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林檎のロロさん  作者: Tada
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79個目

ブクマ・評価・いいね、ありがとうございます。



「ジョセフ」

「ゲイトさん、お待たせしました!」


 五時より少し前に、栗色の髪の愛嬌のある青年がにこやかに現れた。ジョセフは私服だ。白のノーカラーシャツに黒のスリムパンツ、ワンショルダーリュックを斜め掛けしている。


「店を予約してありますので、行きましょう」

「そうか、わかった」


 長居した分、会計で多めに渡すと、店の親父が「いつも悪いねぇ」と喜んだ。この店は妻が厨房を仕切って、夫が接客だ。また来ると言い、ジョセフと大食堂を出た。


「ゲイトさん、しばらく滞在されるんですか?」

「いつまでかは決めてはいないが、用が済んだらガルネルに戻る」

「そうですか、お忙しいですね」


 騎士団と比べたらそうでもないぞと笑った。ジョセフは大通り沿いの高級店の前で足を止めた。若い女性客が多くいる甘い香りの店だ。


「‥‥‥おい、まさか」  

「知ってますか?【メル・ジュエル】。ここは一号店ですよ」


 チョコレートの専門店だ。代表室でマルコが紅茶と一緒に出してくれて食べたことがあった。あの時はブランデーが入っていてなかなか美味いなと思ったものだが。


「待ち合わせはここなのか?」


 飲み屋街の宿の一室かと思っていたゲイトは、参ったなと苦笑いした。店内は、黒・茶・白の落ち着いた配色で、黒服と銀灰色のゲイトは、然程浮いていないように思えた。


「ちゃんと個室ですから安心してください。でも、女性たちの視線なら慣れたものでしょう?」

「ジョセフお前、サイラスに似てきたな。緊張して噛みながら話していた頃は、かわいかったのにな」

「ちょ、ちょっと、もう忘れてくださいよ!」


 顔が赤くなったジョセフを見て、その顔のほうがお前らしいとゲイトが笑って言った。


 案内する女性店員にニコニコと対応するジョセフの後ろを歩く高身長の偉丈夫に視線が集まる。ただ、この店は客も落ち着いた人間が殆どのようで、少しもざわつく事はなかった。ゲイトは、個室の中にもっと浮いている銅色の男を見つけて、安心した。


「ジル、ここを選んだ理由を聞こうか」

「嫌がらせではないぞ。俺がここの常連だと言ったら信じるか?」

「‥‥‥‥‥‥は?」

「まずは挨拶したらどうですか?」


 ジルニールの隣に座る、白シャツに灰色のベストで銀と黒のループタイをしたサイラスが、上司である第五騎士団長ジルニール・ウォーカーに困った顔で窘めた。


「久し振りだな、ゲイト」

「元気そうだな、ジル」


 ジルニールは白の襟付きシャツに濃紺のスラックスをピッタリに着ていた。質の良い布地の服だ。金を持っている独身の大男の服は、仕立て屋もさぞ作り甲斐があるだろう。


「紅茶は何を飲む?」 

「任せる。さっぱりわからん」


 ゲイトがジルニールたちの向かいの奥に座り、隣にジョセフが座った。

 ジルニールは店員に紅茶と何種類かのチョコレートを頼むと、まずはロロのことを聞いてきた。


「あの子はどうしてる?」

「元気で、よく食べるな」

「良いことだ。チョコレートの新作が出ると、ここで食べてみてからギルドに送っている」


 ゲイトが目を丸くした。


「代表室で時折出されるチョコレートは、お前が?」

「全部がそうではない。俺が送った時は、俺からだと言わないでもらって、皆で食べてくれと伝えてある」

「ふふ、ゲイトさん。団長はロロちゃんのことを考えて送るのが楽しみなんですよ。恋人もいないですからね」

「うるさい」


 サイラスが聞いてもいないことを話してくる。


「なぜ、お前が送ったと言わない?」

「もう送らないでって断られるのを恐れているのですよ」

「うるさいぞ、サイラス。なんでお前が答えるんだ」

「団長、副団長、紅茶とチョコレートが来ますよ」


 いつもの事のように、ジョセフが間に入ると「そうか」「そうですか」と話は終わった。

 ベテランの男性店員が、四人分の紅茶と何種類ものチョコレートが乗った皿を中央に置いた。


「帰りに選んだチョコレートを用意してくれるか。声をかけるまで誰も寄越さないでくれ」

「かしこまりました、ウォーカー様」


 静かに個室のカーテンが閉められた。すると微かな話し声が聞こえなくなった。


「この店にも静音効果のカーテンがあるのか」

「ああ、そうじゃなきゃ選んでいない」


 ゲイトは先程までエールを飲んでいたが、まさか紅茶とチョコレートで話をすることになるとは思わなかった。カップの紅茶をストレートのまま一口飲む。特徴のない味に思えるが、舌に残るようなものでもなくスッキリとした、邪魔しない紅茶だった。


「ゲイトが好みそうなのは、この辺か?」

「果実酒やブランデー入りのチョコレートですね」

「僕はどちらかといえば甘いほうが好きですから、こちらを頂きます」


 ジョセフは、ナッツクリーム入りやキャラメル味を好むそうだ。ゲイトはとりあえず両方食べてみた。甘いほうも嫌な甘さではなかった。疲れた時は寧ろこちらを食べたくなる。紅茶を飲むと、口の中がまたリセットされた。果実酒入りにも手が伸びる。


「なるほど、悪くない」


 ジルニールが仲間ができたといった顔で、にやりとした。ジルニールはあまり甘い物は好んで食べなかったが、七年前にジンのアップルパイを食べてから少し好みが変わった。

 紅茶のカップを置くと、サイラスが話を切り出した。


「ジョセフ、そのまま食べて待っていなさい。話は聞き流すように」

「承知しました」 

「ゲイトさん。このジョセフは、七年前に私と共に【紅玉(ルビー)】に行って、プラム兄妹を【記憶失くしの森】へ案内しています」

「そうか、ある程度知っているようだが‥‥‥もっと深い話になるぞ?」


 覚悟をしろと言われたようで、ジョセフは少し戸惑った。あの日の話だけではないようだ。


「ジョセフ?」

「こ、口外は致しませんし、お手伝い出来るのでしたら喜んで」

「わかった」

 

 ゲイトは、ジョセフの肩をポンポンと叩いた。


「懐中時計は?」 

「ここにある」 


 ジルニールは、魔法鞄から懐中時計を出した。金無垢のオープンフェイスの懐中時計だ。ハンカチに乗せたままテーブルに置いた。


「鑑定士に依頼したのか?」

「七年前、王都に戻ってカーティス鑑定事務所に予約をして、鑑定を依頼した」


 ユルの実家だ。ユルは、カーティスの家名は置いて、ガルネルに来た。ただのユルとして【紅玉(ルビー)】の鑑定士を名乗っている。

 

「カーティス夫妻に頼んだが、二人とも王侯貴族の持ち物としか言えなかった。これに触れた他の者の魔力は残っていたようだったが」

「持ち主であるはずの一番古い魔力は、鑑定できなかったそうです」


 マルコやメイナ、ジルニールにサイラスが触れたもっと前の魔力。そもそも、その懐中時計はどこにあったのかを聞くと、わからないから困っているそうだ。


「あの日は、靄がかかったように、何かが急におかしくなった」

「第五の団員たちも混乱していました」


 なぜ自分たちが子供を探しに来たのか。

 時々、辺境伯領の場所を借りて訓練に来ていたので、その際に目撃情報が入ったことになっている。不自然ではないが、本当にそうだったのか?と、どこかで思ってしまうのだ。


 ゲイトが、懐中時計を指しテーブルをトントンと軽く叩いた。


「これの持ち主が、皆の記憶から消された人間だとしたら?」


 ゲイトが言った言葉に、ジルニールとサイラスは理解できていない顔だ。


「ゲイト、何を言って‥‥‥」

 

 ゲイトはまず、金髪の青年ディーノと森の守り人シロが鑑定を頼みに来たところから話した。

 それから、昨日マルコから聞いたことを伝えた。シロからの情報だ。自ら森に入った者と無理矢理入れられた者の違い。ロロは前者で自分の記憶がない。シロが連れてきたディーノは後者で、自分の記憶はあるが、全ての人の記憶から消された。


「そのディーノは、金髪で金の瞳だ」

「おいおいおい!」

「まさか‥‥‥王族の血縁が?」

「お前たちが探しに来たのは、当時少年だったディーノだとしたら?急に探していたはずの少年の記憶が消えた。それが混乱の理由にならないか?」


 この懐中時計の持ち主かもしれない本人に確認したいが、今は眠っている。守り人に二週間眠らされ、今はギルドで預かっていると言った。

 

「王都には色んな理由で連れて来れない。だから、懐中時計を俺が預かるか、無理ならジルかサイラスに来てもらいたい。どうする?」

「「‥‥‥!」」

「明日までにどうするか考えてくれ。まだ話はある」


 もう一人、記憶から消された青年がいて、自らの記憶も十年分がないこと、右の顔と胸に斬られた傷痕があること、冒険者であること、そして、髪色と瞳が枯茶色であることを言った。


「枯茶色は、ロロと同じ髪色か?」

「ゲイトさん、切り傷とは‥‥‥」

「ロロが見つかった近くに血痕があったらしいな?」

「ええ、森の白い砂地は入れなくて現場保存が出来ませんでしたが、半分は部分結界がそのままのはずです。囲むように魔石を埋めてありますので」


 ジルニールが頷いた。あの場所は辺境伯領で、部分結界で保存したいことを領主である父に伝えてある。ジルニールは、ウォーカー辺境伯の三男だ。


 そうかと言ったゲイトは、渋い顔をした。


「俺は以前、王都の飲み屋でその青年、シューターに会っていたんだ。その時は、家族はいないと言っていた。深くは聞かなかった‥‥‥」


 その友人でもある冒険者フレディに先日ダンジョンで会った。シューターの記憶について、そこで知ったのだ。

 

「明日、フレディがシューターと王都で会う約束をしていると聞いて、俺も会えるように頼んだ」

「彼を【記憶失くしの森】に連れて行くのですか?」

「出来ればそうしたいが‥‥‥ロロの血縁、兄である可能性もあるしな」


 ジルニールが「兄である可能性」と呟いた。

 ただ、その傷を負った頃から前の十年分の記憶がないので、当時八歳くらいだったロロの存在など忘れている。ロロの方も、シューターを知らない。


「会いたくないと、断られることもあるわけですね」

「そうだ」

「‥‥‥ロロは」


 ジルニールの強面が悲痛な顔になっていた。


「俺はマルコに話したから、カイにはもう伝わっているはずだ。カイは‥‥‥ロロに話すかどうか」


 カイなら、たぶん話すだろう。


「とにかく、シューターに会って、改めてしっかり顔を見たい。それから可能な限り話をしてみるさ」

「団長、とりあえずこれから戻って溜まった仕事を片付けてしまいましょう。明日の休みと、ガルネルに行く休暇が欲しければですが?」

「戻る!‥‥‥その前にチョコレートだ。ジョセフ」

「は、はい」


 今まで黙っていたジョセフの顔色は悪かったが、ジルニールに呼ばれたことで我に返り、店員を呼びに行った。

 ジルニールは残りのチョコレートを食べながら「これと、これにするか。ん、これもいいな」と選んでいた。ゲイトは、こうやって選んだチョコレートが代表室に出されている事実を知ったことは、今回の収穫だなと思った。王国の第五騎士団長に貢がせていることなど、ロロが知らずに食べているのが面白い。

 ジョセフが店員を連れて戻って来た。


「失礼致します。ウォーカー様、お決まりですか?」


 先程のベテラン男性店員だった。後ろには女性店員がティーポットを持っていた。種類とチョコレートの絵が描かれたメニュー表があり、ジルニールが選んだものを箱に入れるようにして頼んだ。

 詰めてもらっている間に、残りのチョコレートを食べてサイラスが皆に紅茶を入れて飲んだ。


「そうだ。今回はゲイトに渡しておけばいいな。ギルドに戻ったら、こっそり代表か副代表に渡してくれ」


 いつもはガルネル行きの定期便に頼むが、それより先にゲイトのほうが【紅玉(ルビー)】に着きそうだと思った。


「構わないが‥‥‥いつまで黙っているんだ?」

「あの子に気付かれるまでじゃないですか?」

「サイラスお前、本っ当に余計なことばかり」

「チョコレートの用意が出来たみたいですよ」 


 ジョセフが男性店員が箱を持って戻って来たのを伝えると、「そうか」「そうですか」と話が終わった。


「ウォーカー様、お待たせ致しました。こちらでいかがですか?」


 美しく箱に収められたチョコレートを見て満足したジルニールは頷いた。店員は目の前で箱の蓋をした。薄い水色の箱で、小さく【メル・ジュエル】と店名が焦茶色の文字で入っている。白のリボンをかけた箱をゲイトが受け取って魔法鞄に入れた。


「請求書はいつも通りに」

「かしこまりました」


 ジルニールはこれで仕事に集中できると言った。


「これが最後のチョコレートにならないと良いですね」

「‥‥‥‥‥‥サイラス」

「あ、団長!予定にない休みを取るなら、代わりに出ることになる隊長たちにもチョコレートを差し上げては?ミルクチョコレートの小さい箱なら、いくつか持ち帰り用に店に並んでいましたよ」


 ジョセフがニコニコと提案したら、「それもそうだな」「それが良いですね」と、店員に請求書と一緒に届けて欲しいと頼んだ。ジョセフの好きなキャラメル風味のチョコレートも買ってもらったようだ。

 席を立ち、店を出ると、ゲイトは隣を歩く年若い一番隊の副隊長に囁いた。 


「ジョセフ、お前なかなかやるな」


 二人の扱いが慣れているのでゲイトが褒めると、ジョセフはキョトンとしていた。


「いつもこんな感じですよ?」

読んでいただきありがとうございます。

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