56個目
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マルコは結局、ロロとカイのお土産にと、紅紫トウモロコシを三本買うことにした。自分の魔法鞄にしまうとゲイトがテント場の担当者に話しかけていた。マルコが様子をみていると、ゲイトが手招きをした。
「この場所を借りることにした」
隅の方で、ゲイトが魔法鞄からテントを出した。大人二人には少し狭いが入れないことはない。ここで、話をするということなのだろう。
「わかりました」
「悪いな、こんな狭いのしか用意できなくて。もう少し大きいのにしたかったが、生憎これしか手に入らなくてな。マルコ、このテントは防音室と同じ仕様だと思っていい」
外からも中からの声も音も聞こえなくなるらしい。安全な場所でしか使えない防音テントだ。どこで手に入れたんだ、とマルコは驚いた。
テント場の担当者はローガンといって、ゲイトの知り合いの中年冒険者だった。何やらにやにやしながらマルコに話してきた。
「夜にはここは泊まりの初心者でいっぱいになる。それまでまだ時間はたっぷりあるからよ。まあ、お二人さん、へへ、ごゆっくり」
「‥‥‥は?」
「違うって言ってるだろ。‥‥‥はぁ、まあ入れマルコ」
テントに入ると、何もない、本当に静かな空間だった。
「あの、ゲイトさん。後でちゃんとあの人の誤解を解いてくださいよ」
「なんで俺とお前でそう思うんだろうな」
「知りませんよ」
男同士のカップルだと思われてしまった。
「それで、お前がここに来たのは?」
二人はそのままテント内に座り、向かい合って話し始めた。
「あの金髪の青年ディーノと、【記憶失くしの森】の守り人シロのことです。ゲイトさんが知らない、あれからのことをお話しします」
ロロの前世の話以外を伝えることにした。ディーノが第二王子だということも、ユルのことも、マルコたちがロロを見つけた七年前の話と、第五騎士団の違和感も。
ゲイトの顔が険しくなった。
「‥‥‥今日来てくれて良かったぞ、マルコ」
「ゲイトさん」
「何となく、繋がっているような気がする。俺が予定を変えて明日王都へ行くのは、気になる男がいるからだ」
「気になる男?」
「三年ほど前に王都の飲み屋でジルたち第五の奴らといた時に、たまたま会った冒険者がいてな」
第五騎士団の団長ジルニール・ウォーカーとは、王都に行った際にお互いの予定が合えば、情報交換やロロの成長を話すために飲み屋街で会っていた。
ゲイトは他の冒険者から人気があり、飲み屋で話しかけられることはよくある。
その男、青年はその中の一人だった。
「枯茶色の髪と瞳の青年だった」
枯茶色の髪は、ロロと同じ。ただ、ロロの瞳は露草色だ。
「彼はシューターと呼ばれていた。あの時、彼にも聞いたと思う。『お前と同じ髪色の子供がいるんだが、知らないか?』と。ジルたち第五の連中も動いてくれていたが、慎重にしなければならなかった。嘘をついて子供の身内だと言ってきた人身売買組織に繋がった奴もいたからな」
「‥‥‥そうですか。それで、その青年は?」
「確か、知らないと答えた後、自分には兄弟もいない、家族もなく独りだ、と言ってた」
「家族がいなくて、冒険者を‥‥‥」
マルコも両親はいないが、妹のメイナがいた。いろいろと苦労をしただろうと思った。
「それで、今になって何が気になると?」
ゲイトは、このダンジョンに来てから、あの飲み屋でシューターと一緒にいた冒険者フレディに会った。ゲイトも、ロロと同じ髪色だったので、シューターのことは覚えていた。
「そいつ、フレディは、シューターとは今から五年前に知り合ったようだ。十年分の記憶がない気の毒な男だ、と。シューターは、記憶を辿っても誰も俺を知らないと言ってたそうだ。フレディは、誰も知らないなんてことはないだろうから、彼の記憶が混乱しているのかもしれないと思ったと」
「何だって?」
十年分の記憶喪失は謎だが、誰も自分を知らないとは、まるでディーノような。
ゲイトは、【記憶失くしの森】が関係している可能性があると思った。フレディは明後日、王都でシューターに会うと言った。そこで、ジルニールと共に確認したいと思った。
「‥‥‥そうでしたか。まだ、確認できるかの状態では、こちらにも、ロロちゃんにも言えませんからね」
ゲイトは頷いた。まだ期待させてはいけないと思っていたと。
「話には続きがある」
シューターは顔と胸の右側に大きく斬られた傷痕があり、顔の右側は長い前髪で隠していた。人に見られたくないようだ。目まで影響した状態の傷かと思ったらそうではないらしい。視力は左目よりは悪いがしっかり見えている。七年前くらいに負った傷だが、そこから前の十年の記憶がなかった。気がついたら知らない場所にいて、治療も受けたが、ある時、行き場がなくなり、冒険者になったそうだ。
「その辺りの詳しいことは、本人に聞けたらいいですけどね」
「シューターは五年前には見た目より考え方が幼かったそうだ。ロロもそんな感じだったな。十歳若いと考えた方がいいかもしれない。‥‥‥話してくれるかもわからないな。まず、俺を信用してくれるかだ」
ゲイトを信用できなければ、自分なんてもっと無理だとマルコは思った。
「その斬られた時の血が、俺とメイナが見た血痕の、シューターの血だとしたら‥‥‥」
あの場に居たことになる。
「十年の記憶がないのが気になりますね。結局、その当時ロロちゃんが八歳くらいだったから、彼女の存在自体わからないということでしょう?」
身内かもしれないと今更会っても、お互いがわからない。
「とにかく、どんな結果になっても会ってみるさ」
「宜しくお願いします。本当に今日お会いできて良かった」
「ギルマスにこの事を伝えてくれ。ロロには‥‥‥お前たちの判断に任せる。あの子は、思ってるより強い気がするが」
「ええ、強いですよ‥‥‥俺より」
「はは、何だそれは」
ゲイトが笑った。
ところで、今のダンジョンはどうだ?とマルコに聞いた。少しずつだが、若い冒険者が来るようになった。何事も知らなければ興味を持たないだろうと、ベテランが体を張って教え、頑張っている。
「うちの若い冒険者もダンジョンに行ってあなたに話しかけられたって喜んでましたよ。その代わり案内人をしてくれる冒険者が減ったので、そろそろ正式に雇ったほうが良さそうです」
「そうか、そっちに皺寄せがいったか。悪いな」
「いえ、それはこちらの都合でしかない。冒険者の未来には、良いことですから」
「王都から戻ったら、また時々案内人を引き受けるよ。いつか冒険者引退したら、爺さんでも雇ってくれるか?」
ゲイトがニカッと笑ったので、こちらからお願いしますよ、と笑い返した。
テントから出ると、ローガンに「早かったな」と驚かれた。マルコは微笑んで返した。
「彼はどうか知りませんが、俺は女性が好きなんですよ」
「おい待て、俺だってそうだ。ローガン謝れ。この男を怒らせるなよ」
「はぁ?」
ローガンはポカンとしてマルコを見た。
「マルコは冒険者ギルド【紅玉】の副代表だぞ」
「え」
「うちの若い冒険者がお世話になっています。これからも宜しくお願いしますね」
ちょっとした威圧を出した満面の笑みのマルコに、ローガンがカクンと尻餅をついた。余計な噂なんか流すんじゃねえぞ、と脅したのだ。
周りが静かになった。
「マルコ、許してやってくれ」
ゲイトが屋台前のテーブル席に座ってエールを注文していた。
「ローガン、ほら一杯飲んどけ」
「あ、ああ」
「俺は最初にちゃんと違うと言ったろ?」
「言った。悪かったよ‥‥‥マルコさん」
「わかっていただけて良かった!」
屋台にいるベテランも含めた冒険者たちの間で、【紅玉】の副代表は、爽やかに笑って威圧する恐ろしい男だと、記憶に残った。
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