29個目
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「降りそうだな」
代表室の腰窓から見えるガルネルの空は、重い雲が垂れ込めていた。
「通り雨ならいいんだけどね」
ロロのティーカップを下げて、お茶のおかわりを用意したマルコは、ユルの顔色を見て香草茶を出した。
「カモミールとリンデン、あとはレモンバームだっけな。ロロちゃんに教えてもらった」
「‥‥‥いただきます」
「味はまあ、好みによるな。カモミールは寝る前に飲むのもいいそうだ」
少し飲んだユルの顔が、初めて香草茶を飲んだ時の自分の顔と一緒だったので、カイは笑って一口飲みカップを置いた。指を組んで「さて」と話を切り出した。
「全属性になったからといって、全く違う魔力になったわけではないんだな?」
ユルもカップをソーサに戻し、頷いた。
「‥‥‥属性が追加された感じです。急に持ち主が二人になったような、魂が増えたような、そんな変化だったので、ピンバッジも魔法鞄も魔法効果が無効になったのだと思います。他に知り得る例がないので、何とも‥‥‥。あの、ギルドカードはどうするのですか?」
「更新するしかないだろ?」
「属性の追加がされたというデータがギルドカードに残ってしまわない?」
「他の理由で属性が増えた事例はないのか?それっぽい理由をつければ‥‥‥」
「‥‥‥ギルドの資料室に近い事例が残ってないでしょうか?」
マルコは「うーん」と顔を顰めた。資料室には過去の膨大な記録がある。
「‥‥‥あの、質問ばかりで申し訳ないのですが、欲しい資料を探す魔法はないのでしょうか?」
「「あー‥‥‥」」
カイとマルコが遠い目をした。
「ユルは、メイナが探索魔法出来るの知ってるよな?」
「‥‥‥?はい」
カイの妻は、時々ギルドに来て、依頼の手伝いをしてくれているのは知っていた。
「探索魔法使いでもな。たとえば、王立図書館で働く者は、本のタイトルや重要な内容だけを記憶しておけば、次は簡単に見つけられる。一方でメイナは、特定した物探しや人捜しが得意だ」
「ユルくん、鑑定士にもいろいろあるよね?」
ユルは魔力量が少ないから、一日で出来る鑑定に限りがある。故に、量より質で仕事をする感じだ。
「‥‥‥代表の奥様も、私と似た感じですか?」
「そう。たくさん資料を読ませてみたら魔力消費が凄すぎて、倒れちゃってさ」
ユルは顔を顰めた。資料室でそんな実験をしたことがあったらしい。
「回復したらメイナがキレて、俺とカイさん、ぶん殴られたんだよね」
ユルは完全に引いていた。「二度とさせるな!って怒られた」と笑うカイの話を聞きながら、思い出したようにリラックスする香草茶を飲んだ。少し冷めたほうが飲みやすいと思った。
ロロが転生者であることを知る者だけで、根気よく探すしかなさそうだ。
「ロロは早く魔法鞄が欲しいだろう。仕事の依頼もずっと受けていないしな。一先ず、ギルドカードのデータを更新してしまおう」
「資料探しも時間をみつけてやっていこうよ。誰かに理由を聞かれた時のために、受け答えを統一しておいたほうがいいね」
明日の厄介事が終わってから、皆で考えることにした。
窓を叩く雨音がした。
* * * * * * * * * * *
【カルーダンのパン】のベンチで、しめじみたいな、キノコ頭の子供がパンを食べている。
それから、隣に誰かいるっぽいけど、うまく認識できない。
アレだ。見えてませんよ?って顔したほうがいいやつだ。パン屋に寄ろうとしたけど、また明日にしよう。
あ、雨?
頬に落ちた雨粒を手で拭いて、ロロは空を見上げた。急いで帰ろう。ベンチにはもう誰もいなかった。
やばい、アレだ。アレは、アレだわ。オバケだわ。
ロロは、ゾクッとして、走って帰った。
「あの子、ディーノさまのこと見えてたみたいでしたね?」
歩きながらパンを頬張る少年の横で、認識阻害されている青年は黙っていた。少年は最後のひとくちを食べて、フフッと笑った。
あの少女は目を凝らしてこちらを見たあと、キョロキョロと不自然に彷徨わせて見えてないふりを選んだようだった。無理があって面白かったが、こちらとしては助かった。
「美味しいパン屋さんを見つけられて良かったです。こうやって食べ歩くのに憧れていたんですよ」
「雨は嫌いだ」
ぼそりと呟くような声に、少年は仕方ないという溜息をつき、「宿に戻りましょう」と言った。
皆が濡れまいと足早で帰る街中に、二人が溶け込む。
その日の雨は夕方には上がり、夜には美しい星空がガルネルを彩った。
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