77個目
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※セージ・アトウッドのお話です。
『すごい!こんなにたくさんの星、初めてだ!』
十歳の時、両親と車で、長野県の星空がキレイで有名な場所へ来た。今日は七夕だが、天の川が見られるかはわからないぞ?と父に言われた。昼から雲り空だった。
夜空の隙間に僅かに星が見えるだけだった。多すぎる雲の流れも少し待てば変わるかもしれないからと、遠出に少し疲れた僕は、車で少し眠ることにした。ちゃんと起こしてよ?とお願いしたら、わかったわかったと、両親は笑った。
目が覚めたら、夜空に星がいっぱいだった。
「すごい!こんなにたくさんの星、初めてだ!」
しばらく圧倒されていたが、両親も車も、周囲は誰もいなくなっていて、自分一人だと気がついた。
真っ暗な場所に、たくさんの星。ふらっとよろけて、尻餅をついた。
「お父さん、お母さん」
寒くはなかったが、泣きながら知らない石畳の道を歩いていたら、外国人に声をかけられた。
「おい!子供がこんな所でこんな時間に、何をしてるんだ!」
日本語だ、良かった。両親とはぐれて一人だと言ったら、かわいそうにと頭を撫でられた。連れて行かれた場所には、制服を着た外国人が何人もいた。皆、日本語を話していた。
「身形が良いから貴族の子供じゃないか?」
「貴族がこんな時間に歩くか?」
「なぁ、捨てられたんじゃ?」
「馬鹿!」
「ご、ごめん坊や」
捨てられた?‥‥‥星を見に行って?
歳はいくつか聞かれたので、十歳と言ったら、もっと小さい子供だと思ったようで驚かれた。今度は坊やと言ってごめんと謝られた。
ここは、ガルネルの街道沿いで宿屋の中だと言われた。日本じゃないの?と聞いたら「ニホン?」と不思議な顔をされた。
捨てられたのではなく、自分が何処かに迷い込んだのだと、子供ながらに思った。
彼らは王都の騎士団で、遠征帰りの途中、ガルネルの外れで見たこともない発光があったので、本隊と別行動で四人だけ残って辺りを見回っていたそうだ。結局、何もわからなかったので、宿で一泊したら早朝に王都へ出発するらしい。
「そうだ、名前は?」
「サトウセイジ」
「変わった名前だな。サット・ウセージ?」
「セイジ」
「セージ?」
ちょっと言い方が気になるが、そうだと言った。
「おい。瞳の色が黒に近いな、この子供」
「やめろよ。焦茶色が、ちょっと濃いだけじゃないのか?」
「セージ。悪いが、王都には連れていけない。教会に預けてもいいか?」
騎士団員たちは、瞳の色を気にするようになった。あまり遠くへ行きたくない。両親が探しに来たら‥‥‥両親の名前は、何だったか?
家族の名前が、思い出せなくなっていた。
翌朝、教会へ連れて行かれて、騎士団員と別れた。ありがとうと言ったら、昨日も謝った男がまた「ごめん」と言って去って行った。
神父さまに会った。やはり瞳の色を見て目を細めた。魔力はどうか聞かれたが、何も知らないと言った。ここの人たちは魔法が使えるの?と聞いたら、驚いた顔をされた。しばらく預かるが、孤児院に行くように言われた。
僕はもう、顔しか覚えていない両親には、会えないのだとわかった。その夜は、泣きながら眠った。
孤児院では友達も出来なかった。必要以上に話しかけてこない。一人で花の世話をしていたら、美しく咲いたことに、院長に土魔法が使えるのかと喜ばれた。野菜畑に連れて行かれて、世話をしたら驚くほど野菜が育った。瞳が黒くなければ、表で堂々と働けるのにと残念がられた。
二年が経ったある日、中年の夫婦が孤児院へやって来た。土魔法が見事な子供がいると聞いたと、訪ねてきたのだ。養子にしたいと。
院長は、瞳の色が黒いので無理ではないかと言った。この瞳の色は、この国では嫌がられるのだと、さすがに理解していた。
夫婦が、目の前に来た。名前を聞かれたのでセイジと言うと、やはり「セージ」と言った。発音が難しいのだろうか。土魔法を見せてほしいと言われたので、裏庭の野菜畑に連れて行き、苗を植えて水遣りもせずにトマトを育てた。この土はもう、育つ土になっていると説明すると、一日だけ試しに家に泊まりに来てみないか?と言われた。
院長は、僕が便利な子供だったので渋い顔をしたが、夫婦が寄付金を渡すと簡単に了承した。
アトウッド家は、大きな屋敷だった。庭も驚くほど広かった。子供がいない夫婦は、庭で薬草を育てていた。アトウッド家は代々、この薬草を守ってきたのだ。自分たちの代で終わらせるわけにはいかないので、土魔法が使える子供を養子にしたかったのだそうだ。
僕の両親について聞かれたので、名前は覚えていないが、黒髪で黒い瞳の日本人だと答えた。星を見に出掛けて、眠ってしまい目が覚めたら、知らない土地に自分だけ来ていたと。夫婦は、全てを信じたわけではなさそうだが、異世界から来た者がいると昔話で聞いたことがあると言った。異世界、そんな漫画やアニメがあったような気がする。
夫婦に、僕がいた国では殆どが黒か茶色に近い色だと言って、どうして黒が嫌がられるのかを聞いた。
黒い瞳は、黒の魔力が強すぎて、魔に堕ちやすいと云われているそうだ。威圧と魅了が過ぎると人には害になるらしい。だが、僕を見ても、そうとはとても思えないと感じたと言った。
僕は、この家の養子になりたいと言った。
孤児院を出たかったし、この夫婦以外にマシな大人が今後現れるとは思えなかった。
ちゃんと、庭の薬草を育てることを約束した。野菜や香草も育てていいかと聞いたら、義母になる人が笑って「こちらこそお願いするわ」と言ってくれた。
僕は、ルーベンとクロエの息子、セージ・アトウッドになった。
ガゼボでお茶をするのが好きな夫婦には、近所に住む友人がいた。ケルンさんと言う魔法道具職人だ。姿勢が良くて、執事みたいだと思った。
夫婦は彼に、僕の黒い瞳を隠せる魔法道具を頼んだ。僕は、迷惑をかけるので、殆ど出掛けていなかった。夫婦は僕が気の毒だと思ってくれていた。優しい夫婦の養子になれて良かった。
ケルンさんも優しい人で、瞳は青いが、黒髪なのがお揃いだねと言ってくれた。彼はしばらくすると、眼鏡を持ってきた。目は悪くないが、かけてみると普通に見えたので、度のない眼鏡だと思った。義父母が驚いた顔でこちらを見ていた。僕は、屋敷に戻って鏡を見た。義父と同じ琥珀色の瞳になっていた。眼鏡を外すと、黒に戻った。すごい。ケルンさんが、冒険者ギルドお抱えの凄腕の魔法道具職人なのだと、後で知った。
二十歳になった。
屋敷の使用人たちには、変わらず僕は良く思われていない。眼鏡の下が黒い瞳なのを知っているからだ。
義父母はまだ五十代後半なのに、七十代くらいに見える。アトウッド家の薬草を維持するために、若い頃から庭園に魔力を注いでいるためだそうだ。この家は普通の人よりは長生き出来ないことを覚悟するように言われていた。生きることに執着はないが、誰かに見つけてもらいたい思いは、まだどこかにあった。
屋敷の邪魔にならない場所を使わせてもらった。石板に、日本人だった証を残した。いつか、自分の本当の名前さえも忘れそうだったからだ。この周りだけ、香草のセージを育てた。
結婚するなら、琥珀色の瞳の女性がいい。そう言ったら、義父母は本当に見つけてきた。エラという、とても清楚な美人で、髪も琥珀色の十七歳の女性だ。
エラの祖父は男爵だったが、三男の父親は平民女性と結婚した。二人とも事故で亡くなり、一人娘のエラは十二歳から今まで祖父の男爵の屋敷で暮らしていたそうだ。
エラは、僕の黒い瞳を見ても、思ったより黒はキレイねと言った。ちょっと変わった女性だ。祖父の男爵も、結婚相手に困っていたところへ話が来たので喜んだそうだ。その男爵も、黒に近い瞳の無害な人間を知っているらしく、気にしなかったそうだ。
エラは優しくて明るくて美しくて、僕は初めて、恋をした。
エラと同じ、琥珀色の髪と瞳の男の子が生まれた。なんて小さく、可愛いのだろう。僕と同じ、黒い瞳に生まれなくて良かった。
良いことばかりではなかった。
義父母が相次いで亡くなった。アトウッド家に孫が生まれたことで、安心して逝ってしまった。愛してくれた恩人たち夫婦がいなくなって寂しくなったが、僕にはもう、妻のエラと息子のアルビーがいる。
使用人たちの中で、薬草を盗む者が現れた。僕は怒り、その使用人たちを解雇した。死んだ義父母が大事にしていた薬草を盗むなんて許せなかった。欲しいなら、欲しいと言えばいいのに。
僕の土魔法のレベルが上がったのか、アトウッド家の人間と、許可した者だけが収穫・採取できるように、庭園に魔法をかけた。ただ僕やエラに許可をもらいに来ればいいだけなのに、使用人たちはそうしなかった。勝手に怒って、勝手に怖がって、辞めていった。
アルビーはイチゴが一番好きだとわかった。屋敷の壁沿いに美味しいイチゴがたくさん育つように土魔法で育てた。
エラはサンドイッチが得意なので、よく使う野菜の畑を作った。香草茶が好きだと言えば、香草も増やした。エラは「あなたの優しさを皆わかってないわねー」と言った。エラとアルビーにだけ、わかってもらえば良かった。
アルビーに、苦労をかけたくない思いが生まれた。長生きして欲しかった。
アルビーが魔力を注がなくても、庭園の薬草・香草・野菜・イチゴがずっと採取・収穫出来るように、再生魔法を考え、毎日魔力を注いだ。
生活のために、義父に連れて行ってもらっていた薬屋に時々薬草を売りに行った。自分で作った土器のような物に入れると、薬草は傷まなかった。器を持って出掛ける僕は、怪しい変な人だと言われているのは知っていたが、どうにも出来ない。魔法鞄は欲しいが、ギルドでこの黒い瞳を晒したくないし、魔力鑑定がどう出るのかが怖い。
アルビーは、僕に社交性がないせいで、成長するにつれ、益々内気で他人と話すのが苦手になってしまった。ただ、エラに似て、正直で真っ直ぐだった。
イチゴを摘んできて、僕にくれた。「ありがとう、美味しいよ」と言うと、それから毎日持ってきた。
まだ、庭の壁側には余裕があるので、もう少しイチゴを増やそうとしたら、アルビーが子株を自分で植えたいと言った。アルビーも土魔法が使えるのかどうかを見たかったので、お願いした。
アルビーが土魔法を使った時、瞳の色が変わったので驚愕した。
アルビーは僕の表情を見て、ショックを受けてしまった。喜んでくれると思ったのだろう。アルビーはもう、イチゴは摘んでも、庭園で土魔法は使わなくなった。
悪いことをしたと思ったが、これで良かった。僕が、この先もアルビーが魔力を注がなくてもいいように、永遠の庭園にすればいいだけだ。
ケルンさんが、時々ガゼボにお茶を飲みに来てくれる。眼鏡の具合と、僕たちの心配をしてくれていた。彼の孫のユルくんを連れて来たことがあったが、ケルンさんに似て、物静かで優しい美しい青年だった。エラもアルビーも、二人とはお茶を飲むのが楽しいようだ。
最近少し痩せた僕を、ケルンさんは悲しそうに見ていた。
たぶん、もう僕は長くない。自分でわかっていた。
永遠の庭園。
家族のために、僕が生きた証に、どうしても遺したい。
この話をしたら、エラが泣いた。僕と結婚したばかりにゴメンと謝ると、頬を平手打ちされた。痛い。
気付けば、アルビーは青年になっていた。最近あまり話をしていない。僕が嫌いになっただろうか。
最後になると思い、薬屋に行くことにした。器が重く感じて辛い。
この近くの冒険者ギルドのピンバッジを付けた、黄土色のワンショルダーリュックの少女が楽しそうに歩くのを見た時、あんな感じの魔法鞄が欲しかったなと、羨ましく思った。
薬屋の店主は、僕の異常な痩せ方に驚いていた。これで会うのが最後になるだろう。もしかしたら、息子が薬草を売りに来るかもしれないし、来ないかもしれないと言ったら、どっちだと泣き笑いされた。
最後だからと眼鏡を外した。店主は驚いたが、とくに魔法道具の眼鏡の凄さに驚いたようだった。面白い男だ。
近いうちに来る予定の得意客で、フリーの棺職人がいると教えられて、一ヶ月後にアトウッド家に届けてほしいと薬屋に依頼してもらうことにした。今までの礼も含めて、高級薬草の魔力増加草を渡した。
去り際に、薬屋の店主が「お引き立ていただき、ありがとうございました」と言ったのが聞こえた。
出来ることはした。草むしりが出来なかったのが悔やまれる。そのくらいは、二人がやってくれるだろうか。エラは無頓着だし、アルビーはイチゴにしか興味がない。諦めるか‥‥‥。
ベッドの住人になった僕のところに、アルビーがイチゴを摘んで来てくれた。あの器に入れたようだ。今後、イチゴや野菜を入れて使われるのかと思うと、何だか笑えた。
アルビーに、以前、土魔法を使った時に驚いてごめんと謝った。それから、アルビーは魔法を使うと瞳の色が変わるから、信じられる人の前でしか魔法は使わないように言った。泣きそうな顔で「わ、わかった」と頷いた。久し振りに、自分より大きくなった息子の頭を撫でて、無理してイチゴをたらふく食べた。
「あなた‥‥‥棺が、届いたわ。神父さまにお願いして、家族で送る。それでいいのね?」
「うん‥‥‥ありがとう」
「と、父さん、ボクどうしたら‥‥‥!」
「元気で、母さんを大事にして、好きなイチゴを食べてくれればそれでいいよ。時々、ケルンさんに届けてくれるかい?お世話になったんだ‥‥‥」
「わ、わかった、けど」
永遠の庭園は、アルビーに負担になってしまっただろうか。アトウッドの義父母やご先祖には悪いが、アルビーの代で終わるかもしれない。
庭園にばかり命を注いだ馬鹿な父親になってしまった。
日本の両親の顔が、久し振りに出てきた。懐かしい。
お父さん、お母さん。
僕はね、異世界のガルネルで生きていたんだよ。
探したよね? ごめんね。
ああ、お別れだ。
「‥‥‥エラ、アルビー、愛してる」
僕は、ガルネルで死んだ。
読んでいただきありがとうございます。




