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貴族からの執着と暴力で、精神的にも追い込まれたカーティス家の三男ユルが、母方の祖父ケルンの知り合いの冒険者夫妻と共に馬車でガルネルに行ってから、数日の事だった。
ユルに暴力を振るったリカルド・カートン子爵の馬車が転落事故に遭い、子爵は死亡、同乗していたはずの娘は行方不明になった。
リカルドには、伯爵家の養子になった弟がいて、その息子が三人いたため、カートン子爵家は伯爵家の三男が継ぐことになった。
馬車には護衛がいたはずだが消息不明で、様々な噂がたった。娘には、自分より身分の低い見目の良い男を無理矢理従わせて側に置き、手を出していたと醜聞があった。
本当に事故なのか。
恨まれていたのではないか。
護衛と駆け落ちした娘が、許さなかった父を殺したのではないか。
カーティス夫妻は貴族や商人などに信頼が厚く、疑われることもなく、ユルをガルネルに逃がした理由を聞かれることもなかった。寧ろ、他の貴族に頼ることもなく、そこに至るまで拒絶を徹した三男の不器用さに、同情していた。
「結局は、事故のままなのです」
「そうか」
大きな力が働いている気がした。娘のメイジーを【記憶失くしの森】に連れて行き、自ら入るように仕向けた。それから、評判の良くない娼館へ売ったのだ。
ゲイトは、メイジー・カートンが記憶喪失で色街に売られていると人から聞いたと話したら、カーティス夫妻は目を丸くして驚いた。メイジーが娼館に売られている話など知らなかった。
「俺は顔を知らないから、悪いが確認できない。もし、ユルが自分の目で見たいと言ったら‥‥‥」
「その時は、ユルを連れて行って頂けますか?」
ベルが、震えながらもゲイトに言った。
「ベル‥‥‥」
ハリーがベルの肩を抱き寄せた。
「ゲイトさん。ベルの言った通り、ユルにその覚悟があったら、お願い致します」
「承知した。俺は‥‥‥この宿にいる」
ゲイトはテーブルにあったペン付きのメモ用紙に、宿の名前と場所を書いた。この宿は有名ですねと、ハリーがそれを預かった。
「明日、色々話すのだろう。一日待つが、無理に来なくてもいいのだから、二人も気負わぬようにな」
ゲイトの心遣いに夫婦はホッとした。
「ありがとうございます」
「ユルは、本当に良い方に出会えましたね」
「ギルドにはもっとユルを信頼している仲間がいるぞ?」
ゲイトが笑うと、夫婦も顔を見合わせて笑った。
「それから、数年前のウォーカー団長が持ち込んだ懐中時計の事だが」
「はい、残念ですが、お役に立てませんでした」
「ユルに再鑑定させてもらっても構わないか?」
「ユルに?」
ハリーは、何故かお聞きしても?とゲイトに言った。
「あの懐中時計に、当時触れた人物がギルドに何人かいる。魔力の持ち主を知ってるか知らないかでは‥‥‥」
「もちろん、違いますわ」
「私たちは構いません、再鑑定なさってください」
「感謝する」
ゲイトは、ハリーが入れたお茶の残りを飲んで、立ち上がった。忙しい夫婦だ。これ以上長居するわけにいかなかった。
「急に来てすまなかったな。まずは、ユルとケルンさんにはゆっくり休んでもらって、家族の時間を大事にしてくれ。ユルはギルドに欠かせない鑑定士で忙しいからな。なかなか会えないぞ?」
「まあ!ふふ、ありがとうございます」
「ゲイトさん、本当にありがとうございます。貴方もお忙しいと思いますが、また王都にいらした時はぜひ寄っていただきたい」
「そうか、では遠慮なくそうさせてくれ」
カーティス夫妻と和やかに握手して、ゲイトは事務所を後にした。
ゲイトの後ろ姿を見送る夫婦は、溜息を吐く。
「格好良いなぁ」
「はぁ、ユルが女の子だったらお嫁さんにして欲しいくらいだわ」
「いやぁ、モテるだろうから、泣かされるかもしれないぞ」
「そ、それは‥‥‥そうね」
夫婦はまた溜息を吐いた。現実ではユルは男だから、どうにもならない悩みだ。
ゲイトが振り返り、ニカッと笑って手を振った。少年のような仕草や表情でも、滲み出る大人の色気がある。
「「‥‥‥はぁ、格好良い!」」
王都で、S級冒険者ゲイトのファンがまた増えた。
ジルニールは、ゲイトのような服装をして中央区を歩いていた。濃紺のタクティカルシャツとパンツに黒のブーツだ。シューターとフレディに会うので、冒険者に服装を合わせたほうが不審に思われないだろうとの考えだ。
サイラスからは、威圧感だけはどうにもならないでしょうに、と言われた。本当にあの男は一言多い。
ただ、サイラスの言うとおり、街中でのジルニールはかなり目立っていた。強面の冒険者に、人々は目を合わさないように歩いた。ジルニールを知っている騎士や街の人もいたが、気付いていない振りをした。
約束より少し早いが、ゲイトがまだいなければ、エールでも飲みながら待つことにした。前にも来たことがあるが、なかなか気配りができた宿だ。ゲイトも気に入って、王都へ来る時には利用しているようだ。
受付に立っている、丸眼鏡で白髪交じりの男性に声をかけた。
「主人、冒険者のゲイトはいるか?」
「いらっしゃいませ、ウォーカー様。ゲイト様はすでに個室でお待ちです」
顔と名前を覚えられていたようで、すぐに案内してもらえた。
「失礼致します、ゲイト様」
カーテンが少しだけ開いた個室の前で、宿の主人が中に声をかけた後、ジルニールがカーテンを開けて中に入った。
「早かったな、ジル」
「サイラスに残りの仕事は丸投げしてきた」
「ははっ」
外にはまだ主人が待機していたので、エールと、ハムとチーズの盛り合わせを注文した。テーブルに並べられた後で、主人が下がりカーテンが閉められた。追加をする時はカーテンを開ければ店員が来るようになっていた。
「ここは出来た宿だな」
「あの主人の動きは普通じゃないぞ?どこかの貴族の執事長でもしていたのかもしれないな」
エールのジョッキをぶつけて乾杯すると、ゲイトは食べながら今朝の話をした。
「【紅玉】の鑑定士とケルン氏が来るのか!」
「ああ、俺も驚いた」
それから、昨夜は色街の【朱色のドリス】へ行った事を話した。
「おい、あれから行ったのか?」
「裏口から女将と話しただけだ」
「本当か?」
「本当だ」
「まあ、いい。‥‥‥ああ、あのチョコレートは手土産だったか。お前、またモテるな」
ゲイトは笑いながら、エールを飲んだ。
「それで?」
「カートン子爵の娘と思われる女が、記憶喪失でこの色街に売られていたようだ」
「なんだって?」
「どこかの‥‥‥貴族にな。しかも、【赤の香】だ」
「評判の良くない娼館じゃないか。記憶喪失って、まさか?」
軽々しく口にすることは出来ないし、したくない。また王族が関わっている可能性が出てきたなどと。
「子爵の娘の件は、お前は関わるなよ、ジル」
「‥‥‥!」
「俺たちも、たぶん、娘が本人かどうか、ユルが確認するくらいだ。深追いはしない」
「‥‥‥そうか」
「悪いな、話さなきゃ良かったか?」
「いや、話してくれ。どんな事でも」
カーテンを開けてエールの追加をすると、すぐに運ばれてきた。カーテンが閉められ店員がいなくなると、今日はこれからどうするんだ?とジルニールが聞いた。
「フレディにシューターをここへ連れてきてもらう。あまり人がいない所で落ち着いて話すとしても、名の知れた宿であるここは警戒されにくいし、最適だ」
「待てばいいのか」
「ああ、その間に必要なことは話そう」
懐中時計は、ユルに再鑑定を頼むことに、カーティス夫妻に了承を得ていることを言った。
「懐中時計は、お前がギルドへ持って来るんだな、ジル?」
「いや、俺が行けなくなる場合もあるし、鑑定士ユルに渡してくれ。ゲイト、どうだ?お前に託していいか?」
「お前がそれでいいなら」
「ディーノ様‥‥‥だったか?彼が目覚める頃にはギルドへ行けるよう予定を調整する。ロロにも会いたいしな」
「そうか」
ジルニールは、魔法鞄からハンカチに包まれた懐中時計を出して、ゲイトに渡した。ゲイトは直ぐに、自分の魔法鞄に入れた。
「預かった」
「それと、これは‥‥‥」
第五騎士団のマーク、盾と五の番号の入った小さい袋を渡した。
「今日まで、この懐中時計に直に触れた者、俺・サイラス・ジョセフの魔力を入れたそれぞれの色の魔石が入っている。鑑定に必要になるかもしれないかと思ってな」
「用意がいいな、助かる」
「昨日戻ってからサイラスと話して、懐中時計はお前に託すことを決めてたんだ」
ゲイトは、そうかと笑った。ふとカーテンが少し揺れたことに気がついて、話を止めて魔石入りの袋を魔法鞄に入れた。もうすぐ午後五時になる。‥‥‥来たか。
「ジル、悪いがカーテンを開けてくれ」
「‥‥‥わかった」
ジルニールが座る方のカーテンを開けると、そこに、宿の主人とフレディ、その後ろに枯茶色の髪の男が立っていた。
「お客様をお連れしました」
「ありがとう。主人、エールを人数分頼む。お前たち、飯は?」
「まだです」
フレディが答えた。
「主人、料理は任せるからテーブルに乗る程度に持ってきてくれるか?」
「かしこまりました。そちらのお皿はお下げしても宜しいですか?」
残っていたチーズとハムをジルニールが早食いして空にしていた。ゲイトは笑って、下げてくれと言った。
「フレディは先日会ったが、久し振りだなシューター」
「お久し振りです‥‥‥ゲイトさん。そちらは?」
少し不安そうな枯茶色の左目をジルニールに向けた。以前より男らしくなったが、背はそれほど高くない。フレディもそうだが、二人は肉体派ではなく魔法を得意とする冒険者なのだろう。
「俺の友人のジルだ。強そうだろ?」
「は、はい!」
「よろしくな」
フレディはジルニールの厚い胸板に惚れ惚れしているようだ。座るように言うと「失礼します」とフレディはジルニールの方に、シューターはゲイトの隣に座った。ゲイト側に、癖のある長い前髪に隠れた右目がある。下を向いて、緊張しているようだ。
当たり前だな。他ギルドのS級冒険者に話があると言われたら。
宿の主人とウェイターによって、エールと料理が運ばれてきた。どれも手に取りやすく作法など気にしないで良さそうな料理で、若い冒険者が好みそうな料理は彼らの前に置くなど、ちゃんと配慮されていた。
「主人、ありがとう。また必要になったら呼ぶ」
「かしこまりました。どうぞごゆっくり」
フレディもシューターも、目の前に料理が並ぶと目を輝かせていた。カーテンが閉められると、ゲイトとジルニールがニカッと笑った。
「さあ、乾杯だ」
「お前ら、食うぞ!」
「「はい!」」
少し緊張がなくなったようで、四人でエールのジョッキで乾杯し、料理を食べ始めた。
一時間ほどしたら、フレディは笑いながらジルニールの腕の筋肉を触らせてもらったり、何を食べて大きくなったのかを質問していた。
「まあ、結局は遺伝だな!」
「遺伝かよ!」
フレディは敬語もなくなり、二人でゲラゲラ大笑いした。全くこいつらは‥‥‥と、ゲイトは呆れていた。
「あの、ゲイトさん、お話って‥‥‥」
シューターが控えめな声で、ゲイトに話しかけた。
「ん?お前は酔わないタイプか?」
「そうですね、いつもあまり酒を飲まない俺がフレディを引き摺って帰ります‥‥‥って、そうではなくて」
シューターが困った顔で話を戻そうとした。
「フレディがいるここで話してもいいか?七年前の話だが」
「‥‥‥!」
枯茶色の瞳が大きく見開かれた。ゲイトは、シューターの顔をじっと見つめた。ロロと似ているかどうか、しっかり見たかった。シューターは戸惑っていた。
「あっれぇ?見つめ合ってるぅー!きゃー!」
「フレディ!この馬鹿!」
フレディは悪酔いするタイプらしい。頬を膨らませて怒るシューターに、少しだけ、ロロが重なった。
「話が進みそうにないな。シューターもフレディも、宿は決まっているのか?いつもどうしてる?」
「いえ、決まってないです。安宿か、ギルドの敷地内を借りてテントで寝ることが多いです」
「でっすぅ!ひゃっひゃっ」
もう半目でフワフワと揺れながら笑っているフレディに、これはもうダメだなとジルニールが苦笑いした。
「ここで部屋をとる、待ってろ」
「ええっ?」
「ちょっと通してくれ」
慌ててシューターは立ち上がり、ゲイトは受付まで行った。立っていたのは若い男性だったが、奥から宿の主人が出てきて素早く交代した。
「頼み事ばかりで悪いが、一室空いてないか?」
「二人部屋でしたらご用意できます」
「頼む。支払いは俺にしてくれ」
「かしこまりました」
ダイニング・バーは、ちょうど夕食の時間で泊まり客が増えていた。視線を感じる中、個室に戻ると、立ったままのシューターの前に、ソファーでフレディが横になって寝てしまっていた。
「こんなになるほど飲んでないだろう?弱いのか?」
「すいません、弱いのに雰囲気で飲んじゃう馬鹿なんですよ」
ウンザリした顔のシューターを見て、これが彼の素顔なのだろうと、ゲイトはジルニールと顔を見合わせて笑った。
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