84個目
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目が覚めた時は、今どこにいるのかと思ったが、実家に帰っていたことをすぐに思い出した。隣のベッドを見たら祖父はもう居なかったので、慌てて起きて時計を見ると、まだ六時だったので寝すぎたわけではないとわかるとホッとした。
ナイトテーブルに置いていた眼鏡をかける。視力は悪くないが、鑑定眼の魔力を少しでも抑えるために、祖父のケルンが作ってくれた魔法道具だ。少なかった魔力はもう増えてきたので、そのうち必要なくなるかもしれないが、尊敬する祖父が作ってくれた眼鏡なので、出来るならずっと使っていたい。
薄い青色のシャツと濃紺のスラックスに着替え、二階へ下りた。キッチンには湯を沸かす母のベルがいた。
「まあ、おはよう、ユル。もう少しゆっくり寝ていても良かったのよ?」
それでも嬉しそうなのは、それだけ息子との時間を多く持てるからだ。
「‥‥‥おはようございます。水を一杯、頂けますか?」
「そうだったわ!‥‥‥はい、どうぞ」
ユルは起きると水を一杯飲む習慣があった。久々で忘れていたベルは自分にガッカリした。ユルは魔法鞄に水を入れていたが、敢えて母に甘えたつもりが、こんな顔をさせてしまったことに申し訳なくなった。水のグラスを受け取り、まだ少しへこんでいる母に、ユルは微笑んだ。
「‥‥‥ありがとうございます‥‥‥母さん」
「‥‥‥!」
十六歳になってから、ユルは両親を自宅でも『お父様』『お母様』と呼ぶようになった。仕事を始めるのに普段から言葉遣いに気をつけるためだった。兄たちはオン・オフをしっかりしていたが、徹底したのはユルだけだった。
ベルは『母さん』と久々に呼んでもらい、胸がいっぱいになった。
「お、お父さんはお祖父様と一緒に談話室にいるわよ?」
「‥‥‥私は、母さんの手伝いをします」
「ありがとう、ユル」
ユルは、朝食用のバタールやハムをスライスした。ほぼ同じ厚みでキレイに切るユルに「私より上手い‥‥‥」と衝撃を受けながらも、ベルはサラダの葉物野菜を千切って色とりどりのミニトマトをのせた。それからスクランブルエッグを作った。
ダイニングテーブルに朝食を並べると、ユルが談話室室に二人を呼びに行った。開け放たれた扉から、話し声が聞こえる。
「‥‥‥は、もうちゃんと鑑定士の顔になっていました」
「日々成長していく孫を見られる私は幸せだが、ハリーくんとベルには申し訳ないね」
「そんな、お義父様がいたからこそ、今のユルがあるのです」
自分の話をしているので、ユルはつい足を止めてしまった。
「私たちも、いずれガルネルに行こうかと話しているんですよ。コニーとロンに、ここを任せてもいいかと」
ユルは、驚いて目を見開いたまま話を聞いていた。
「私たちのお客様も代替わりしましてね。失礼かと思いながらも、お客様のご子息やご令嬢をしっかり調べてから、コニーやロンを紹介して、自分たちの仕事を少しずつ減らしています。二人も、理解してくれています」
「そうかそうか。君たちは、素晴らしい鑑定士であり、良い父親と母親だよ。だから、息子たちも立派で真っ直ぐに育ったんだね」
「お義父様‥‥‥」
「君たちの人生も、大事にしなさい。勿論、ガルネルに来るとしたら大歓迎だよ」
「はい、ありがとうございます!」
ユルは両親の気持ちを知り、彼らが安心できるよう、もっと強く在りたいと思った。
それは、過去のように誰にも頼らない生き方ではなく、一番になることでもない。信じられる仲間と、手を取り合って一緒に乗り越えていくことであり、信頼される鑑定士になることだ。
開いた扉をコンコンとノックする。
「‥‥‥おはようございます。お祖父様‥‥‥父さん、朝食の準備が出来ました」
* * * * * * * * * * *
「フレディ、ゲイトさんとの約束までどうする?」
注文した朝食は、ハムとチーズたっぷりのサンドイッチと野菜ジュースとカットフルーツだった。栄養が偏りがちな自分たちのような若い冒険者に、ピッタリなメニューだなとシューターは感心していた。客によってそれぞれ考えて作っているのだろうか。
フレディは野菜ジュースに苦戦していた。
「んんん、せっかくだから、少しのんびりしよう。今後の話をしてもいいんじゃないか?」
青臭い味は軽減されていても飲み慣れないので、渋い顔をしてフレディが言った。
「酷い顔だな、美味いじゃないか。まあ、そうだな。俺はガルネルに行きたいし、どれくらい滞在するかも未定だから、フレディに付き合ってもらうつもりもない」
「なぁ‥‥‥本当に、妹なんだよな?」
フレディには、【記憶失くしの森】については言わず、辺境伯領で血痕とシューターと同じ枯茶色の髪と露草色の瞳の少女が見つかって、その少女も記憶喪失だったと話した。
「ずっと家族がいないか探してたみたいだけど、俺も記憶がコレだろ?ゲイトさんには三年前に会って同じ事を聞かれたのに、家族はいないって答えていたから」
「だとしたら、遠回りしたけど、運命かもしれないよな」
「フレディがダンジョンでゲイトさんに会ってなかったら、俺たちが王都で会う約束をしてなかったら、ってね」
野菜ジュースを飲みきって、フレディはふぅっと息を吐いた。
「‥‥‥で、妹は可愛いって?」
「フレディ、お前には会わせないぞ」
「何だよ。まだ本当に妹かもわからないのに、もうしっかり兄貴だな」
「悪いか?」
昼頃になったので、シューターとフレディが一階のダイニングへ行くと、ウェイターに案内された。昨日と同じ個室だった。カーテンが少しだけ開いている。フレディが緊張した。
「失礼致します、ゲイト様」
「こんにちは!昨日はありがとうございました」
「こ、こんにちは!」
中にはゲイト一人だけだった。
「ゆっくりできたか?さ、座れよ」
「「失礼します」」
二人はゲイトの向かいに座った。テーブルには、ハンバーグランチや、ソーセージ・チーズ・蒸し野菜の盛り合わせにフライドポテトが並べられた。食堂にもあるようなメニューだが、使ってる食材が良いのと盛り付けが上品だ。
「あ、あの、ジルさんは?」
「夜のうちに帰った。まあまあ忙しい男なんだ」
「そうですか‥‥‥」
フレディは残念そうな顔をした。迷惑をかけて謝りたかったし、酒抜きで話してみたかった。
「何か伝えるか?もしかして横抱きのお礼か?」
「ええっ?お礼ですか?謝罪じゃなくて?」
ゲイトが吹き出して笑った。
「冗談だ、後で伝えるから気にするな。だが、フレディ。ちゃんと警戒する相手の前や場所では、意識は保てよ?」
「はい、気をつけます。ご迷惑をお掛けしました」
「よし!では食べるか」
ニカッと笑うゲイトが格好良くて、シューターもフレディも見惚れてしまった。
目の前の有名なS級冒険者は、若い冒険者たちにも気さくに話し、交流しながら、さり気なく、気をつけるべき事やアドバイスをくれるのだ。皆が彼に憧れるのは、強いからだけではない。
ハンバーグの溢れる肉汁に感動しながら、話し始めた。
「ゲイトさん、フレディには妹の存在を言いました。辺境伯領で、俺の血痕かもしれない地面近くに、俺と同じ色の少女がいたと」
つまり、それ以外は教えていない、シューターはゲイトにそう伝えた。
「わかった。それで妹に会いに行くのに、お前はどれくらい時間が必要だろう」
「何日ガルネルに滞在するかもわからないので、それまで少しでも稼ぎたいです。みやげも買いたい。会うための心の準備なら、もう出来ているんです」
「一週間以内でも可能なら、ジルと行くか?」
「ジルさんと?」
フレディが羨ましそうな顔をしたが、今回は行かないように決めてある。
シューターは、一人で行く覚悟だったが、ジルと一緒なら心強いと思った。でも迷惑にはならないだろうか。
「あいつを信用できるか?俺の友人だ」
「勿論です。昨日初めて会いましたが、とても温かい人です。でもあの‥‥‥冒険者では、ないですよね?」
「え?え?」
「何だ、気付いてたのか?」
ゲイトがいたずらっぽく笑った。
フレディは、殆ど酔っていたのでわからなかった。ただ、確かにあそこまでの存在感のある人が、冒険者ジルとしての名前が広がらないのは変だ。すぐにシューターの言葉に納得した。
シューターは、泣いた時に差し出してくれた白いハンカチが忘れられなかった。
「言っても良いが、当ててみるか?」
シューターとフレディは、食べながら考えてみることにした。フライドポテトが良い塩加減で、厚みがあってホクホクして美味しい。止まらない。
「「うーん‥‥‥」」
「ははっ、集中できそうにないな」
ゲイトは、二人が食べながら考えているのを、楽しそうに眺めながらエールを飲んだ。少しカーテンが揺れた。
「時間切れだ。答えを聞こうか、フレディ?」
「よ、傭兵!」
「ふん、なるほど。シューター?」
「んー、貴族の三男で‥‥‥騎士隊長!」
ゲイトがエールを吹き出した。霧のように、シューターとフレディにかかった。
「‥‥‥わ、悪いな」
「「いえ‥‥‥」」
シューターが洗浄魔法を自分とフレディにかけた。
「フレディ、カーテンを開けてくれ」
「え?あ、はい」
カーテンを開けると、宿の主人と後ろに栗色の髪の男が立っていた。
「お待たせしましたか?ゲイトさん」
「いや、ちょうどいい。俺の隣に座ってくれ」
「失礼します」
白の襟付きシャツに銅色の魔石のループタイ、黒のスラックス姿の、愛嬌のあるそばかす顔だが落ち着いている。年齢はシューターたちに近い気がした。
「何を飲む?」
「冷茶にしておきます」
「ハンバーグランチは?」
「勿論です」
遠慮のない感じは、そこそこ付き合いがある感じだ。カーテンが閉まると、ゲイトはこの二人に自己紹介を頼むと言った。
「はじめまして。僕は、第五騎士団・一番隊副隊長のジョセフです」
「だ、第五騎士団?」
「一番隊、副隊長‥‥‥?」
「よろしくお願いします」
「「よ、よろしくお願いします!」」
シューターはゲイトを見ると、にやりとしている。
「あの、ジルさんとは?」
ジョセフがキョトンとして隣のゲイトを見た。それから目を細めて「意地悪ですね」と言った。
「その『ジルさん』は、たぶん、うちの団長ですね」
「「‥‥‥」」
「第五騎士団・団長のジルニール・ウォーカーです」
「「‥‥‥」」
ジョセフは「あーあ」と言って、固まっている二人を気の毒そうに見ていた。
ジョセフが揺れたカーテンを開けると、冷茶とハンバーグランチがきた。「温かいうちに頂きます」と食べ始める。肉汁に感動して、口に入れると目を閉じて味わった。冷茶を飲んだところで、ゲイトが言った。
「スゴイぞ、ジョセフ。ジルの正体を当ててみろと言ったら、シューターは『貴族の三男で、騎士隊長』と答えたんだ」
ジョセフが冷茶を吹き出した。霧のように、シューターとフレディにかかった。
「ご、ごめん」
「「いえ‥‥‥」」
冷茶の霧で現実に戻ると、再びシューターが洗浄魔法を自分とフレディにかけた。
「大体合ってるだろ?」
「確かに、団長は北のウォーカー辺境伯の三男です。良い観察力ですね。それより、冷茶飲むタイミングで言います?」
「ハンバーグソースよりいいだろう?」
シューターとフレディは、目の前の二人の話を聞いているうちに、段々と変な汗が出てきた。
「俺、第五騎士団長に、酔って横抱きでベッドまで運ばせたよな?」
「第五騎士団長に、貢がせている妹って‥‥‥何者?」
面白いことを呟いているなと、ジョセフはその話を詳しく聞いて、腹を抱えて笑った。
「さて、シューター。ジルとの連絡には、このジョセフが繋ぐ。互いの連絡方法は二人に任せる」
「ジョセフさん、よろしくお願いします」
枯茶色の癖のある髪とオッドアイ。右目の露草色の瞳がロロと同じだ。ジョセフは八歳の時にしか会っていないが、可愛らしい少女をしっかりと覚えていた。
あの少女の兄が、この男なのか。
「よろしくお願いします、シューターさん」
「頼むぞ、ジョセフ。シューター、俺は今日一日王都にいるが、明日からの予定は決めていないから言えない。聞きたいことはあるか?」
「いえ、今は思いつきません」
「そうか、いざとなればジルがいる。大丈夫だ」
「はい!ありがとうございます」
「フレディ、先に部屋に戻れ」
「は、はい。シューター、部屋にいるからな」
四人とも立ち上がって、ゲイトとフレディがそれぞれの部屋に戻って行った。残ったシューターとジョセフが再び座った。ウェイターがテーブルの空き皿を素早く片付けて、カーテンが閉まる。
「シューターさんは、何歳?」
「二十五歳です」
「そう!僕は二十四歳。同じくらいだし、敬語はやめよう、シューター」
「わかった、ジョセフ」
勿体ないから料理を食べちゃおうよ、とジョセフが言ったので、二人で食べた。シューターがもう無理だと言うと、ジョセフが殆ど食べてくれた。騎士団員は入団からたくさん食べさせられていたので、大食いばかりらしい。
「ジョセフも忙しいのに、ありがとう」
「いいよ。時々今日みたいに美味しいもの食べられるしね」
シューターは前髪が落ちてきたので、耳にかけ直した。
「シューターのオッドアイ、キレイだね。隠してたって聞いてるけど、もういいの?」
ジルニールから話を聞いているらしく、シューターは苦笑いで「うん、いいんだ」と返事をした。
「護衛として働いていた貴族の馬車から突然降ろされて、流れで近くのギルドで冒険者になった。傷もあったし、貴族はオッドアイを好んでいたし、もう戻りたくなかったから隠すことにしてたんだ」
「そうか‥‥‥」
記憶のこともあるし、七年前から色々大変だったんだろうなと、ジョセフは新しい友人に出来るだけ力になろうと思った。
じっと見ていたら、オッドアイが優しく微笑んだ。半分隠していたシューターの顔は整っていて、自信が出たこともあって、笑うと破壊力が増したようだ。後で、気をつけるように言っておこうと思った。
「シューター、それじゃ、連絡する日と場所を決めようか」
読んでいただきありがとうございます。




