69個目
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二階から下りてきたロロは、まず厨房に顔を出した。協力者は多い方が良い。
「あれ?料理長は?」
「ロロが拭いたツヤピカテーブルにランスが座ったもんで、隊‥‥‥料理長が理由を聞かれてるッス」
あれま。さっそく、見つけてしまったか。いや、都合がいいか。‥‥‥ツヤピカテーブル?
「あのね、洗浄魔法も、私がこのギルドに来たこともランスさんに話すつもりだから、よろしくね」
テンとジンが、心配そうな顔になった。
「いいのか?ロロ」
「カイさんも同意してる。あの人をこのギルドに引き込みたいの。私はエサになるのであります」
「そういうことッスか、了解ッス」
「了解、ロロ。料理長がこっちに戻ったらそのこと伝えるからな」
ミッション開始であります!と、三人でビシッと敬礼した。ついでに、本日のランチも注文した。頼んだぞ。
「知らん」
「なぁんで知らないのよ!カフェのテーブルがいきなりツヤピカになる?」
「知らん」
見た感じが、頑固おやじ風な店主とクレーマーだ。周りの冒険者は、関わりたくなくて目を合わさないように食事をしている。仕方ないなとロロが近付いた。
「お客さん、困りますねぇ。静かにして頂かないと」
「あんた、どこのチンピラよ」
ロロにツッコミを忘れないランスは、ぷうっと頬を膨らませている。
筋肉ムキムキ男性がしても、そんなに可愛くないことを教えてあげたほうがいいだろうか。
「ちょっと、声に出てるわよ!」
「おっと」
「可愛くなくて悪かったわネ」
「あ、ドットさん、私のランチお願いしますね」
「了解した」
「あ、逃げた!」
ランスは溜息を吐いた後、頬杖をついて向かいに座ったロロをジッと見る。
「逃がしたわネ?」
「私と、二人でランチデートしてくださいな」
「‥‥‥そうね、お嬢ちゃん」
エールを一気に飲んで、追加を頼んだ。
「エールって美味しい?私は来年から飲めるようになるの」
「最初はどうだったかしら?まだ美味しさはわからなかったかもネ?」
ふふっと笑ってから、テンによって運ばれてきたエールとフライドポテトの山盛りを前に目を丸くした。頼んだ覚えがないのだろう。
「エールに合うッスよ。ロロと食べてくれ。ロロは蜂蜜レモン水」
「ありがとう、テンさん」
「‥‥‥んん、確かに合うし、いい塩味だわ」
「うんまい」
しばらくフライドポテトをお互いもぐもぐ食べた。手が止まらない。
「‥‥‥ちっがぁぁあう!このツヤピカテーブルの話よ!」
周りの冒険者がビクッとなった。
情緒不安定な筋肉は営業妨害ですって、教えてあげたほうがいいだろうか。
「だから声に出てるわよ‥‥‥でも、ごめんなさい」
「おっと」
ランスは静かにフライドポテトを食べ始めた。
「そんなに気になる?」
「艶がスゴイのよ。どれだけ磨いたらこんなになるのかしら」
磨いたっていうか、鼻歌で拭いただけなんだけど。
「ランスさんでは無理?」
「それが出来てたら、最初からこのテーブルも、他のも、みーんなツヤピカよ」
「ツヤピカである必要ある?‥‥‥この冷グラスのコースター見てて」
スッと横に押すとスルッと滑った。押さえて止める。
「‥‥‥‥‥‥危ないわネ」
「そうなの、ツヤピカ危ない。直せる?」
「周りの人たちが、食べ終わったらネ」
「良かった」
またフライドポテトをもぐもぐ食べ始めた。
「‥‥‥そうネ、これは、テーブルには必要のない過度な艶だわ」
「そうだね」
「でも、オシャレな家具とか室内灯とか、ツヤピカがあったら良いと思わない?」
「そうだね」
「ロロ、ミートソーススパゲッティ・ランチ、お待たせ」
「ジンさん、ありがとう!」
口のまわりにソースが付くのも構わずに食べるロロの姿を、ランスはエールを飲みながら眺めていた。
「美味しそうに食べるわネ」
「幸せぇ」
「ふふっ」
ランチのスイーツはチョコレートアイスクリームだった。やっぱりコーヒー飲みたいなぁ、と思ってしまった。マルコが注文したのはいつ頃入荷するだろうか。前世と違い、翌日届くなんてことはない。
「この国は、まあまあ平和よネェ」
「ランスさんは、この国の生まれじゃないの?」
「‥‥‥隣国の、ノストルドムよ。若い頃は冒険者になってあちこち行ったけど、実家も既にないし、家族もいなくなったから、冒険者時代に気に入ったこの国に落ち着いて、家具職人になったの」
「実家も家具職人だったの?」
「‥‥‥まあ、似たようなもんネ」
ランスが目を逸らした。あんまり話したくない過去なのだろうか。この場所では腹を割って話すのは難しいかなと、大会議室に移動を考えた。
ちょっと厨房に行くと言って席を離れた。
「大会議室に行って飲みたいんだけど、エールと私の飲み物注文していい?」
「用意する、魔法鞄に入れなさい」
ドットがジンに言って、アップルパイ二つと、エール、アイスティーをくれた。ミッションの必要経費だと、サービスしてくれた。ランチ代はしっかり払うことにした。布巾も一枚借りた。
「ランスさん、上で飲みながら話そうよ」
「‥‥‥そうネ」
席を立って、エール三杯無料はマルコから聞いてると言われて、ランスとそのまま二階へ行った。
「あ、ちょっとお花を摘みに‥‥‥」
「はいはい、先に行ってるわよ」
大会議室に入ったのを見届けて、トイレに行った後に、代表室から出て待っていたマルコに「大会議室で飲みながら話す」と言ったら、頭を撫でられて「ありがとう」と言われた。一時間したらマルコも大会議室に来るそうだ。
扉に付いていた、静音効果の魔法道具であるリースがなくなっている。マルコが取り外したのだろうか。
「お待たせ。一時間くらい後で、マルコさんも来るって」
「そう」
窓側の長テーブルにエールとアイスティー、アップルパイを出した。
「ジンさんのアップルパイは最高!スイーツの中で一番好き」
「甘いのはあまり食べないけど、頂くわ」
んん、やっぱり美味しい。林檎は昔から好きだった。何で好きだったか、思い出せないけど。
「本当、ここはスイーツも絶品ネ」
ランスもジンのアップルパイを気に入ってくれたらしく、ロロは嬉しくなった。
「私の洗浄魔法はね、ちょっと他の人とは違うみたい」
「‥‥‥何の話?」
「ちょっと鼻歌を歌いながら、こうして‥‥‥」
厨房の布巾で、鼻歌を歌いながら、ランスとロロが座る長椅子の一部を拭いた。
「え」
「はい、この通り、ツヤピカの出来上がり」
目を丸くしてランスがロロを見た。それから、ツヤピカの椅子を手で触った。
「あのツヤピカテーブルと同じだわ。‥‥‥そう、だから、ドットは『知らん』って言ったのネ」
「ふふ、知っちゃったねぇ、私の秘密」
にやりとロロが笑うと、顔を顰めて「嘘でしょ」と言った。
「だって、知りたかったんでしょ?」
「うぅ‥‥‥でも、秘密だったとは」
「家具の仕上げのお手伝い出来るかも?」
「ぐぅ‥‥‥っ、なんて魅力的な話‥‥‥っ」
「ねぇ、ランスさんには工房があるの?」
「尋問?これ尋問なの?」
ランスが怖がり始めた。やだなぁとロロは笑う。
「ただの子供の質問じゃないですかぁ」
「ただの子供の顔じゃないわよ。ギルマスそっくりな笑い方して」
残っていたアップルパイを食べる。うんまい。
「‥‥‥工房はないわ。魔法鞄があればいいから、木材を仕入れに行っては転々としてるわ。静音の魔法道具と広い場所があれば、どこでも出来るわ」
「なるほど」
「ちょっと、こっちにいらっしゃい」
「ふぁ?」
ヒョイと抱え上げられて、ランスの膝の上に横座りに乗せられた。
「今度はこっちの質問よ」
「近い近い」
太い腕をガッチリ腰に回されて、動けなくなった。
「何故、あなたはこのギルドの宝物なの?」
宝物。そんな風に見えるのか。大事にされてると思っていたけど。
「こんな小娘が宝物に見えるの?」
「あなたを守ろうと、そんな感じがするのよ」
「確かに、守られて育ったよ」
ランスの榛色の瞳は、ロロの露草色の瞳から逸らさない。
「ランスさんは【記憶失くしの森】を知ってる?」
「‥‥‥知ってるわ。この国とノストルドムの国境にあるもの」
ロロは、この国では辺境伯領に囲まれて国が管理しているから、一般人は普通は入れないと言った。それから、この国の殆どの人が森の存在を知らないことも。
「そうなのネ。ノストルドムは、その森の周辺は荒野よ。誰も近づかないよう、国が管理しているはずだわ、今はネ」
「前は違ったの?」
三十年前の魔物によるスタンピードで、その周辺の森も村も街も、失ったそうだ。ロロの知らない話だ。
「私はね、七年前にその森で見つかったの」
ランスが驚いて目を見開いた。
【記憶失くしの森】に子供がいるとの情報で、辺境伯領で演習をしていた騎士団からギルドに緊急要請があり、探索特化のマルコとメイナの冒険者兄妹が向かった先にロロがいた。
「マルコと、そこで出会ったのネ」
生まれてからその日までの記憶がないこと。カイ・マルコ・メイナ、美味しいアップルパイがあるギルドに残ることを選んだこと。カイとメイナが一年後に結婚して、二人に可愛い娘のナナシーが生まれたが、一緒に大事に育ててもらったこと。二人が仕事の時は、厨房で遊んでいたこと。ギルドに育てられたと話した。
「‥‥‥そう、ここの皆が、あなたの家族なのネ」
何だか、ランスが泣きそうになっている。
「それなら、宝物なのは当然だわ。ありがとう、話してくれて」
どういたしましてと笑うと、頭を撫でられた。
ツヤピカの魔法は本当に洗浄魔法なのかと聞かれたので、そうだけど使う魔力が他の人と違うみたいだと答えた。
「青の魔力、水・風を使うのが基本でしょ?私は白・黒・赤がちょっぴり混ざって」
「待って待って待って!」
ロロの魔力色が多いと気がついたらしい。
「聞いちゃいけない気がするの!アタシもう絶っ対に逃げられなくなるから‥‥‥っ」
「私は、全属性なのです」
「いやああああ!なんで言うのよぉぉ!」
耳を塞いで悲鳴をあげたランスの頭を、今度はロロが撫でた。かわいそうだけど、海老で鯛を釣る作戦、成功だよね?
「よしよし、ごめんね、ランスさん。捕まえちゃって」
すると、撫でていた手をガッツリ掴まれた。榛色の瞳が、ロロを睨みつける。悪い子はお仕置きしなくちゃネ?と。
あれ?海老ってどうなるんだっけ?
「悲鳴が聞こえたんだけど、どういうことかな?」
マルコが開いた扉の前で腕を組んで仁王立ちしている。威圧と殺気の、魔王がいた。
ロロとランスは、死んだ目をしている。
「ランス、何故、ロロちゃんを抱っこしてる?」
ギルドの二階で、二度目の悲鳴が聞こえた。
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