71個目
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ギルドの大扉前に立っていたジョンが、三人を確認すると「お疲れさまです!」と扉を開けた。ロロとランスを先に中に入れると、マルコがジョンに何かを耳打ちしていた。ジョンは「はい‥‥‥必ず、伝えます」と渋い顔をしていた。
受付のリリィにマルコが鍵を返し、後で別棟の管理人を紹介するからと言った。リリィは目を丸くしてから「了解ですぅ。レイラさんにも伝えますぅ」と返事をした。
「あの、リリィちゃんって娘は、同じ匂いを感じるわ」
何言ってるんだこいつ?と思いながらも、ついロロはランスの体をクンクン嗅いだ。マルコにやめなさいと注意されたが、思っていたより良い匂いがした。
「良い匂いだけど、リリィさんとは違う」
「ロロちゃん、そうじゃないのよ‥‥‥」
困った顔のランスに頭を撫でられた。首を傾げるとマルコが「触るな」とランスから離した。マルコの徹底ぶりにはランスも苦笑いだ。
代表室に戻って、ランスが管理人になることを報告した。
「とうとう捕まったか」
「捕まっちゃったわ」
エールと自由を愛する家具職人が、自由を奪われたと思っているようだ。
「ランスさん。あのお部屋も工房になる場所も、好きにリフォームしちゃえばいいよ。ツヤピカのお手伝いもするし、楽しくお仕事しよう!」
ランスが驚いていた。自分の部屋と工房を好きにリフォームするなど、考えてもいなかった。
「悪いなランス。エールも好きな時に好きなだけ飲め。大会議室のリフォームが終ってからでもいいから、【紅玉】の家具職人、そして別棟の管理人になってくれるか」
「ランス、仲間として一緒に仕事が出来るのを楽しみにしてるよ。まずは、俺の部屋を頼むね」
呆然としていたランスが、恥ずかしそうに頭を掻いた。
「管理人としてのお給料はもらえるんでしょ?‥‥‥なら、今日からでもいいわよ。宿もとってないし、帰る所はないし。仕入れる木材の費用を出してくれるなら、ギルドの中の仕事はアタシの仕事よ」
「やった!今日から愉快な仲間が増えた」
「愉快って」
ランスが頬を膨らませながらも笑っている。
今度はカイとマルコが驚いた。たった一日で、欲しかった人材を引き入れてしまった。
「小エビが釣ったな」
「釣ったね」
マルコとランスが受付へ行った。ギルドカードの登録と別棟の鍵の管理者登録、地下の鍵の受け取り、そして新しい仲間として紹介された。
「家具職人のランスよ。よろしくネ」
「受付のレイラです」
「‥‥‥同じくリリィですぅ」
レイラからリリィへと握手をすると、リリィがランスに耳打ちした。
「ロロさんの独り占めはダメですよぅ?」
「あらぁ、でも一緒にツヤピカ家具作っちゃうのよ、ごめんなさいネェ」
メリメリと音を立てた、筋肉と隠れ筋肉女子の握手。
「ランス、次は事務員の女性たちに紹介するから早くしなさい」
「リリィ、仕事してちょうだい」
ウンザリしたマルコとレイラが、長い握手をやめさせた。マルコは先程の『同じ匂い』とはコレかと納得した。
事務員の女性たちには愛想良く挨拶し、厨房にも顔を出した。
「これからよろしくネェ。後で、ロロちゃんから頼まれたツヤピカ過ぎのテーブル直しに来るわ。それと、上のリフォームの終わったら、食品用の木箱の試作もするわネ」
「ああ、頼む」
「料理長、ランスの契約でエールを好きな時に好きなだけ飲み放題なので、よろしくお願いします」
「「「‥‥‥は?」」」
料理人たちの顔が引き攣った。
「ちゃんと加減はするわよ。じゃあ後でネ」
ふふふっと笑いながら、ヒラヒラ手を振ってマルコと二階へ上って行った。
今日は良い仕事をしましたと、ディーノに報告を終えた。ソファーに座ったところで、カイがデスクの引き出しからチョコレートを出して、隣に座った。メル・ジュエルの新しい箱だ。ご褒美な、と頭を撫でられた。後はマルコの紅茶を待つだけだ、と思っていたら二人が戻って来た。
「ロロちゃん、紅茶入れるから待っててね。カイさんのチョコレートに合うのを考えるよ」
「ありがとう!」
「この甘い空気にいつか慣れるのかしら‥‥‥」
「ロロ、明日は仕事だから、紅茶とチョコレート食べたら早めに帰ったらどうだ?」
「うーん、その前にランスさんの部屋に洗浄魔法したいんだよね。だって、今日から住むんでしょ?」
ランスがキラキラした瞳で「ロロちゃん!」と感動していた。カイもさすがに点検はしていても誰も使ってなかった地下にそのまま住めなどとは言い難い。だが、敢えて言う。
「ランス、そのまま住め」
「えぇーっ?」
「冗談だ」
ロロに、帰る前に寄ってくれるかと頼んだ。部屋だけでも使えれば、工房はまた後日でいい。
「俺も行くよ。ロロちゃん約束したよね?洗浄魔法を使う時は、って」
「‥‥‥はぁい」
ランスがいるから大丈夫じゃないの?と言いたいところだが、魔王に従うことにした。
横からカイの溜息が聞こえる。顔を見たら、我慢してくれと言う顔をしている。カイも最近のマルコは過保護が過ぎると思っているようだ。
「‥‥‥ロロちゃん、ごめんネ。さっき決めていれば、そのまま洗浄魔法してもらって済んだのに」
「大丈夫だよ、ランスさん。気にしないで」
マルコの紅茶は柑橘の香りがする。チョコレートに合う紅茶。いつも考えてくれている。
「美味しいよ、マルコさん。いつもありがとう」
「どういたしまして」
優しく微笑んで、自ら入れた紅茶を飲んでいる。
早く離れたほうが、この人のためになるのではないだろうか。有能な副代表。七年も、助けた少女に時間を割いて‥‥‥。
「ロロ、チョコレート美味いか?」
「え?うん、とっても美味しい。いつも思うけど、いつ買ってるの?」
カイがニヤッとした。言うつもりはないらしい。特別な入手ルートがあるのだろうか?
「ロロちゃん、明日は何のお仕事なの?」
ランスに聞かれたので、最近面接で受かって薬草採取に明日から行くことになったと言った。期限がないから、好きな時間で行ける時に仕事が出来ると言うと、何だか変わった依頼ネと驚いていた。
紅茶とチョコレートを堪能して、給湯室に食器を運びマルコの前で「キレイになあれー」と洗浄魔法をした。
「ありがとう」
「どういたしまして」
マルコは、キレイに洗えてピカピカになったティーカップを棚に片付けていたので、ロロは先に給湯室を出ようとした。
「‥‥‥わかってるんだ、ロロちゃん。本当は、君から離れなきゃって」
突然マルコが言い始めたことで、ロロは立ち止まって振り向いた。
「十六歳になったら、もう俺の側に居てくれなくなるかもしれないなって思ったら、何だか急に寂しくなったんだ。ごめんね」
こっちから離れなきゃと思っていたのに。
「もうちょっと過保護でいさせてくれない?」
なんで、そんなに泣きそうな顔をするの?
「‥‥‥ごめん、俺‥‥‥」
「仕方ないなぁ」
背伸びをして、マルコの頭を撫でた。前みたいにクシャクシャにしてしまえ。クルクルとクシャクシャと、柔らかい胡桃色の髪を撫で回した。
「え、ちょっ、あの、ロロちゃん?」
「美味しい珈琲を飲みたい」
マルコが目を丸くした。もっとグルグルにする。
「マルコさんの紅茶が一番好きだけど、マルコさんが入れた珈琲も飲んでみたい」
「‥‥‥!」
「ダメ?」
俯いてしまったマルコの頭から手を離して、顔を覗き込んだ。
「ダメ?」
「喜んで、仕入れを急ぎます」
「明日は貴公子スタイルになるの、約束忘れてないよね?朝早くチェックに来るからね」
「喜んで、貴公子になります」
「よろしい」
満足してニコっと笑うと、ようやくマルコも笑った。本当に、いつもしっかりしてるのに、脆いところがあるんだよな。昔からなのかな?今度メイナさんに聞いてみようかな‥‥‥。
「お前ら、もういいか?」
カイが、給湯室の入口に立っていた。
「‥‥‥いつからいたの?」
「情けない大人が少女に頭を撫でられて、慰められてるところから」
「‥‥‥!」
マルコは精神的ダメージを受けた。
「早く別棟へ行け。ランスにその後で話があるんだよ」
「はぁい」
「‥‥‥了解」
「お前はその芸術的な髪を直してからだ」
カイとロロが先に戻ると、マルコは給湯室の鏡で自分を見た。柔らかい髪が、面白いように渦巻いている。芸術的‥‥‥。
それにしても酷い顔だな。
こうやって鏡を見るように、自分を見つめ直す必要がある。ロロに対する気持ち、これは過保護なのか。もっと、別の‥‥‥。
「ランスさん、お待たせ。地下の鍵は受け取ったんだっけ?」
「これよ、小さい鍵が一つだけなんて不安だわ。複製を頼んで、部屋の扉も鍵付きにしたら、これはギルドに戻すわ」
「ランスが良いなら、そうしてくれ」
もうすぐ四時になる。
「カイさん、今日は帰るんだよね?」
「ああ、ロロの財布はナナシーに渡しておくよ」
「うん、よろしく!それから、近いうち泊まりに行きたい」
「言っておく、喜ぶぞ」
マルコが少しだけスッキリして戻って来た。
「カイさん、また明日ね。ここに来てから依頼先に行く」
「お疲れさん、また明日な」
「洗浄魔法の後でロロちゃん見送ったら、ランスと戻るね」
「‥‥‥ああ」
マルコは、ロロを自宅まで送るとは言わなかった。
代表室を出て、別棟のランスの所に行ってから戻ると受付のレイラに言った。ランスはしばらく黙ったままだ。マルコの様子を気にしていた。
案内人のジョンは、また三人が出て来たのに驚いたが「お疲れ様です」とだけ言った。もうすぐジャックと交代のはずだ。
ギルド横の細道を歩いたが、しっかりカーテンは閉まっていてホッとした。ジャックは、あれからどこへ逃げたのだろう。そこそこ筋肉はついていたが、まだ少し少年っぽさが残っていた。普通の十五歳の少女なら、下穿き姿の男を見たら、恥ずかしそうに「キャー」とか言うべきだったか。まあ、いいか。今更だ。
ランスが鍵を開け、魔石に触れると階段の灯りがついた。外から入ると、やはり暗く感じる。
「暗いわ」
ランスもそう思っているようだ。改善されることを願う。
大型食品収納庫の前を通り、ランスの部屋に着いた。壁の魔石に触れ、室内灯がつく。静かで、一人で住むには少し寂しいだろうか。
「それでは、洗浄魔法をかけます。ランスさんに見せた鼻歌のツヤピカと違って、ピカピカになる方ね」
「ランス、ロロちゃんが可愛いことを言っても笑わないように」
「んん?」
魔王の笑顔の圧がスゴイ。
「ぜ、善処するわ」
ロロは室内の仕上がりをイメージした。自分の部屋と同じイメージだ。ランスの部屋を、ツヤピカやピカピカ過ぎない清潔な部屋に。
「キレイになあれー」
読んでいただきありがとうございます。




