58個目
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念願の、白パン三十個がこの魔法鞄に入った。
白パンとは別に、今日の朝食の豆パンと、ベーコン&エッグのロールパンサンドを四個、アップルカスタードデニッシュを十個、買ってしまった。
調子に乗ってしまったが、今日だけは。今日だけは、良いのだ!
‥‥‥だが、そろそろ働かなくては、マズイ。
白のノーカラーシャツに胡桃染のワークパンツ。編み込んでから左耳にかけた髪には、細いヘアピンが二本。
斜め掛けのワンショルダーリュックと、林檎のピンバッジを撫でながら、ロロはご機嫌で【カルーダンのパン】の店前のベンチで豆パンを食べる。ザックから貰ったコイル作の青い冷グラスにはお茶が入っている。食べる、飲む、食べる。
「うはぁ‥‥‥幸せぇ」
「ぷっ」
目の前に薄黄色の髪と瞳の青年が立っていた。
「声に出てるよ、ロロちゃん。おはよう」
「ザックさん、おはよう」
待ちに待った瞬間なんだから、見逃してほしいと言うと、待ちに待った瞬間って?と首を傾げながら、ロロの隣に座った。
「白パン大人買いして、魔法鞄と揃いのヘアピン装備の私が、冷グラス片手に美味しいパンを食べる。なんて幸せ」
ザックが自分の魔法鞄から、紙包みを出す。
「これが揃ってから言ってほしいな」
ロロが紙包みを受け取り、中を見た。
「あ、え、お財布?え?もう作ってくれたの?」
頼んでいた、前のワンショルダーリュックで作られた小さい黄土色のお財布が二つ入っていた。いわゆる小銭入れだ。銀貨と銅貨を入れるのにちょうどいい。ちゃんと飾りが付けられる金具もある。
昨日の夜に飾りを作っておいて良かった!
「ありがとう、ザックさん、嬉しい!」
「どういたしまして。材料費はかかってないし、リメイクの練習になったから、お代は要らないからね」
「え、ちょっとダメだよ」
最近、職人たちををタダ働きさせている気がする。
「『大事に使ってくれたんだ、絶対に金は貰うんじゃねぇぞ』って言われてるんだよ、師匠に」
メリーが言いそうだと苦笑いした。ロロが今出来ること、白パンとアップルカスタードデニッシュ二個ずつを、メリーと食べてほしいとザックに渡した。
「本当に素敵な物にしてくれて、どうもありがとう。大切にする」
「こちらこそ、大事なリュックを任せてくれて、ありがとう」
ザックとロロは一緒にギルドへ向かった。今日の案内人はコイルで、ザックも午後から交代で出るらしい。
「案内人は、そろそろ正式に人を雇うかもしれないね。僕もコイルも少し忙しくなってきたから」
職人が忙しくなるのは良いことだ。ギルドが変わらなくてはいけない。カフェも含めて、最低でも三人は必要な気がする。
「おはよう、ザック、ロロさん」
コイルがにこやかに朝の挨拶をした。
「おはよう、コイル」
「コイルさん、おはよう」
「ロロさん、昨日は師匠のこと、ありがとうございます!あれから仕事にならなかったですが、僕は嬉しかったですよ。‥‥‥あ、ヘアピン似合いますね!少し大人っぽく見えますよ」
勇気を出したら、反動が出たらしい。寝不足もあったからだろう。それにしても、師匠よりコイルのほうが女心をわかっているようだ。ザックがちょっと驚いている。
「ありがとう。トムさんに宜しくね」
大扉を開けてもらうと、左側のギルド連絡事項の掲示板前に冒険者が数人いた。今日は人が多いなと思ったが、そういえば、明日から鑑定士ユルが三日間不在になるので、その知らせを見ているのだろう。今日中に鑑定してもらいたいなら、急ぐ必要がある。
「ユル、明日から居ないのか」
「今日は受付も忙しそうだね」
ユルは最近、ギリギリまで魔力を使い魔力回復薬を飲む回数が多くなったせいか、魔力量が増えたらしい。一般的な鑑定士のそれに近くなってきた。鑑定数も随分とこなせるようになったようだ。
受付でザックと別れ、ロロはリリィに挨拶した。
「リリィさん、おはよう。今日は忙しそうだね」
「おはようございます、ロロさん。そうなんですよぅ!頑張りますよぅ」
リリィにそっとヘアピン二本が入った小さな巾着袋を渡した。香り袋と同じ作りだが、色は灰赤に染めてある。ロロが自分の髪に付けたピンを指して教えると、リリィはパアッと笑顔になってコクコクと頷いた。
「代表室に行っても大丈夫かな?」
「どうぞ!ギルマスがお待ちのようですよぅ」
厨房に寄って挨拶すると、昨日のアイスティーのグラスはマルコが返しに来たと言われてホッとした。
階段を上り、代表室の扉をノックする。
「ロロです」
「待ってた!」
リリィも言ってたが、何か約束してたかな?と思い返すが、わからなかった。扉を開けてくれたマルコが「おはよう」と言うと、首を押さえたカイがソファーに座っていた。
「おはよう、カイさん。どうしたの?」
「助けてくれ!寝違えたらしい」
右に向けないようだ。
「治るかわからないよ?」
ロロはカイの後ろに回り、肩に手を置いた。
「今日もお疲れさ魔法・微弱」
ゆっくり血液を巡らせて、温かくなったところ、少し首にも手を滑らせた。
「痛いの飛んでけー、痛いの飛んでけー」
淡く光る薄紫コーティングのロロを、マルコは眩しそうに見ていたが、段々と怪しい宗教のように見えてきて目を擦った。
「おおお」
「どう?」
「うん、うん、右に向けるし、身体も軽くなった!あぁ、助かったよロロ」
「変な寝方した?」
カイが苦笑いで「まあな」と言った。ナナシーの寝顔見てたらそのまま寝てしまったらしい。気がついて一階に下りたら、メイナまでソファーで寝落ちしていたそうだ。
「夫婦揃って、しっかりしなさい」
「注意された!」
「あはは!ロロちゃん紅茶入れるよ。昨日はチーズパンとアイスティーありがとうね」
「どういたしまして。グラス返してくれてありがとう」
ロロが防音室に行ってディーノに「おはよう」を言った後、カイの隣に座った。
「そのヘアピン良く似合ってるな」
ロロの形の良い耳が見える。
「カイさん、ピアスしてはダメ?」
「ピアスか‥‥‥」
ロロの可愛らしい耳に穴を開けるなんて、と思うものの、自分がピアスをしているから反対し難い。それに、似合いそうだ。
「うぅ‥‥‥複雑だが、両耳一つずつだけな」
「やった!カイさんは自分で開けたの?」
「いや、マルコに‥‥‥‥‥‥やっぱり考え直さないか?」
「?」
マルコに触らせるのが嫌だと言えなかった。
ロロがリュックから、ザックに作ってもらった小さいお財布を二つ出して、カイに見せた。
「もう出来たのか?ロロが絡むと皆の仕事が早いな」
「ちょっと!私が急かしてるみたいに言わないで!」
「怒られた!」
「アンタ懲りないな」
マルコが紅茶を持ってきて、テーブルに置いた。
「可愛いサイズのお財布だね」
「お小遣い入れにちょうどいいでしょう?」
ロロはそれから作った飾りを出した。薄青と薄紫の細い紐を何本かで編み込んだ飾りだ。ロロの前世で、ミサンガに近い作りだった。
「これをここの金具に付けて‥‥‥と、出来た!」
「うわ、キレイな紐飾りだね!ロロちゃんが作ったの?」
「うん、慣れると簡単だよ」
紐飾り付きの黄土色の財布二つのうち一つを、カイに渡した。
「どう?カイさん」
「可愛らしくなったな。あのリュックが、こんな風になるんだな」
自分が若い頃に初めて持った魔法鞄が、役目を終えて小さい財布になって、再びロロが使ってくれることが嬉しかった。
「それ、ナナちゃんに渡してほしいの」
「え?」
驚いてカイがロロを見ると、それがちょうど入るリボン紐付きの巾着袋を出していた。生成りの袋に薄紫のリボンだ。「はい、入れて」と袋の口を開けたので、カイは言われるまま持っていた財布を入れた。ロロがキュッと上を絞って、リボン結びをした。
「はい、完成!私とナナちゃんのお揃いのお財布!」
「はは、ははっ、ロロ!‥‥‥凄いな、お前は!」
クシャクシャと少女の頭を撫で回すカイに、「やめてー」と笑うロロ。マルコは紅茶を飲みながら優しく微笑んで、二人の姿を見ていた。
いい親子だな、と。それから、またこの男は後で泣きそうだな、と笑った。
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