24個目
ブクマ・評価・いいね、ありがとうございます。
『お祖母ちゃん本気?』
『本気、ダメ?』
『私が読んでるの、異世界ファンタジー小説だよ?』
『楽しそう!家の本は何度も読んだし、私とても暇なのよ』
『スマホ買ってどうするのかと思ったら‥‥‥』
『写真だって撮ってるよ?ほら、ね?それで、どうしたらいいの?教えて、』
「‥‥‥名菜ちゃん」
「ロロさん!ロロさん!しっかりしてくださいよぅ!」
「‥‥‥んん」
温かく、柔らかいものに包まれているような。
「谷間、いただきました」
「良かったぁ!いつものロロさんだぁ」
リリィの胸の中で、ロロは現実に戻った。
また受付カウンターの角で、足の小指をぶつけたのを思い出した。
「もう、白目で座り込むから心配しましたよぅ!」
「え、白目?」
それもうホラーだよ。怖かったねリリィさん。
「それほど痛かったんですねぇ」
「痛いというか何というか‥‥‥なんで、ここ限定なのか」
あれは、孫との記憶だ。名菜ちゃん、名菜ちゃんだ。
私やっぱり、おばあちゃんになるまで生きたんだな。
「いい人生だった」
「やめてくださいよぅ!」
* * * * * * * * * * *
毎晩練習していた今日もお疲れさ魔法が、昨夜初めて成功した。
気分も身体も軽く起きたロロは、上機嫌でクローゼットを開けた。
今日は、ユルの鑑定の日だ。ロロの魔力を再鑑定してもらうのだ。気合を入れたいところだが‥‥‥。
「困ったら白シャツ」
襟付きシャツにリボンタイをしよう。リボンは細めがいい。
端切れでいくつか作ってある色の中から、一番自分の瞳の色に近い青色を選んだ。これでプリーツスカートだったら学生服みたいかも。ロロはクスッと笑い、スカートは持ってないのでパンツを選ぶ。なんとなくユルを思い浮かべ、唯一ある黒色のクロップドパンツに手を伸ばす。
「うん、これにしよう」
決まったら、いつもの流れで顔を洗って蜂蜜配合クリームを塗り、座ってモーニングティーを飲みながら、上に目を向けた。
天井の物干し用具から紐でぶら下げているナナシーから貰ったブーケは、順調にドライフラワーになりつつある。満足気に頷いて、カップを洗浄し、用意した服に着替えた。
鏡を見て、私ってなかなか美少女じゃない?と思ったのは、日本人だった自分を思い出してからだ。無頓着だった頃は、周りに美形が多すぎて、ロロの顔は普通だと思っていたし、目立ちたくもなかった。
「ふむ。地味過ぎず派手過ぎない、ヘアピン買おうかな」
ちょっと大人っぽくなるのもそろそろ考えなきゃね。
クセのある髪を指でくるくると遊んで、耳にかけた。あ、ピアスもいいかもしれない。カイさんの許可がいるのか?と、過保護な赤紫色の壮年の男を思い浮かべた。
黄土色のワンショルダーリュックを持って、火の元よし!と確認して部屋を出た。
「パンを一個だけ食べようかな」
【カルーダンのパン】が見えると、人が並んでいた。焼きたてのカンパーニュの列だ。スライスしたのも売ってるので、最後尾に並んだ。
「あ、ロロちゃん」
前に並んでいたのは【ローラン精肉店】の女店主モリー・ローランだった。三十代後半でなかなか美人な褐色の肌の元冒険者だ。
「おはよう。モリーさん」
「おはよう。良かった、最近会えなかったから。ちょっとうちに寄ってくれないかしら?カンパーニュ買うんでしょ?テネッタチーズと生ハムの端っこあげるわ。挟んで食べたら美味しいわよ」
「やった!ありがとう!」
ラッキーなことに、素晴らしい朝食になりそうだ。
「いらっしゃい、ロロちゃん!カンパーニュのスライス?」
「おはよう、カルーネさん。一枚くださいな」
「最近少食なのねぇ。あら、なんか今日は大人っぽいわね?うふふ」
いつも通りに真ん中に切れ目を入れて、具を挟みやすいようにしてくれた。カルーネは魔法鞄のことを知らないので「金欠ッス」と明るく言っておいた。かわいそうに思ったのか、パンの端っこもくれた。ごめんなさい。
パン屋を出てモリーの店に行くと、開店前だが入口が開いていた。
「ロロちゃん、こっち」
モリーが中で手招きをしている。失礼します、と入ると、厨房のテーブルに案内された。
「ロロちゃん、これ、この前買ってくれたトロトロ黃鶏肉のハムよ」
皿に、黄色いハムを一枚置いた。食べてくれる?と言われたので、さっそくいただいた。
「‥‥‥」
美味しい。美味しいが、この前のとは違う気がする。
「それから、これが先輩‥‥‥ドット料理長が作った鶏ハム」
もう一枚、黄色いハムを置いたが、もう見た目から違う。黄色が先程より濃く、ハムに艶がある。軟らかいので落ちないように急いで口に入れた。
「これ、こっちがこの前食べたやつだ‥‥‥あ」
言ってからしまったと思ったが、モリーは苦笑いで「いいのよ」と言った。
モリーは冒険者時代、ドットの教え子のようなものだったそうだ。
「ドット料理長に、私の鶏ハムは『ロロには食べさせられない』と言われたのよ」
ロロは遠い目をして、あの料理長、容赦ないな、と思った。モリーのために言ったのだろうが‥‥‥。
「あの後、時間を作ってもらって基礎から教えてくれたわ。トロトロ黃鶏は、若鶏よりも成鶏のほうがハムに向いていて、熟して色濃く美しいのよ。情けないことに知らなかった」
「‥‥‥」
「必ず、美味しい鶏ハム作るから、待っててね」
トロトロ黃鶏はレアな鶏だ。養鶏は難しく、隠れているので姿を見せない。土色で目立たず、普通の鶏の半分以下の大きさだ。モリーが望む成鶏が入手できたら作れるのだろう。
「うん、楽しみにしてるね」
カンパーニュのスライスを出して、約束の生ハムとテネッタチーズを中に入れてもらった。
「あの、ロロちゃん、ドット料理長によろしくね」
この顔は、憧れの人を想う顔だ。やるな、料理長。
モリーの店で食べさせてもらいお茶もご馳走になり、お礼を言って店を出た。
「おはよう、ロロちゃん」
「おはよう、リッツさん」
今日の案内人は、栗色の髪の双子の冒険者リッツさんだ。一卵性なので、皆ホクロで見分けている。兄のリッツさんは左目の下にホクロがあり、弟のルッツさんは、お尻にあるらしい。‥‥‥誰情報?
さて、トロトロ黃鶏肉のハムのことで、料理長たちは私に隠して取り替えていたとわかった。賄で使ってしまったことにして、私に美味しいほうを食べさせたのだ。
本当にもう。お仕置きしてしまったではないか。
胸の奥がちょっとじんわりしつつ、受付のリリィに「おはよう!今日もカワイイね!」とおっさんみたいなことを言い、そして。
カウンター左に行くところで、右足の小指をぶつけたのだった。
読んでいただきありがとうございます。




