28個目
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防音室の扉が開いた。
マルコが椅子から立ち上がると、カイが疲れた顔で出てきた。
「マルコ、紅茶を頼む」
「直ぐに用意する」
給湯室に向かう途中マルコは、開いた防音室の扉の中を見た。テーブルに肘をついてぐったりしたユルと、一点を見つめたロロの姿があった。
ユルは黙ってロロの反応を待った。
『‥‥‥鑑定の結果、ロロさん、あなたは全属性です』
ロロはずっと魔石を見ていた。もう無色透明な状態に戻っている。不思議だ。十三歳の時はこんなことにも気がつかなかった。
青色と僅かな黄色の魔力だったはずなのに。
全属性とは?
転生の記憶が原因?
私の魔力?
ロロの?私の?誰の?
そうだ。私は誰だった?
前世の孫の名前は思い出しても、自分の名前が思い出せない。
ふと、顔を上げると、黒髪の青年と目が合った。
青碧の瞳は美しく、少し揺らいでいて、額には汗が滲んでいた。
ああ、違うな。いま必要な言葉は‥‥‥。
「ユルさん、どうもありがとう」
ユルは目を瞠った後に、少し微笑んだ。
開いていた扉をコンコンとノックしたカイが「紅茶が入った」と呼びに来て、また戻っていった。ユルは額の汗をハンカチで拭き、眼鏡をかけた。
「‥‥‥ロロさん」
「はい」
「‥‥‥あなたの魔力が、青色を基本としていることは変わりません」
「はい」
「‥‥‥黄色の魔力が増えたので、想像魔法の幅も広がりますね」
「はい」
「‥‥‥赤も、白も、黒も、緑も。微かな魔力しかありませんが、今のあなたが引き出したものです。たくさん魔法の練習をしたのでしょうね」
「‥‥‥はい」
「‥‥‥ロロさん、あなたは、」
「‥‥‥ロロさん、あなたは、あなたが望めば何にでもなれます。全属性で良かったですね」
ユルの穏やかで優しい言葉を、カイとマルコは代表室で静かに聞いていた。
ユルのやつ、良いとこ全部持っていきやがった。
だが、まあ、感謝しないといけないな。
「はい!先生!」
ん?
「‥‥‥え?先生?」
「「ぶはっ」」
まったく、あの二人は、最後まで締まらないな。
仕方なく、カイはもう一度呼びに行った。ロロの顔を見て、ユルにチクリと呆れ顔で言ってやる。
「おいこらユル、お前なにロロを泣かせてんだよ」
「‥‥‥あ、いや、その、申し訳ありません」
* * * * * * * * * * *
「レイラさーん?」
「ここよ」
応接室にいたレイラのところに、リリィは顔を出した。
「扉に何してるんです?」
レイラが熱魔法で金属を溶かし、室内側の頭の高さ程の場所に取り付けていた。更に魔石装飾が付いたリースを飾る。
「オシャレに模様替えですかぁ?」
「ふふ、そういう感じに見えるようにしてるのよ。この魔石の装飾は静音効果の魔法道具。ピアスと同じような作りで、トムさんにお願いしたのよ」
「ほおぉ。つまり、扉を閉めれば、中の会話や怒鳴り声が外から殆ど聞こえなくなる?」
「そうよ。何を話しているかわからないほど小さくなるけど、不自然にならない程度に聞こえるの」
蔓とローズマリーで作られたリースに、深紅のリンゴ型の魔石と、フェイクの魔石の装飾もいくつか散りばめられてある。【紅玉】にピッタリなリースだと、リリィは思った。
「いいですねぇ。せっかくなら他にも飾りたいですねぇ」
「いいわね、考えましょうか」
「トムさん、いつ王都から戻られたんですか?」
トム・メンデスは、ユルの祖父ケルンの弟子で、現在ギルドの地下工房をメインに仕事をしている魔法道具職人だ。トムの弟子コイル作の魔屑石の冷グラスの登録をするために、付き添いで王都の商業ギルドに行っていた。
「今朝よ。ピアスのアレンジだから、直ぐに出来るって作ってくれたのよ」
「レイラさんのお願いですからねぇ」
「?」
リリィは、トムがレイラのことが好きだと思っている。トムは四十代前半で、丸眼鏡の細身の男で、真面目な職人のイメージだ。
レイラの方は全然なんとも思ってなさそうだ、と残念なリリィだった。
「これってあの金色くん対策ですよねぇ」
「まあね。要人や信用あるお客様は代表室に案内するし、一般の方や冒険者は応接室だけど」
「まだ信用できないけど高貴な人かもしれない?ですからねぇ。‥‥‥あ、ロロさん!お帰りですかぁ?」
二階からロロが一人で下りてきた。
「うん、明日は朝一番に来るよ。メリーさんの工房にお邪魔する約束なの」
「ロロちゃん、雨が降りそうよ。気をつけて帰ってね」
「あ、どおりで関節が痛いんだわ」
え、ロロさん、おばあちゃんみたい。
「ありがとう!レイラさんリリィさん、また明日ね!」
手を振って帰るロロを見送りながら、レイラが「ロロちゃんて、時々おばあさんみたいなこと言うわね」と呟いていた。
そういえば、足の小指は大丈夫だろうか。あの白目で座り込んでた状態は怖かったけど斬新だったし、ユルまでお姫様抱っこしようとしたのも、面白かった。二人の尾行も楽しかった。
明日の厄介な客は、ギルドにとって邪魔になるようなら排除したいなぁ、と物騒なことを思う受付嬢だった。
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