78個目
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※ユル・ゲイトたちの王都編です。
「おはようございます、ケルン様、ユル様」
まだ、暗い早朝。
ユルとケルンは大きな通りまで出て、用意した馬車の側で待っていた冒険者の二人に挨拶をした。
「おはよう、よろしく頼むね」
「‥‥‥おはようございます。その節は、ありがとうございました。今日からまたお世話になります。よろしくお願い致します」
二人は顔を見合わせて驚いていた。以前会った時のユルは、ここまでしっかり挨拶出来なかった。
ダニエルとジェシカは、夫婦でB級冒険者だ。
二人とも、栗色の髪と瞳で、年齢は四十代後半。六年ほど前に、王都からユルをここまで連れてきてくれた二人だった。
あの時のユルは、前髪で顔を隠し、青白い顔で疲れ切っていた。殆ど話も出来なかったのだ。
「驚いたな、自慢のお孫さんですね、ケルン様」
「これはこれは、どうもありがとう」
ケルンはとても嬉しそうで、この二人の生活が順調なのが窺えた。
ダニエルもジェシカも、ケルンが自分たちに護衛を頼んだ理由がわかった。今回やっとしっかり顔を見ることが出来たが、ここまで美しい青年だと思わなかった。若い女性冒険者も、男性ですら、妙な気を起こし兼ねない。
自分たちは夫婦だし、ユルくらいの年齢の息子が二人いる。多少は見惚れるが、それだけだ。
「それでは、出発致しましょうか」
貴族の馬車の中古のわりに少し地味だが、揺れが少ない。ケルンに、貸し馬車には多少金額がかかっても構わないと言われたので、二人がケルンの負担を考えて選んだ箱型だ。中に、ユル・ケルン・ジェシカが乗り、ダニエルが御者台に座った。二頭の馬は静かに待っていた。
王都に着くまで、舗装された街道を行く。高齢のケルンがいるので、所々で休憩が出来るような場所も選んである。王都に着くのは場合によって日を跨ぐかもしれないが、夜中になる予定だ。
ここは大通りと言っても住居兼ねた店もあるので、ゆっくり静かに進む。
道中は、自分には普通に話してくださいと、ユルは二人にお願いした。それならと、ジェシカがユルに話しかけた。
「ユルくん、うちの息子たちは知ってる?」
「‥‥‥?」
「リッツとルッツの双子よ」
ユルは目を丸くして驚いた。知ってるも何も、最近は案内人や、溜まった依頼を引き受けてくれる、ギルドには欠かせない双子の冒険者だ。
「‥‥‥申し訳ありません。お二人のお母様でしたか」
「お母様‥‥‥」
言われ慣れていない呼び方に、ジェシカはむず痒くなった。
「‥‥‥とても、素晴らしい息子さんたちですね。ギルドはお二人に助けられています。先日は、代表に感謝されていましたよ」
「まあ本当?驚いた!後でダニエルに教えなくちゃ」
褒められるとは思ってなかったので、ジェシカの頬が緩む。ケルンもユルも、そんなジェシカを微笑ましく見ていた。
ダニエルとジェシカが登録している冒険者ギルドは【蒼玉】だが、息子たちは違うギルドを、【紅玉】を選んだようだ。
「‥‥‥あのお二人はきっとこの先【紅玉】の若い冒険者たちを引っ張ってくれます」
「ユルくん、二十三歳よね?ちょっとしっかりしすぎじゃない?」
ケルンも最近、しっかりしすぎな可愛い少女の冒険者にそう思ったばかりだ。
昨夜、ユルから渡された香り袋。ロロからケルンへ。前にユルが持っていた物と色違いのリボンだ。ローズマリーの香り、持っているだけでとても清浄で心安らぐ。
『守り袋だね』
『‥‥‥やはり、そう思いますか』
『ロロくんは、彼女は‥‥‥』
『‥‥‥お祖父様には、ある程度お話ししてもいいと』
ロロは、全属性である。
『全属性、それも最近なんだね?』
『‥‥‥はい。もし、ロロさんとお話しする機会が出来たら、何故かを聞きますか?‥‥‥代表も副代表も、私とお祖父様の間で秘密が多いのも良くないからと心配してくださいました』
ユルは全てを知っているのだろう。自分にずっと言えないまま、今まで過ごしてきた。カイもマルコも、ユルを信用しているのだ。
『私からは聞くことはしないよ。ロロくんが話してくれたら、ちゃんと秘密は守ろう』
ユルが穏やかに笑った。本当に良い顔をするようになった。ガルネルに来て、確実に強く成長した。
「それにしても、この馬車は何だか清々しいですね!」
ジェシカが、すーはーと深呼吸した。
「「‥‥‥‥‥‥」」
「どうしました?」
二人が持っているロロの香り袋は、この馬車の旅を快適にしてくれた。
休憩は、昼・夕方に二度、そして、今は午後八時で三回目だった。かなり順調だ。
「順調すぎるくらいだ」
ジェシカは御者台で待ち、三人は大きな宿にある一階のダイニングで食事をしている。ジェシカの分の食事は包んでもらって、ダニエルが魔法鞄に入れている。
「馬にも回復薬入りの干し草をやれましたからね。昼の食堂で用意のいい薬屋に会えたのは運が良かった」
「「‥‥‥‥‥‥」」
ユルもケルンも、何かロロの香り袋が関係しているのではないかと、食事をしながらドキドキしていた。ダニエルはご機嫌だ。
「ダニエルくん、もうすぐ王都に入るかな?」
「はい、ケルン様。一時間半くらいで王都北の検問所に、それから三十分前後でカーティス家に到着できるでしょう」
緊張しないと言えば嘘になる。六年振りの実家だ。ギルドで働くと決めた時に両親はガルネルに来てくれた。それから手紙のやり取りはしていたが、会うのはそれ以来だ。
「ユル、大丈夫かね?」
「‥‥‥はい、やはり、少し緊張しています」
ダニエルは、ユルが六年前に貴族から酷い目にあったとしか聞いていない。慰めることも出来なかったあの時と同じで、何も言えなかった。一年間、祖父の側で穏やかに過ごし、五年前に【紅玉】の鑑定士になったと聞いた。
ユルは、父親の顔で心配そうにしているダニエルに気がつき、大丈夫ですと微笑むと、ダニエルはホッとして会計を済ませに行った。
ダニエルが代わって御者台に座り、ジェシカは馬車でケルンに許可をもらって食事を始める。
「いただきます!‥‥‥んん!いい宿の食事は美味しいですね!」
「良かった良かった」
ジェシカも美味しそうに食べる女性だなと、ユルはロロを思い出していた。
ロロは、明日からアトウッドのお屋敷で薬草採取だ。ユルは、アトウッド家の庭園にあるガゼボで、ケルンに同行してお茶を頂いたことがある。優しそうな母親と、自分と歳の近い大人しそうな息子がいた。それから、もう亡くなったが、痩せた父親がいた。黒髪が自分たちと同じで、ケルンが作った魔法道具の眼鏡をしていた。琥珀色の瞳に見えた。
あの時ケルンからは、本人以外の誰に頼まれても彼には鑑定眼は絶対に使わないように言われていたことを、今になって思い出した。
「お祖父様、後でアトウッド家のお話をして頂けますか?」
ケルンは、その話がここで出ると思わなかったのか、目を丸くした。それから、ユルが今、ロロのことを考えていたのだと理解した。
「そうだね、わかったよ」
「‥‥‥宜しくお願いします」
そのことを考えていたら、もう緊張はなくなっていた。前に進むために、自分が出来ることをすると決めてきたのだ。
北の検問を問題なく通り王都に入ると、北側の街はとても静かだった。遅い時間に開いている店は、冒険者ギルドや商業ギルドの近くか、騎士団員が行く飲み屋街で、この辺りの商店はすでに閉まっている。ユルの実家は一階が事務所で、住宅地ではなく、周りは商店が多い街の通りにある。
しばらくすると、馬車が静かに止まった。
「ケルン様、ユル様、到着致しました」
「ありがとう」
道中の警護の仕事として、ダニエルとジェシカの話し方が変わった。
ユルもケルンも魔法鞄があるので、他に荷物はない。馬車を降りて、ダニエルとジェシカに礼を言った。
「‥‥‥お疲れ様でした。ありがとうございます。明日は一日ゆっくりお休みください」
「こちらこそ、良い宿を用意して頂き、ありがとうございます」
「また明後日の朝、お迎えに上がります」
「宜しく頼むね、ダニエルくんジェシカくん、お疲れ様。どうもありがとう」
「「おやすみなさいませ」」
ユルとケルンが馬車を見送ると、後ろから足音が聞こえてきた。
「お義父様、よくお越しくださいました」
「お父様、ユル」
カーティス家の両親が迎えてくれた。
「ハリーくん、ベル、急なことですまないね。王都行きの郵便馬車に頼んだんだが、手紙が着いたのは今朝くらいかな?」
「はい。ですが、いつ来ていただいても構いませんよ。さあ、お疲れでしょう、どうぞ中へ」
事務所の入口とは別の裏口から中へ入る。二階と三階が住居になっている。
「ユル‥‥‥お祖父様と同じ髪型なのね。素敵よ」
「‥‥‥ありがとう、ございます。ギルドの初日にお祖父様にしていただいてから、ずっとこの髪型です」
階段を上りながら、ユルは涙目の母と話をした。
「お帰りなさい」
「‥‥‥ただいま」
やっと、この場所に戻って来れた。
生まれ育った実家へ入り、父の緑色の瞳と、母の翡翠色の瞳を逸らさずに、ユルは、信じて待っていてくれた両親に感謝と決意を伝えた。
「‥‥‥たくさん、ご心配をおかけしました。私は、冒険者ギルド【紅玉】の鑑定士として、戻ってまいりました」
* * * * * * * * * * *
ユルが王都に着いた日の前日に、ゲイトは王都に入っていた。
余裕をもって行動出来たので、ダンジョンからは半日で着き、王都の中央区の大食堂で昼食を食べていた。王都に来る時はいつもこの流れだ。
この大食堂は、一般客・冒険者・商売人・夜勤明けの騎士団員や夜警隊などが集まり、安いのに美味いと有名な店だ。大体ここでのんびりしていれば、顔見知りの騎士団員を捕まえることが出来て、ジルニールやサイラスに連絡をつけてもらう。
白身魚のフライと塩豆をつまみに、エールを飲んでいた。料理の美味さでいえば、ドットたちのほうが上だ。だが、こっちはこっちで若い頃から食べ慣れた味の良さがある。
「昼間から羨ましいか?」
「なんだ、バレてましたか」
「後ろから良い匂いがするし、女の客も急に増えたからな。どうせお前目当てだろう?」
「何言ってるんですか。貴方だってそうでしょうに」
後ろの席に座っている、空色の髪を一つに纏めて革紐で結んだ男が、振り向いて微笑んでいる。
「団員を捕まえるつもりだったが、必要がなくなったな。これから仕事か?サイラス」
第五騎士団副団長サイラス・トレス。空色の髪と瞳の中性的な男が、いいえと言った。
「すでに貴方が王都に入ったことを知ってた団員の子がいましてね。夜勤明けだったところを寮で話を聞いて、来たんですよ」
とても夜勤明けの顔じゃない。普通の男なら汗臭く、髭と顔の油が酷い有様だ。こいつ人間か?と思っていたら、サイラスが苦笑した。
「もちろん、ちゃんとシャワーを浴びた後ですよ」
「じゃあ、眠いところ悪いな。ジルは、今日は?」
「もちろん仕事ですよ。急ぎですか?」
ゲイトが振り向いて、顔を見合わせる。
「七年前に関わる話だ」
「‥‥‥」
「明日、関係者かもしれない男に会う。その前に、お前たちと話がしたい」
「五時頃にジョセフを寄越します。ここにいますか?」
あと三時間程だ。食べながら話しかけてきた誰かと飲んでいれば、それくらいは待てそうだ。
「ああ、ここにいる。それと懐中時計はあるか?」
サイラスがキョトンとした顔で、自分の懐中時計を出した。
「持っていましたよね?忘れたのですか?」
サイラスが貸そうとしたので、いや違うと言った。
「マルコと情報の共有をしてる。あの時の懐中時計だ」
「!」
記憶失くしの森で、自分たちが子供を探す際に持っていた懐中時計だ。結局、持ち主がわからないまま、ジルニールが持ち帰った。
「もし、まだあるなら、後で持って来てくれ」
「‥‥‥承知しました」
サイラスが店を出ようと立ち上がった。
「おい、ちゃんと顔を戻してから出ろよ。イイ男が台無しだ」
「‥‥‥そうですね」
眉根を寄せたサイラスに、ゲイトは親切に教えてやって、エールの追加を注文した。
読んでいただきありがとうございます。




