23個目
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いつもの七三分けが、少しだけ乱れていた。呆けた顔は、これはこれで、なかなか色っぽいのだが‥‥‥。
「ユルくん、しっかりしなさい」
「‥‥‥は、副代表、お疲れ様です」
帰り支度をしながら、途中で手が止まってしまっていたようだ。うちの鑑定士は繊細だな、と小さく息を吐いた。
最近ロロちゃんに感化されているのかな?
心配はあるが、良い傾向だと思った。人と極力関わらずにいた青年の、奥深くに眠っていた人間らしさが見えるようになった。
だからこそ、ユルが受けた傷が大きくならないように、対応しなければならない。
【紅玉】の鑑定士に何を言ったやら、あの金色め。
ゲイトには、感謝してもしきれない。あの助けがなければ、ユルはまた青い殻に閉じこもっていただろう。
「ユルくん、ケルンさんにご挨拶したいんだけど、いらっしゃるかな?」
「‥‥‥祖父ですか?はい、居りますが」
「良かった!もう何年もお会いしてないんでね。じゃ、帰ろうか」
「‥‥‥はい、ありがとうございます」
お、少し喜んでるか?注意深く見ていれば、わかり易いのかもしれないな。
職員専用の裏口に進みながら、ユルの横顔を見た。
おお、睫毛が長いな。なんとも儚げな美青年だ。色も白いし、こりゃ確かに王都では面倒なことにな‥‥‥いや、待て。男を観察してどうする。
立ち止まったマルコは頭を振る。
「‥‥‥どうしました?」
「あ、いや、自分を取り戻したところ」
「‥‥‥?」
開けてはならない扉を開けてしまうところだった。
「‥‥‥開けましょうか?」
「え?やめて?」
「‥‥‥でも、開けないと帰れませんが」
ギルドの裏口の扉のことだった。
夜のガルネル中央区は、昼とは違う賑わいを見せていた。
「お、ここの串焼き!美味しいんだよね。買っていいかな?」
「‥‥‥ふっ、いいですね。私も買います」
「ん?」
「‥‥‥前に、ロロさんを送った時に、彼女が買っていたので。歩きながら美味しそうに食べていました」
ロロちゃーん!ユルくん相手でもブレないな!
マルコは、テネッタ牛の串焼きを自分の夕食用と買い置き用、手土産にケルンとユルの分も買い、魔法鞄に入れた。その流れで、次の店で鶏挽き肉餡入りの蒸し饅頭と揚げ饅頭をいくつか買った。ユルはたくさん買うマルコに驚いていたが「明日のな」と言ったら理解したようだった。
ガルネルの街に点在する街灯は、ユルの祖父・ケルンの代表作だ。当時は画期的だったらしいが、今はもう当たり前のようにあちこちに普通にあるものだ。生物がわずかに出す空気中の魔力を少しずつ集めて灯るようになっているらしい。皆が望むものを自ら創り出してまう、職人とは凄いものだなと思う。
そういえば、うちには面白いモミアゲ職人がいるなと思い出した。
「可愛いでしょ、ロロちゃん。一緒にいると楽しくなるよね」
「‥‥‥はい、なんだか力を貰える気がして」
「明日、頼むね」
「‥‥‥はい、全力を尽くします」
「全力で魔力切れはしないでくれよ?この前も、魔力回復薬を一気飲みしてたって聞いてるからね。自分の身体を大事にしなさい。ユルくんも俺たちの大切な仲間なんだから」
苦笑いで言うと、ユルは少し恥ずかしそうに頷いた。
酒場や屋台の灯りと人通りが少なくなり、住宅地区に入るところでユルが話し始めた。
「‥‥‥あの、今ここで言うべきではないと思うのですが」
「ん?なに?」
「‥‥‥私の、助手の件です。お断りしようと思っていたのですが」
「うん」
「‥‥‥前向きに考えたいと思います」
驚いた。絶対に断ると思っていた。
「‥‥‥今日のことで、自分に足りないものが、対話と会話だと思いました」
「そうか」
青年の目覚ましい成長ぶりに、この未来が楽しみになった。
きっと、帰ったらケルンに報告するのだろう。あの一線を退いた魔法道具職人の喜ぶ顔が目に浮かぶ。
「少し落ち着いたら、その話を進めようか」
「‥‥‥宜しくお願いします」
やがて、ケルンの家に着くと、優しい青い瞳の老人が出迎えてくれた。トレードマークの七三分けの黒髪は、白髪のほうが多くなっていた。
「おかえり。これはこれは、マルコくん、久し振りだね」
「ご無沙汰しています、ケルンさん」
「ユルがお世話になってるね」
「こちらこそ。とても助かっていますよ。少し忙しくて無理をさせてしまって申し訳ないですが」
「ユルが決めたことだよ」
ケルンが家に誘ったが、「遅いので、また改めて伺います」と、マルコは手土産を渡し失礼することにした。
「ユルくん、また明日。ケルンさん、おやすみなさい」
「おやすみ、マルコくん。ありがとうね」
「‥‥‥ありがとうございました。お気をつけて」
手を振って帰るマルコの後ろ姿が小さくなるまで見送りながら、ユルは今日のことをどこまで祖父に話すか考えていた。
「送ってもらうほどのことが、あったのだね?」
「‥‥‥皆さんに、守っていただいています。少し、話を聞いてもらえますか?」
「もちろんだよ。さあ、お入り。‥‥‥ああ、美味しそうな匂いがするね。温かいうちに食べようか」
「‥‥‥ええ、そうですね」
温かい青い瞳と串焼きを見て、ユルは微笑んだ。
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