33個目
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鞄職人って鞄を作るんだな。と、今更だが気がついた。
「はい、こちらが今回の魔法鞄です」‥‥‥なんてあるわけがないのだ。
もう昼になる頃だが、始まってからロロは一言も話しかけていない。
だって、メリーさんに怒られそうだし。
手縫いだ。糸も魔法強化されているらしい。革に負けない針と糸が必要なのだろう。
鞄によって型は決まったものがあるようで、前世のようにお洒落で自由な形がたくさんあるわけではないようだ。
ザックは、鞄から使われない分の灰赤の革でポケット部分をいくつか縫っていた。後で本体に縫い合わせるのだろう。汗が凄いのは、縫うにも魔力がいるのだとわかる。
大事にしよう。
膝の上の、黄土色のリュックを撫でた。もっといっぱい使ってあげたかった。これは、カイに返すべきだろうか。もう魔法付与には耐えられないと言っていたから、使い道はないかもしれないが。
「オイ嬢ちゃん」
「あ、はい!」
どうやら切りの良いところらしい。昼休憩になるようだ。
「何か食いたいもんはあるか?」
「あ、何でも。私が買ってくるよ?」
「あー待て待て、いや、ザックに行かせる。聞きてぇこともあるしな」
立ち上がったらメリーに止められて、ザックはすでに魔法鞄を肩に掛けていた。
「さっき珈琲入れてもらった時に、厨房に何種類かランチを頼んでいたから大丈夫だよ。師匠、行ってきます!」
「おう」
「‥‥‥ありがとう、ザックさん」
こりゃアレだ。また外に出るなというやつだな。
ソファーに座り直してメリーを見ると、目がキョロキョロして頭をガシガシ掻いている。恍け方が下手な大きな熊さんだ。
私が何かしでかさないように?もしくは、私を守るため?
「うーん、今回はどっちかな?」
「勘がいいのも、困るな。まぁ、じっとしとけ」
「はぁい」
「それでよ、ピンバッジは今までのが使えそうだから、どこら辺にタグを付けるか?変えられるぞ?」
なんと!もうちょっと上のほうがいいなーと思っていたのだ。
「私って普段は右肩からリュックを前掛けにするの。ぱっと開けて入れられるから。その時にこのピンバッジがチラッ見えると、アガル!」
「何が上がるって?」
「気分が?」
「よくわからんが、わかった」
どっちだろう。でも嬉しいな。
「普通は目立たない場所にタグを付けるが、嬢ちゃんのは目立つ場所だな」
「なんで目立たせないの?」
「今は知らんが、以前はギルド同士でゴタゴタしてたことがあってよぉ。ピンバッジでギルドがわかるもんで、喧嘩売られることがあったんだ」
あー、なるほど。前世のヤンキー漫画の「お前〇〇高のやつだな?」みたいな感じだな。
‥‥‥待てよ?
リーゼント、やってみたくなったぞ?
「嬢ちゃんよ、何か企んでないか?」
「勘がいいのも、困るな」
「おまたせー」
ザックが戻ってきたところで、再び木箱のテーブルを出してクロスを掛けた。
今日のランチは、ハッシュドビーフオムライスにポテトサラダ、おっと、ポテサラは朝のロールパンサンドと被ってしまった。でも、作った人が違うから問題ない。バジルパスタもあった。それから蜂蜜レモン水。
「スバラシイ」
「ハハッ、今日は奮発したなぁザック。よぉし食べるか」
「ロロちゃん、アイスクリームもあるよ」
「これ以上甘やかさないでー」
* * * * * * * * * * *
「ダメね」
纏められていた艷やかな濃紅の髪が、今は下ろされている。ヘアピンが折れてしまった。自分の至らなさで。
「ユルくんを怯えさせてしまったわ」
「威圧がちょこっと漏れてましたからねぇ」
「あぁ‥‥‥情けないわ」
今日の一般の受付は、暇だった。
一昨日から掲示板に、今日はできる限り冒険者が来ないようこっそり暗号を出していたのだ。カフェも本日貸し切りになっている。例の二人が帰るまで。
「ギルマスもレイラさんに苦笑いでしたねぇ。金色くんは怒らせる天才ですかねぇ」
「お坊ちゃんの言うことだから、気にしないように心がけてたのに。何故かイラッとするのよ」
「私もですよぅ。先日の受付の時に、うっかり素が出るところでしたぁ」
リリィは、ロロからもらった香り袋をギュッと両手で包んだ。
「すーはー。こうしてると癒やされますよぉ?」
「んん‥‥‥。本当、清々しい気持ちになっていくわ」
受付嬢二人が何かに祈るような仕草で「すーはー」しているのを、料理人たちはカフェの掃除をしながら不思議そうに見ていた。
「アレ、何してるんスかねぇ隊長」
「女性とは難解なものだ。それからテン、隊長ではない、料理長と呼びなさい。何度言わせるんだ」
「料理長、ロロはさっきの料理とジンさんのアイスクリーム、喜んでくれたッスかねぇ」
「あの顔が見られないのは残念だな」
「それにしても、ジンさん、大丈夫ッスかねぇ?」
「‥‥‥」
ジンは、テンとマルコの後に交代で案内人をしていた。
冒険者時代の三人、揃いのタクティカルシャツとパンツ。ジンは現役の頃よりかなり腹が出ているので服がパッツンパッツンだったみたいだが、二人はジンが苦しんでいるのではないか心配だった。別に無理して着なくてもいいのに、と。
実は既に、釦がひとつ弾け飛び、通行人の笑いを誘っていた。
* * * * * * * * * * *
「ごちそうさまでした!」
「紅茶入れるよ、師匠はどうします?」
「俺はいい。少し昼寝する」
「メリーさん、食べてすぐ寝るのは胃に良くないですよ」
「母ちゃんか」
紅茶の用意をしているザックが吹き出していた。
「三十分したら起こしてくれ」
「わかりました」
「冬眠?」
「うるせぇなぁ」
メリーは腹をポンポンと叩きながら苦笑いで奥の仮眠室に行った。
マグカップ二つに紅茶を入れて「はいどうぞ」とザックから受け取った。高カロリーなランチだったため、ストレートティーでスッキリする。ザックは満足いかない顔だった。
「やっぱりマルコさんみたいに上手に入れられないな」
「あの人は別次元だよ」
完璧すぎる副代表には敵わない。あの時の、給湯室の泣きそうな顔は新鮮だったが。
「ねぇ、ロロちゃん。ギルマスには許可をもらってるんだけど‥‥‥」
「なに?」
「その黄土色のリュック。もう魔法付与は出来ないけど、お財布にリメイクしない?」
「え」
このリュックをリメイク。
考えてなかった。返さなきゃと思っていたから。
「ギルマスから言われたんだよ。『きっとロロはそれに悩むだろうから、何とかしてくれ』って」
「カイさんが‥‥‥」
「どう?お財布なら作れるよ。小さいのなら二個いけるかな」
「わ、小さいの!二個がいい!」
木箱に勢いよく手をついて、ザックの前にロロの顔が近づいたので、ザックは思わず真っ赤になって仰け反った。
「近い!」
「あ、ごめん」
「ち、小さいの二個、だね。じゃあ、新しい魔法鞄が出来たらそのリュック預かるよ」
「ありがとう!とっても楽しみになった!」
へにゃっと笑って嬉しそうにお礼を言うロロに、ザックは、職人としての喜びを感じた。
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