めて、ロロに確認した。
「それで様子がみたいって、アルビーさんと母親のエラさんに言ったの。明日、アルビーさんが変更手続きに来るよ。草むしりくらいしないと、薬草が高額だったから逆に申し訳ない」
それから、庭園の薬草採取、香草・イチゴや野菜の収穫は、アトウッド人間であることと、庭に許可をもらわないとロロには出来なかったことを報告した。アルビーもエラも、庭園がそんな事になっているとは知らなかった。
「それが、亡くなったご主人の魔法なんだね?」
紅茶を運んできたマルコは貴公子をやめて、紺色のノーカラーシャツに着替えていた。さすがに貴公子でギルド内を歩いたり出来なかった。ロロの視線が痛い。胸が痛い。
「うぅ、ロロちゃん‥‥‥許して」
「むぅ」
「それで、薬草は『上』だったか」
「『上』になっちゃったんだと思う」
マルコの紅茶を飲んで、ロロはふぅっと息を吐いた。扉の魔法道具は有効かを聞くと、マルコは問題ないよと答えて、給湯室へ行った。
「重要なことか?」
ロロが頷くと、カイが立ち上がってロロの隣に座った。マルコが戻り、カイと自分の紅茶を持ってきた。マルコが向かいのソファーに座ったタイミングで、ロロは話し始めた。
「アルビーさんに庭を案内してもらって、お屋敷に戻ろうとしたの」
石畳を歩いて屋敷を一周したところで、石板があることに気がついた。門や玄関からは見えない屋敷と草に隠れるような場所だった。近付くと、ここに来るまで見なかった香草セージの中に、四角い石板があり、文字が彫られていた。セージ・アトウッド自身が彫ったものだ。息子のアルビーは、暗号か他国語みたいで全然読めないと言った。
「でも、私には読めた」
セイジ・サトウ
二〇〇五.七.七 ニホンからガルネルに
「『ニホン』って‥‥‥」
「ロロの前世の国の名前か!」
「私は転生者だけど、セイジさんは違う。ニホンから転移して来てしまった、異世界転移者だと思う。子供の頃に、この世界に迷い込んだの」
食事会の時に言ったこと覚えてる?とロロが二人に言った。日本人の髪と瞳の色の話だ。
「黒い瞳だった‥‥‥?」
「だとしたら、この世界に来て、辛い思いをしただろうな」
本人が死んでいることで、もうどうにもならない悔しさがあった。
ロロはきっと、会ってみたかったはずだ。だが、前世を思い出したのは、彼が死んだ後だった。
「彼が異世界から来た人間と知った後での、あの言葉は、重みが違うな」
『ガルネルに自分が居たことを残したい』
「カイさん、マルコさん。アルビーさんを、このギルドに迎えて欲しい。初めはどんな形でもいいから」
「‥‥‥ロロちゃん」
「彼は、この世界と異世界人の血を受け継いだ、特別な人だから」
「「‥‥‥!」」
本来なら有り得ない存在、アルビー・アトウッド。
「保護が、必要なんだな?」
「真面目だけど、話すのが苦手で、騙されやすく信じやすい人だって言ってたね」
いつまでも母親は一緒にいない。アルビーが独りになってからでは、遅い。生きていくために、ギルドが支えになれるように。
ロロはショックを受けているはずなのに、そこまで考えていて、カイもマルコも情けなくなった。二人が項垂れているのを見て、ロロは苦笑いした。
「明後日、薬草採取した部分の土の確認をして、草むしりしてくる。アルビーさん、ギルドの皆にイチゴをくれるって言ってたよ」
カイがロロの頭を優しく撫でた。
「ロロ、お前がこの仕事を引き受けてくれて良かった。ありがとう。それから、頼むな」
「はい」
それから、ローズマリーの鉢植えが大きくなり過ぎて、切って乾燥させたいので、ランスの作業場を借りることにしたと言った。
「聞いてるよ、ランスから。鉢植えは魔法鞄に入らないほど大きいんだってね。明日の朝、ランスが‥‥‥ランスが、ロロちゃんの部屋から運んで行ってあげるって」
血を吐くようにマルコが言った。カイは黙っている。二人とも脱・過保護のつもりで、耐えていた。
「え?大丈夫だよ。自分で運べるし」
「「は?」」
「紐で縛っておんぶして運ぶよ」
「待て待て。みっともないからランスに運ばせろ」
「可愛い女の子なんだから、ムキムキ男に任せなさい」
「セクハラです」
「「えええっ?何でっ?」」
結局ロロが折れて、ランスに頼むことにした。
「むぅ、運べるのに‥‥‥」
「お前が逞しいのはわかった」
「セクハラです」
「マルコ、助けてくれ、話が通じない」
「紅茶のゼリーがあるけど食べる?ロロちゃん」
「いただきます」
この世界にも寒天があるらしく、フルーツのゼリーはよくあるが、マルコが紅茶のゼリーを作った。
「はい、どうぞ」
「わぁ!」
カクテルグラスに入った紅茶のゼリー。
なんてキレイな紅茶の色なんだろう。フルフルした宝石みたいで、食べるのが勿体ない!
「だが、食べます。んんん、うんまい!」
だが、って何だ?と思いながらも機嫌が良くなったロロに、カイはホッとした。
マルコは紅茶のゼリーを美味しそうに食べるロロを微笑ましく見ているうちに、大きい鉢植えをおんぶする姿が今になってジワジワきて、下を向いてしばらく震えていた。
ロロは、カクテルグラスのフルフル紅茶ゼリーの向こうのフルフルマルコを見逃さなかった。
* * * * * * * * * * *
明日の朝、早く出ることも考えてソファーで仮眠をとっていたゲイトは、気配で目が覚めた。窓の外はもう日が傾いていた。乱れた銀灰色の髪を掻き上げる。
扉の方まで行ってノックの前に開けたので、宿の主人が目を丸くしていた。
「悪い、驚かせたか」
「いえ、お客様をお連れしました」
「‥‥‥ゲイトさん」
「よく来たな」
中に入るように言うと、黒髪の美しい鑑定士が「失礼します」と言った。
宿の主人に、あの二人はどうしたか聞いた。
「お発ちになりました。ゲイト様にお礼をおっしゃっておりました」
「そうか、世話になったな」
「いえ、それでは失礼致します」
扉を閉めると、側で待っていたユルにソファーに座るように言った。
「おい、冷茶でいいか?」
「‥‥‥それなら私が」
「いいから、座ってろ」
「‥‥‥ふふ、わかりました」
食品収納庫からグラス入りの冷茶を出すと、ローテーブルにあったコースターの上に置いた。
「‥‥‥ありがとうございます」
「宿の主人になんと言って来た?」
「‥‥‥ちゃんとギルドカードを見せて【紅玉】の鑑定士ユルだと言いましたよ。後は‥‥‥そうですね。カーティス家の三男です、と」
「へえ」
ゲイトの部屋へは、約束があるか、身元がしっかりしていないと案内されない。
それにしても、来るとしたら暗い顔かと思っていたが、余裕すら出ている。
「俺は、美人が来るとしか言わなかったからな。良かった」
「‥‥‥ええ、良かったです」
面白いな。数日会わない間に、化けたか。
「ここまで一人で来たのか?」
「‥‥‥途中までは、母と。果実酒の店を教えてもらいました。おみやげにしようと購入して、そこで母は帰りました」
「そうか。‥‥‥全て聞いたか?」
「‥‥‥はい」
ほんの少し、青碧の瞳が揺れた。だが悲痛なものはない。
「どうしたい?」
「‥‥‥勿論、確認します」
「色街だが、大丈夫か?」
「‥‥‥初めて行きます。あ、あの、顔を見るだけですよね?」
「ははっ」
少し動揺するところは変わっていなくて、ゲイトは満足した。ジョセフといいユルといい、成長するのは嬉しいが、人間くさい部分はそのまま残っていて欲しいものだ。
「店の下男に話をする。女が出てきたら、お前は隠れて確認さえしてくれればいい」
金を握らせるのだろう。それが一番手っ取り早いことはユルにもわかったので、頷いた。
「それから『シューター』の存在は、マルコから聞いたか?」
「‥‥‥はい」
メイジー・カートンの件よりも、不安そうな顔をした。ゲイトは苦笑いで、そんな顔するなと言った。
「詳しいことはまた話すが、シューターと友人のフレディは、昼過ぎまでこの宿にいた」
ユルは目を見開いた。先程の、ゲイトが店の主人と話していたことを思い出した。
「数日、自分で稼いでガルネルの滞在費と手みやげを買うそうだ。第五騎士団の団長ジルニール・ウォーカーと一緒に、ロロに会いに来る。会いたいと言った」
「‥‥‥!」
シューターは、この部屋で、ユルが今座っているソファーで、昨日【紅玉】のアップルパイを食べた。実は甘い物が大好きだと言った。ユルの視界が滲む。
「驚けよ、あいつな‥‥‥」
『んんん!うんまい!』
「‥‥‥ああ」
顔を両手で覆い、ユルは泣いた。
ユルが落ち着くまで、ゲイトは黙って待ってくれた。
読んでいただきありがとうございます。
『古書店の猫は本を読むらしい。』も、スローペースで連載中です。こちらもどうぞよろしくお願い致します。
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