55個目
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「あ!今何時?」
「もうすぐ十二時になるぞ」
ロロは、トム・メンデスがどうなったか気になった。
「そういえば、シャワー室に行くトムさんを見たが」
ちゃんとロロが言ったように身形を整える準備をしていたようだった。
「レイラのヘアピン?あぁ、そう言えばしてなかったような?」
「折れちゃったんだよ、威圧で」
「あぁ、アレか」
ディーノの余計な一言。直さなきゃいけないのは、そのあたりだなと思った。黒い感情が人を苛立たせ、傷つけてしまう。
「トムさんが、レッドドラゴンの革で魔石付きのヘアピン作ったから、プレゼントするの」
「‥‥‥プレゼント?出来るのか?あの人に」
レイラの前で、真っ赤になってしまう魔法道具職人に。
「ちょっと見てくる。まだ渡してないならサポートしなくちゃ」
「お、おぅ」
カイにはロロが、近所に居そうなお節介なおばさんのように見えた。
階段の出入り口に隠れるように受付を覗き見る、丸眼鏡の男を見た時に、これじゃストーカーだと思った。
「しっかり、師匠!」
後ろにコイルもいた。弟子に心配をかけている。
見ると、既にレイラは受付にいて、リリィと交代するようだ。リリィはこちらをチラチラ見ているので、怪しいトムに気がついている。ロロは、仕方がないなと受付に行った。
「レイラさん、こんにちは。昨日はありがとう」
「あら、ロロちゃん、こんにちは。ふふ、こちらこそ」
濃紅の髪は、黒い細めのリボンで右肩にかかるように結ばれていた。
引き継ぎが終わって仕事に入れば、話す機会が減ってしまう。ロロは、リリィに協力してもらうことにして、手招きをする。
「リリィさん、リリィさんや」
「はい、ご主人様」
何だご主人様って?と思ったが、耳元で「今からヘアピンをトムさんがプレゼントするから、もう少し受付を頼むであります」と言った。
「了解でありますぅ!」
ビシィッと敬礼をした。ロロも敬礼をした。
「レイラさん、こっち」
「えぇ?」
カウンターに入ったロロがレイラを連れ出して、階段に隠れていたトムの前まで行った。
「レ、レレレ、レイラさん!」
「あら?どうしたんですか?トムさん」
真っ赤になったトムは、シャワーの後、シワのない襟付きの白シャツに黒のスラックス姿になっていた。
いつまでもアタフタしているので、ロロが目で「早く渡しなさいな」と合図したら、トムがビクッとした。
「あ、あの、ヘアピンをレイラさんに、作りました!」
「‥‥‥え?」
バッとレイラの前に手を出したので、レイラも手を出した。ヘアピン二本を、レイラのキレイな手のひらに置く。
ラッピングしてないんかい!
コイルもそのへんのアドバイスしなかったのか、とロロが残念そうな目をしていると、コイルが気がついたようで、青くなっていた。
「わぁ!レイラさん!素敵ですね!」
「これ‥‥‥ロロちゃんと同じレッドドラゴンの?」
「そ、そうです!ロロくんと同じ革を使わせてもらいました。火にも強いし、簡単には壊れません!これで、存分に威圧をどうぞ!」
「「え」」
「え?」
何言ってんだ、この人。
ロロとコイルは、レイラの顔を見た。ポカンとしている。トムがハッとして、それから青白くなった。
「威圧を、存分に、出しても?」
「だ、だ、大丈夫でふ!」
噛んだ。
「そ、その、だから、我慢せずに自然体でいられるように、使ってもらえたら職人としても嬉しいと言うか、その。あ、貴女の髪にも似合うようにと、考えて、考えて‥‥‥」
頑張っている、魔法道具職人。
ちょっとアレだけど、一生懸命に伝えている。
「受け取ってもらえると、嬉しい、です」
また真っ赤になってしまったが、丸眼鏡の奥の黒茶の瞳は、ちゃんとレイラを見ていた。
人の恋って、見ててこんなに恥ずかしいのか!
ロロも、コイルも、黙って赤くなっていた。ふと、周りが静かなことに気がついた。料理人たちも、リリィも掲示板前の冒険者たちも、こちらをドキドキした顔で見ていた。おっさんのドキドキ顔は、ちょっと。
「ありがとう、ございます」
レイラは、リボンをスルッと解き、髪を後ろにクルッと纏めてヘアピンを一本刺した。髪から見える灰赤のヘアピンの部分に、ルビー・オニキス・スモーキークォーツの小さな石がキラキラとしている。
「レイラさん、とてもキレイ」
ロロは正直に思ったことを口にした。レイラは嬉しそうに微笑んだ。
「トムさん、大事に使わせてもらいます。素敵なヘアピンをありがとうございます」
「いえ、良かった‥‥‥。あぁ、では、僕はこれで。お仕事中にお邪魔しました」
スイッチが切れたように、またくたびれた男の顔に戻り、地下への階段を下りて行った。コイルも頭を下げて、後に続いて行った。
「‥‥‥」
「レイラさん」
「ふふっ、ロロちゃんの魔法鞄とお揃いね。もしかして、ロロちゃんが頼んでくれたの?」
「私はただのきっかけで、気持ちを込めて作ったのは、トムさんだよ」
ロロは魔法鞄から、瓶に入った小さいヘアピンを一本出した。左の髪を耳にかけて、ピンを留めた。
「この試作品たちの本番が、レイラさん用の長いヘアピン」
レイラが手の中のもう一本のヘアピンを見る。
「私のはギルドカラーの小さいルビーを付けてくれたけど、レイラさんのは、三種類の石が付いてるね。ルビーと」
「黒瑪瑙と茶色の煙水晶」
「その色、好き?」
「‥‥‥ええ」
レイラは、地下への階段を見ながら微笑んだ。
「とても、好きだわ」
ロロは厨房で、アイスティーを二つ注文した。グラスは後で返しに来ると言って、カウンターに銅貨二枚を置いて、魔法鞄に入れた。
軽やかに階段を上り、カイに報告した。
「カイさん、【紅玉】でカップルが誕生しそうです!」
「嘘ぉ!」
カイがデスクから勢いよく立ち上がって、書類を落とした。
* * * * * * * * * * *
ダンジョンの一階は、ほぼ何もない広場だったのが、最近は屋台とテーブル、テントを出すスペースが出来ていた。出てもスライム、の一階は、魔除けの魔法道具があり、今は安全だ。
「ゲイトは、もう少し居るのかと思ったなぁ」
屋台で紅紫トウモロコシを焼きながら話しかける男の前のテーブルで、ゲイトはエールを飲んでいた。
先程まで、ダンジョン初心者の三人の女性パーティーと十階まで付き合っていた。
「俺もそのつもりだったが、明日には王都に行きたいからな。今日までガイドとしてしっかり働くさ」
「女の子たちの誘いは良かったのか?」
十階まで攻略した女性たちをダンジョン前の受付まで送り、ギルドカードに記録をしたのを見届けて、別れた。一緒に宿で食事を、と誘われたが断った。
「そんな気分じゃない。おい、焼けたらこっちにくれ」
「へいへい」
塩バターをたっぷり塗り、ゲイトに渡した。この紅紫トウモロコシはダンジョン二十階より下に行かないと手に入らない。素早く採らないと毒がまわる紅紫トウモロコシ。昨日ゲイトが百本ほど採ってきた。
向かいに座っている胡桃色の髪の男にも薦める。
「美味い。お前も食べないか?」
「もう、お腹いっぱいです」
来るなり屋台料理を振る舞われ、苦しいほど食べさせられた。四十代半ばのゲイトのほうが、よく食べる。
「【紅玉】から来た客って言うからロロかと思ったんだが」
「すいませんね、俺で!」
残念だと笑う銀灰色の偉丈夫に、マルコは顔を顰めて言い返した。
読んでいただきありがとうございます。
『古書店の猫は本を読むらしい。』も、スローペースで連載中です。こちらもどうぞよろしくお願い致します。
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