72個目
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「キレイになあれー」
久し振りにクルッと回ってみたら、体が斜めになって、おっとっと、と右足で堪える。手は広げた状態をキープしていた。
マルコとランスが、バッと下を向いて震えた。ランスがバシバシとマルコを叩く。
(ちょっとぉ!笑うなって言っておいて、あんたが笑いを堪えてんじゃないわよ!)
(いや、ランスが吹き出したら、つられて吹き出しちゃうから笑うなって言ったの!俺だってまさか回るとは思わなかったし!)
二人がコソコソ話しているうちに、部屋がキレイに洗浄されていた。
「回るんじゃなかった‥‥‥‥‥‥笑ったよね?」
「「まさか」」
ランスは、部屋を見回した。ツヤピカではない、素朴な部屋の落ち着いた雰囲気はそのままに、清潔感がある。
「はあぁ、清々しい空気にもなるのネ。気持ちがいいわ。キッチンも、古いベッドもキレイになってる。綿の厚敷きと枕とブランケットは持ってるから大丈夫よ」
「綿って、青銀色の綿花?」
「ふふふ。二十代の時に幸運に恵まれたわ。いつか使えるかもしれないからって、まだたくさん持ってるの。分けてあげてもいいわよ?ロロちゃんの洗浄魔法でキレイになるでしょ?」
この世界の綿花は青銀色の綿花で、ダンジョンのレア素材だ。出現する階もランダムで、見つけたら幸運だと言われている。摘み取っても次から次に取れるので、大容量の魔法鞄をさえ持っていれば、取り放題だ。一度その場を離れたら、綿花畑は消えてしまう。綿花は洗浄魔法でキレイにしてから、高級衣類や寝具に使われる。
「いいの?ランスさんの幸運なのに」
「いいのよ」
「やった!」
では、お礼をしなくては。
「トイレはピカピカでいいよね?マルコさん」
「うん、それがいいね。魔力はどう?無理のないようにね」
「もう少し平気そう」
ロロがトイレの扉を開けて「キレイになあれー」とピカピカのイメージで洗浄魔法をかけた。
イメージが良すぎたせいか、新築のトイレみたいに美しい便器と壁と天井に仕上がった。排水や水栓、魔石で浄化する場所まで巡ってしまい、ロロはしまったと思ったが遅かった。
「ありがとう、ロロちゃん!‥‥‥ねぇ、疲れたんじゃない?」
「うん、ちょっと‥‥‥やりすぎた、かも」
少しフラついたので、マルコがロロの肩を支えて顔色を見た。厳しい瞳がロロを見つめた。
「魔力回復薬を飲みなさい」
「はい」
少し体が重いなと思ったら、これが魔力をたくさん消費した感覚なのだとわかった。ユルがいつも無理して鑑定をしていた後は、辛そうだった。大変だったろうに‥‥‥と思った。
「飲めるね?ゆっくり」
「はい」
マルコからキレイなガラスの小瓶を受け取って飲んだ。ランスが申し訳なさそうにしている。心配させちゃったな、と反省した。
丸太の椅子に座ったマルコの膝に、抱えられるように座っていると気がついたのは、少ししてからだった。
「うわお、近い!」
「うん、もう大丈夫だね」
頭を撫でられてから、隣の椅子に座らされた。
「ランス、テーブルでお茶していいかな?」
「用意がいいのネ。どうぞ」
持ってきた紅茶入りのマグカップを三つ、魔法鞄から出した。マルコの紅茶は少し香草が入っていた。蜂蜜入りのアップルティーにカモミールとジンジャーだ。少し冷たくなっていた体が温まった。
「ロロちゃん、やりすぎた原因はわかってる?」
「トイレに繋がる全てに洗浄魔法をかけてしまいました」
「次は気をつけようね。ギルド二階のトイレでもう一度やってもらうよ?倒れるようじゃ仕事にならない」
「はい。ごめんなさい」
マルコが本気で怒って本気で心配してくれてるとわかっているので、ロロは素直に謝った。
優しく微笑むマルコに頭を撫でられるロロを見て、ようやくランスもホッとした。ツヤピカの家具を頼むにも、大人の自分がロロの魔力量を考えなくてはいけないと思った。
「アタシも魔法鞄に、毎日のエールと食事を厨房に注文して入れておかなくちゃ」
ここで自炊をする気はないようだ。
「ランスさん。【カルーダンのパン】知ってる?」
「名前と場所だけネ。ロロちゃんのご贔屓なの?」
「うん」
「じゃあ、明日の朝行ってみようかしら」
「八時頃にパン屋さんのベンチで待ち合わせしようよ。美味しくて、とても優しいご夫婦のお店なの。ランスさんをギルドの仲間って紹介したい」
ランスはチラッとマルコを見たが、反対はしないようだ。紅茶を飲んで、話を聞いている。
「わかったわ、ヨロシク」
「へへ、楽しみ」
紅茶を飲み終わり、マグカップはマルコの洗浄魔法で洗い、魔法鞄に入れた。ロロはちゃんと回復し、歩けるのでギルドに戻ることにした。
マルコは何も言わない。
大扉の前にはジャックが立っていた。ジョンと交代したようだ。
「お、お疲れ様です!先程は失礼しました。これからは気をつけます」
顔が青いやら赤いやら変な色になっているが、大丈夫だろうか。気の毒すぎて、ロロもランスも何も言えない。
「君が開けたカーテン?」
「いえ、俺じゃないです」
他の冒険者の誰かが悪戯して開けたのかもしれない。人通りも少ない場所で、たまたまロロたちが通ったから気がついた。
「マルコさん、カーテンじゃなくて見えない窓に出来ない?」
「それは‥‥‥また聞かせてくれる?」
「うん」
「ジャックくん、失敗は誰にでもある。‥‥‥俺にもね。次からは、気をつけて」
おおお、お咎めなし!
ジャックも、ロロとランスもホッとした。魔王は降臨しなかった。
「じゃあ、私は帰るね!また明日」
「今日はありがとネ!」
「‥‥‥気をつけて、帰るんだよ」
「‥‥‥」
マルコさん、田舎のお祖父ちゃんみたいだよ。なんて切ない。また夏休みに来るからって言いたくなるわ。
「もう、しっかりして!明日忘れないでよね?」
「貴公子ね、わかった。驚かせてあげるから」
サブマスにしっかりしてと言うロロに、ジャックはギョッとしていた。
手を振って別れると、いつもは元気に走るが、今日は魔力も使ったのでのんびり歩いて帰ることにした。暗くなる前には自宅に着く。
帰ったら、ローズマリーの様子みて必要なら水をあげて、シャワーを浴びて、晩ごはんに鶏挽き肉餡入り饅頭と串焼きを食べよう。それから、部屋で使うもの以外は魔法鞄に入れるように整理をして、早く寝て‥‥‥。
明日はアトウッド家の、庭園が待っている。
「送るのかと思ったわ」
「俺も驚いてる」
受付のレイラに戻ったと言って、二階の代表室に向かった。
「もう回復したし、今日は一人で大丈夫だと思った。本音は、送りたかったな」
「ここで本音を言うのネ」
代表室に入ると、カイがデスクで不貞腐れていた。
「遅い!お茶」
「あらまぁ」
「はいはい、こっちも色々あったんだよ」
マルコが三人分の紅茶を入れて、ソファーに座り、ロロの魔力の話をした。
「油断すると、繋がる全てを洗浄魔法かけてしまうのか」
ロロが魔力回復薬を飲むことなど一度もなかったので、正直今日はマルコも焦った。ロロが初めて限界を知った。
「ごめんなさいネ。アタシの部屋のために」
「ランスは悪くない。ロロも、いい教訓になっただろう。ただ、目の前で、マルコは焦ったろうな」
「アンタが居ても同じだよ。寧ろ慌てて騒ぐんじゃない?」
そんなわけあるか、とカイは顔を顰めた。
「今日はギルドも忙しくないし、デスクの書類のサインも終わったようだから、早めに帰ったら?最近ナナシーちゃんとゆっくり話してないんじゃない?」
「そうだな。ロロからの財布も渡したい。ランスの用が済んだら帰るか」
ランスはまだ何か手続きでも残っているのかと思った。
「アタシはその後で、大会議室で少し作業をするわ。夜は下で食べて、ギルドを閉める時間にあの部屋に帰るわネ」
カイの話を聞いてから、ランスが作業に集中できるかはわからないなと、マルコは思っていた。
二人はこれから、ランスに防音室の秘密を話さなければならなかった。
* * * * * * * * * * *
『今日は良い仕事をしました!ねぇディーノさん、ギルドに新しい仲間が増えたよ』
ロロが報告をしてきた。このギルドには人が足りないと言っていた。
『筋肉がムッキムキでね、ツヤピカが好きでね、オネエ‥‥‥個性的な話し方の人でね、家具職人だよ』
個性的で筋肉質な家具職人、だな。
『エールと自由を好むんだって』
なんだか、格好良い家具職人に聞こえるな。
『懐中時計、どうしようかなぁ』
もう、それ日課なのか?
個性的?コレが?
『いやあああ!また巻き込むつもりなのネ!とんでもない一日になったわ!あああああ』
ウルサイし、エールと自由を好むとか、どうでもいい。静かに!
『‥‥‥それにしても美しいわ』
『え?ランスのタイプ?』
副代表!
『やだぁ、飾りなら美しいのは好きだけど。愛するのは女よ』
『ほう』
『なんだ、残念。ディーノくんで遊べると思ったのに』
副代表!
『じゃあ飾りにどう?』
帰れ!
* * * * * * * * * * *
マルコの考えていた通り、殆ど仕事にならなかったランスは、人がいなくなった客席でエールを飲みながら、ツヤピカテーブルを削っていた。
「良い日でもあり、厄日でもあったわ」
「ロロに興味を持った時点で、運命が決まったのだろう」
「俺たちもそうッスよ」
「小さいロロが、アップルパイ食べて笑う顔に皆がメロメロになったんだよ」
「ふふ、ジンのアップルパイに、あの子もメロメロになったのよ。やるじゃない」
昔よりお腹が出た小柄な男が「えへへ」と照れている。
ロロの過去と、防音室のディーノという美青年の過去と現在。
「あーあ、とんでもないことを聞いちゃったわ」
死んでも口にしない、契約魔法でもされるかと思ったが、そんなことはなかった。
このギルドは優しい。たくさん働かされるかもしれないが、自由はくれた。
「まさか、リフォームも、食品専用の木箱も、作るようになるとは思わなかったわ」
箱なら今までたくさん作ってきた。
「ランス」
料理長のドットが、ランスの向かいに座った。
「振り回されるが、楽しいぞ」
最近、頭頂部が寂しくなってきた男が、楽しそうに笑う。この男たちも、元冒険者だった。自由を捨て、このギルドの厨房に入った。
「あんたたちが言うなら、そうなんでしょうネ」
削り終えた滑らかなテーブルに満足してもらい、魔法鞄に注文していたエールと食事を入れて、シャワー室を借りてから、ランスはギルドを出た。
エールに酔うことはない。酔えない。
暗くなった別棟の外観に、「明るさが足りない」「外灯が欲しいわ」と文句を言いながら、鍵で扉を開け、階段を下り、自室に入った。
ロロにキレイにしてもらった部屋のベッドに、圧縮して丸めた綿の厚敷きと、枕、ブランケットを魔法鞄から出して、横になった。
「ロロちゃん、ありがとう。居場所をくれて」
ギルマスのカイと、ドットたち料理人は、もう一つのランスの職業を知っている。マルコには先程、代表室で全てを話した。
ロロたちの話を聞いて、自分だけ隠していることは出来なかった。
読んでいただきありがとうございます。




