16個目
マカロンに合う、くせのない紅茶を飲みながら、今日も幸せをありがとう、と感謝する。
良い顔で食べる飲むを繰り返すロロに、代表室の二人の視線がなにやら温かい。飼育?観察?されているようなこの感じは。
「セクハラです」
「またそれか!どういう意味だ?」
セクシャルハラスメントと言って‥‥‥と説明すると、カイたちが渋い顔をする。
「今のどこがセクハラなんだよ!」
「なんとなく」
「こわ、ロロちゃんの匙加減なのが。え?じゃあ頭を撫でるのもダメ?」
「許可します」
「良かったー」
「エラそうだな」
お腹いっぱいで、もうランチはいらないかな?と思ったが、別腹が出現するかもしれない。
「ところで、マルコさん。呼んだのはこのこと?」
マルコの服装をもう一度しっかり見た。いいね。
「違う違う。これはちょっとした実験? ふふっ。メイナのことだよ」
「メイナさん」
「いろいろ話をしたいだろうから、今度ここに呼ぼうと思うんだけど」
くいっと親指で防音室を指した。
「俺がナナシーと遊んでるから、マルコと三人で話すといい」
「三人で?」
「お前の話と、お前を見つけた二人の話。いつか話す時を考えていたんだが、どうだ?」
「私が【記憶失くしの森】で見つかった時の?話してくれるの?」
「ロロちゃんが望むなら」
前世を思い出し、大人として生きたロロならば、理解できると思ったのだろう。まだロロの身内らしき人は現れない。自分が誰なのか今更どうでもいいし、むしろ知りたくないと思っているが、メイナたちとの出会いは知りたい。あの頃は何もわからないままギルドに来たから。
「お願いします」
「わかった、今日メイナに伝えておく。俺たちと合わせるから、決めるのはまた今度な」
「うん」
「ロロちゃん、紅茶とお菓子のおかわりは?」
「じゃあ、紅茶だけ」
マルコがティーカップと空いた皿を片付けて、給湯室に運んでいった。少し嬉しそうなのは、妹のメイナにしていた秘密がなくなることで、心が軽くなったからだろう。
「あ、そうだ、カイさん」
「ん?」
「マルコさん、これからはずっとあの格好でいてくれるの?」
「そうするか?」
カシャン!と給湯室から音が聞こえた。
「まあ、それは冗談として」
「冗談なのか」
「今日ユルさんが案内人になったのは、どうしたのかなぁと」
「ああ」
カイもマルコから聞いて驚いた。鑑定人としての最低限の人の関わりはしてきたが、自ら人前に出ることは今までなかった。
「あいつなりにいろいろ抱えてるのさ」
「でも目立ってたよ」
「だろうな」
* * * * * * * * * * *
立ち仕事がこんなに大変だとは。
動いているほうがマシだと思った。通行人の視線を浴び、道を聞くだけの女性やお年寄り、近隣の店の人から「頑張りな」と飴を貰ったりなど。
初めてのことばかりで、早くも疲れていた。
まだ昼前だというのに。
いつも引き受けてくれる冒険者たちに、もっと感謝しなくては。精神も肉体も鍛え方が違うのだなと思った。
何かを変えたかった。自分には出来ない、ではなく、出来ることがあるかもしれないと。あの少女の前向きさが、自分を奮い立たせた。
だが、とりあえず、案内人の仕事は向いていないことがわかった。
「おい、そこのお前」
左側を向いていたので、声がした右側へ振り向いた。自分の背より少し下に、金色の瞳があった。こんな場所で見るような色ではないはずと、思考が停止した。
「聞いているのか?」
「‥‥‥は」
「さっさと返事をしろ。ここは冒険者ギルド【紅玉】だな?」
高慢な話し方の男だった。髪も見事な金髪で、身形の良い青年。年齢は自分より少し下に見えた。
「‥‥‥そうで」
「鑑定士がいるだろう?話がある」
ユルは顔を顰めた。自分に用があるらしいが、ギルドに話も通さずにするつもりか。まずは受付に案内しなければと思った。
「‥‥‥ま」
「なんだその顔は!案内人だろう?お前は!」
話を、しようとしているのに。
「おい!」
襟を掴まれそうになり、ユルは思わず男の手を払ってしまった。
「‥‥‥あ」
「お前‥‥‥っ!」
金色が怒りに染まった。
あの時の貴族の、人を人と思わない、言葉が伝わらないあの理不尽さを、思い出してしまった。
家族も、祖父の周りの人も、このギルドの人たちや冒険者も、ユルが考えて受け答えをすると知っているので、人より遅れる返事を待ってくれる。
声を聞いてくれる。
ユルは、たくさんの人に守られている現実を改めて知り、その幸せと、目の前の恐怖を、感じていた。
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