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※ランスの過去から始まります。
家具職人ランスの父は、ノストルドム南部の棺職人だった。
国の中心部から突如として発生した魔物によるスタンピードで、まだ少年だったランスは混乱の中で父を手伝い、死んだ人々の棺を用意した。
元々は戦争の多い国だったから棺職人も多くいて、棺は十分にあった。しかし、死者がその数を超えて、棺はすぐになくなった。父は、少なくなった棺職人たちと共に次々と棺を作った。
重く苦しい日々。重傷者が多く、怪我がもとで、毎日誰かが亡くなった。父もランスも人の想いに敏感で、泣いても、吐いても、棺を作り続けた。
母・兄・妹の分も作った。家族は父と自分しか生き残らなかった。五歳の妹の小さな棺を作ったことが、一番辛かった。
時代が変わり、ランスは父の勧めで冒険者になった。自分がなれなかった冒険者になって、自由に生きて欲しかったようだ。
幸運の、青銀色の綿花をたくさん入手すると、少し痩せ始めていた父も、興奮し、踊り出すほど喜んだ。ランスは商店に綿花を持ち込んで、ベッド用の綿の厚敷きを二枚注文した。
父が病で死んだ。
父は、自分で自分の棺を用意していた。
父の柩に、青銀色の綿花を一緒に入れて、家族が眠る墓地に埋葬した。
独りになってしまったランスは、冒険者をやめて、家業を継いだ。ノストルドムを出て、フリーの棺職人になった。
ギルドやダンジョン管理者から依頼があれば、冒険者の遺体を入れるための棺を担いで納品した。
作った棺は、専用の魔法袋に入れて保管するが、納品先が決まって聖水で仕上げをしてからは、魔法袋に入れないことが家訓だった。人間の命の重さ尊さを、担いで運ぶことで忘れないためだそうだ。
一人で棺桶を担いで歩くランスは寡黙だった。目立たないよう黒い服装で黙って棺を運ぶランスの姿を見て、死神のようだと笑った冒険者が、偶然その後すぐに死んで、ランスの棺に入った。それから、榛色の死神を笑えば死ぬ、姿を見たら死ぬ、などと噂になった。
ランスは棺作りが暇になると、趣味で家具を作っていた。極端に口調を変えてみて、黒シャツを白シャツにしたら、榛色の死神と呼ばれた棺職人と同一人物だとは気付かれなかった。冒険者時代のランスを知る者も、一部にしか棺職人だと教えていない。気づいていても、知らない振りををしているかもしれない。
ランスは、家具職人になった。
冒険者時代から時々足を運んでいた隣国イーステニアで、仕入れをしたり、家具の修理をしたり、飛び込みで入った商店で無名の家具職人の作品として買い取ってもらったり、作りたい物を作って暮らしていた。特に、ガルネルには、よく来ていた。
三十二歳の時、ランスは冒険者ギルド【紅玉】の食堂でエールを飲んでいた。顔見知りの元冒険者パーティーが料理人になっていて、それが美味しいと評判だったので来てみたのだ。このギルドに来るのは、先代のギルマスが亡くなって棺を担いで運んできた時以来だった。
ギルマスのカイ・ルビィから声をかけられた。ランスが元冒険者の先輩で、父親が死んだ時に来た棺職人だと覚えていたので驚いた。更に、あの時はどうもありがとう、とまで言われた。
棺職人ではあるが、表の職業は家具職人よと言うと、家具職人なら出来そうだな、ここをカフェにリフォームしてくれ!と言った。
何でだよ?と思ったが、この男の瞳は真っ直ぐで、好ましかった。とにかく、あまり金はかけられないから、そこは上手く頼む!と、遠慮がなかった。
カフェは、なかなかの出来だった。ギルマスが好きな女性のアイデアだったようだが、彼女の兄がうるさくて二人きりでは話も出来ないらしい。
それからは、ふらっとエールを飲みに来ては、ギルマスが結婚したこと、父親になって子供が生まれたことをドットから聞いた。どうやら好きな女性とうまくいったようだ。うるさい兄を攻略したのだろうか。
厨房の料理人たちの雰囲気も柔らかくなっていた。
棺職人の仕事も時々あるが、自由に家具を作り、最近では、ガルネルを中心に転々としていた。
ふと、自分は寂しくなると【紅玉】のカフェに行っていると気がついた。エールを飲みに来たと言っては、ドットたちの話と料理を食べるのを楽しみにしていたのだ。
ドットのサンドイッチとエールを飲みに来たその日。
『ん?ギルマスの知り合い?』
『そんな感じの、ロロです』
面白い少女に出会った。
『ふふ、知っちゃったねぇ、私の秘密』
少女は、ギルドの宝物だった。
『私は、全属性なのです』
その宝物に、ランスは捕まってしまった。
『ランスさん。あのお部屋も工房になる場所も、好きにリフォームしちゃえばいいよ。ツヤピカのお手伝いもするし、楽しくお仕事しよう!』
『悪いなランス。エールも好きな時に好きなだけ飲め。大会議室のリフォームが終ってからでもいいから、【紅玉】の家具職人、そして別棟の管理人になってくれ』
『ランス、仲間として一緒に仕事が出来るのを楽しみにしてるよ。まずは、俺の部屋を頼むね』
『キレイになあれー』
転々としていたランスに、居場所が出来た。
ああ、そうだ。
ギルマスが好きだった女性がメイナで、そのうるさい兄がマルコだった。
それから、厨房の料理人たちの雰囲気が柔らかくなったのは、厨房に小さなロロが居たからだ。
カフェをリフォームした時から繋がっていた。
あの時、家具職人だから無理だと、リフォームを断っていたら、今はなかった。
明日は、ロロとパン屋のベンチで待ち合わせだ。
十五歳の可愛い女の子との、優しい時間が待っている。
ベッドの上のランスが、少年時代の瞳で、今でも尊敬する思い出の人に語りかけた。
「父さん。俺、あの頃は、こんなに明日が楽しみだと思える日が来るなんて、思わなかったよ‥‥‥」
* * * * * * * * * * *
帰ったら、愛娘のナナシーがもうすぐ寝るところだった。階段で二階に上ろうとしていた。
「間に合ったか!」
「‥‥‥とうさま?」
「カイ、今日は早かったな」
ナナシーを抱っこしたメイナごと、抱きしめた。
「おかえり」
「おかえりなさい」
「ただいま。ちょっと寝るのを待ってくれ。ロロからプレゼントがある」
「ロロちゃんから?」
眠そうだった薄紫の瞳が、大きくなった。リビングに戻って、ナナシーを真ん中にソファーに座った。
薄紫のリボンの生成りの巾着袋を、魔法鞄から出した。かわいい袋だなと、メイナはロロの手作りだとわかって微笑んだ。
「開けてごらん」
リボンをするりと解いて、巾着袋を開くと、黄土色の財布が出てきた。紐飾りが薄い青と紫で出来ている。
「お財布か、ナナシーのお小遣いを入れられるな」
「おさいふ!おとなみたい!」
「ははっ!ナナシー、見たことないか?この色」
「おさいふのいろ?‥‥‥‥‥あっ!ロロちゃんのリュック!」
「正解!」
ナナシーの頭を、良く出来ましたと撫でた。えへへ、と天使が嬉しそうに笑った。
「幸せぇ」
カイが呟いて、ナナシーをギュッとすると、どこかの娘に似てきたなと、メイナは思った。
「ナナシー、俺がロロにあげたリュックは古くなったから、今は新しいのを持ってるけど、古いリュックのキレイなところを使って、ロロの友達の職人にリメイクしてもらったんだ」
「リメイク!ロロちゃんも、とくい」
ロロが服をリメイクしていることをナナシーも知っている。
「俺が初めて持った魔法鞄だったから、ロロは大事にしたくて、ナナシーとお揃いのお財布を二つ作ってもらったんだ。この紐飾りはロロの手作りだぞ」
「ロロちゃんとおそろい?うれしい!」
「紐飾りもキレイだね。ロロとナナシーの瞳の色に似ている。あの子は器用だな。とうさまとロロが大事にしてた物だ。ナナシーも大事にしようね」
「はい」
「じゃあ寝ようか」
カイがそのままナナシーを抱っこした。今日はそのまま寝ないように、メイナにチクリと言われた。また寝違えたら、マルコとロロに笑われる。
ナナシーが寝たので、カイが一階に下りると、メイナが夕食をテーブルに用意していた。有り難い。腹減った!と座った。クリームスープパスタだ。ごろっとしたベーコンとごろっとした野菜がいっぱい入っていて、メイナらしい料理だ。
「美味い」
「良かった」
ナナシーの友達の母親とも交流して、料理を教えてもらっているようだ。
「メイナ、カフェをリフォームした家具職人が、ギルドの仲間になった」
「いきなりだな」
「ロロが釣りあげた」
何だそれ?とメイナが苦笑した。裏の別棟の管理人にもなってくれたから、受付のレイラとリリィの負担が減ったと話すとホッとしたようだ。
「レイラは、トムさんと‥‥‥どうなんだ?」
「ロロが言うには、やっとトムさんの気持ちに気がついたようだが、どうだろうな」
「そうか‥‥‥」
レイラはメイナと同い年で、メイナが冒険者の頃から気が合い、食事をする仲だった。レイラは美人だしモテるが、元A級冒険者で強すぎるのと、高嶺の花すぎて逆に誰も近づけなかった。
トム・メンデスとレイラは、魔法道具の相談でよく話をしていた。彼は、誰がどう見てもレイラが好きだとわかるほど真っ赤になっていたが、レイラは気づいていなかった。変に鈍かった。
メイナが、トムをどう思うか聞いてみたことがあった。
『真面目な職人さんで、忙しくてもすぐに頼みを聞いてくれるわ。良い人よね』
完全にギルドの仕事仲間としか思っていなかった。
ロロがきっかけを作って、レイラの威圧に耐えられるヘアピンをトムがプレゼントしたと聞いた。トムの色に似た魔石付きだったとか。そのうちまたレイラとはお茶でもして、ヘアピンを見せてもらうつもりだ。
ああ、またロロに会いたい。もっとゆっくり会って話したい。
「そうだ、ロロが泊まりに来たいそうだぞ」
「そ、そうか!いつでも来るように言ってくれ!」
妻の今日一番の笑顔に、カイは苦笑した。
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