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林檎のロロさん  作者: Tada
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80個目

ブクマ・評価・いいね、ありがとうございます。


※王都編は、もう少し続きます。



 ジルニールには明日の午後三時に、ゲイトが泊まる中央区の宿の一階にあるダイニング・バーに来てもらうことになった。サイラスとジョセフは休めないことが残念だと言っていた。


 夜の王都の南地区の一角を歩けば、中年になっても色気を隠せない男に色街の女が声をかける。

 ゲイトも若い頃は、目標の階層までのダンジョンを攻略した後など、気分が高まった状態で色街へ繰り出し、欲のまま好みの女性と遊んだものだ。


「悪いな、気分じゃないんだ」


 年齢的には娘ほどの歳の女性になるべく傷つけないように断ると、目的の店に足を向ける。じゃあ何をしにここに来たんだとばかりに睨まれて、ゲイトは苦笑いをした。細い路地に入り、よく知る裏口の戸を叩いて開ける。


「女将」 

「‥‥‥坊や、よく来たね」


 四十四歳のゲイトに坊やと言ったのは、ベリーショートの白髪で化粧は程々だが、唇を彩る紅は鮮やかな(あけ)だ。この店の女将で六十代の女性は、やんちゃな頃のゲイトを知る一人だ。長椅子で膝を曲げて靴を脱いだ右足を乗せ、爪を切っていたところだった。


「なんだ、暇そうだな」

「うちは働き者が多いのさ。年寄りに楽させてくれる優しい娘たちばかりだ」

「そうか、良かったな。じゃあ少し俺と話をしてくれ」


 ゲイトは隣の長椅子に座り、爪を切り終わるのを待った。女将は靴を履いて、給湯室で手を洗ってから二人分の冷茶を持ってきた。ゲイトは、魔法鞄から食品専用魔法袋を出した。ドットから借りている袋だ。そこから、カットしてあるアップルパイを女将に出す。


「【紅玉(ルビー)】の名物だ」

「嬉しいねぇ!」


 それから、先程の店で帰る間際に買った十粒入りのミルクチョコレートの箱を十個置いた。


「こっちは女将の優しい娘たちに」

「高級店のチョコレートじゃないか!ああ、喜ぶよ、ありがとうね。坊やが行きそうにない店なのに、どうした?」

「今日待ち合わせで初めて入った」

「おや、恋人かい?」

「やめてくれ」


 顔を顰めたゲイトを見て、友人の団長だとすぐにわかった女将が吹き出して笑った。


「ああ、愉快だ。さて、話してごらん」


 色街の老舗【朱色(あけいろ)のドリス】の女将・ドリスは、アップルパイを豪快に手掴みで食べた。ゲイトも彼女がそうやって食べることを知っているので、あえて紙に包んだものをそのまま出したのだ。


「六年以内に色街に来た、()()()()()()()が、このあたりで働いているかどうかを知りたいんだ」

「‥‥‥元貴族の娘なんて、それなりにいるもんさ」

「ならば、年の頃は二十四、髪色は金茶、瞳は茶色。名は『メイジー』」

「その名は知らないが‥‥‥年の頃と容姿に近い女ならいるね」


 ゲイトは目を見開いた。本当にいるかどうかは期待薄だった。


「どこぞの貴族に売られてきたそうだ。店は【(あか)(こう)】。料金の安さを売りにしてる、働く側から見てもあまり良くない娼館だ」


 【赤の香】は、冒険者の間の話で聞いたことがあった。酷く疲れた女が相手だったと。無理に働かせているのか、店の雰囲気も良くないから、いくら安くても、もう一度行こうとは思えないと言っていた。


「知り合いかい?」

「いや、ちょっとな。消息不明で調べていただけだ」

「‥‥‥噂じゃ、記憶喪失だそうだけどね」

「‥‥‥!」


 記憶喪失?‥‥‥まさか。


「参った、参ったな‥‥‥そうか」

「坊や」

「女将。助かった、ありがとう。身体に気をつけてな」


 ゲイトは、ドリスに礼を言い、裏口を出た。「また遊びにおいで」と、優しい声が後ろから聞こえた。



 メイジー・カートン。


 死んだリカルド・カートン子爵の娘。ユルに執着した娘が、【赤の香】の娼館にいる。記憶を失くして。


「参ったな‥‥‥言うべきか?どうする」


 一人呟きながら、ゲイトは南地区を足早に出た。ゲイトは容姿は聞いて知っていても、会った事がないので、女の顔は知らない。見に行っても、確認出来ない。


 この話を持ち帰って、ユルに話すべきか。彼がもう王都に来ないのならば、言っても仕方がないが、もし、消息不明である事が不安ならば、教えるべきだ。


 懐中時計の事もあるし、ユルの両親に話すか?


 中央区でも北地区寄りの宿に入った。今日はもうダイニング・バーではなく、部屋で食事をして寝ることにした。予約がないと会えないかもしれないが、ジルニールが来る前に、カーティス鑑定士事務所を訪ねることにした。


 食事の後、部屋でシャワーを使った後で、ゲイトは鏡に映る自分の顔を見た。

 【紅玉(ルビー)】で冒険者になって約三十年。カイの父親、先代のギルマスに、とても世話になった。恩を返しきれないまま彼は亡くなってしまったが、その彼の息子も人間的に好ましく、この先もカイの力になりたいと思っている。


 いつまでS級でいられるかわからないが、出来ることなら死ぬまで冒険者で。


 ゲイトの、まだ衰えを知らない肉体は、若い頃よりも靭やかで、誰もが惚れ惚れするほどだ。


 部屋の小型食品収納庫(マジックボックス)にエールのグラスが入っている。それを一杯飲み干して、濡れた髪を拭きながら、ベッドに座った。



 誰がメイジーを娼館に売ったのか。

 

 カートン子爵の事故死は?


 それにしても、【記憶失くしの森】で運命を変えられた人間が、どれだけいることか‥‥‥。






 翌朝。支度を済ませるとダイニングに座り、モーニングセットを注文した。

 ここは、この王都の中でも高ランクの宿だ。必要以上に話しをせず、客に合わせたサービスをしてくれて、ストレスなく宿泊できるため王都ではここに泊まることが殆どだ。

 焼き立てのバゲットに自分で選んだ野菜や肉を挟んで持ってきてくれる。ゲイトが選んだのは、茹でたペッパー入りのソーセージにマスタードとトマトソース、レタスとオニオンサラダだ。それから、スクランブルエッグ、珈琲も注文した。

 珈琲は、紅茶を好んで飲むガルネルの人々にはまだあまり馴染みのないものだが、時間の問題だろう。マルコが仕入れるに違いない。

 宿の主人が受付に立っていたが、視線を送ると、出かけるゲイトに近付いた。


「昼には戻るつもりだが、もし間に合わずに俺の客が来たら、個室を用意してやってくれるか」

「お約束の方をお聞きしても?」 

「ジルニール・ウォーカーだ」

「かしこまりました。いってらっしゃいませ」


 ゲイトは宿を出て北地区へ向かった。

 中央区より静かな商店が多く、まだ開店前でもあって人通りは殆どなかった。

 カーティス鑑定士事務所の場所はサイラスに聞いていた。三階建で、一階が事務所、二階と三階が住居だ。目立たない建物だが、ちょうど特別な街灯の前にあると教えられている。


「この街灯か」

 

 ユルの祖父ケルンは、一線は退いたが、ガルネルの魔法道具職人であり、自然の中にある魔力だけで灯る街灯を作った。生物がわずかに出す空気中の魔力を少しずつ集めているらしい。その街灯がこれだ。

 一番目の街灯は、ベルの所に。

 翡翠色の娘のベルが嫁いだ先は、真面目な鑑定士ハリー・カーティスの事務所。北地区は静かな場所だが、夜になると暗くて怖いのよと言った娘の言葉で、作ったのが最初だった。

 商業ギルドには商標登録はせず、作った記録だけを紙に残した。商業ギルドに任せた結果、人々の役に立ち、今はもう当たり前のように普通にあるものになった。彼が作ったのはこの一番目の街灯とガルネルの街灯で、後は商業ギルドと契約した若い魔法道具職人たちが作っていった。

 ケルンの名前が入っているのは、この一番目の街灯だけだ。


 事務所から緑色の髪の男性が出てきて、郵便ポストを確認していた。手紙があったのか慌てて事務所に入ろうとしたところで、ゲイトは声をかけた。


「失礼だが、ハリー・カーティスさんか?」

「‥‥‥そうですが、貴方は?」


 知らない高身長の男に声をかけられて、少し表情は硬いが、真面目そうな感じはユルに似ていた。


「冒険者のゲイトという者だ。朝早く申し訳ない」


 ゲイトは魔法鞄の【紅玉(ルビー)】のピンバッジを見えるようにしてから、ギルドカードを見せた。ハリーの顔がパッと明るくなった。


「ゲイト様、ゲイト様ですか!貴方が」

「ユルから少しは聞いているのか?」

「ええ、手紙は時々送ってくれています。ああ、ここではなんですから、どうぞ中へ」 

「ありがとう」


 ゲイトを中に案内すると、少しユルと似た顔の女性が奥から出てきて、お約束?とハリーに聞いていた。ゲイトのことを説明すると、彼女もパッと顔が明るくなった。


「ゲイト様、よくいらしてくださいました。ユルの母のベルと申します。息子がお世話になっております」

「俺はギルドの人間ではないから、そんなに気を遣わないでくれるか?それから、『様』はやめてくれ」

 

 奥の席にどうぞと、ソファー席の個室に案内された。今日は午後からしか予約がないようで、午前中に来て正解だったとホッとした。


「ベル、お義父様から手紙だ。朝の郵便馬車で届いたようだから、急ぎかもしれない」

「父から?ゲイトさ‥‥‥ん、ちょっと失礼します」

「ああ」


 ベルはデスクで手紙を開けて読み始めた。ハリーがお茶を用意して持ってきた。


「しばらく王都にいらっしゃるので?」

「今日次第で明日にはガルネルに戻るかもしれないし、しばらくいるかもしれない。なあ、俺のほうが年下だから、敬語はやめてくれないか?」


 苦笑いでゲイトが言うと、ハリーも同じ様に苦笑いした。


「すみません、もうこれは口癖だと思ってください」

「はは、そんなところもユルはよく似ているな」

「そうですか!」


 嬉しそうなハリーの隣にベルが座った。少し興奮しているようだ。


「ベル?」

「‥‥‥はしたなくて、ごめんなさい。ゲイトさん、あなた、父とユルが今夜こちらへ来るようです!」

「「‥‥‥!」」


 ユルが来る。ゲイトはこのタイミングにゾクリとした。何年も王都に帰っていなかったユルが‥‥‥。


「ベル、手紙の内容は?ゲイトさんの前でも大丈夫なら話しなさい」

「いえ、あの‥‥‥」


 ベルは、どうしたらいいか、わからない顔をした。もしかしたらと、ゲイトの方が話を切り出した。


「それならば、まず俺から話すから、それを聞いて問題なければ内容を言ってくれるか?カーティス夫人」

「は、はい」


 ゲイトは、第五騎士団のジルニール・ウォーカーと、【紅玉(ルビー)】の代表・副代表と情報の共有をしていると話した。懐中時計の鑑定結果について、それからカートン子爵とその娘の今について、今日はそれを話しに来たと言った。

 カーティス夫妻は、顔を見合わせて頷いた。


「私たちも、全てお話しします」

「ゲイトさん。手紙では、ユルもその全てを知りたいと」


 ゲイトは、ユルが向き合う覚悟でここに来るのだと悟った。

読んでいただきありがとうございます。



『古書店の猫は本を読むらしい。』も、スローペースで連載中です。こちらもどうぞよろしくお願い致します。


https://ncode.syosetu.com/n5529hp/

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