20個目
「いや、ほんと、戻ってきた時、殺意湧いたわー」
「‥‥‥」
「ホワッとしたパン食べて幸せそうなアンタ見たら」
「‥‥‥」
「ま、しっかりロロちゃん引き止めていたから、ギリ合格にしといてやる」
「ありがとう。なんか大変だったようだな‥‥‥まあ、座れよ」
マルコが「大・変・でした!」とソファーに座り、シュルっと首のアスコットスカーフを取った。たまたまだったが、今日はこの服装で良かったな、と思った。
「ゲイトさんはまだカフェにいる。厨房に注文した料理を待ってる間にロロちゃんと話してから来るから、とりあえずユルくんのトラブルの話は後にする」
「わかった」
「問題は、ここに来た人間。まずは性格最悪な金色」
マルコが自分の目元をトントンとした。
カイが顔を顰めた。金髪はともかく、金の瞳は王族の血が濃く入ってる証だ。先代の庶子、もしくは王弟・王妹のほうの血縁かもしれない。
「それから、白」
「‥‥‥おいおい」
「少年に見えるけど、年齢不詳。白髪が顔半分まであって瞳の色はわからなかったけど」
【記憶失くしの森】の守り人。
年若い白い髪なら、間違いない。守り人は絶えたのではないかと言われていたが、子孫がまだいたんだな。
「名前は、金色はディーノ。白はシロ」
「ん?白は?」
「シロだよ。あやしいよね」
カイは、腕を組んだ。
「ディーノが、うちの鑑定士に拘ってたな。金の細工で真珠のカフスボタンの鑑定依頼だ」
ユルに拘るなら警護をつけたほうが良さそうだが、さてどうするかな。
「俺も出る。いつだ?」
「明後日。明日はロロちゃんの鑑定があるから、ユルくんの負担になるな。明後日はどうする?ロロちゃん来させないようにする?」
「いや、逆に不安だな。‥‥‥爺の工房はどうだ?」
「メリーさんか!ここ二日は来ていないみたいだけど、居なくてもザックくんに聞いてこよう。すぐ戻る」
「頼む」
マルコが出ていくと、カイは大きな溜息を吐いた。
* * * * * * * * * * *
ガルネル中央区の街道沿いに安宿が集中している。一階が食堂か居酒屋が多く、王都からもしくは王都へ行く旅行者や冒険者の利用が多い。商人はもう少し、貴族はもっと上のランクの宿に泊まる。
食堂の二階の宿の一室に、場違いな金髪の青年がベッドに腰掛けていた。
「ディーノさま」
名前を呼ばれて振り向くと、茶色い髪のキノコ頭の少年が、両手に食事の皿を持って立っていた。
「遅い」
「申し訳ありません、食堂が混んでいまして。お料理美味しそうですよ、食べましょう」
皿を丸テーブルに置くと、軋んだ椅子に座る。ディーノが眉根を寄せた。
「ガルネルの安宿はこんなものか」
「こんなものです。さ、食べましょう」
「‥‥‥味が濃いな」
「ディーノさまの舌は上品ですからね」
「ふん」
「本当はギルドのカフェで食事したかったんですよ?誰かが宿を抜けて、先にギルドに行って、ギルドの人たちを怒らせたりしなければ‥‥‥」
「もういい!」
盛り合わせた食事を、それからは黙って食べた。
「ディーノさまの、その瞳は本当に美しいですね」
「ふん」
「そんな美しいあなたを、こんな風にしたのは、誰なんでしょうね?」
ディーノの手が止まった。
「誰なんでしょうね」
鑑定士と、もう一人‥‥‥。
「誰なんでしょうね」
少年がひとり呟くように繰り返した。髪はいつの間にか、茶色から白に変わっていた。
* * * * * * * * * * *
マルコが二階から階段を下りると、ロロの声が聞こえた。カフェを覗くと、カウンター席でスイーツを食べながら、ゲイトと楽しそうに話をしていた。まだ食べるのか?と苦笑した。ゲイトと目が合ったので、軽く手を上げてから階段へ戻った。
地下通路を突き当たると、ノックせずに「マルコです」と言った。ノックはしてもしなくてもメリーが中にいれば結局怒られる、とカイが言っていた。
「オウ、入れよ」
「あれ?」
怒られなかった。
「珍しいなぁ、お前さんが来るのは」
中に入ると、茶色い髭面の魔法鞄職人が座っていた。奥の作業台に弟子のザックがいる。
「こんにちは、マルコさん」
「やあ、ザックくん。あ、すぐに戻るからそのままで」
「そうですか、じゃあ失礼して‥‥‥」
何やら小さい物を作っているようだ。
「今朝なぁ、嬢ちゃんと会って話してから、何か思いついて始めたようだ」
「ロロちゃんに?」
「パン屋の前で会いました」
また食べ物‥‥‥。マルコが遠い目をしていた。
ああ、いや、さっきのパンはそこで買ったのか。時間稼ぎのアイテムだったな。良いパン屋があって良かった。
「で、何だ?嬢ちゃんのことか?」
「明後日、メリーさんこちらにいらっしゃいますか?」
「あぁ、いるな」
「ロロちゃんを、少し預かってもらえませんか?」
「ハハ!小せぇ子供扱いか?」
「厄介な客が来ます。会わせたくないんです」
メリーが顔を顰めた。それから溜息を吐いた。
「次から次にまぁ、お前さんも苦労するなぁ」
「そうなんです」
ウンザリした顔で答えると、ガハハと笑われた。
「ちょうどいい。嬢ちゃんに、魔法鞄の話だと言えば喜んで来るだろぉよ」
「それは、助かります!」
ロロにとっては最高だ。こっちは嫌な客で最悪だがと、羨ましく思った。
「厄介なのは何時頃に?」
「昼に。ただ時間を守らず早く来るかもしれません」
「嬢ちゃんに、朝イチで来いと言えよ」
「宜しくお願いします!悪いね、ザックくんも頼むよ」
「はい」
「では、失礼します」
マルコは足早に階段を上ると、まだカフェにいるゲイトとロロを確認し、受付のリリィに伝言を頼んだ。
「ロロちゃんが帰る時、明日の昼前には代表室来るように言ってくれる?ランチはこちらで用意するから」
「了解でーす」
「ユルくんは?」
「なんか、ぐったり?」
「あー‥‥‥、帰りは送るから事務室で待つように、って言って」
「はーい」
マルコは戻ってカイに全てを伝えると、メリーに怒られなかったことに「なんでだ!」とショックを受けていた。
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『古書店の猫は本を読むらしい。』も、スローペースで連載中です。こちらもどうぞよろしくお願い致します。
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